会社の後輩、有理子さんの話。
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有理子さんが10歳の誕生日を迎えた夏、お祝いを兼ねて、ご家族4人でキャンプに行ったそうだ。
楽しい1日を過ごした夜、有理子さんはおかしな夢を見たと云う。
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夢の中で、有理子さんはご家族と、その夜泊まったバンガローで楽しい団欒を過ごしていた。
妹さんと仲良く興じていたのは、『口の中の飴玉を、誰が一番長く舐めていられるか?』という単純で子供らしい遊びだ。
飴勝負に勝って、ご満悦で振り向くと、お父さんが外から誰かを招き入れているのが見えた。
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手に持った荷物を玄関の脇に置き、物も言わずに出て行ったのは、有名宅配メーカーの制服を着た人影だったという。
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キャンプ場の貸し出しバンガローに宅配……
その違和感を除けば、別段変な所は見受けられなかったそうだが、有理子さんは何故か「あの人は、入れてはいけなかった!」と思ったという。
そしてその思いは、箱の中身を目にした時、より大きな不安へと変わる。
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届けられた荷物は、赤黒い小さな虫が数匹入った、大きな瓶だったそうだ。
その虫が時折、蛍の様に光を放つのを見て、有理子さんは不吉な物を感じた。
考えが纏まらないまま両親に促され、床に就いた有理子さんだが、眠りに落ちそうになる寸前に、何故か虫に対する答えがパッと浮かび上がったという。
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それは、
あの虫は、何かが通る為の目印である事。
あの虫がいると、何かがここにやって来てしまう事。
その何かを事無き様にやり過ごす為には、あの瓶を絶対に開けてはならない事。
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有理子さんはガバリと起き上がり、慌ててベットから下りたが……
時既に遅く、お父さんが瓶を開けて中の虫を殺してしまっていた。
泣きながら今浮かんだ考えと早急な避難を訴える、有理子さん。
だが所詮は子供の言う事……なかなか両親には伝わらず、家族が混乱する内に、森の中から太鼓の音がドーンドーンと聞こえ出し、徐々に近付いて来たと云う。
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流石に両親も顔色を変えて、有理子さんに隠れる様に指示をした。
有理子さんは咄嗟にバンガローの造り棚の中に逃げ込み、夢中で息を殺したそうだ。
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だが、1人で居ると不安に耐えられなくなってくる。
我慢できずに、棚の中からそっと外を盗み見ると、部屋の中央に父と母……その2人に挟まれる様に妹が身を寄せあい、震えているのが見えた。
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その周りを幾つもの黒い影が取り囲み、左右にユラユラと揺れているのが分かる。
影に本体は無く、ただぼんやりと漂っている様に見えたという。
よく見ると有理子さんの家族の正面に、着物の女が立っていた。
ハッキリとは聞き取れなかったが、静かな口調で何故案内虫を殺したのか……責めている様だ。
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その女が不意に振り返り、造り棚の有理子さんを見た。
有理子さんは、心臓が音を発てて早くなるのを感じたという。
『……嗚呼…もう1人おったなぁ…』
静かで、おっとりとした口調の呟きが、とてつもなく恐ろしかった。
歯の根が合わない……ガチガチと音を発てて震える。
その様子を見透かしているかの様に、女は細く嗤うと片手を上げて、ゆっくりと有理子さんを手招いた。
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それを見ている内に、有理子さんの中に突然、強い意思が芽生えたと云う。
それは、
「悪い事をした時は、素直に謝らなければならない!!謝まれば、きっと許して貰える!!」
という子供特有の道徳心だった。
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覚悟を決めた有理子さんは、女の前に進み出る。
女の顔も見ないで土下座をすると、声を張り上げたそうだ。
「ごめんなさい!!許して下さい、お願いします!!」
何度も繰り返し、謝り続けると、目の前の女が有理子さんの肩に触れた。
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『お前さんは、利口なんだねぇ…そう言えば、事の道理に気付いたのも、お前さんだけだったねぇ………』
……ならお前さんに、家族諸とも生き残るチャンスをやろうねぇ………。
そう言って女がゾッとする程、艶やかに笑ったそうだ。
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女は椅子に有理子さんを座らせると、有理子さんに優しく語り掛けた。
『お前さん達は、さっき飴玉を長く口に含んで居られるか競争してたろう?…この飴をずっと口に入れてたら、お前さんとその家族を見逃してあげようじゃあないか…』
差し出された飴は、大きくて、ベッコウの様な色をしていたという。
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有理子さんはこの勝負に強くて、いつも1番長く舐めている事が出来たので、自分の堪え性に自信があった。
この話を聞いた時も、内心でこれで助かると安堵し、快諾したそうだ。
しかし、有理子さんが飴を口に含むと、女はにこやかだった表情を一変し、恐ろしい目で有理子さんを睨むと、とんでもない事を言い出した。
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『……では10年、飴を口に入れていろ。』
10年…そんな歳月、1つの飴を舐め続けるなんて、とても無理だ。
そう言って、抗議しようとした時…世界がぐるりと回る感覚がして、長い悪夢から目覚めたという。
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バンガローのベットで目覚めた有理子さん。
窓の外からは、既に起き出していた家族の、和気あいあいとした楽しそうな話し声が聞こえてきた。
モソモソと起き出し、支度を済ませて外に出ると、ちょっとした騒ぎになった。
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有理子さんの左頬が、まるで【コブ取り爺さん]のコブの様にプックリと腫れ、触るとコツコツと音を発てそうな程、固くなっていたのだ。
そのコブは、外見より更に大きく咥内に腫れ上がっていた。
朝食を食べ様にも、口の中に飛び出した腫れ物のせいで、上手く噛めないどころか、味までおかしく感じたと有理子さんは語る。
ボロボロと食べ物をこぼす娘を見て、ご両親は早々にキャンプを切り上げ、病院に向かったそうだ。
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病院で検査したところ、コブは悪性の物では無く、簡単な切除手術で取れると診断された。
手術跡も残らないと聞き、ご両親は胸を撫で下ろしたが、有理子さんはそうではなかった。
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有理子さんの顔を見て驚いた看護師が、
「大きな飴を食べてるみたいね!」
と言った事で、夢の約束を思い出したからだ。
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10年間…飴を口に入れ続けろ…それが出来たら、家族とお前の命を助けてやる…
幼いながらも有理子さんは、このコブこそが10年口に入れ続けねばならない“飴”なのだと悟ったという。
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手術すれば、コブは簡単に取れる……しかし、肝心の有理子さんが絶対にコブを取らないと言い出し、ヒステリーに暴れ出した。
普段、大人しく手の掛からない子供だった有理子さんの変貌に、ご両親は当惑したという。
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最初は切るのが怖いだけなのだと思っていたご両親は、優しく説き伏せていたそうだが、余りに頑固な娘の態度にお父さんがキレて、
「勝手にしろ!」
と怒鳴り出した。
結局、悪性では無いのだし、不便だからすぐに切る気になるだろう…友達に笑われたら、すぐに切りたくなるだろう…とその場での切除の話は流れた。
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約束を破らずに済み、胸を撫で下ろした有理子さん。
しかし……それからの有理子さんは、地獄の日々を送る事になる。
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女の子の顔が、【コブ取り爺さん】になってしまった……それだけでも、精神的苦痛は大きかった。
道を歩けばジロジロと好奇の目を向けられ、近所のオバサン達は無縁量にどうしたのかと嗅ぎ回る。
クラスメイトには馬鹿にされ、からかわれ、それが発展して起きた苛めは、有理子さんの性格にも影を落とした。
それでも有理子さんは、切除に踏み切れなかったという。
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やがて中学生になり、多感な時期を迎えても、有理子さんはコブを守り続けた。
苛めはより苛烈な物に変わり、暗くオドオドとした性格となってしまった有理子さんは、教師にも疎まれる様になる。
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だが……有理子さんが1番辛かったのは、家族から理解して貰えない事だった。
何度、夢の話を訴えても、家族にしてみれば『所詮、夢の話』でしかなく、そんなものを信じて、治る物を治さない有理子さんは、愚鈍で間抜けな存在でしかない。
特に彼女のコブのせいで一時期、同様の苛めを受けた妹さんは、有理子さんを言葉汚く罵り、疎んじていたという。
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そうして、世間の冷たい視線にも、家族の「切れ!」「手術しろ!」という言葉にも、実力行使にも堪えきり、遂に10年目の夏を迎えた、有理子さん20歳の誕生日。
その日は珍しく家族全員が家にいて、どういう気まぐれか……久しく無視され続けていた、有理子さんの誕生日をお祝いしてくれる事となった。
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誕生日ケーキも用意され、蝋燭に火を灯し、部屋の明かりを落とした時……………
ずっと俯いていた妹さんがガバッと顔を上げ、白目を剥いて口を開き、
『………口惜しや………』
と、妹さんの声ではない声で言ったという。
その言葉が終わらない内に、蝋燭の火にユラユラと揺れる妹さんの影が、一瞬巨大な女の顔になった。
その顔は有理子さんを睨み付け、すぐに消えたそうだが、妹さん以外のご家族全員が目撃したという。
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更にその時、もう1つの怪異が起こる。
ご両親の目の前で、有理子さんのコブが、プスーッと空気が抜けるみたいに、消えたと云うのだ。
有理子さんは……震える指先で左頬に触れ、何もない事を確認すると、10年分の涙を流して泣いたという……。
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「今思い返すと、妹が1番「コブを切れ」って煩かったんですよ…」
有理子さんは、すっかり癖になってしまった、俯き加減で顔を触りながら語る。
「……私達を殺したかったあの女性が、言わせてたのかなぁ…とも思いますね……。」
妹さんはあの日以来、少し情緒不安定になっていて、カウンセリングに通っているそうだ。
ご両親はというと…
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「…20歳の誕生日の数日後に、今のマンション契約してきて実家を追い出されました…妹の事も、あの日怖い思いをしたのも、全部私のせいだと思ってるみたい…」
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……ずっと会ってません…
有理子さんは、泣き出しそうな顔で笑い、最後に真顔で付け加えた。
「…もし今、あの夢をもう1度見て、同じ条件で飴を口に入れる事になったら……私は躊躇わずに、その場で噛み砕いて、全てを終わらせると思います…!」
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有理子さんが、10年間舐め続けた飴。
家族の[命]は溶けずに残っても、[絆]は溶けて無くなってしまった様だ。
作者怪談師Lv.1
長い駄文にお付き合い頂き、有難うございます。
当方の怪談に『怖ポチ』を頂きますと、メッセージボードにとてつもなく長い、御礼状をお届けする場合がございます。
困る、迷惑だと思われる方は、ご遠慮無く、当方のメセボに『礼状不要』『長文不要』とだけお書き込み下さい。
短文の物をご用意させて頂くか、ご訪問を控えさせて頂きます。
また礼状が届いていない等、ご無礼がございましたら、そちらもご遠慮無く、お申し付け下さいます様、宜しくお願い致しますm(_ _)m