大学生活を満喫していた二回生の時のことです。
文化祭のフリーマーケットで、可愛らしい箱型のオルゴールを見つけた私は、売っていた男性に声をかけました。
「これ、いくらですか?」
私が指差したオルゴールを見て、困ったような顔をしながら、彼が言います。
「コレね……壊れてるけどいいの?」
彼の言葉を確かめるため、私はオルゴールの蓋を開きました。
途中で何音かが切れはするものの、キレイな音色のチューリップが流れます。
それくらいなら問題ないと思った私は、
「大丈夫なんで、売ってください」
私の申し出に苦笑いを浮かべながら、彼は言いました。
「百円でいいよ」
思っていたより格安だったので、私は喜んで百円を支払い、オルゴールを手に帰宅しました。
早速、部屋のドレッサーに置いて、アクセサリーをしまいます。
たくさん持っている訳でもなかった私ですが、イヤリングや指輪などの収まりが良く、ご機嫌な気分に浸っていた矢先、インターホンが鳴りました。
「来たよ~♪」
それは悪魔の来訪でした。
これまでも多少の恩義を感じていた私は、招かれざるA子を部屋へ上げるという苦渋の決断をします。
A子は部屋に上がるなり、顔をしかめて言いました。
「臭っ!!」
女の部屋に、否、私に対して失礼な言動のA子に、カチンと来た私はA子に強く抗議します。
「ちょっと!!来て早々に失礼じゃない?!」
私が言うと、A子はヘラヘラ笑いながら言いました。
「いやぁ、そうじゃなくてソレよ!ソレ!」
A子は買ったばかりのオルゴールを指差します。
「ソレさぁ……ちょっとヤバいヤツだね」
気に入って買ったばかりの物でしたが、A子は特異体質の子なので、流石の私もビビります。
「何がヤバいの?」
恐る恐る訊いてみると、A子は緊張感なく言いました。
「ソレね、持ち主殺されてるよ。かなり残酷に」
ムードもへったくれもない言葉でしたが、空気を読まない(読めない)A子だから仕方がありません。
「ちょっと聴かせてみ?」
A子に言われるまま、オルゴールの蓋を開けると、チューリップが流れ始めます。
しかし、店先で確かめた通り、所々の音が切れています。
「……なるほどね」
A子は勝手に自己完結したように納得して言いましたが、私はそうはいきません。
「何がなるほどなの?」
私がすがるような目で言うと、A子はニヤリと笑って言いました。
「あんた、ミステリー好きじゃない?自分で考えてみなよ。分かったら何とかしてあげるから」
A子のこういう所が嫌いです。
曲がりなりにもA子よりは成績がいい私は、A子からの挑戦状を受けてやることにしました。
私はもう一度、オルゴールを鳴らしてみました。
ドレミドレミ
ソミレド
レミレ
ドレ ドレミ
ソミ ドレミド
ソソミソラ ソ
ミミレレド
音色はとても澄んでいて心地好さすら感じるのに、曰く付きだと言われると、複雑でした。
しかし、いくつかの音が切れています。
6小節目のミと8小節目のレ、11小節目のラの3音が鳴らない。
ミ、レ、ラ……。
和音階ならホ、二、イ。
ドイツ式音階ならE、D、Aか……。
いろいろと置き換えて考えてみましたが、何れもピンと来ません。
「歌ってみ?」
A子が憎たらしい余裕の笑みをたたえて言います。
「わかった……」
何だか悔しかった私でしたが、A子に言われるままに歌ってみました。
さいたさいた
チューリップの
はなが
ならん ならんだ
あか ろきいろ
どのはなみ も
きれいだな
歌ってみて気づいた私は、背筋に悪寒を迸らせて急いで蓋を閉じました。
「分かった?」
頷く私を尻目に、A子がオルゴールから私のアクセサリーを取り出して、小脇に抱えると、
「返しに行くよ?こんな危ない物を売り付けるなんて許せない‼」
A子がオルゴールを抱えたまま、玄関に向かったので、私も慌てて追いかけます。
買った場所にまだいた男性に訳を話すと、「やっぱりね」と言って、すんなりお金を返してくれました。
話を訊けば、男性もこのオルゴールを手に入れてから、毎晩幼女の悪夢にうなされていたそうで、どうにか手放したかったらしいのですが、良心の呵責はあったらしく、私に謝ってくれました。
「で?どうするの?」
A子は売主の男性に不気味なほくそ笑みを向けて言うと、男性は困った顔で途方に暮れていました。
「焼肉奢ってくれるなら、何とかしてあげる」
A子の取引に、藁にもすがる気持ちだった男性は、二つ返事で快諾しました。
「じゃあ、契約成立ね♪」
そう言って、A子はオルゴールの蓋を開けて、中の小物入れの仕切りを躊躇なくもぎ取り、剥き出しになったオルゴールの音の仕掛けに手をかざしました。
そっと目を閉じたままのA子が何やらブツブツと言っていると、チューリップの歌が途切れることなく全部流れ出しました。
「コレでよし!!じゃあ、叙々苑行こ♪」
呆気に取られる男性と私を他所に、A子は颯爽と歩き出しました。
この後、男性の財布からは数人の諭吉が失踪してしまったのは、また別の話です。
作者ろっこめ
A子シリーズの二作目になります。
全然怖くないのと、このエピソードは謎解き要素を若干含んでおります。
本物の恐怖や謎解きが好みでない方には、残念ながらご期待には添えません。
申し訳ありません。
下記リンクからこのシリーズの第1話へ飛べます。
A子シリーズ第1話 『来訪者』
http://kowabana.jp/stories/27990
第3話 『ループ』
http://kowabana.jp/stories/28009