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長編9
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記憶喪失 ~君の縄~

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俺には過去がない。

そう言うのが今の状況にふさわしい。

所謂、記憶喪失というやつだ。

ベッドで目覚めたときには、名前や年齢、どこに住んでいたかという記憶はおろか、家族と言っている連中とも面識がなかった。

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父と母、そして妹と思われる人達は、俺が目を覚ますと、良かったと言って泣いた。

「すみません、あなた方は誰ですか?」と言った時には、さすがにその場の空気が凍りついた。

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しかし、家族にとっては不幸中の幸い、俺が生きているだけでも良かったと、記憶のことには触れずにいてくれた。

そのことに、俺は若干の罪悪感を感じる。

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......ところで、俺の顔の下にどうにも身に覚えのないものが存在している。

白い病院着を内側から丸く盛り上げる、双丘。

正体を探るために両手で包み込み、感触を確かめる。

――柔らかい。

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手のひらの感覚と同時に、触られている部分の感覚も身体に伝わる。

してみるとこれは、俺の身体の一部なのだ。

胸だ。豊満な胸。

はて?俺の身体にこんなもの付いていたかしらん。

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「んー?」

「......姉ちゃん、なにしとるん?」

難しい顔をして己が胸を揉みしだく俺に、妹が冷めた視線を送る。

慌てて胸から手を離し、笑ってごまかす。

妹は「まあいいや」と言って、医者と話していた両親の元に歩いて行った。

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姉ちゃん?

俺......、姉ちゃん?

なぜだろう、ひどく違和感を感じる。

なぜ俺は、自分のことを『 俺』と呼んでいるのだろう。

記憶を失う前から、俺は一人称が『 俺』の『 俺っ娘』だったのだろうか(『 僕っ娘』ならぬ)。

してみると、俺って結構不良ちゃん?ヤンキーちゃんだったのか?

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視線を巡らし、病室の窓を見る。

そこには、白い病院着に身を包み、頭に包帯を巻いて、ベッドの上に身体を起こしている、一人の可憐な美少女が映り込んでいた。

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その後、無事に退院した俺――、もとい私だが、どうにも違和感をぬぐえずにいた。

何しろ記憶がないのだから、見るもの聞くもの全てが初体験だ。

ただ、私の住むこの町――緑豊かなI町の景色は、どこか懐かしく感じる。

具体的なエピソードは思い出せないまでも、身体に染み付いているというか......。

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家族も退院した私をフォローしてくれ、隣近所に挨拶(事情説明)をするついでに、町を案内してくれた。

通っていた高校、よく買い物に行っていた商店街、幼い頃遊び場にしていた神社。

どれも見覚えが、あるような、ないような。

確実にある、と言いきれるものがない世界とは、夢の中のようにあやふやでたよりなげだ。

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なにより私は、自分自身に対してしっくりきていない。

病院で着替える際に目を飛び込んできた、自分の身体。

健康的な女子高校生の肉体がそこにあった。

とたん、私は激しい動悸に襲われ、鼻血を出して倒れてしまった。

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慌てた母親がナースコールを押して医者が駆けつけたが、身体に異常はないということだった。

退院してからも、朝起きるとどうにも胸を揉んで確かめてしまう。

それを妹に見とがめられて、変態呼ばわりされる毎日だ。

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風呂やトイレの際に、言い知れぬ興奮と多幸感と罪悪感を感じる。

まるで他人の身体を好きにしているような......。

それもこれも、記憶をなくしていることに起因するものと、わかってはいるのだが......。

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ある雨の日のことだった。

高校から、傘を差して帰宅する道すがら、私は神社に立ち寄った。

朱い木の鳥居を潜り、石畳の参道を進むと、背後を山に囲まれた、古い社(やしろ)が現れる。

私は軒下の、賽銭箱の横に腰を下ろすと、降りしきる雨をぼんやりと眺めた。

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家族も学校の友人も、近所の人達も皆親切だ。

私の今の生活は落ち着いている。

学校の勉強がやたら難しく感じるが、記憶喪失のせいと割り切って猛勉強し、なんとか付いていっている。

ただ、とにかく私は私自身にいまだしっくりきていないのだ。

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毎朝、登校前に姿見で自分の姿を見る度、見知らぬ少女のように思えてドキリとしてしまう。

私は――自分で言うのもなんだが――かわいい部類に入ると思う。

しかし、自分で自分にウットリするようでは、いや、これはトキメキと若干の欲情に近い感情だ、とにかくそんな感情を抱くようでは、困ったものだ。

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「はあ......」

私は小さくため息をつく。

と、参道の向こうから傘を差した人が歩いてきた。

顔は傘に隠れて見えないが、制服を着ていることから、中学生か高校生の男子であるようだ。

私は少し慌ててスカートを直す。

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向こうも、賽銭箱の横にたたずむ私に気がついたらしい。

一旦歩幅が乱れたが、気を取り直したように近づいてくる。

やがて、軒下に至り、差していた傘を下ろした少年の顔を見て――、

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shake

「わあああああぁああああああぁぁぁ!!!」

俺は悲鳴を上げた。

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そこには、俺が立っていた。

なぜ?なんで?俺はここにいるのに、なぜ目の前に俺がいるんだ?

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目の前の俺は、俺が上げた悲鳴にビクリと身体を震わせたが、俺の顔をまじまじと見、一瞬のち、

shake

「いやああああああぁあああああああ!!!」

と甲高い声を出した。

そして、

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「な、な、な、なんで私がそこにいるの?」

と、しなをつくって震えてみせた。

気持ち悪い。

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ん?おや?おかしい。

私は『 私』であって、目の前の少年ではない。

ではなぜ私はこれほど驚いている?

ドッペルゲンガーでも見たかのように、動悸を激しくさせ、喉をひくつかせている。

立ち上がることができない。腰が抜けたとはこのことか。

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それにおかしい。

向こうは向こうで驚きすぎだ。

おまけに『 私』がそこにいる、とまで言っている。

これってつまり?

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「あの......俺、いや私、宮野ミカ。あなたは?」

「私、いや、俺は滝沢連太郎......です」

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「「本当は......?」」

二人の声がそろった。

やっぱりだった。

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滝沢くん――彼は宮野ミカよりもひとつ年下だった――の話によれば、彼もミカと同じ境遇にあるらしかった。

すなわち、記憶喪失。

そして、ミカと同じ頃に病院で目覚め、その後退院し、自分に対し違和感を感じながら生活をしていた、とのこと。

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「その......、着替えとか、お風呂とか、トイレとか......、そういう時に言い知れない罪悪感が湧いてしまって......。

まるで、自分の身体が自分のものじゃないみたいな......。他人の身体を好きにしてるような感じが消えなくて......」

やはり、同じことを考えていたようだ。

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「でも、さっきあなたを見て思ったの。『 私』が目の前にいる。

『 私』が本来いるべき身体がそこにあるって」

「私、......俺もそう。滝沢連太郎の身体こそが『 俺』がいるべき場所だと感じる。

......これは一体どういうことなんだ?俺達二人ともおかしいのかな?」

二人して頭を抱える。

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「とにかく、理屈はわからないけど、私達、中身が入れ替わってる......ってことでいいのかな?」

滝沢連太郎の姿をしたミカがつぶやく。

宮野ミカの姿の俺はうなずく。

と、

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shake

バチーン――!

いきなり平手打ちを食らった。

目の前を星が飛ぶ。

痛みが遅れてやってきて、目がうるむ。

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「エッチ!」

目の前の男が言う。

ひどい言いがかりもあったもんだ。

記憶をなくして違う身体に入れられた自分に対して、あんまりな仕打ちだと思う。

ただ普通に生活していく中で、着替えたり、風呂に入ったり、トイレに行ったり、胸を揉んだりしただけ......。

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「すみません......」

知らないうちにとはいえ、役得を享受していた自分は素直に頭を垂れる。

待てよ......ミカだって俺の身体を......いや、やめておこう。また怒られる。

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それにしても、入れ替わってるとはいえミカは本来の自分の身体に平手打ちしているわけで、なんだかシュールだ。

いや、傍から見たら、少女の顔を殴る少年というわけで、最低にバイオレンスな絵面だ。

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「ともかく、これからはたまに会って情報を交換しましょ?

どうしてこんなことになったのか、どうしたら元に戻れるかも考えなきゃ」

俺はうなずく。

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神社の前で、二人別れる。

ひどく非科学的な出来事だが、俺は妙に納得がいって、晴れ晴れとした気分になっていた。

家に帰りつき、上機嫌で「ただいま」と声をかけるが誰の返事もない。

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薄暗い家の奥からボソボソと話し声が聞こえる。

なんだ、誰かいるんじゃないか。

俺は廊下を進み、話し声がする部屋の前で立ち止まった。

そこは妹の部屋だった。

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「......だから......穏便に......おしら......」

よく聞き取れないが、確かに妹の声だ。押し殺した、声。

なぜか不穏な気配を感じて、声をかけないまま入口のふすまの障子に指で穴を開けて、部屋の中をのぞき込む。

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そこには畳に寝転がったまま、片手で腕枕、もう片方の手で携帯電話を握ってこちらに背を向けている妹の姿があった。

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だらしない。

なんというか、オッサンくさい。

たまに腕枕を崩して、お尻をボリボリと掻いたりしている。

ミカの妹はまだ小学生だ。

今からこんなでは、先が思いやられる。少女ならもっと可憐におしとやかにだな......

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「とにかく、隠蔽工作が上手くいってよかったよ。

おしら様様だな。」

妹がくっくっと含み笑いをする。

隠蔽工作?

およそ妹らしからぬセリフに違和感を覚える。

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「なにしろ、このI町を囲む山々には活動中の火山帯があって、いつ火山性のガスが吹き出ないとも限らないと、学者どもが以前から五月蝿かったからな。

そこにきて、あの日、深夜のガス噴出だ。

村の地形や当日の風向きもあったが、まさか256名もの町民が死亡するとは......」

火山?ガス?死者?256名?

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「これがそのまま世に出れば、対策を講じなかった町長である私の責任問題だからな。

しかし、神社の神主である君から、おしら様の話をはじめに聞いた時には、ふざけているのかと思ったものだよ」

なんだ?この不穏な会話は。おしら様?

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「亡魂を、肉体を依り代に再びこの世に還す神秘、おしら様。

なにしろあの夜、町には新鮮な死体と、出来立ての亡魂で溢れていたからな。

多くの人間が、自分は一度死んだなどとは、思ってもみないだろう」

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おしら様、肉体を離れた亡魂、再び肉体に入れられた魂。

じゃあ、俺とミカのこの『入れ替わり』は……。

それに、事件の隠蔽工作に、町長と神主が関わっている?

これは……。

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「いや、それにしても、おしら様というのは便利だね。

儂も、一度幼い女の子の身体を好きにしてみたいと思っていたのだよ。

なにしろ自分の身体だ。どうしようが誰も文句は言わんからな」

最低のロリペド野郎だ。

とにかく、ミカに連絡を。

事件のことをネタに、どうにかしておしら様を起動させて、俺たちの身体を元に戻さないと。

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「それに――、事態に気付きそうな馬鹿を、堂々と監視することができる。

もうこの話も聞かれてしまったようだ。

仕方ない、後の処理がまた面倒だが……消すか」

shake

ギュルン――!

妹がこちらを振り返ったとたん、俺の首に太い縄が絡みついた。

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「かっ……かっ……けはっ……」

ギリギリと首に食い込む縄。

必死に振り返ると、ミカの父親がいやらしい笑みを浮かべて、俺の首を締めあげていた。

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「貴様、どうやらきちんと元の身体に還れなかったようだな?

それでずっと違和感を感じていた。

何人かいるんだ、そういう輩がな。

まあいい、今度はどこかの犬の身体にでも閉じ込めるか……それともこのまま昇天するか?」

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妹が小さな身体で俺の顔を見上げてニヤニヤと笑う。

視界が暗くなってきた。

――ミ、カ……

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俺は最後に君の名を呼んだ。

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お、おしら様!僕の体を広瀬す●ちゃんと入れ替えて下さい!!…もみもみ…

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き・・・「君の縄」そうきましたか(笑)

綿貫様が奇襲攻撃するとはー!

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