どこにでもあるような、とあるボロアパート。
ここに住んでいるひとりの男性が、ある悩みを抱えていた。
今どき、ベタにもホドがあるのだが…毎晩のように心霊現象に悩まされる…それが彼の目下の悩みだった。
彼は思った。
「きっと、この部屋には、いわくがあるに違いない」
彼には確信があった。
なにせ、夜中になれば、ベタな幽霊たちによる、ベタな怪奇現象が、目まぐるしく展開されるのだから。
夜、ふと目が覚めると、髪の長い女が両足を引っ張っている…
閉まっていたはずの押し入れが開いていて、血まみれの親子がこちらを見ている…
風呂に入ろうとすると、小さな女の子が、浴槽に沈んだまま、こちらを見上げている…
全身黒焦げの男性が、寝室の天井から逆さに降りてきて、首を絞めてくる…
それ以外にも、ちょっとしたポルターガイストやラップ現象など、日常茶飯事だった。
ただ、身寄りや定職がなく、貧乏な彼にとって、この激安アパートを去るということは、駅や公園での段ボール生活に直行することを意味していた。
それだけは避けたかった彼は、この状況を逆手にとる妙案を思いついた。
この部屋にまつわるいわくを全て調べ上げ、その事実を大家に叩きつけて、家賃をタダ同然に引き下げてやる、というものだった。
「幽霊どもなんぞ、そのうち金が貯まったら、みんなまとめて除霊してやる」
彼は、ナケナシの金を叩いて、探偵をひとり雇った。
そして、彼の部屋にまつわるいわくを、全て調べ上げるように依頼したのだった。
それから1か月が過ぎた頃、彼の部屋に、例の探偵がやって来た。
「で、どうでしたか?」
「はぁ、それがなんと申しましょうか…」
怪訝な表情を浮かべ、言いよどむ探偵。
シビレを切らした彼は、こう言った。
「さぞかしヒドい出来事が、過去にこの部屋で起こったのですね?正直に言ってもらって構いませんよ。そういうことには強いタチですから」
その言葉を聞いた探偵は、フッと息をひとつ吐くと、「これはアナタにとって、良い報告でもあり、悪い報告でもあります」と前置きして、こう語った。
「この部屋で、過去に殺人や自殺、変死があったという事実は、見つかりませんでした」
「え?」
「あ、すみません。少し分かりづらい言い方になってしまいましたね」
彼はまだ、探偵の言葉の意味を飲み込めていない。
「簡潔に言います…。このアパートには全部で9部屋ありますが、過去に殺人や自殺、変死がなかったのは、この部屋だけなのです」
彼は今も、同じ家賃のまま、そのアパートに住み続けている。
幽霊たちとの共同生活も、慣れてしまえば結構楽しいものらしい。
以前までと違うのは、彼以外の住人の家賃が、チョッピリ安くなったことくらいだ。
作者とっつ
旧作ですが…。