アタシは友人と共に、どこかのデパートらしき建物の中を散策していた。
右側にはいくつものテナントが並び、左側には大きな一枚ガラスで仕切られた、外界の景色が広がっている。
スイーツ店で購入したスイーツを噛りながら、友人との談笑に花を咲かせ、ふと、視界に入った外の様子に違和感を感じて顔を向けた。
いつの間にか、外は一面の銀世界になっている。
空からは大量の粉雪が、間断なく降り続いていた。
その光景を見たアタシは、言葉を失った。
なぜなら、アタシの住む土地は、真冬でも滅多に雪など降ることがなく、割と一年を通して暖かいのだ。
数年前まで住んでいた土地よりは冷え込むし、雪の降る確率も高いとはいえ、それでも毎年雪が降り積もる土地からすれば、格段に暖かい。
一面が銀世界になるほど降り積もるなど、あるはずがないのだ。
しばらく呆然と眺めていたが、雪の勢いがみるみる増していき、このままでは帰宅もままならなくなるのでは、と不安に駆られたアタシは、一面ガラスの区切り部分に設置された扉から、外へと出てみた。
雪を想定した格好ではなかったし、こんな薄着では凍えるかも。。。と思いながら出た外の世界は、思いの外暖かかった。
その事にも違和感を覚えながら、ふと、視界の端で遠くの空が紅く染まっている事に気が付いた。
夜も更けた濃紺の空の一部が、まるで燃えているように紅い。紅いのだ。
直後にある疑問が頭を埋め尽くした。
―なんでこんなに吹雪いているのに、暖房の効いた部屋のように暖かいの?
むしろ暑いくらいに。。
それに、雪が降っているのに、なぜ向こうの空は赤くなっているの?
これは、本当に雪。。。?―
アタシはおもむろにしゃがみ込み、足元に降り積もった雪を、手のひらにすくってみた。
表面に指先が触れた時、サラサラした雪の感触とともに、身を貫くような冷たさが広がり、すぐに、生暖かさが伝わってきた。
―え。。。?温かい?。。。雪。。。?―
アタシは手のひらに乗った雪と、今しがたアタシがすくい取った穴を交互に見た。
白い雪の下から、灰色の何かが覗いている。
手のひらの雪の下にも、灰色の、サラサラした何か。
―これ。。。。!!―
アタシはまた、紅く染まる空に目を向けた。
紅い空の下に広がる山の頂上付近から、時折火柱が上がっている。
火柱が上がるたび、空気がビリビリと振動する。
熱気が増す。
―噴火だ!!―
アタシは、踵を返すとデパートの中に走りこみ、まだ悠長に買物を楽しんでいる客達に大声で叫んだ。
「噴火!噴火してる!早く逃げてください!!」
しかし大勢の客は、おかしな人でも見るような目でアタシを一瞥すると、またニコニコと微笑みながら買物に戻ってしまう。
―なんで!窓から見えているのに!―
アタシはもどかしさを感じながらも、息子を迎えに行かなくちゃ!と、息子の通う幼稚園へと急いだ。
―早く!早く着いて!―
気持ちばかりが焦って、それとは裏腹に足は遅遅として進まない。
息子の名前を叫びながら、逃げ惑う人々とは逆方向に必死に走った。
押し寄せる人波が邪魔をして、更に速度が落ちてしまう。
ふと視界の右側に、人がほとんど通っていない小道を見つけ、アタシはそちらへと方向を変え走った。
細い路地には、所狭しと自転車が停められていて更に狭くなっており、こちらもなかなか進めない。
その時だった。
眼前に、紅く光るドロドロした何かが流れ込んでくるのが見えた。
―マグマが。。。!!―
この道はもう進めない。
アタシはまたしても方向を変えざるを得なかった。
元来た道へと戻る。
もうほとんど人はいなくなっていた。
その道すらも、マグマが流れ込んできている。
アタシは、幼稚園で先生に抱きかかえられながら恐怖に泣き叫びアタシを呼び続ける息子を想像し、息子の名前を絶叫した。
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「はっ!!」
目覚めると汗だくになっていた。
「なんだ。。。夢。。。」
アタシは今見たすべての光景が夢であったことに安堵のため息を漏らしながらも、拭いきれない恐怖で震える体を抱きしめた。
そう、夢だったんだ。
恐怖で泣き叫ぶ息子も、息子の元へたどり着けないアタシも、マグマに飲み込まれて亡くなった人も誰もいなかったんだ。
よかったじゃないか。
しかし言いようのない不安が、アタシを離してはくれなかった。
その夢を見た数日後。
ドーーーン!という鈍い音と、その数秒後に家が震えるほどの空振が、不規則に何度も繰り返され、ニュースではその事がずっと放送されていた。
新燃岳の噴火である。
夢の事などすっかり忘れていたアタシは、ニュースに釘付けになり、恐怖で震え上がっていた。
その日の夜遅く。
ひときわ大きな地響きのような音がして、地震のように家が揺れた。
その後も、間髪開けずに大きな音と空振が続き、アタシは家の窓から外を見てみた。
そこには。。。。
南の空が紅く光る光景があった。
ドーーーンという音が響く度に、光が増し、昼間のように明るくなる。
―どうしよう。。。見た事もないような大きな噴火だ。。。逃げなくて大丈夫なのかな。。。―
ニュースでは、アタシの住む土地に避難勧告や避難指示などが発令されたような事は流れていない。
―でも、逃げ遅れたりしたらどうしよう。。―
不安と恐怖でパニックを起こしたアタシは、家のすぐそばにある消防局へと電話をかけた。
「あの、ものすごい噴火してますけど、逃げなくて大丈夫なんでしょうか」
たしかこんなような事を話した気がする。
小学生かと思うようなセリフだが、それほど動揺していたのだ。
しかし消防局の職員の答えは、マグマが押し寄せるような距離ではないので、大丈夫ですよ、というものだった。
少しは安心できたものの、ひと晩中繰り返される音と空振はアタシを震え上がらせ、結局一睡もできないまま朝を迎えた。
その頃には、小規模な噴火こそあるものの、前の晩ほどの大きな噴火は起きなくなっていた。
登園の支度を済ませると、息子が朝ごはんを食べている間に車を温めるため、エンジンをかけようと外に出てまた絶句した。
「えっ、雪?」
一瞬目の前の光景は、雪が降り積もった銀世界のように見えた。
その瞬間、アタシは数日前に見た夢の光景を思い出した。
よく見れば、一瞬真っ白に見えたそれは、灰色だった。
まるで水墨画の中にでも入り込んだのかと思うほど、一面が灰色。
夢で見た光景とそっくりだった。
思い返せば、夜中見た空が紅く染まる光景だって、夢と同じだったのだ。
「夢。。。じゃなかったんだ。。。」
小さく呟いてから、アタシは灰で埋もれた車を水で洗い流す作業に追われた━━━。
あと3ヶ月ほどで、あれからまる6年。
あとにも先にも、予知夢と思しき夢を見た記憶は、これだけです。
作者まりか
あまり怖い話ではありません。
てか全ッ然怖くないと思います。ごめんなさい( ;∀;)
アタシの中ではめちゃめちゃ怖かったんです。
なのでご勘弁をw(ฅ∀