ふぅ…私の話もそろそろ終わるかな。
あぁいや、別にもう話すことが無い訳じゃないけどね。
ん?…あぁ、この猫?何故かわからないけど、昨日から居座っててね。
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さて…猫のことはさておき、話をしようか?
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「はぁ…」
寒空の下、私は溜息をつきながら街中を歩いていた。
今は冬。寒くなり、外出をしたいとはとても言えない季節。
私は、ある悩みを抱えていた。私には夫がいるのだが、とても返済出来るとは思えない額のお金を借りていて、最近は毎日借金を返してくれ、と電話や玄関口で言われるまでになっていた。
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私は疲弊し、夫も家に帰ってくる時間が減った。
「そういえば…あの子、どうしてるのかしら……」
ふと、娘の事を思い出した。娘は幼い頃から妄言を繰り返し、周りを呆れさせていたが、娘にも恋人ができ、そして2人ですぐに同棲を始めた。
それっきり、娘はたまに手紙を寄越すだけで家には帰ってこない。私は孤独だった。
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「はぁ…」
何度目かもわからない溜息をつき、私は帰路を辿る。しかし、家に帰ってもまた借金返済の催促があるだけだろう。私は自殺を考え始めていた。
「自殺は、やめておきなよ」
唐突に声を掛けられた。
「え…?」
後ろを振り返ると、そこには20代半ばの女性がいた。すっかり大人びているが、幼さの残る顔立ちには見覚えがある。
「弥子…?」
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私は、久しぶりに故郷を訪れていた。別に何か目的がある訳じゃない。ただ、なんとなく帰ってきただけだ。そしてなんとなく、家にも行ってみようかと思い、朧気な記憶で家への道を辿る。
すると、前から不穏なモノを感じた。ふと見てみると、女性がいる。余程憔悴しているのだろう。フラフラと頼りなく歩いている。
思念を感じ取るよう集中すると、どうやら自殺を考えているらしい。私はつい、声を掛けた。
「自殺は、やめておきなよ」
「え…?」
急に話しかけられて驚いたのだろう、その女性はすぐにこちらを向いた。見覚えのある顔。
私は少なからず驚いた。
「弥子…?」
私の、母親だった。
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「弥子……弥子、なんでしょ?」
弥子はゆっくりと頷いた。
「そうだよ」
「あぁ……弥子、本当に、元気そうで何より…」
しかし弥子は私の言葉には返さず、すぐそこの喫茶店を指差した。
「とりあえず…話をするなら、あそこで。寒いし」
私は、態度も、表情も、声も冷たい弥子に驚いた。
「……え、えぇ、そうね………」
私は、弥子の言葉に頷き、一緒に喫茶店へ入った。
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私の指定した喫茶店に入り、注文を手早く済ませ、母と改めて向かい合う。
久しぶりだからか、悩みを思考の隅に追いやろうとしているのか、母は矢継ぎ早に質問してきた。
「仕事、ちゃんとやってるの?」
やってるよ。
「上司とか同僚と上手くやれてる?」
自営業だからいない。
「自営業?なんの会社?」
心霊関係の相談事務所。
「心霊って…あなた、まだそんな事言ってるの?いい大人にもなって、まだ妄言を繰り返してるの?」
私はその言葉に強く反応した。そして、2人の時が止まる。
ウェイトレスが飲み物を持ってきてくれたが、礼も言わずに、時間だけが過ぎる。やがて、私の方から口を開く。
「妄言……ね」
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「妄言……ね」
弥子は哀しそうに微笑みながら、そう呟いた。
瞬間、とてつもない罪悪感が私を襲う。違う、私は、私はそんなつもりじゃ…。
「ぁ…」
そう考えているのに、伝えなくちゃいけないのに、声が出ない。
弥子はそんな私の事を一瞥もせず、
「お母さんは…なんで自殺をしようと考えてたの?」
「それ、は…」
途切れ途切れに、伝える。私の、今の状況を。
「ふーん…」
弥子は興味無さそうに私の話を聞いていた。
「ついてきて」
「え?」
「…速く」
弥子はそれだけ言い、立ち上がる。会計を済ませ、店を出る弥子を私は慌てて追う。
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母が喫茶店から慌てて出てきたのを一瞥し、私は続ける。
「自殺は……やめておいたほうがいいよ」
「それは…さっきも言ってた、けど…何故?」
「知りたい?」
私は敢えて問い掛ける。しっかりと、母を、母の眼を見据えて。
母はそれに気圧されたようにたじろぎ、それでも、
「………知りたい」
と言った。
「じゃあついてきて」
私はそれだけを言い、歩き出す。母はしばらくぽけっと立ち尽くしていたが、やがて走って追い掛けてきた。
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前を歩く弥子について行き、私はある廃屋へと案内された。弥子は私を振り返り、説明する。
「此処は…昔住んでいた家族の1人が、自殺した家。それから怪奇現象が起こるために放り捨てられたような家」
弥子の説明を聞いても、なにもわからない。
何故こんな所に来るのか。
何故そんな事を知ってるのか。
何故…そんなに冷たい目で私を見るのか。
「自殺の意味を知る覚悟が、お母さんにはある?」
弥子の問い掛けに、私は…答えられない。それでも…。
「えぇ………ある」
そう、答えた。弥子が前を向くその時、少しだけ、弥子が笑ったような気がした。
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私は母の言葉を聞き、そして廃屋の中に入る。
「こっちだよ。速く来て」
母を催促し、私は目的の部屋へ向かう。
そして、部屋の前で立ち止まり、母を待つ。
「弥子……この部屋がどうしたの?」
「この先、何があっても此処を穢すような行動はしないで。わかった?」
私はそれだけを言い、返事を待たずに部屋の扉を開ける。
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弥子は私に問い掛け、私が何か言う前に扉を開ける。
其処には…。
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ギィ……ギィ……と、縄の軋む音が聞こえ、その縄には人がぶら下がっている。苦しそうに喉を掻きむしり、そして……絶命した。
弥子はその光景を相変わらずの冷たい表情で見ていた。
「なに……なんなの、これ……?」
「これが、自殺の罪だよ」
弥子はそう言って、私の方を向く。
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自殺した子供の霊を見て怯えている母に、私は告げる。
「これが、自殺の罪だよ」
「自殺の、罪…?」
後ろで、また縄の軋む音が聞こえ始める。母は見ているのだろう。2回目の子供の自殺を。
「そう、自殺の罪」
「なに…それ?」
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「自殺って言うのはね、人間…いや、生物の犯す罪の中で最も重い罪なんだよ。自殺した生物は、天国や地獄、冥界にも行けず、この世を彷徨い、自殺の苦しみを永遠に繰り返し続ける」
「あなたは…いつも、子供の時から、これを見てたの?」
「ずっと…ね」
私がそう言うと、母の眼からは涙が溢れ、泣き出した。
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弥子が、こんなにおぞましい、恐ろしい光景を毎日見てたなんて…。とても、とても私には耐えられない。でも、何よりも、弥子にとっては霊よりも、親である私達に信じてもらえない方が辛かったはず。なのに、私はそれを…“妄言”と、決めつけて、理解しようとしなかった。
「弥子、ごめんなさい………本当、に、ごめんなさい…………」
私は弥子に謝る。
弥子は、
「自殺の罪がどれだけ重いかは、もう分かったでしょ?帰るよ」
私は頷き、弥子と共にその廃屋を後にした。
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私は母を家に送り、そのまま故郷を後にした。
雪が降っている。
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もう、すっかり冬だ。
作者プリンヒルデ
はい、神成弥子シリーズです。今回はホラーを書く!と息巻いてた私ですが、なんとまさかの弥子の母親登場。霊はただの説明人形に…。彼は犠牲になったんだ……。
えっと、こんな話になって私もビックリです。
でも、これで弥子と弥子の母親の関係は明らかになって、これからも色々な謎が解けるでしょう。
読んでくれたら幸いです。それでは、縁があったらまた会いましょう。