【夏風ノイズ】見えない刃

長編14
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【夏風ノイズ】見えない刃

 八月、茹だるような暑さの中、暗い顔で俺の家を訪れてきた少女の両腕には、包帯が巻かれていた。

「はじめまして・・・」

 少女は少し戸惑い気味に頭を下げてそう言った。名前は夢乃といい、中学一年生で俺の義妹である露と同じクラスなのだそうだ。

「いらっしゃい、どうぞ入って」

俺はそう言って、夢乃ちゃんを居間へと案内した。

「ごめんね、露はもう少しで帰ってくると思うけど」

「いえ、大丈夫です。あの、すみません突然・・・」

「いやぁ、全然いいんだよ」

 夢乃ちゃんから連絡があったのは、つい昨夜のことだった。

 俺が電話に出ると、聞き慣れない少女の声が受話器の向こうから聞こえてきた。

「もしもし・・・あの、露ちゃんはいますか?」

「はい、居ますよー。名前を教えてくれる?」

「あ、夢乃です」

 露に電話を代わってもらうと、少し仲良さげに話し始めた。通話を終えると、露は俺の方を少し困ったような顔で見た。「どうした?」と訊くと、人差し指で頬を搔きながら話し始めた。

「私のクラスメイトの子なんですけど・・・旦那様に相談があるらしくて、その・・・とても困っていたので勝手に引き受けちゃったんですけど!あぁ・・・ごめんなさい。明日って、ご予定お有りですか?」

「明日?うん、いいけど、おばけ関連なのか?」

俺がそう訊き返すと、露はコクリと頷いた。そんなモジモジしながら頼まれたら断れなくなるだろう・・・。

「はい、そんな感じです。以前から相談には乗ってはいたのですが、私が出来ることではないので。義理の兄さんがそういうのに詳しいと言ったら、いつか相談してもいいかと訊かれたので、いいよって・・・」

 兄さん・・・外では俺のことをそう呼んでいるのか。まぁ、そんなわけで今日、家に夢乃ちゃんがやってきたのだが、露は夕飯の買い物に行っていて今は俺一人なので、とりあえず彼女を居間に座らせて飲み物を出した。

「ありがとうございます」

「いやいや、相談は露が帰ってきてからの方が話しやすいかな?」

 夢乃ちゃんは「はい」と頷いた。

 ・・・暫しの沈黙が続く。何か気まずい。

 不意に、玄関の戸が開く音がした。

「ただいま帰りました~」

 露の声だ。

「おかえりー、夢乃ちゃん来てるよ」

俺がそう言うと、露は「えっ!」と言い、大急ぎで居間へとやってきた。

「いらっしゃい!ごめんね~」

 両手を顔の前で合わせながら謝罪する露に、夢乃ちゃんは首を横に振って「大丈夫」と言った。

 最初に本題を切り出したのは、夢乃ちゃんではなく露だった。

「以前から、相談を受けていたんです。夢乃ちゃん、自分で話す?」

 夢乃ちゃんは露の問いかけに少し戸惑いながらも頷いた。

「えっと、その・・・」

 人と話すのが苦手なようで、俺とは目を合わせずに俯きながらモジモジとしている。

「ゆっくりでいいよ。話しにくいことなのかな?」

 彼女は頭を振った。

「いえ、話します」

 そう言って夢乃ちゃんはポツリポツリと話し始めた。その内容を時系列に纏めるとこうだ。

 彼女の家は父子家庭で、両親が五年前に離婚して、父親に引き取られたのだそうだ。それも、母親が不倫をしてそのようなことになったらしい。夢乃ちゃんは幼い頃から母親の虐待を受けていたこともあり、離婚後は父親と暮らすようになった。しかし父親も父親で、彼女に対する態度は素っ気なく、それでいて機嫌が悪いときや仕事が上手くいかなかった時には暴言を吐かれるらしい。暴力は無いものの、精神的苦痛は大きいだろう。

 複雑なのは家庭環境だけではなかった。小学校ではずっといじめを受けており、中学に入ってから少しは落ち着いたものの、やはり陰湿ないじめは続いており、今はほぼ不登校なのだそうだ。そんなこともあってか、彼女は自傷行為をするようになった。所謂、リストカットなどの自ら自分の身体を傷付ける行為のことだ。辛いことを誰にも相談できずに傷が増えていくばかりだったが、あるときから異変が起き始めた。

 家に一人でいるとき、突然右腕に痛みを感じたので見てみると、見覚えのない新しい傷が付いていたらしい。それからも何もないところで突然腕や手首が切れることが時々あり、どういうことかと一人で怯えていた。

ある日の下校中、いつもと変わらない道を歩いていると、不意に右腕に痛みが走った。見てみると、そこには新しい切り傷が出来ていたのだそうだ。その傷はいつもより深く、血があふれ出していたらしい。彼女は訳が分からなくなり、咄嗟に止血を試みていると背後から誰かに声を掛けられた。

「それが私だったんですよ~」

露が言った。

「最初は誰かとびっくりしたけど、同じクラスの露ちゃんだったから・・・誰に対しても優しくて、夢乃にも優しくしてくれたから、こんなわけのわからないことだけど相談に乗ってもらったんです。ごめんね・・・」

夢乃ちゃんはまた、露に頭を下げた。

「いいんだよ~。私も少しは霊感あるし、何か力になってあげられたら嬉しいよ」

露はそう言って微笑んだ。何故か少しだけ場の空気が和む。以前からそうだった。露の言葉には不思議な何かがあるようで、俺もそれに助けられたことがある。

「ありがとう、露ちゃん」

 夢乃ちゃんは照れくさそうに言った。

「うむ・・・霊の仕業というより、呪詛的なモノのように思えるなぁ。とりあえず、俺だけじゃ解決は難しいから専門家の所に行ってみようか」

専門家というのは、俺が世話になっている祓い屋の神原零というやつの事務所だ。神原零、通称ゼロは俺より一つ年下で、怪異専門の探偵をやっている。

「ゼロに頼めば、解決に繋がるかもしれない。夢乃ちゃん、大丈夫そうかな?」

俺の問いに夢乃ちゃんはコクリと頷いた。

 

   ○

 自傷行為。事務所への移動中、俺はそれについて色々と考えていた。確か、鈴那の手首にも傷の痕があった。本人が何も言ってこないので特に触れてはいないが、彼女自身はどう思っているのだろう。鈴那の過去の話を聞いたことがある。彼女の家庭環境も複雑で、孤独を感じていたのだろう。俺なんかがその気持ちをわかった気になろうなんて無責任なことは出来ない。彼女の苦しみは、彼女にしかわからないのだから。それを話してくれるまでは、そっと待っていようと思っている。

 それにしても、皮膚を切り裂かれる怪異とは鎌鼬のようだ。鎌鼬とは、日本に伝えられる怪異の一つで、鎌のような爪を持ったイタチの容姿をしている妖怪が有名だろう。しかし鎌鼬に切られた場合、痛みを感じることはなく出血も無いという。夢乃ちゃんは痛みを感じており、出血もしたと言っていた。つまり、鎌鼬が犯人であるという説は白かもしれない。

 他にも、見えない何かに傷を付けられたといった事例は複数ある。俺が知っている中で今回の事件に近いものを挙げると、過去に海外で起こった見えない怪物の事件がある。

 1951年、フィリピンのマニラで裏通りのパトロールをしていた警官に18歳の少女が「誰かが私に噛み付いてくる」と訴えてきた。不審に思った警官は少女を署まで連行し事情を聞いていると「またあそこにいるわ!」と叫び声をあげ、それを言い終えた直後に少女は床の上に躓いて倒れた。すると今度は警官の見ている前で、肩と腕に噛み傷がいくつも現れ、その傷からは血がにじみ出て唾液のようなものがべっとりとついていたという。その光景を見た警察は様々な対処をとってはみたものの、見えない怪物に効果は無かったのだそうだ。因みに、その後見えない怪物の攻撃はおさまったのだが、それの正体を突き止めることすら出来ず、事件は迷宮入りとなった。

 その少女は見えない怪物のことを「黒い何か」と言っていたらしい。夢乃ちゃんも切られた時に何かを見たのだろうか。

「夢乃ちゃん、切られたときに何か、気配とかを感じたりはしたかな?」

俺は露と二人で前を歩いている夢乃ちゃんに声を掛けた。夢乃ちゃんは俺の方を振り返り、少し考えた後、曖昧に頷いた。

「たまに何かに見られてるようなことはありました。あと、黒い影みたいなのが見えた気がします。気のせいかもしれないんですけど・・・」

黒い影・・・ゾクリとした。例に挙げた事件は噛み傷だったが、今回は切り傷だ。しかし本当に黒い影を見たとなると、これは重なるかもしれない。もしそうだとしたら、俺達の手に負えるだろうか。

「どうかなさったのですか?」

露が怪訝そうな表情で俺を見た。

「いやぁ、なんでもない。ありがとね、夢乃ちゃん」

そんな会話をしているうちに事務所へ着き、入り口の戸をガラガラと開けると、中に居た二人が揃ってこちらを見た。

「あれ、しぐ~どーしたの?」

 城崎鈴那、ここのアルバイト調査員で、俺の彼女だ。

「鈴那、来てたのか。いや、ちょっとゼロに用があってな・・・ゼロは?」

「ゼロくんなら、今日は支部長のところに行ってて不在だよ」

 俺の問いに答えたのは、北上昴という男だった。

「そうだったのか。まぁ、二人が居ればいい。この子なんだけど・・・」

 俺はそう言って露の真後ろからひょっこりと顔を覗かせている夢乃ちゃんを見た。

それから、鈴那と昴にこれまでの経緯を話し、とりあえず何かしらの対策案を出してみることになった。

「夢乃ちゃん、傷がどんな感じか見せてくれないかな?」

 鈴那がそう訊くと、夢乃ちゃんはコクリと頷き、腕に巻かれている包帯を外し出した。

「あの・・・気持ち悪いかもしれませんよ?」

 包帯を外しながら、夢乃ちゃんは申し訳なさそうに言った。

「大丈夫よ、実はあたしも切ったことあるし」

鈴那が苦笑しながら言った。俺もそれに頷く。

包帯の外れた腕や手首には、無数の切り傷があった。その中でも、右腕にある傷の一つがけっこう深い。

「この、右腕の深い傷が、下校中に切られたやつです」

そう言いながら夢乃ちゃんは右腕を前に出した。

「なるほど・・・う~ん、傷口から見て、鎌鼬では無さそうだね。出血もあるようだし」

昴は右腕の傷を暫く凝視すると、「はぁ・・・」とため息を吐いた。

「僕の知っている限りでは、原因が分からないなぁ」

「呪詛とかではないのか?」

俺がそう訊くと、昴は頭を振った。

「呪詛なら、目でそれが見えてる。でも、それらしきものが見えないから・・・」

 昴の左目は瑠璃色の義眼で、しかもそれが呪具の一種らしく霊や呪いの類にはすごい視力を発揮するらしい。その彼が見えないというのだから、恐らく呪詛ではないのだろう。

「ポルターガイスト・・・」

 鈴那がボソリと呟いた。彼女の方を見やると、微かに笑みを浮かべていた。

「ポルターガイストって、心霊現象の?」

 俺がそう訊ねると、彼女は軽く頷いてから話し出した。

「ポルターガイストって、一般的には霊によって起こされる怪現象って感じで知られてるけど、実は人間が犯人ってことも多いのよ。あたし自身もそうなんだけど、そういう現象を無意識に起こしてしまうのは、精神的に不安定な思春期の女性に多いらしいの。あたしはもう能力を制御できるけどね」

彼女はそう言いながら右手の人差し指を立てた。すると、彼女の前に置かれていたオレンジジュースの入ったコップが宙へと浮いた。それを見た夢乃ちゃんは啞然としている。

「精神的心霊現象、これは念動力ね。あたしの場合、こっちの力はそんなに強くないから、霊媒師として浄霊をする方が専門だけど。しぐは典型的な念能力者よね」

 鈴那が俺を見て言った。

「まぁ、祖父譲りの霊能力だからな。最近使えるようになったばかりだけど」

 俺はそう言いながら苦笑した。

「皆さん、すごいんですね・・・!」

 夢乃ちゃんは目を丸くして俺達を見ている。霊能力・・・または、超能力と呼ぶべきだろうか。そんなものを初めて目にしたら、誰だってそうなるだろう。そんなことを考えていると、鈴那は浮かせていたコップを手前の台に戻し、また話を始めた。

「つまり、その腕の傷を付けたのは・・・夢乃ちゃん自身なんじゃないかなと思ってね」

 俺は絶句した。自ら起こしたポルターガイストによって、自身を傷付けているなんて・・・そんなことがあるのだろうか?いや・・・あるのだろう。これまで見てきた突飛な世界からすれば、当然のように起こってしまうことなのかもしれない。

「で、でも私、黒い影がサッと動くのを何度かみたんです。それで、腕が切られてて・・・」

 確かに、夢乃ちゃんはさっきもそう言っていた。

「だとすれば、霊によるポルターガイスト・・・」

「違う」

 俺が言い掛けた言葉は、昴のその一言でかき消された。

「切られるのに、場所や時間帯は関係無いんだよね。それなら、君に憑いている霊、或いは、君の持っている何かに憑いている霊が現象を起こしているはずなんだ。けど、僕が見る限りそれらしきモノの気配は感じられない。君の周囲にいる人も同じ被害に遭っているというのなら、話は別だけど」

 昴は話し終えるとコップに入った麦茶を飲み干した。俺は夢乃ちゃんを見た。彼女は軽く俯いており、少し顔色が悪い。

「でも・・・でも・・・」

 夢乃ちゃんがそう呟いた直後だった。サッと、彼女の左手首に切り傷が付けられたのだ。

「なんだっ!?」

 俺は咄嗟に叫んだ。傷口からは鮮血が溢れ始めている。

「外に出よう。室内だと危険だ」

 そう言ったのは昴だった。全員がそれに従い、事務所の外に出た。

「なんで、あそこ何かいる・・・」

夢乃ちゃんが目に涙を浮かべながらある一点を指さし呟いた。昴は何かを探すようにそこを凝視していたが、少ししてからため息を吐いた。

「だめだ・・・何も見えない」

俺も見てみたが、そこにはそれらしきものどころか気配すら感じられない。何か居るのなら、昴には確実に見えているはずだ。

「だ・・・旦那様」

不意に、露が俺の服の裾を引っ張りながら呟いた。

「露、どうした?」

「・・・見えるんです。黒い、モノ」

露はそう言いながら夢乃ちゃんと同じ場所を指さした。おかしい・・・どういうことだ?

「おい露、見えるって・・・」

「あっ!危ないっ!」

 露が俺の声を遮って叫んだ。その直後、夢乃ちゃんの首に切り傷が付けられた。

「夢乃ちゃんっ!」

 露は俺から離れて夢乃ちゃんへ近付いた。夢乃ちゃんは露を見て目を見開いている。

「露ちゃん、見えてるの!?」

「うん、なんでかはわからないけど・・・」

 だが、露に見えていたとしても何かできるだろうか。俺達のように能力を持たない彼女では・・・

「露ちゃん、今は使ってもいいときだよ」

 不意に鈴那が言った。どういうことだ?

「で、でも・・・」

露が困った顔で俺と鈴那を交互に見やる。

「大丈夫、あたしを信じて!」

「・・・わかりました。やってみます」

「おい露、どういうことだ?」

 俺はもう何が何だかわからず動揺しながら訊ねる。すると、鈴那が俺の肩に手を置いて行った。

「大丈夫、露ちゃんなら」

「あいつ・・・何か出来るのか?」

「しぐ、知らないと思うけど、露ちゃんも超能力みたいなのが使えるらしいの。この前、あたしにだけ教えてくれた」

 鈴那はそう言いながら笑みを浮かべているが、どこか緊張しているのが見て取れた。

 俺は露の方を見た。義兄として心配だが、こうなったら彼女に任せてみよう。

「夢乃ちゃん、私の後ろに」

そう言うと露は夢乃ちゃんを庇うように両腕を左右に広げ、何かが居るであろう場所をじっと睨んだ。

「夢乃ちゃん、私が一緒にいるよ。だから大丈夫。怖くない、寂しくない」

 露はそう言いながらゆっくりと屈み、足元に生えている草に手を触れた。その瞬間、露の触れた草を中心に無数の植物たちがくねくねと動き始めた。

「念で植物に命令を送ったのか!?」

 昴が驚嘆したように言った。俺もそんな状態だ。まさか露にあのような能力があったなんて、何故今まで隠していたのだろう。

 露が命令を送った植物たちはくねくねと謎の動きをしながら右往左往している。これは・・・上手くいっているのか?

 少しの間そんな状態が続いたが、軈て植物たちは元の位置へと戻り動きを止めた。気のせいだろうか?何故か少し癒されたような感覚になった。

「・・・あれ?消えてる」

 露の背後に隠れていた夢乃ちゃんが安堵の表情を浮かべて言った。どうやら見えない何者かは無事に消えてくれたらしい。

「除霊、しました」

 露はそう言ってニコリと笑った。除霊・・・というのか、どうなのかはさて置き、とりあえずよかった。

 事が済んだので全員で事務所へ戻り、先程の出来事について皆で話し合った。

「なぁ、一体どういうことなんだ?なんで、夢乃ちゃんと露には見えて俺達には何も見えなかったのか。露にも見えてたってことは、夢乃ちゃんの幻覚ではないんだろ?」

 困惑する俺を見て、鈴那がププッと笑った。

「ハッハッ、しぐ、大丈夫?」

「だ、だって、なぁ・・・おい昴、どういうことだ?」

 昴は俺の唐突な質問にも動揺することなく、冷静に話し始めた。

「結果から言うと、原因は夢乃ちゃん自身が起こしたポルターガイストだよ。僕らに見えなかったあの透明な怪物も、彼女が無意識に作り出した幻覚。何かに分類させるならば、イマジナリーコンパニオンに類似しているかもわからない。」

 イマジナリーコンパニオン、本人の空想の中だけに存在する者のことだ。幼少期に多いと言われているが、大人でもあるという話を聞いたことがあるので、思春期の夢乃ちゃんならそれを作り出してしまうのも有り得るだろう。

「でも、なんで露にもそれが見えたんだ?」

「露ちゃんは、たまたまそれとのチャンネルが合ってしまったんだと思う。露ちゃん、君の能力は植物を操るだけではないよね?」

 昴の問いかけに露は「はい」と頷いた。

「空気を澄ませるというか、安心させるというか、エアーセラピー能力とでもいうのでしょうか?まだ、上手く使えませんけど」

 露はそう言って苦笑した。昴はそれに頷き、話を続けた。

「やっぱりそうだったか。見えない怪物を消したのはその能力だろう。露ちゃん、それを分かっていてしたことだね?」

 昴が笑みを浮かべながら再び露に訊ねた。

「はい。私、たまにそういうのと波長が合っちゃって、霊じゃないけど、やっぱり他の人には見えないものが見えてしまうのは、怖いですね」

 露はまた苦笑した。彼女が俺の知らないところでそんな苦労をしていたなんて、気付いてやれなかった自分が悔しい。いや、ひょっとしたら知られたくなかったのかもしれない。俺に余計な心配を掛けたくなかったから。露なら、そう考えるかもしれない。

「露ちゃん・・・」

 不意に夢乃ちゃんが口を開いた。露は夢乃ちゃんを見ると、優しい笑みを浮かべた。

「なぁに?」

「ごめんなさい・・・私、苦しくて、リスカ、ほんとはもっと深く切って、沢山血を流して安心したかった。でも、自分で深く切るの怖くて・・・そんな弱虫の自分がまた嫌いになっちゃって、だから、あんなことしちゃったのかもしれない・・・ごめんね、露ちゃん。ありがとう・・・」

 夢乃ちゃんは嗚咽しながら言った。苦しかったのだろう。あの見えない怪物は、彼女の自己嫌悪が具現化したものだったのかもしれない。俺達が決して触れることの出来ない、彼女だけの世界で。それを考えると、言い知れぬ悲しみと共に、僅かな虚無感が心を突いた。

「夢乃ちゃん」

露が夢乃ちゃんの頭を撫でながら言った。

「なに?露ちゃん」

「また、何かあったらなんでも相談してね。私たち、お友達だから」

 まだ泣いている夢乃ちゃんに、露は優しく語り掛けるように言った。

「そうよ!あたしたちもいるから、いつでもおいで!」

 鈴那もそう言って夢乃ちゃんを励ました。

「露ちゃん、皆さん・・・本当にありがとうございます」

 夢乃ちゃんはそう言ってまた泣いた。彼女の世界に、もうあの怪物が現れることはないかもしれない。確証は無いが、たぶん大丈夫。そんな気がした。

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ますます楽しくなって来ましたね!とうとう露ちゃんが覚醒しましたね!っと言っても以前に読んでしまっていましたがそれでも楽しく読みました!

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