大学二回生の夏。
周りはサークルやら何やらで浮かれています。
私は群れるのが嫌いです。
と言えば格好付きますが、実の所は極度の人見知りで、特に男性は店員さんなどであれば問題ないですが、同じゼミの男子学生などとは、まともな会話はできないんです。
そんなイージス艦以上の防御力を誇る私に、とある男子学生が果敢にも話しかけてきました。
「肝試しに行かない?」
何と嘆かわしいことだろうか……。
学生の本分は勉学である。
その学生がチャラチャラと女性を誘って肝試しなどと、とても正気の沙汰とは思えない。
私はキッと目を鋭く尖らせて、こんこんと説教してやった……つもりになって俯きました。
「ダメダメ!この子はそういうの苦手なタイプだから」
私と男子学生の間に割って入ってきたのは、私のストーカーA子でした。
講義の時はいつも隣の席、課題は常にコピーを取られ、挙げ句にちょくちょく泊まりに来る。
A子を囮にして、私はそそくさとテキストをバッグにしまい、立ち去ろうとすると、A子にガッシリと両肩を掴まれました。
「今夜はバイト休みだったよね?」
何故、A子は私のシフトを知っているのか……。
「いや、バイトだよ」
私がすっとぼけると、A子はギラリと三白眼を光らせて凄んできます。
「ウソだね?バイト先の店長さんはアタシの知り合いなんだよ?」
コイツ……何者?
私が瞳に映る人型のUMAに怯えていると、ソレはニカッと笑いました。
「ほら!やっぱりウソなんじゃん!!アンタ分かりやすいわ」
あっさりA子の策に落ちた私は、自分の不甲斐なさに壁を殴りたくなりました。
「と、言うことで!今夜は肝試しに行くよ♪」
……どういうことで、そうなったんだろう。
私が目の前で起こったよく分からない展開に、茫然自失していると、A子はコソコソ耳打ちします。
「焼き肉奢ってくれるんだって♪」
この肉食珍獣め……もう、いっそ韓国に住めばいいのに……。
どうやら、焼き肉と私との関係は天秤にかけられ、瞬殺で負けたようです。
こうして私は、待ち合わせまで籠の鳥のようにA子に監視されたまま、共に時間を潰し、肉をトングで貪るA子を目の当たりにしながら、キャベツをかじるのでした。
食事の後、車に乗り込んで肝試しの場所まで行くことになり、後部座席には当然のように、私はA子とセットにされました。
誠に遺憾ではありますが、会話ができない私の伝令役としては、やむ無しでした。
行きの道中、A子が私に何かを手渡します。
「何これ?」
私の手に乗せられた小さな筒状の何か。
和柄の古臭い模様のついたソレは、私の掌の幅とピッタリ同じサイズでした。
「覗いてみ♪」
A子に言われて、筒に覗き穴があることに気付き、覗いてみました。
暗い……何も見えない。
「キレイでしょ?」
瞳をキラキラさせている所で大変申し上げにくいんですが、暗い車内では、全く良さが分かりません。
「万華鏡でしょ……これって向こう側から光当てないと見えないよね?」
私の冷静かつ的確なツッコミに、A子は「そっか!!」と言いながら頭を掻きました。
私は小さな万華鏡をズボンのポケットにしまい、流れる車窓からの景色を眺めます。
人里から大分離れ、寂しく暗い夜道をひた走る車。
「今から行く場所は、数年前に、強盗に一家惨殺された廃墟だよ」
わざとらしく声色をそれっぽくさせて、助手席のモブ男が言いました。
そういうのやめて…いろいろ冷めるから……。
「怖かったら、俺に掴まっててもいいからね」
ドライバーの薄汚れた金髪チャラ男が、ニヤニヤと笑いながら話しかけてきます。
うるさいっ!ゴミ虫!!
と、心の中で怒鳴り、私は俯きました。
こういうチャラチャラした人は苦手だ……いや、嫌いだ。
「あの人、めちゃくちゃオーブがくっついてるんだけど……よく平気でいられるよね?」
こっそりA子が私に耳打ちしますが、オーブなんて私には見えないし、同意を求められても困ります。
そうこうしている内に、目的地に着いたらしく、車が停まりました。
THE廃墟。
いかにも、何か出ますよ!!という雰囲気を纏っている、絵に描いたような廃墟の一軒家でした。
A子は車から降りると、大きく伸びをして、廃墟を見上げます。
「おぉ~♪これはこれは」
久しぶりに知り合いに会ったような感想を述べるA子にピッタリ寄り添い、私はA子のTシャツの裾を摘まみました。
「いやいや、ここは男女ペアでしょ?」
金髪マンが何事か宣うのを無視して、まんじりとしていると、A子がヘラヘラしながら言います。
「この子はこういう子だからね♪いいトコ見せて、ポイント稼ぎなよ?若い衆!!」
年齢は同じのはずですが、A子は姉御の貫禄を見せつけ、男性陣を焚き付けます。
「お、おぅ!!行くぞ、モブ男!!」
ドライバーのチャラ男が、もさいモブ男と先に中に入って行きました。
逝ってらっしゃい♪
そんな気分で見送った私の腕を、A子がガシッと掴んで歩き出します。
「アタシらも行くよ!!」
必死に抵抗する私を引きずりながら、A子はどんどん中へ進んで行きました。
「オバケなんてプラズマだ……オバケなんてプラズマなんだ……」
念仏のように唱える私を、A子は笑います。
「アンタも散々見てんじゃん♪今さら何言ってんの?」
止めれ!!イヤなことを思い出させるんじゃない!!
デリカシーを母胎内に置き忘れてきたA子を呪いながら、仕方なくついて行きます。
暗くカビ臭い屋内を歩く足取りは重いです。
他人様の家に土足で上がり込む無神経さにも腹が立ちます……。あ、私も土足だった!!
所々剥がれた壁紙、破れた障子、ささくれた畳、見るもの全てが恐怖心を煽ります。
知らないお爺さんの写真を見た時は、心臓が飛び出るかと思うほど怖かったです。
一通り見回って外に出た時には、じっとりとかいた冷や汗が引いていくのを感じました。
「何てことなかったな?モブ男」
「そそそそうだな……何か拍子抜けしちゃっちゃったな、チャラ男」
モブ男は、明らかに私よりビビっているようでした。
「まぁ……アレだ」
A子が口を開きました。
「感じ方は人それぞれだからさ。モブ男くんみたいに怖いと思う子もいれば、チャラ男くんみたいに何にも感じない子もいるさ」
A子の含みのある言い方に引っかかっていると、A子は続けて言いました。
「ここはモブ男くんが噂を聞いて、チャラ男くんと一緒にアタシらを誘ったんでしょ?」
A子の問いに、チャラ男が答えます。
「あぁ、そうだけど」
チャラ男が半信半疑でA子を見ると、A子はあっけらかんと言います。
「それが誰から聴いた情報かが重要なんだよ。モブ男くんは、ここに来たことがある先輩から話を聞いてたから、マジだと信じ込んでた……でも、チャラ男くんは、モブ男くんから第三者からの噂話として聞いただけだから、嘘臭いと思っていた」
「「あぁ……」」
男二人が同時に頷くと、A子はニンマリ笑います。
「先入観は、万華鏡と同じなんだよ。見る角度で景色が変わっちゃう……」
A子にそう言われて、私は万華鏡をポケットの上から触りました。
「ちな、その事件があったのは隣の家だから♪」
A子が指差した家を思わず見た私達は、息が止まりました。
暗い屋内の窓辺にベッタリと貼り付いて、こちらを怨めしそうに見ている血塗れの父、母、子供二人の姿を見て、A子以外の私達三人は、未だかつて上げたことのない大音量の悲鳴を上げながら、車に飛び乗りました。
帰りの道中、一言も発することも出来ない私達三人に、A子が饒舌に己の心霊体験談を延々語り続けていたのは、また別の話です。
作者ろっこめ
数ある珠玉の怪談が揃うこのサイトの中で、怖さが失踪しているわたしの拙い作品を読んでくださり、本当にありがとうございます。
ますます怖さの行方が分からなくなっておりますが、クスリとでも笑ってもらえたら嬉しいです。
下記リンクから前話などに飛べます。
第3話 『ループ』
http://kowabana.jp/stories/28009
第5話 『奇病』
http://kowabana.jp/stories/28033