高校時代の友人に、実(ジツ)という奴がいました。
物静かな性格で頭も良く、放課の度に読んでいた本も、僕らには理解出来ない様な専門書の類いでした。
しかし、彼は苛めや仲間外れになる事は無く、むしろ皆が彼と仲良くなりたくて、話し掛けていましたが、実自身が人と距離を空けている様に見えました。
僕は実が好きでしたが、どこか拭えない違和感を持って接していました。
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ある日の放課後、僕は実も含む数人の友人と【子供の遊びで怖い遊び】について、話していました。
都市伝説でも有名な、[はないちもんめ]や[かごめ]の様に、今思うと怖い遊びについてです。
実は黙って僕らの話を聞いていましたが、帰り道に僕と2人になると、
「さっきの話、俺も1つ知ってるよ……[メンピ様]って遊びなんだ」
「……これは本当に怖い…知ってるか?」
と切り出しました。
僕が首を横に振ると、実はおもむろに唄い出します。
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か~ごにいらしゃるメンピ様
よ~るになったらいらっしゃる
おっとさん、おかっさん、泣き止まぬ
あ~さがくるめに、つかまえろ
それ、1めん、2めん……(以下、子供の数をめんで数える)
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あ~さがき~たら、戻らせぬ
おっとさん、おかっさん泣き止まぬ
よ~るになったら、つかまえろ
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唄の明るい調子と歌詞の不気味さに、僕の好奇心が刺激されました。
「遊び方はどうやるの?」
子供の様にせがんだ僕を近所の公園に誘い、実は地面に拾った枝で図を描きました。
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↑子供達はこちら向きに手を繋ぐ
〇〇〇〇〇〇〇←子供達
鬼役→◎
鬼はこちら↓向き
(機種によっては、ずれて見えるかもしれません。)
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①子供達が鬼に背を向け、一列に並んで手を繋ぐ。
②鬼は子供達に背を向け、しゃがんで顔を隠す。
③唄に合わせて、子供達が立ち位置を前後に動く(はないちもんめの様に)
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④最初の[つかまえろ]で子供達は、元の立ち位置で動きをストップ。
鬼は立ち上がり、子供達を振り返って背後に立つ。
⑤[1めん…]で左の子供から順番に、両肩をバシッと叩く。
叩かれた子は、その場にしゃがんで顔を両手で覆う。
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⑥全員座ったら、鬼は走って逃げて隠れる(隠れないで逃げ回っても可)。
⑦唄い終わった子供達が、更に10数えて鬼を捜す。
鬼が見つかったらゲームオーバー……見付けた子が次の鬼。
鬼が見付からないで、子供達が降参する場合は、
「あさが来たから、見付からぬメンピ様ー!」
と大きな声で呼ぶ。
見付からなかったり、捕まらない時は鬼がまた鬼役。
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「へ~!そんな遊び初めて聞いた!」
僕が声を上げると、実は黙って僕を見て一言付け足しました。
「他の遊びと違う事が1つある…メンピ様は実在する。」
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曰く、
メンピ様は別名[皮剥ぎ鬼]と言う、実のお父さんの田舎で昔から言い伝えられた伝承の鬼なのだそうです。
昔、その辺りの村に[面皮を剥ぐ鬼]がいて、暴れまわったのを名のある祈祷師が、呪を入れた人形に封じて籠に閉じ込めた…しかし、[鬼]の力は強く、夜の間だけ人形から脱け出して、皮を剥ぎにくる…と伝えられています。
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その地方では、子供達への戒めとして、
「暗くなる前に帰らないとメンピ様におツラ盗られるぞ」
「早く寝ないと、皮剥ぎ鬼が来るぞ!」
と、事あるごとにメンピ様が使われていたのだとか。
子供達の間で、[メンピ様]という遊びが生まれたのも、そういった風土が、関係していたのでしょう。
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大人達に、この遊びが見付かると、こっぴどく怒られたそうですが、メンピ様を鎮めるお祀りのある夏になると、この遊びが流行ったと云います。
実は、夏休みに帰省して従兄弟達と、この遊びに興じるのが、楽しみだったそうです。
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「俺、一度も捕まった事の無い鬼だった。」
実は隠れるのが、とても上手かったそうです。
「でも最後にやった時に…初めて[捕まった]……そうだ、ちょっとウチに寄らないか?」
面白い物見せてやるよ…。
そう言って実は立ち上がり、好奇心に駈られる僕は、実の家へ向かったのです。
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実の家は、2階建てで綺麗な外観をしていました。
2階の実の部屋に通されてすぐ、目に飛び込んできたのは、窓際に置かれた鉄製の鳥籠でした。
「鳥、飼ってた……の…」
言葉が尻すぼみに消えてしまいました。
僕は、実が昔鳥を飼っていて、居なくなっても籠を仕舞わず置いてあるのだと、思っていたのです。
しかし籠の中に鳥のいた形跡は無く、代わりに汚れた布を幾重にも巻いただけの、シンプルな人形が入っていました。
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「それがメンピ様の依り代。籠に入れておくのが、正しい保管方法なんだ。」
実が何でもない事の様に言います。
そして……とてもゆっくりと、最後のメンピ様遊びについて語り出したのです。
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その日、実達は住職の常勤していない、小さなお寺で遊んでいました。
誰とは無しに「メンピ様やろう」という流れになり、実が鬼になったそうです。
何度やっても捕まらない鬼に、子供達はムキになってきました。
時刻は夕暮れ刻……これが最後と始めた[メンピ様]で、実は本堂の脇の小さなお堂に隠れたそうです。
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お堂の中は、真っ暗だったと云います。
外の夕焼けが、お堂の扉から漏れ入いるだけだったそうです。
暗闇に包まれながら、それでも不思議と恐怖は無く、ジッと隠れていた実ですが時間が経ってくると、ただ隠れているのにも飽きてきて、気紛れに[メンピ様]の遊び唄を小さく呟き出したと云います。
口ずさむ唄を、1度唄い終えた時、天井からカサカサ…という音が聞こえたそうです。
2度目に唄うと、堂の周りで「くふふ…」と微かな笑い声を聞き、従兄弟達が側にいると思った実は、暫く沈黙を保ったと云います。
けれど、耳に残るフレーズが、実に3回目の唄を唄わせたそうです。
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実が最初の、「捕まえろ」を口にした直後…
『…いぢめん』
と聞いた事の無いくぐもった声が背後からして、両肩にズシリ…と重みが掛かったと云います。
実は恐怖に固まったそうです。
彼の隠れているお堂は本当に小さく、子供の実が隠れた時は背後に人の立つ空間さへ無かったのだと云います。
しかし今明らかに人の手が、自分の肩に乗っている…実は咄嗟に、
(メンピ様だ!本物のメンピ様が来た!!)
と、内心本当に怯えたと云います。
(早く顔を隠さなきゃ!!)
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遊びでやっている通りに、顔を隠さないと…おツラを取られてしまう!!という焦りとは裏腹に、体は全く動かなかったそうです。
恐怖で汗が滲んだ顔にニュッと肩に置かれた手が伸びてきて、実の顔を両手で覆い、上を向かせたと云います。
そうして…実は真っ黒な指の間から、真っ黒な影の様な顔に浮かぶ、2つの目を見てしまったそうです。
その目は…嬉しそうに、笑っていたと云います。
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「……そこで意識を失って、気が付いたら爺さん家の布団に寝かされてた。」
実はフゥ…と溜め息を吐き、続けます。
「俺はお堂の方からフラフラ歩いて来て、仲間の所に辿り着いた途端、パタリと倒れたんだってさ。」
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「……でも、良かったな…おツラ取られなくて…」
僕の言葉に、実は俯けていた顔を上げました。
じぃっと僕を見詰めて、ゆっくり口を開きます。
「…いや……獲られたよ…お前、感じてたんだろ?俺への違和感…」
「教えてやるよ、その正体…俺はあの日以来、表情が作れなくなったんだ…」
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僕は、背筋が一気に凍り付くのを感じました。
そう…実はいつも無表情で、その顔を崩した所を見た事が無かったのです。
しかも、それを口にされるまで、僕はその事に気付きませんでした。
たぶんクラスの誰も、その事を不思議に思っていないでしょう。
「…俺がメンピ様の依代を持ってるのには理由がある。」
実は相変わらず無表情のまま、淡々と語ります。
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「[メンピ様]におツラを獲られた人は、[面皮]を取り返さなきゃいけない。出来なければ…今度は自分がメンピ様になってしまう…って、言い伝えられてる。」
実曰く、メンピ様とボロ布の依り代は、獣とそれを繋ぐ枷の様な物なのだそうです。
依り代の中には、メンピ様に関わる[呪]が埋められて折り、メンピ様は朝になると必ず依り代のある所に帰るのだとか。
しかし、人の表情を奪ってしまったメンピ様は、依り代と云う枷から解放されて自由を得ると云います。
奪ったその表情…[面皮]を自分の物にして、人間の世界に潜り込み、やがて溶け込んでしまうそうです。
そうなると、コイツがメンピ様と分かるのは、[面皮]を盗られた人間だけなのだとか。
表情を獲られた人は、[皮剥ぎ鬼]が封じられたのと同じ人形を新しく造って[呪]を入れ、メンピ様を戻さなければならないのですが、[メンピ様の呪]が入った人形を長く手元に置いていると、[呪]の呪力を受けて、自分がメンピ様になってしまうのだと云うのです。
「依り代は両刃の剣なんだよ。[呪]が[メンピ様]を呼び寄せるんだ。そして[メンピ様]になり始めると笑顔を作れる様になる…そうやって、笑顔で人の面皮を剥ぐんだよ…。」
鬼に捕まったら、次の鬼…まるで鬼ごっこみたいだろ…。
実はこの話の最後に、そう呟いていました。
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さて、今回のお話はここら辺で締めさせて頂きます。
後日談と言うのも変ですが、先日僕のPCにメールが一通届きました。
[同窓会のお知らせ]と題されたその内容は、日時と場所のみの書かれたシンプルな本文に、貼付ファイルが付けられていました。
開いて見ると、僕と同じだけ歳を重ねた、実の満面の笑顔の写真。
本当に素敵な笑顔でしたが、何故かうすら寒くなるのです。
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あの笑顔は、[取り戻した]物なのか、それとも…。
僕は、同窓会に参加する事は致しません。
小心者ですので…。
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長々とお付き合い下さった方は、有難うございました。
機会がございましたら、また怪談話に興じたいと存じます…。
作者怪談師Lv.1
☆本編を必ず先にご覧ください。
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長い駄文にお付き合い頂き、有難うございます。
このお話は、かれこれ4~5年前に書いた僕には珍しい完全創作です。
先日、[百物語]に参加させて頂き、[逆さかごめ]というお話を投稿した際に思い出しました。
まだ、怪談の投稿に慣れていない頃の拙い作品ですが、お楽しみ頂けると幸いです。