中編5
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溜め息 【A子シリーズ】

大学入学から続けていたアルバイト先でのことです。

 大通りを一本入った路地にポツンとある小さなカフェ。

 偶然か運命か、店の開店と重なり、私はオープニングスタッフとして雇われ、早二年経とうとしていました。

 そこで、フロアスタッフとして働いていた私は、学業の傍らでのアルバイトだったので、基本的に勤務は夕方からでしたが、休日は日中に駆り出されることもありました。

 人通りは少ないとは言え、隠れた名店だったカフェは、常連客もたくさんいらっしゃいます。

 その中の一人に、海外製のスーツをパリッと着こなした三十代くらいの男性がいました。

 マスターこだわりのコーヒーが売りの店ですが、いつも紅茶をオーダーする、ちょっと変わった人でした。

 私もコーヒーよりは紅茶党なので、美味しい紅茶の淹れ方や、お薦めの店などの話で、何度か言葉を交わすこともありました。

 いつも同じ時間に現れるその男性を、私達アルバイトの仲間内では、『右京さん』と呼んでいました。

 しかし、その右京さんが、ある日からパッタリと店に来なくなったのです。

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 「はぁぁ……」

 私が大学校内のカフェ的な所のいつもの席で、頬杖を突きながら無意識に溜め息を吐くと、向かいの席にちゃっかり座っているA子がニヤついています。

 「アンタ……恋でもしてるの?」

 は?!バカなことを言っちゃいけないよ。

 「そんなんじゃないよ」

 私は薄気味悪いA子の笑みから目を逸らせ、そっぽを向きました。

 「図星か……アンタ、本当に分かりやすいね」

 違うって言ってんじゃん!!

 そう言い返す気力もなく、私はそっぽを向いたまま、黙っていました。

 「紹介しなさいよ!!難攻不落のアンタのハートに入り込んだ男……興味しかない」

 「違うってば!!」

 グイグイくるA子に流石に頭に来た私が、思ったより大きな声で否定すると、一斉に周囲の視線がこちらに集まりました。

 「本当に違うんだって…」

 衆人環視がいたたまれなくなった私は、小声でA子に言い直すと、そのまま席を立ちました。

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 アルバイト先に着き、いつものように職務をこなす私に、アルバイト仲間の一人が耳打ちしてきました。

 「今日も来ないね……右京さん」

 「みたいだね」

 ふとカフェの入口に目をやった私を、アルバイト仲間が茶化すような顔で小突きます。

 「あれから一ヶ月以上だもんね……淋しいんじゃないのぉ?」

 ドイツもコイツも……何なのよ、もう!!

そう言い返す訳もなく、仏頂面で一言言いました。

 「べ、別に」

 某女優の舞台挨拶さながらの「別に」を出せた私は、その後も真面目に仕事をこなしていました。

 カランコロン♪

 カフェによくある入口ドアのベルが鳴り、私は振り向き様に条件反射の「いらっしゃいませ」を言いましたが、入口には誰もいませんでした。

 あれ?

 私以外のスタッフは、まるで気づいていない様子でした。

 気を取り直して、空いたカップなどを下げ、フロアに戻ると、いつの間にか右京さんが座っていました。

 いつもの席で、暮れなずむ街を見ています。

 私はすぐに右京さんの席へお冷やを持って行きました。

 「いらっしゃいませ……お久しぶりですね」

 私が話しかけると、右京さんは「えぇ…」と微笑みます。

 「いつものでよろしいですか?」

 「お願いします」

 いつものように、いつもの会話で、いつもの注文を受けました。

 何もかもが、いつもの流れでした。

 私がカウンターへオーダーを通すと、また来客を知らせる「カランコロン♪」が鳴ります。

 「いらっしゃ……」

 来客の姿を見て、私は声が詰まりました。

 「よっ♪やってるね」

 招かれざる客、A子がニヤケ顔で右手を挙げています。

 今は勤務中……今は勤務中……と自分に言い聞かせ、私は平静を保ちます。

 「アタシもさっきの人と同じヤツね♪あと、水はいらないから」

 席に着いてもいないのに、オーダーするA子。

 私はキッとA子を睨みながら、オーダーを通します。

 A子の来店から少しの間、立て込んできたため、A子を見ていませんでしたが、注文の紅茶が出来上がったので、私は二つのカップが乗ったトレイを運びます。

 まずは右京さんの。

 A子より先のオーダーである右京さんの席に向かうと、あろうことかA子が右京さんの対面に座っていました。

 空席があるにも関わらず、何故、相席する!!

 私は急ぎ足で席に行き、カップを出して、A子の袖を引き、小声で注意します。

 「空いてる席に座ってよ!ご迷惑でしょ!!」

 私の抗議にA子は笑って言いました。

 「やっぱり?」

 空気が読めないにも限度がある。

 私は右京さんに頭を下げましたが、右京さんは紳士的に対応してくれました。

 「構いませんよ」

 そうやって甘やかすと、A子はどんどん調子に乗るんですよ?

 「ほらっ!いいってんだから、アンタは働きなよ?」

 後で絶対ぶん殴るっ!!

 私は怒りを圧し殺し、シフトをこなしました。

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 アルバイトを終え、私が通用口から出ると、A子が待っていました。

 「これからお茶しない?アンタに話があるんだ」

 何か含みのあるA子の言葉を訝しく思いながらも、近くのファミレスに行きました。

 「話って何?さっきの人ならA子の勘違いだよ?」

 私がA子の下司の勘繰りを先制攻撃で牽制すると、A子は無言で包みを出しました。

 「あの人から……アンタにって」

 右京さんから?

 洒落た包装紙でピッシリと包まれた文庫本サイズの包みを受け取った私は、破かないように気をつけて中を見ると、私の好きな作家の文庫本でした。

 パラパラとページをめくると、中から一輪の押し花が落ちました。

 薄紫色の小さな花でした。

 「これって……」

 テーブルに落ちたその花を拾い、私はその花が何なのか分かりました。

 「あの……さ、あの人がね……もう店には来れないからって……だからさ……」

 いつものようなデリカシーのない口調じゃなく、歯切れの悪いA子を見て、私は察しました。

 「うん……分かったよ」

 私が精一杯の作り笑顔で返すと、A子が柄にもなく、しおらしくなっています。

 「……私なら大丈夫だよ?元々、そういうんじゃなかったしさ」

 私は声が震えないように、何とかA子に伝えると、小さく溜め息を吐き、窓の外に目を向けました。

 「ごめん……アタシ、トイレ!!めっちゃデカい方だから、すんごい時間かかるけど、気にしないで!!」

 そう言って席を外してくれたA子に、少しだけ感謝して、押し花を見つめました。

 この花はシオン……花言葉は確か……。

 手のひらの上に乗った小さな花を見つめ、私は小さく嗚咽しました。

 周りに気づかれないように声を殺し、止めどなく溢れ出る涙を拭うこともせず、シオンの押し花を握っていました。

 私が落ち着いた頃を見計らって、A子が下腹部をわざとらしく撫でながら現れます。

 「いやぁ……出た出た♪」

 いつものA子でした。

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 こうして、始まることもなく、私の初恋は終わりを迎えました。

 今でもシオンの花を見る度に、つい溜め息が漏れてしまうのは、また別の話です。

 

 

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月舟様

こういう話もたまには良いですよね?

花言葉調べてくれましたか。

ミステリ書くのにちょっと花言葉を調べたのが功を奏しましたね。

あのA子が空気を読むという奇跡の回で、貴重なエピソードになっています。

月舟様は基礎的な部分が元々高いという非常に羨ましい方ですので、わたしのアドバイスなんかなくても、十分良作ですよ。

新作を楽しみに待ってます‼

月舟様のお名前、お借りしてもいいんですか?

やったぜ‼

名前のイメージだと、性別反転とかするかもですけど、いいよねっ🎵

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