のんびり屋でホワンとした長女が、先日私にしてくれた話をしたいと思います。
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「お母さん、私が小さい頃、お母さん、昼も夜も働いてたよね。」
不意に長女が、そう話しかけて来たのが話の始まりでした。
「そうだね。あんたが小さい頃は、お母さん、働いてばっかいたね。嫌だった❓」
そう聞いた私に長女は、
「嫌じゃなかったよ。託児所にいたし、ニイニ達が居てくれたから。」
長女はそう言いました。
ニイニと呼ぶのは、妹の子供、私からすれば甥っ子達、
長女には従兄弟です。
「そうだね。小ニイニとあんたはとても仲良しだったもんね。よく、お母さんの部屋で、2人で寝てて、可愛かったよぉ〜。」と言うと、
長女は、
「冬の夜遅くに、お母さんが布団にモゾモゾって入って来て、私と小ニイニの間に割り込んで、抱っこして寝てたよね。」と笑いました。
「あんた達、あったかくて。お母さん、とにかく布団に入ってあんた達にあっためて貰ってたよ。お母さん、体冷たいから!あんた達最初嫌がるんだけど、『寒いよぉ〜、あっためて?』て言ったら、2人ともぎゅうってくっついて来て、可愛かったなぁ。」
と私が言うと、
「でもあの頃、小ニイニ、おねしょが酷かったんだよね。
だから、私と寝るようになったんだよ。
覚えてる?」と聞いて来ました。
そうだったね、と私が答えると、
「おねしょ、知らない間にしてるんじゃなくて、行けなくて漏らしちゃうって、小ニイニが言って、
どうして行けないのって聞いたら、『1人で行けないから』って。だから、トイレの前にある私達の部屋で、小ニイニも寝るようになったんだよ。」
長女はそう言いました。
「そうだったね。お母さんが帰って来た時に、小ニイニに声かけて、おトイレに行ったりしてたね。
よく覚えてるね。」
そう言う私に、
長女は、
「なんで、行けなかったか、知ってる?」と聞いて来ました。
「夜だし、暗いし、あの頃、パパがいなくなった頃だったから、心が弱くなってたりしたんじゃないかな。
大ニイニもよく、『昨日、フラフラお家の中歩いてたような気がする』って、言ってたりしたじゃない?
お母さん、帰って来た時、大ニイニと妹(私の妹)の寝る部屋を覗いたけど、そんなのは一度も見たことなかったけどね。」
私はそう答えました。
そう言いながら、私は、その頃の事を頭の中で、思い出していました…。
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当時私と娘は、海外に住むことになったお友達の家を借りて住んでいました。
2人で住むには、有り余る部屋数のある大きなお家だったのですが、
妹の当時の旦那が、浮気の果て、その相手の人と、失踪同然に姿をくらまし、専業主婦の妹は生活に困り、
子供を2人連れて、転がり込んで来たのです。
相手をなじるばかりで、仕事を探そうともせず、、小学校も休ませっぱなし…。1日の大半を、寝るか、泣くか、相手をなじることに費やしていました。
私から見れば、妹は、相手の肩を持つわけではありませんが、
よそを向かれても仕方のない嫁だったと思います。
それに、妹も、『息抜き』と称し、出かけた先で知り合った男と火遊びもし、何日か家に戻らない日もありました。
そんな事はまるで無かったかのように、
『私は、ちゃんとやってた。』
『私は、一日中家のことをしてた。』
『私は子供を必死で大きくしてたのにッ!』
『あいつは!』
『あいつは!』
『あいつは!!』
明けても暮れても同じことを口にし、甥っ子2人はそれを聞いて過ごしていました。
私と長女は朝から出かけ、仕事に、保育園に行き、
夕方帰って来て、週に3日は夜もバイトに出かけて長女は託児所に預けていました。
一緒に住み始めてからも、最初のうちは夜のバイトに行くときは、長女を託児所に預けて居たのですが、妹が転がり込んで来た事で、生活がきつくなり、
妹に、夜の私の留守の間、娘も見させることにしました。
長女は、夜の9時前には自分で布団に入って行くような子だったので、夜の9時前に出勤する私が部屋まで一緒に行き、布団に入るのを見届け、妹に
「何かあったら連絡してね。」と言い、出かけていました。
小ニイニと、長女が呼ぶ甥っ子が、私の部屋で寝るようになったのは、
我が家に来て2週間位経ってからだったと思います。
「にゃにゃみの部屋で、寝ていい?」
そう聞いて来た小ニイニは、泣き出しそうな顔でした。
「どうしたの?おねしょを気にしているの?」
そう聞くと、
「ママが、『臭い』って。
『トイレの前に布団引いて寝ろ』って言った。」と、泣き出しました。
…。
あの子はまた…。
どうしてそんな、抉ぐるような事しか言えないのかしら。
私は腹が立ち、
「にゃにゃみの部屋で寝たらいいよ?
おねしょなんて、気にする事ない。
にゃにゃみが帰って来たとき、目が覚めたら、一緒に連れて行ってあげるから。
もし、にゃにゃみが帰って来てない時、トイレに行きたくなったら、○(長女)を起こしな?
○着いて行ってくれるから。それに、おねしょシートも引いてあるから、大丈夫よ。」
そう…。
そんなやりとりがあったなぁ、
そんな事を思い出していました。
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「小ニイニ、何回か私を起こしたことがあるの。
眠くて、でも目を開けたら、ものすごく泣きそうな顔して、『ごめんね。おトイレについて来て?』って、そう言うんだよ。
私はまだ、小学校にも行ってなかったし、二イニ達より小さかったけど、本当に、かわいそうだった。
2人で手を繋いで、おトイレに行ったんだよ。」
長女はどう行ったわけか、幼い頃から、
暗がりを怖がるとかいうことがない子だったのですが、
だからこそ、
『あー、小ニイニ、本当に怖いんだな。』と思った、と言いました。
そうでなければ、普段、
「大丈夫?○、僕につかまって?」
「○、こっちにおいで、危ないから手をつなごう。」
○、○、そう言って名前を呼んで、自分を助けてくれる優しい、強いニイニが、泣き顔で、ついて来てなんて言ったりしない…。
長女は、
「だからね、『眠たいのになぁ。』とか『起こさないでよ。』とか、ちっとも思わなかった。
いいよ、行こう?って、2人で手を繋いで、トイレに行ったんだよ。」
そうだったんだね。
私は話を聞いて、胸がぐっと詰まっていました。
すると長女が、
「お母さん、小ニイニ、何が怖かったんだと思う?」
そう聞いて来ました。
何だろう。
単純に、大きなお家の真っ暗闇は、子供なら普通は怖いだろうし、あの頃はだから、パパがいなくなってすぐだったし、ママも何だかおかしかったし…。
「さぁ、不安だったのが、怖い気持ちを大きくさせてたのかなぁ。」と
私は答えました。
長女は、
「小ニイニ、寝る時いつも、
『にゃにゃみがいつも、お家にいればいいのに。』って言ってた。
どうしてって聞いたらね、
『にゃにゃみが居ない時、ママは本当におかしいんだよ。』って言ったの。
何がおかしのって聞いたらね、
『ママ、たまに、夜とか昼とか、紐を持って、ウロウロするんだ。』って、そう言った」
紐を持って、ウロウロ?
何やってんだ、あの子は。
そういう私に、長女は、
「私もそう思った。
だからね、何をしてるの?って聞いたらって、小ニイニに言ったの。
そしたらね、
『聞いた。』って、
『ママ、僕の縄跳びで何をするの?』
そう聞いたんだって。
何回も何回も、聞いたって。
そしたらね…」
『うるさいな、お前は連れて行ってやらない』
小ニイニは、そう、言われたんだって。
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何も言えず、ただ、驚いて言葉の出ない私に、
長女は、
「…すぐにわかったんだと思うの。ママがどこに行こうとしてるか。
小ニイニは、
夜に、部屋がたくさんあるあの家のどこかで、
ママが死んじゃってるんじゃないか
って、
それが怖かったんだと思うの。
お母さん、さっき、大ニイニが
『夜にフラフラしてた。』って言ってたことあったって言ったでしょ。
ママに連れられて、歩いてたんだよ。
紐を持ったママに、連れられて歩いてたのを、大ニイニはあんまり覚えてないんだよ。
小ニイニは、それをおトイレ行って、部屋に戻る時に見たんだよ。
小ニイニ、置いていかれるって、
どんな事か、深く理解できなくても、そう思ってたんだと思うんだ。
だけど、死んじゃうのも、怖いじゃない。
小ニイニ、どうしていいか、分からなかったんだと思う。
それが、小ニイニがトイレに行けなかった理由だよ。
トイレが怖いんじゃなくて、
置いてけぼりにされるって思った事が、1番怖かったんだよ。」
長女は、そう言いました。
何であんた、そんな話を、
ちゃんとその時してくれなかったの?
責めるつもりではなくても、私は長女にそう言っていました。
「ごめんね、でも、私も聞いた時は、よく分からなかったんだよ。
それに私、怖いって思うより、小ニイニが可哀想で仕方なかった。
何で、ママなのに、小ニイニにそんなこと言うのって、
とても、悲しかった。
だから『もう、怖くないよ。』って言ったんだよ。
『お母さんが、いるからね。』って。
『絶対、お母さんが、ニイニ達の事、助けてくれるよッ!』って、私、そんなふうな事、何で言えたのかな、でも、言ったんだよ。
そしたらね、お母さんがその日、夜の仕事のお客さんから、事務員の仕事を貰ってきたんだよ。
覚えてる?
お母さん、その日、
ニイニ達のママを真夜中叩き起こして、
「明後日面接だからッ!用意しなさいよッ!
いつまでも、メソメソしてないで、ちゃんと立ちなさいッ!」って、
大声で、怒ったんだよ。
大ニイニはその時も寝ぼけてて、外はまだ真っ暗なのに、
「今日から3学期?」っとか何とか笑、
おかしな事言って、着替えようとしてたよね。」
そう言って、ウフフフフと、涙を浮かべて笑いました。
何で今、そんな話を、思い出したの?
そう聞いた私に、長女は、
「ニイニ達が、今のパパの所で家族になって、お別れした時に、
小ニイニが、
『大きくなって、僕達が中学生とかになったら、もしかしたら会えなくなってるかもしれない。
でも、○の事も、にゃにゃみの事も、大好きだからね。
助けてくれて、ありがとう。』って、言ってくれたなぁと思って、
私はニイニ達と離れて、毎年12月になったら、
ニイニ達があの家に来た時の事、思い出してたんだよ。」と言いました。
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どんなに長女に頼まれたとしても、私が妹に連絡を取る事はありません。
それが甥っ子と連絡を取るためだとしても、
私は妹に連絡を取る事はしません。
その事は長女もよくわかっています。
「私も、ニイニ達のママには、連絡は取らない方が良いと思うよ。」
長女はそう言います。
でもね、
もし、小ニイニが、大ニイニが頼って来たら、
また、助けてあげてね?
2人は私の、大切なお兄ちゃんなの
長女はそう言って、すっぽり、頭まで毛布を被りました。
私は、毛布の上から、長女に覆い被さって、
「わかってる。」とだけ言い、頭を撫でました。
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まだ、小さかった甥っ子達、今ではもう高校生になっているはずです。
大ニイニも小ニイニも、あの頃の事をどのように覚えているでしょうか?
小ニイニは長女に話す事で、母親がおかしいことに対する不安を、ほんの少しでも解消できていたのかもしれませんが、
大ニイニは本当に、あまり覚えていないのでしょうか?
人は、辛い記憶や出来事を、思い出さないように蓋をすることができる生き物です。
どうか、なぜか思い出して、1人で辛くなってたりしないように、そう願うしか出来ない私ですが、
今だって、甥っ子2人のことは、昔と変わりなく、
長女が想うように、私も大切に思っています。
2人が、母親に振り回されず、大きく成長しているように…、
今はそれを願い、いつか会えたらと、
そう想うばかりです…。
作者にゃにゃみ
今回のお話は、長女のしてくれた思い出話です。
ちゃんと見る、という事は、とても難しい事だなと
自分の子育てを思い改める話でもありました。
一緒に居てたのに、本当に怖かったことに気づいてあげられずごめんね、
そんな気持ちも込めて。