ある街に、結婚したばかりの若い新婚夫婦がいた。
小さいながらも愛に溢れた新居を構え、幸福と希望に満ちた新婚生活を送っていた。
披露宴は挙げなかったため、葉書で結婚を知った親戚や友人知人から、しばらくの間、ひっきりなしにお祝いの贈り物が届いていた。
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ある日、お祝いの送り主を確認するため、いつものように夫婦で品物を整理していると、ひとつだけ送り主のわからない品があった。
運送会社の伝票も張り付いておらず、いつ届けられたのかさえもわからないものだった。
少し大きめの箱は綺麗に包装され、のし紙には達筆な筆字で「祝」と書かれていた。
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「どこのおっちょこちょいさんかしら?」
「きっと、中を開けてみればわかるさ」
包装をほどき、箱を開けてみると、中から出てきたのは、壁掛けの鳩時計だった。
「わぁ!なんて可愛いの!色もデザインもこの部屋にピッタリね♪」
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箱の中身を確認したところで、結局送り主は分からなかったが、鳩時計にすっかり一目惚れした妻は、そんなこともあまり気にしていない様子だった。
鳩時計は妻の希望で、部屋中を見渡せるリビングの壁に、さっそく取り付けられることとなった。
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新婚生活もまもなく一年を迎えようとしていたある日、妻が夫に言った。
「最近、体調が良くないの。近いうちに病院に行ってみるね」
そして、初めての結婚記念日を迎えたその日、妻は夫に、妊娠が分かったことを報告した。
二重の喜びに包まれた夫婦は、これまでの人生で最も幸福なひとときを分かち合った。
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しかし、次の日の朝、奇妙な出来事があった。
再び、送り主の分からない贈り物が夫婦のもとに届いていたのだ。
のし紙には、達筆な筆遣いで書かれた「祝」の文字。
開けてみると、中から出てきたのは、可愛らしいマタニティーのワンピースだった。
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「まだ両親にすら報告もしていないのに…。どうして?」
さすがに夫婦は、そら恐ろしさを感じずにはいられなかった。
しかし、その後も幾度となく、送り主の分からない贈り物が夫婦のもとに届いた。
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出産を控えた頃にはまっさらな産着…
出産後には新生児用のミトンや靴下…
ハイハイを始めた頃には外出用のフリースの上着…
歩き始めた頃には帽子と靴が送られてきた。
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贈り物が届くタイミングはいつも絶妙だった。
ちょうど必要になりそうなその時、見覚えのある箱が、玄関先に置かれているのだった。
夫婦は相談の上、決めた。
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「確かに気味が悪いが、変なものが送られてきているわけでもないし、しまっておくには邪魔、捨てるにはもったいない。デザインだって、ハッキリ言って僕や君の好みのものだ。割り切って、ありがたく使わせてもらおうじゃないか」
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まもなく二人目の妊娠が分かり、一人目のときと同じように、送り主の分からない贈り物が次々に送られてきた。
子どもの入園、入学、誕生日、端午の節句に七五三、さらには結婚記念日や夫の昇進にまで、ことあるごとに…。
まるで、家族の生活の全てがお見通しのように…。
気付けば、家の中のありとあらゆる場所で、あの贈り物が飾られ、しまわれ、活用されていた。
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**********
ある日曜日、子どもたちが通う小学校で、親子レクの行事があり、夫と子どもたちが外出していった。
夕方には帰ってくることになっていて、妻はいつものように炊事洗濯をこなしながら、ひとり留守番をしていた。
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ちょうど午後3時になったとき、鳩時計が時刻を告げたが、電池が消耗していたのか、叫び声にも似た不気味な鳴き声を張り上げていた。
それを聞いた妻は、妙な胸騒ぎを覚えた。
その瞬間、家の中の雰囲気が一変した。
「生臭い!何!?」
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その原因はすぐに分かった。
それはあまりにもおぞましいものだった。
家中のいたるところから、ブジュブジュと血が噴き出しているのだ!
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いや、正確には、そうではなかった。
血を噴き出しているのは、あの、祝いの品だった。
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壁に掛けてある鏡はボタボタと床に血を垂らし、半透明の衣装ケースは鮮血で満杯になり、隙間から溢れかえっている。
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シロクマのぬいぐるみも真っ赤に染まり、ゼンマイ仕掛けのサルのおもちゃは充血した目で、狂ったようにシンバルを叩き鳴らしていた。
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甲高い蒸気音に目をやると、電気ポットが沸騰した血の蒸気を、熱気と共に注ぎ口から放出していた。
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妻は、悲鳴をあげながらも、なんとか家の外へ出ようと、その場から駆け出した。
途中、血塗れの玄関マットに足を滑らせ、全身に鮮血をまといながらも、転がり落ちるようにして、家の外に這い出した。
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妻は、家の中で何が起きているのか理解できず、頭の中で「これは悪い夢なのよ。いつか醒めるハズよ!」と、念仏のように自分に言い聞かせることしかできなかった。
そんな、呆然自失の妻の耳に、聞き慣れたメロディが届いた。
ポケットにしまっていた携帯電話だ。
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急いで受話ボタンを押すと、仲の良いPTAの友人が、慌てた様子で捲し立てた。
「あなたの子どもと旦那が大変なことになったの!今すぐ病院に来てちょうだい!」
妻は、虚ろな瞳のまま、靴も履かず、病院のある方へと駆け出した。
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**********
交通事故だった。
夫も二人の子どもも、即死だった。
原因はトラックの信号無視。
親子レクを終え、学校を出た矢先だった。
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病院で3人の遺体と対面し、泣き崩れる妻。
身元確認のため、事故当時に着ていた衣服の確認作業も行われた。
そこには確かに、見覚えのある家族の服が並んでいた。
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ただ、どの服も生々しい血の色に染め上げられていた。
その血の量はおびただしく、まるで服そのものから出血したのではないかと思わせるほどに…。
そう、この服も、あの…。
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妻自身は、携帯電話を受けたあとからの記憶は、ほとんどなかった。
ただ、あれほど血塗れになったはずの家も自分も、いつの間にか元通りになっていたことを、不思議に感じたことだけは覚えていた。
妻は、あの日を境に、何もかもから現実感を感じられなくなっていた。
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3人の葬式は、周囲の人たちの助けによって、どうにか無事に執り行うことができた。
それから何日経ったかわからない。
事故以来、妻の心の時計は止まったままだ。
昼と夜の感覚すら、とうに麻痺している。
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気を落とした末に、自殺をするのではないかと心配されていた妻のために、初めのうちは親戚の誰かが交代で家に来ていたが、親戚たちも自分たちの生活に戻らなければならず、いつしか彼女ひとりの生活になっていた。
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外出することもほとんどなく、恐怖の記憶が残る家で、ひっそりと暮らす妻。
ある日、玄関先で物音が聞こえたような気がして、玄関を開けてみると、あの送り主の分からない贈り物が、そっと置かれていた。
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本来、妻にとって不幸の源になったその贈り物は、恐怖の対象でしかなかったが、すでに自暴自棄になっていた妻は、その贈り物を玄関の中に運び入れると、廊下にヘタリ込んだまま、ただ黙ってその贈り物を見つめていた。
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その時ふと、妻は、ある違和感を覚えた。
達筆な筆遣いで書かれていると思っていた「祝」の文字。
だが、それは違っていた。
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「呪」
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そう…これはそもそも「祝いの贈り物」ではなく、「呪いの贈り物」であったのだ。
恐らくは、最初に送られてきた鳩時計の時から「呪」と書かれていたのであろう。
数え切れないほどの「呪いの贈り物」が届いていたにも関わらず、一度もそれに気付くことなく、自らその呪いを受け入れていたということだ。
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そして今、この家には「呪いの贈り物」がギッシリと詰め込まれている。
人間の思い込みとは、これほどまでに盲目的なものなのだろうか…。
妻は、薄ら笑いのような、薄ら泣きのような、なんとも言い難い表情を浮かべるのが精一杯だった。
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それからまたしばらくして、妻は「呪いの贈り物」から、もうひとつの違和感を感じ取っていた。
「呪」の文字が毛筆で書かれているのは間違いないが、インクや墨汁とは違う何かが使われているようだった。
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和紙に染み込んだそれを、爪の先で削り落とし、鼻に近づけてみる。
「………血だ………」
それは、真っ黒に酸化した血液だった。
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ポッポー♪ポッポー♪ポッポー♪
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その時、不意に鳩時計が時刻を告げた。
「もう、夕方の5時くらいだろうか…」
妻は心の中で呟いたが、鳩はその回数を過ぎても、いっこうに鳴き止まない。
そしてなぜか、13回鳴き声を上げて、沈黙した。
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その鳴き声を聞いた妻に、突然ある衝動が沸き上がってきた。
「箱の中身を確かめなきゃ」
なぜ、急にそんな衝動に駆られたのか、妻自身にも分からない。
ただ、躍動するということを数週間もの間忘れていた妻の心は、その衝動を抑えることが出来なかった。
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包装を解くと、それは木箱だった。
いや、その材質は、どこか品格を備えているように感じられ、小さな棺と言った方が正しかった。
そして、迷うことなく蓋を開けた。
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そこには、人間のかたちをした、小さな何かがあった。
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赤ちゃんだった。
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それは腐っているわけでもなければ、白骨化しているわけでもなかった。
そう、まさしくそれは、赤ちゃんのミイラだった。
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普通であれは、相当な衝撃を受けるであろうが、妻は意外なほど冷静であった。
生きる意味を見失い、死んだように生きる、脱け殻のような妻にとって、すでに「死」とは、それほど身近な存在となっていたからだ。
それほどまでに、妻の心は壊れていたのだ。
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妻はふと、昔テレビか何かで見た、あることを思い出した。
人間をミイラにするには、全身の血を抜き取らなければならないということを…。
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さらにその赤ちゃんのミイラをよく見ると、手足の爪の形に、見覚えがあることに気付いた。
「この特徴的な爪の形、夫の爪の形とソックリだわ」
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血を抜き取られた赤ちゃんのミイラ…
血で書かれた「呪」の贈り物…
妻が産んだわけではない夫似の赤ちゃん…。
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妻はこの時、全てを悟った。
ふと、先ほどの鳩時計を見ると、鳩が飛び出たままになっている。
なぜか、視線をそらせない。
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すると、鳩は突然、ケタケタと女の高笑いのような鳴き声を上げ、しばらく鳴き続けたあと、クチバシから真っ赤な血を吹き出し、そのまま動かなくなった。
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妻は、血塗れの鳩時計の中から、盗聴器を見つけ出すと、力づくで引きちぎり、思い切り床に叩きつけた。
作者とっつ
!!超超超ネタバレ注意!!
裏テーマは「みなまで言わない」です。
まぁ、真相としては、夫の二股交際の末、妊娠したのに捨てられた女が、生まれた赤ちゃんを呪いの儀式の生け贄に捧げ、夫とその家族に復讐を果たしたということ。
万人に分かるように伏線を張ったつもりで書きました。
仮にあと一文をラストに加えるなら「そして彼女は復讐の鬼と化すのだった。続」となり、さらなる復讐のドラマの始まりを連想させるのが、ベタな展開なのでしょうが…。
でも、そうしなかったのは、脱け殻だった彼女が、真相を悟り、怒りに奮い立つ姿をラストシーンにしたかったので…。
あと、読者の想像の上をいく展開を広げる技量が、僕には無かったというのも大きな理由です。
もし、興味のある方がいらしたら、続編を書いて頂いても構わないと思っています。