ファンタスマゴリー 【A子シリーズ】

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ファンタスマゴリー 【A子シリーズ】

大学生活もすっかり板についてきた三回生の夏、講義を終えた私は校内のカフェ的なところでリフレッシュしていました。

夏はアイスティーに限ります。

私は自分特製アールグレイアイスティーをいつもの席で飲んでいると、知らぬ間に漆黒のロングヘアをダラリと下ろした女性が後ろに立っているのに気がつきました。

「ヒィィィッ!!」

圧し殺した悲鳴を上げた私に、女性はゆっくりと持ち上げた右手で私を指差して言います。

「いきなり失礼じゃない?」

いやいや、この状況ならやむ無しでしょ!?

そう思いつつも、私は女性に「失礼しました」と軽めの謝罪をしました。

何で、私の周りにはこういうちょっとアレな人ばかり寄って来るんだろう……。

朧気にそんなことを自問していると、女性は私を指差したまま、前髪に隠れていた眼をギラリと向けて言いました。

「あなた、A子さんよね?」

貴女こそ失礼じゃないか!!

私は声を大にしてそう言いたかったのを堪えて、大人な対応をします。

「断じて違いますけど……」

「嘘だッッッ!!!!」

ビクゥンッ!!

静かなカフェ的なところに突如響き渡る悲鳴にも似た怒号に、私以下数名の客たちが身を跳ね上げました。

何!?ヒグラシが鳴きそうな頃なの!?

私が早鐘を打つ心臓に手を当てながら否定しますが、女性は長い髪を振り乱して聞く耳を持ちません。

「ワタシは聞いたんだッ!!あなたが関わった事件の人から!!A子さんは肩までの髪で、三白眼の女だって!!」

ちょっと待ちなさい!!

私はショートで黒目がち、さらに黒縁メガネをかけている。

そもそも、黒縁メガネという分かりやすい特徴をすっ飛ばして、三白眼なんて分かりにくい特徴が上がる訳がないじゃないか!!

私がそのことを刺激しないように伝えると、女性は一瞬あからさまに『しまった!!』という顔をしてから、視線を横に逸らせて口を尖らせながら小さく呟きました。

「イメチェン……したんでしょ?」

もう謝っちゃいなさいよ!!

完全に勢いを失いながらも、自分の非は頑なに認めない女性が何だか憐れに思えた私は、それ以上の追及を止め、女性が立ち去るのを待つことにしました。

「おっ!!アンタに来客とは珍しいね」

毎度、ヘラヘラと締まりのない顔で私に近寄る例の女の登場に、私は席から立ちあがって言いました。

「私じゃないよ、A子にだよ。A子を私と間違えただけ」

「そ…そんなに似てるかなぁ……」

全く似てないし……てか、何で照れるのよ……。

私が二人の邪魔にならないようにカフェ的なところを出ようとすると、A子はガシッと私の腕を掴んで言いました。

「アタシをこの貞コスプレと二人きりにする気じゃないよね?」

いや、そのつもりでしたけど何か?

そうは言えない私は、そのまま席に着かされました。

私とA子の対面に座る貞…もとい、女性はA子に血走った眼を向けながら話を切り出します。

「お願いがあります」

絶対にろくでもないお願いだ……私の確信に近い予感を察したのか、A子が即答で断りました。

「アタシ、忙しいのよ?こう見えても」

どう見ても暇そうにしか見えないA子の、どの口が言っているのかを確かめることもなく、女性はガックリと項垂れます。

女性のあまりにもショックを受けている姿が可哀想になった私が、A子を小突きました。

「せめて、内容くらい聞いてあげたら?」

私に言われたA子はフンと鼻から息を抜き、腕組みすると、背もたれに寄り掛かりながら女性を見据えます。

「とりま、話してみなよ」

それを聞いた女性は、ガバッとテーブルにひれ伏してから、顔を上げました。

よく見ると、キレイな顔をしています。

「申し遅れました。ワタシは文学部一年の月舟さや子と申します。こう見えますが、ワタシ、オカルト研究会に所属してまして……」

いや、見たまんまだよ……。

そうツッコミたいのをグッと堪えて話を聞く私の横で、まだ自己紹介の段階で船を漕ぎ始めるA子は聞く気を全く感じさせません。

月舟さんの話を要約すると、オカルト研究会の活動の中で、オカルト懐疑派の人とディスカッションするというのがあり、その時に完膚なきまでに叩きのめされた憎き相手をギャフンと言わせたいので、協力して欲しいというお願いでした。

やっぱり、ろくでもないお願いだったか……。

私はバカバカしい要請に苦笑いしながら、隣のA子に目をやると、A子は大海原を絶賛航海中、ぐっすりおやすみあそばしています。

「ちょっと……A子、起きなさいよ」

私が軽く揺すって起こそうとしますが、A子は魂が抜けているかのように、ガクガク揺れるばかりで目は開きませんでした。

仕方ない……アレを出すか。

私の本意ではありませんが、目の前で泣きそうな月舟さんのために、ここは必殺のアレを出すことにしました。

私はA子の耳元に顔を近づけて、禁断の呪文を囁きます。

「特選カルビ食べ放だ」

「ぃよっしゃあぁぁぁ!!らぁぁ!!!」

私が全部言い切る前に、若干喰い気味で目を覚まし、ガッツポーズを取りまくるA子ですが、まだ目が裸眼の勉三さんです。

A子……目が3になってるよ?

この状況でガチ寝できるA子もですが、それに気づかず全部しゃべり終えた月舟さんも、ある意味で逸材だなと思いました。

「で、アタシに何の用なの?」

やっぱり聴いてないよね……。

私は目の前で今にも涙を溢しそうな月舟さんのために、今の話を分かりやすく噛み砕いて端的にA子に話してあげると、さも興味なさそうにA子が一つあくびして言いました。

「アタシ、パス」

それを聞くや否や、月舟さんは椅子を倒しながら立ちあがり、私に掴みかかります。

「あなたからもお願いしてよ!!友達でしょ!?」

さっき会ったばっかじゃん!!

私は迫り来る月舟さんの狂気を孕んだ顔面に総毛立ちました。

何故、目線が下なんだ……まるでリ〇グのワンシーンみたいに……。

「ちょっ……A子!!何とかしてよ!!」

私の悲痛な叫びにも涼しい顔で、A子は言いました。

「アタシにモノを頼むのに、手ぶらとはいい度胸してるじゃない」

A子のドヤ顔にも似た面構えに、月舟さんはハッと我に返って私を放し、胸の辺りに両手をやります。

それ……多分、間違ってるよ?

「月舟さん、あのね……A子は対価がないと仕事しないんだ。そういう子なんだよ」

「そういうこと!アタシは金には興味ない……あるのは肉だけさ」

格好つけてるトコ悪いけど、今、スゴいこと言ってるんだからね?

それを聞いた月舟さんは、思い出したかのようにポンと手を打って、ポシェットから封筒を出しました。

あるんじゃん!!

封筒の中身を確かめたA子は、満面の笑みでサムズアップします。

「アタシらに任せなさい!!」

『ら』って何よ?『ら』って……。

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もちろん、完全に動きを読まれている私は、日が落ちる前にA子に拘束され、月舟さんの指定する場所まで拉致られました。

雑木林の中にひっそり佇むコンクリート造りの廃校です。

もう、何か出そうな空気がだだ漏れしています。

「こちらは、十数年前に廃校になった中学校です……イジメを受けた女子生徒が自殺したのを期に、立て続けに不幸な事故が重なり、廃校になったという曰く付きの物件です」

物件って、不動産屋じゃないんだから……。

「で?ツッキーはアタシらに何させようっての?」

A子……『ら』は止めて、お願いだから……。

「ツッキー的には、ここで幽霊の姿を映像に収めたいので、A子先輩には、その居場所を教えてもらいたいです」

今、自分のことツッキーって言った?月舟さん……。

「じゃあ、早速行こうか。チャッチャと終わらせてジュージューしよう」

A子は何の緊張感も出さずに、もう入ろうとしています。

「あなたはどうする?ここで待ってる?」

月舟さんが振り向き様に、私をほんのり上から目線で見下ろすのも気にせず、私も同行することにしました。

中には入りたくないけど、こんなところに独りでいるのは、もっとイヤです。

A子を先頭に、月舟さん、私の順で暗い校舎内を進みました。

水を打ったような静けさに響く、私達の足音が不気味さを際立たせます。

廊下の割れた窓ガラス、乱雑に散らばった教室内の机、輩が壁に残したスプレーの落書きは誤字ってましたがスルーしました。

「ねぇ」

「ひゃあぁぁぁ!!」

唐突に声をかけたA子に、月舟さんが過剰反応して悲鳴を上げたのに、私もつられて背筋をゾワゾワっと悪寒が駆け抜けました。

「そんなにビビんなくてもいいじゃん。ねぇ、ツッキー……ここ、誰から聞いた?」

「同じオカルト研究会の仲間からですけど」

それを聞いたA子は、また前に向き直り、ズンズン進んでいきます。

何事もなく二階を見回り、とうとう三階まで来ました。

暗さには慣れましたが、オドロオドロしさには一向に慣れません。

心なしか先を進むA子の歩幅と、後ろにいる月舟さんと私の歩幅が合っていないように感じました。

「A子先輩、もう少しゆっくり歩いてくださいよぉ……」

ホラー映画から出てきたような見た目とは裏腹に、可愛らしい乙女のような月舟さん……これが、ギャップ萌え……というモノなのか。

私が関心を持って月舟さんを見ていると、私の視界の奥の方に何かがあるのに気がつきました。

何だろう……。

私が謎の存在に焦点を合わせ、ジッと意識を向けると、その正体が分かりました。

青白くボヤけたブレザー姿の女の子が、長い髪を前に垂らしたまま、俯いて立っていて、向こう側が透けて見えていたんです。

「A子…あれ……」

私が指差す方向を見る二人の内の一人、月舟さんが文章では表記不能の悲鳴を上げました。

「月舟さん!写真写真!!」

月舟さんのリアクションのお陰で冷静になれた私が、月舟さんに撮影するように急き立てると、月舟さんはテンパりながらもデジカメを向けます。

「………」

被写体を前にしても一向にシャッターを切らない月舟さんに、私はイライラしながら声をかけました。

「月舟さん!早く!!」

私の言葉に、涙でグシャグシャの顔で振り返りながら、月舟さんが小さく一言言いました。

「バッテリー……入れ忘れた」

アホーーーーッ!!!!

私が、そう思わず叫びそうになるのをグッと噛み殺して月舟さんの肩を掴んで揺さぶっていると、A子は果敢にも少女に近寄って行きます。

「……下らないことしてくれるねぇ」

そう呟いたA子は、辺りを見渡してから教卓の方に近づき、何やらゴソゴソすると広辞苑くらいの大きさの何かを持って来ました。

「正体はコレだよ」

よく見ると、それはプロジェクターでした。

「ファンタスマゴリー……」

私が呟くと、月舟さんがきょとんとして私を見ます。

「有名なメーカーなんですか?」

月舟さん、オカルト研究会の人なんだよね?

「ファンタスマゴリーは、こういうトリックを使って行われてた幽霊ショーだよ」

「あぁ!そっちのことですか」

月舟さんって、意外と負けず嫌いなのね……。

「でも、何でこんなものがここに……」

月舟さんが首を傾げていると、A子は笑いながら言いました。

「担がれたんだよ!ツッキー」

「担がれた?」

さらに首を傾げる月舟さんに、A子が分かりやすく言います。

「騙されたってことよ、アンタ鈍いねぇ」

A子は軽くないショックを受けて茫然としている月舟さんのデジカメをひったくり、SDカードを抜き取ります。

「何するの?」

私が訊くと、A子は黒い笑みを浮かべて言いました。

「お返しだよ……ささやかな」

その顔は絶対、ささやかじゃないよね?

A子はSDカードを両手に挟みながら、月舟さんに言います。

「ツッキー、アンタは可愛いんだからオカルト研究会なんて辞めちまいなさい!それと、辞める時にソイツらにコレを渡してあげな」

そう言って、月舟さんにSDカードを渡しました。

「次のディスカッションの時に視るように言うのを忘れないようにね」

月舟さんは状況が分からないまま、とりあえず了承し、その日は解散となりました。

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翌日、無事にオカルト研究会を脱会した月舟さんは、貞コスプレを止めて、可愛いらしい姿で私の前に現れました。

ちょっと天然だけど可愛らしい後輩の本来の姿は、先輩として嬉しい限りです。

その後、オカルト研究会は散り散りになるように消滅したと聞きました。

それからしばらくの間、呪いのSDカードの存在の噂が、真しやかに流れていたのは、また別の話です。

Concrete
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