A「おい…、イカ… やっぱりお前の言うとおりになっちまったわ…」
友人であるAの力ない声を聞いたのは、ありふれた日常の昼下がりの事だった…
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アレを見始めたのは、いつ頃からだろう…
小学生の頃かな…?
初めて見かけた時から、今まで何度アレを見かけたことだろう…
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初めて見かけたのは、小学生の頃だったと記憶している…
家族で、市内にある大手デパートに行った時だった…
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いつものようにおもちゃ売り場に行き、次におねだりするものを物色している時だった…
ふと、視界の片隅に1人の女性が居ることに気づく…
子供心にも違和感があったんだろう。思わずそちらを凝視したことを覚えている…
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俺「ねぇ、お母さん。あのおばさん何してるの?」
母「……………………」
父「何言ってんだ? そっちには誰も居ないだろ…」
俺「いるじゃん! ほらあの人!」
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母「人を指差しちゃダメでしょ! ほら、あまりじろじろ見ないの!」
何故そんなに怒られたのかに気づくのは、何年も後の事だった…
(この子には、他の人には見えないものが視えている…)
この頃ぐらいから、両親は気付いていたらしい…
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俺の目に映ったそのおばさんは、夏だというのにグレーのタートルネックのセーターを着て、所々破れてつぎはぎだらけのロングスカートを履いた女の人だった…
当時の両親よりも年配のように見えたので、40代も半ばぐらいだったんだろう…
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その格好も当然ながら、おもちゃ売り場におばさんが1人…
しかも、仮面ライダーの変身ベルトのポスターの前に延々と立ち尽くしていた…
目の前に立っていながらポスターを見ているわけでもなく、視線は自分の足下の辺りを見つめている感じだった…
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数ヶ月後、そのデパートは閉店した…
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その後も、何度かその人を見かけた事がある…
あれから、どれだけの月日が経ったんだろう…
あの日、小学生だった俺も歳をとり、親となった…
だけど、アレは歳をとらない…
外見はあの頃となんら変わりがない…
服装も、雰囲気もいつも同じに見える…
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個人経営の写真屋…
家族経営の小さなスーパー…
フランチャイズのコンビニ…
大手家電量販店…
全国チェーンのレンタルビデオ店…
大手ホームセンター…etc.
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俺の人生の中で何度もアレを見かけた…
そして、見かけた店に起こった共通の事がある…
…潰れた…
個人経営の所などは廃業…
大手のチェーン店等は撤退したり、閉店したり…
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見かけた店は全て無くなった…
驚異の閉店率100%だ…
ほとんどの店舗が見かけた時から、1年程度で無くなった…
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どうやら、いつも周りには視えていないようだ…
何度か嫁と一緒に居るときに見かけた…
その度に嫁は「見えないよ」って答える…
「イヤイヤ、ここはさすがに潰れんでしょ!」
って言われたことも何度かある…
でも、結果は…
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今年の春、友人であるAの働く店の売り出しセールに行った…
そんなに大きな店ではないんだが、駐車場は満車状態で、臨時の駐車場まで設け、ガードマンまで立っていた。
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「いつも、どうも~!」
Aと話していた俺に、笑顔で声をかけてきたのは、そこの社長さんだった。
いつも通り、元気で大きな声で、満面の笑顔で…
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…
だけど、俺は視てしまったんだ…
その社長の後ろを追いかけるようにして、バックヤードに入って行ったアレの姿を…
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伝えるかどうか迷ったが、Aには正直に話した…
アレがなんなのか…
アレを見かけた店がどうなってきたのかを…
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Aは腹を抱えて笑った…
「真剣な顔して、何の話かと思ったらそんなことか(笑) うちは大丈夫だよ! 経営も苦しくないし、顧客もたくさんいるし! よし、その女のジンクスをうちの店が破ってやるよ!」
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あの日から、半年が過ぎた…
そして、Aの口から出たのが冒頭の言葉だった…
やはりジンクスは破れなかった…
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経営が悪化したわけではないらしい…
あの社長が、病に倒れたそうだ…
小規模小売店にとって、ワンマン社長の離脱は予想以上に苦しかった。
会社を継がず、外で働く1人息子が廃業を決めたらしい…
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A「潰し屋には勝てんかったな…」
そう力なく話すAにかけてやる言葉が見つからなかった…
俺「なんか… ゴメンな…」
A「別にイカが悪いわけじゃないから…
謝ったりするなよ…」
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そう呟いたAの言葉には、やはり力は無かった…
作者烏賊サマ師
最後まで読んでくださってありがとうございます。
実話なので、社名・業種等は控えさせて下さい。
一応、Aには許可を得ていますが、他の従業員さんや、社長家族のこともありますので、ご容赦下さい。
今も、社長さんは病院のベッドの上で、意識の無い状態だそうです。
社長さんの回復を、心よりお祈りします。