僕の彼女はウナギ女だ。
名前は武奈伎 温子(むなぎぬるこ)。高校2年生。
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4月に転校してきた温子に対する、僕の第一印象は、背のデカい、暗い感じのする女子だった。
実際、温子の身長は175cmあり、クラスの女子の中で一番背が高かった(悔しいことに、僕の身長より2cm高い)。
そんな彼女は担任に促され教室に入ってくると、オドオドとした動作で、黒板の前でぺこりと頭を下げた。
腰まである黒々とした長い髪。前髪が目元にかかり、表情を暗く見せていた。
そして、もごもごとした口調で、「武奈伎です」とだけ挨拶した。
僕には、いやクラス全員がその時、彼女が「ウナギです」と言ったように聞こえていた。
彼女のあだ名はその日から「ウナギ」になった。
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温子は教室では目立たない存在だった。
いつも自分の席で文庫の小説を読んでいて、クラスメイトの雑談の輪に加わることはなかった。
なので、一学期の間、僕はほとんど彼女と言葉を交わした記憶がない。
そんな温子と、僕が付き合うことになったのは、夏休みのある出来事がきっかけだった。
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僕とクラスの男女数人は、夜の学校のプールに忍び込むという計画を立てた。
その日は曇った、蒸し暑い熱帯夜だった。
吸いこむ空気さえ熱を持ち、なにもせずとも汗が流れた。
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夜の23時、学校の裏門前に集合した僕らは、壊れたフェンスの隙間から校内に侵入し、校庭の脇にあるプールを目指した。
警備員の巡回に注意しながら、真っ暗な校庭を横切り、無事にプールまでたどり着いた。
男女に分かれて物陰で水着に着替え、さあ泳ごうとプールサイドに立った時、僕らは見た。
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折しも雲間から、茹だった卵の黄身のような月が顔を覗かせ、月光が水面をキラキラと照らしていた。
その輝く水面の直下に、ゆらゆらと、長い、黒い、海藻のような黒髪が揺れていた。
僕らはそれを見た途端、金縛りに遭ったように、その場から動けなくなってしまった。
そして、それはゆっくりとプールの縁まで近づくと、白く、長い腕を生やして水の中から這いあがった。
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ザバア――。
女子が悲鳴を上げて逃げ出した。釣られて男子たちも後を追って駆けだしていく。
僕は情けないことだが、腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
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プールサイドにゆらりと立ち上がった黒髪のかたまりは、長い脚を生やして、
ぺた、ぺた、
と水滴を滴らせながら、ゆっくりこちらに歩いてきた。
そして、僕のすぐ目の前までやってくると、
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「あなた、梅木君でしょ?同じクラスの」
こちらが拍子抜けする声を出した。
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髪をかきあげると、はたしてそれは武奈伎 温子であった。
僕はその時初めて、きちんと温子の顔を見た気がする。
そしてその瞬間の光景は、僕の網膜のフィルムに、強烈に焼き付いた。
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いつも目元を覆っていた前髪の向こうに、やや垂れ目気味の、仔鹿のように黒目がちな瞳が光っていた。
左目の下には、小さな泣きぼくろがあった。
やや幼さの残る、かわいらしい顔立ち。
対して、首からの下の、紺色の競泳水着に包まれた、豊満な肉体。(特に胸の存在感!)
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濡れた競泳水着は月明かりにテラテラと輝き、黒さを際立たせていた。
温子はその時、美しい一匹の黒いウナギのようだった。
僕はこの時はっきりと、温子に惚れたのだった。
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この後聞いたところ、温子は夏休みのはじめから、ひとりでたまに夜のプールに忍び込んで泳いでいたとのことだ。
なんとなく真面目な奴だと思っていたのに、実は結構面白い奴だった。
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2学期が始まってから、僕はいつも温子を気にしていた。
実際、温子はウナギのようにとらえどころのない奴だった。
暗い奴かと思うと、お笑い、漫才、はては落語に至るまで大好きであったり、
いつも小説の文庫を読んでいるくせに、国語のテストの点数が壊滅的であったり、
あだ名がウナギのくせに、ウナギを食べるのが嫌いだったり。
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僕は温子の、知れば知るほど出てくるギャップに、すっかりまいってしまった。
僕の中で、温子の評価はウナギ上りだった。
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そして僕は温子に告白をすることを決めた。
しかし、その方法にはおおいに頭を悩ませた。
とらえどころのない温子のことだ。普通に告白しただけでは上手くいかない気がする。
悩みに悩んだところで、いい案は浮かばずに、手をこまねているうちに、なんと温子の方から僕に告白をしてきた。
いちいち予想を裏切ってくれる。
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聞けば、僕がクラスの友人と雑談をしているときに、僕が「ウナギには、子供の時のトラウマがあって、とても食べられない」と話しているところを聞いて以来、気になっていたのだとか。
ともあれ、こうして「武奈伎と梅木」で、「ウナギと梅」の「食べ合わせ最悪カップル」として、クラスメイト公認の仲になったわけである。
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「だからね、ニホンウナギの生態って、まだまだわからないことが多いの。特に産卵場所についてはずっと謎だったの。
昔は山芋が変化してウナギになるって信じられていたくらいなのよ?
大きな変化が起こることを、山芋変じてウナギと化すって言うけど、私と梅木君が付き合うようになるなんて、まさにそれだよね」
温子は機嫌がいい時、よくウナギの話をする。
僕は楽しそうに話す温子を見るのが好きだ。話は半分くらい聞いている。
学校からの帰り道。9月下旬だというのに、いまだ猛暑日が続いている。
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「でね、日本の研究者チームが2009年に、とうとう謎だったウナギの産卵場所を、日本から2000km以上離れた太平洋のマリアナ海域だと特定したの。すごく最近のことだと思わない?
ここで卵がふ化して、透明な仔魚(しぎょ)になるの。
仔魚は太平洋を回遊して、シラスウナギへと成長し、東アジア近海へと向かう。
そして川を遡上し、川や湖で5~10年成長すると、からだ全体が黒ずんで、私たちにおなじみのウナギになるのよ。
そんな遠くからウナギはやってくるのよ」
てっきりウナギという奴は、ずっと沼や川に棲んでいると思っていた僕は、その話を聞いてちょっと驚いた。
そして、そんなどこで役に立つかわからないことを知っている温子にも驚いた。
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温子は本当にウナギが好きだった。
だから、その日、僕らが彼女の家の近くのウナギ屋の前を通りがかった際、彼女は顔をしかめた。
そこはテレビでもよく取り上げられる、老舗の有名店だった。
入り口の暖簾には「うな源」と書いてある。
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「ウナギを食べるなんて……あんまりにも残酷だわ!
遠い海の向こうから、彼らはやってくるのよ。
それを、頭に杭を打ってまな板に固定して、首筋にぐさりと包丁を入れて、その後ざくざくと身を開いていくのよ?
そしてそれを串に刺して、火で炙るの。
なんて酷い。人間のすることじゃないわ!」
大きな声で温子が非難の声を上げる。
間の悪いことに、その声を聞きつけたのか、店の勝手口から、いかつい顔の店主らしき年配の男が頭を覗かせた。
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「手前!いつもいつも、うちの店の前通る度にイチャモンつけやがって!
ガキだからって承知しねえぞ!
文句言うんだったら、一度の俺のウナギを食ってからにしやがれ!
オラ来い!金なんか要らねえから、その生意気な口でいっぺん味わってみやがれ!」
どうやら温子の行動は毎度のことだったようで、店主は相当腹に据えかねているようだった。
温子を憎しみを込めた目で睨みつけ乍ら怒鳴った。
「死んでも嫌よ!」
温子も同様の憎しみの目で店主を睨むと、僕の手を引いて店の前を去った。
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普段の彼女とはあまりにかけ離れた様子に、僕は思わず問うた。
「なぜそこまで、ウナギ屋を憎むのか」と。
彼女はしばらく無言で歩いていたが、やがて意を決した顔で、僕を自宅へと誘った。
初めて訪れる温子の家は、高級そうなシティマンションだった。
彼女は母親と二人暮らしと聞いている。
そして母親はその日、仕事で深夜まで帰らないのだ、と告げた。
それを聞いて、僕は緊張で、先ほどからつないだままだった手のひらに、大量の汗をかいた。
温子の手は湿り気を帯び、ぬるぬると滑った。
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「梅木君。私はこれから大事なことを告白します。
きっとあなたは疑うでしょうけど、お願い、最後まで話を聞いてね?
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私、武奈伎 温子はウナギ女なの。
ううん、あだ名のことじゃなくて、本当に、正真正銘、ウナギ女なの。
正確には、ウナギと人間のハーフなんだけどね。
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私のママは人間、パパはウナギなの。
有名な漫画に、犬の父親とウナギの母親を持つ、ウナギ犬っていうキャラクターがいるけど、私の場合は男女が逆ね。
物心ついた時から、私にはパパがいなかったけど、ママは優しかったし仕事もできたから、不自由したことも寂しいこともなかったわ。
でも、中学に上がる頃、私はママに聞いたの。パパのこと、ちゃんと教えてって。
ママは、『温子も、もう小さな子供じゃないんだから、話してもいいわね』って話してくれた。
ウナギのパパと、人間のママとの切ない愛の物語……、
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ではなくて、思春期の女子には正直ちょっとキツイ話だったわ。
つまりね、その……、ママが若い頃、親がたまたま買ってきたウナギで、オナニーをしてたんですって。
そうしたら、そのウナギがオスで、ママの中にその……出しちゃって、そしたら、私が生まれたんだって。
私も最初は信じられなかったんだけど、ママは嘘をつく人でもないし、病院の検査結果まで見せてくれたわ。
そして、私はそれを信じた。ううん、ママを信じたの。
私はママと、ウナギのパパとの間に生まれた子供。ママがそう言うなら、きっとそうなんだなって。
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だからその日以来、私はウナギが好きになった。
そして、ウナギを食べさせるウナギ屋が嫌いになったの。
梅木君に興味を持ったのも、ウナギを食べられないっていう話を聞いたから。最初はよ?今は色々なところが好き。ウナギだけじゃないから安心して?
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これが、さっき私の様子が変だった理由。
あなたに話したのは、梅木君に私のこと、ちゃんと知ってもらいかったから。
私はウナギ女。
それでも、私を好きでいてくれますか?」
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その日、僕と温子ははじめてエッチをした。
温子の部屋の、ウナギの寝床のように細長いベッドの上で、シラスウナギのように透き通りそうな、温子の肌を抱きしめた。
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エアコンを点けていたけれど、二人とも汗だくだった。
温子の汗は粘度が高く、まるでローションのように糸を引いた。
温子は汗のローションにまみれた身体で僕にすり寄り、僕はその感触に震えた。
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いよいよひとつなる時には、二人とも緊張した。どちらも初めてだったからだ。
悪戦苦闘しながらも温子の中に入った時、僕は衝撃を受けた。
俗に、女性の名器を指して「数の子天井」とか「ミミズ千本」とか言うらしいが、温子の場合はまさに「ウナギ千匹」といった心地よさだった。ぬめり、締め付け、吸い付いた。
そして、耐える間もなく、僕は滾る欲望を温子の中に吐き出していた。
裸のままベッドに横たわり、顔を見合わせたときの温子の表情が忘れられない。
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綺麗だった。
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二ヶ月が過ぎた。
温子と僕の仲は相変わらずだったが、ここ数日、彼女の姿が学校になかった。
担任は病欠とだけ告げるが、携帯に連絡しても応答がない。
たまりかねた僕は、放課後、彼女の家に向かった。
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なんだろう、いやな予感がする。虫が知らせるというのか。
不安にせかされるように、自然、僕は早足になった。
ちょうど、ウナギ屋「うな源」の前を通り過ぎようとした時だった。
shake
ドン――!
後頭部に衝撃を感じて、僕の視界は暗転した。
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香ばしい匂いがする。
目覚めたのに、視界が暗いままだ。手足も動かせない。
「起きたか?」
聞き覚えのある声がする。
しわがれた、憎しみを込めた声。
あのいかつい顔のウナギ屋の店主に違いなかった。
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「おい!離せよ!アンタ何してんだ!僕なんか誘拐してどうしようっていうんだ!」
恐怖に飲みこまれないよう、必死で叫ぶ。
「黙ってろ……」
店主が凄みを効かせた低い声で、耳元で囁く。途端に僕は硬直した。
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「いやね、あんちゃん。お前さんはいつもあの口の悪い女と一緒にいたからな。
あの女とお前さんには、いつか俺の料理を食わしてやろうと、ずっと思っていたんだよ。
食いもしねえで、酷いだの、人間じゃないだの。
俺はこの商売に命かけてんだ。手前らみたいな餓鬼に、いいように言われてんのは、我慢なんねえんだよ」
ウナギ屋を毛嫌いしていたのは温子なわけだが、しかし温子が自分のような目にあわなくて、ほっとする自分がいた。
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「オラ、口を開け」
店主が短く命令をする。逆らえば何をされるかわからない。大人しく言われたとおりにする。
shake
「ムグッ!」
なにかを口の中に押し込まれた。
口の中に広がる、甘いタレの味。それから、はじけるような、油滴る肉の感触。
しかし不思議だ。人間、視界をふさがれていると、何を口にしているか最後の確信が持てない。
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「よく噛め。よく味わえ。どうだ?美味いだろう?
お前には特別大きな奴を捌いてやったんだ。
今日仕入れたばかりの、大きくて、いきの良いメスだ。
いきが良くて、ぬるぬるしてやがった。
だが、俺の手にかかれば訳はねえ。
脳天に一発、杭を食らわせて、まな板に固定してやって、
それでもビクビク暴れるのを押さえつけ、
喉元にぐっと包丁を押し込み、
そのまま骨に沿って、グイグイと開くのよ。
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それからそのプリプリとした肉に串をぶっ刺して、
じっくりと火で炙るんだ。
最後に特製のタレをまぶして出来上がりだ。
どうだ?美味いだろう?お前らがさんざん馬鹿にしていた俺の料理の味だ。
あのクソ生意気な女には、もう食べさせられないんだ。
お前が代わりに、じっくりと味わえ」
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その時、僕は自分の頭に浮かんだ想像を必死に掻き消そうとした。
しかし、口の中にぬるりとした感触が、それをさせなかった。
僕は口内の何かを飲みこみ、それが胃の中に落ちるのを感じて――
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嘔吐して気を失った。
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僕はその後、ウナギ屋の地下室で店員に発見され、解放された。
店主は同じ室内で自殺していた。
原因は不明だ。
周囲の話では、最近、なにか思いつめた感じだったとのことだ。興味はない。
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僕は壊れてしまった。
全ての景色に現実感がない。
どこかに入院させられて、ずっとベッドの上にいた。
見舞いにきた担任から、温子は転校したと聞いた。
嘘だと思った。
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僕は目の前の現実よりも、温子との思い出の中に住んでいたかった。
転校初日の温子。
夜のプールで見た、水着の温子。
付き合うようになった後の、よくしゃべるようになった温子。
ウナギのことを熱心に語る温子。
自分はウナギ女だと、真剣な顔で告げる温子。
裸のままほほえむ温子。
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温子。。
ぬる子。
ぬるこ。
ぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬる
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『大丈夫?梅木くん』
温子?
どうして?
お前はもう、いないはずじゃ。
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『いないって……急に引っ越したのは本当に悪かったけど。
私が梅木君を置いて、ずっとどこかに行っちゃうわけないよ』
引っ越し……
転校って本当だったのか。
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『うん。突然でごめんね。
どうしても、遠くに行かなきゃいけない用があったんだ。
そう、遠く。
マリアナ海溝の近くまで』
そっか。
いいよ。温子が無事でいてくれたんなら、それだけで本当によかった。
ところで、何を抱えてるんだ?水槽?
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『うん。
ほら見て、いっぱいいるでしょう?
これが前に言っていた、ウナギの子供。シラスウナギだよ。透明で綺麗でしょ。
この子が一番身体が大きい、ぬる一郎。
この子が二番目でぬる二郎。
ぬる三郎、
ぬる四朗、
ぬる五郎。
ぬる助、
ぬる造、
ぬる彦。
こっちは女の子で、
ぬる美、
ぬる花、
ぬる奈、
ぬるぬるぬるぬる
ぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬる
ぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬるぬる』
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『みぃんな、私とあなたの子供だよ。梅木くん』
作者綿貫一
こんな噺を。
先日の丑の日に思いつきまして……。