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長編9
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しいちゃん…

私は、両親が共働きであった為、幼い頃からばあちゃんにお世話をしてもらい、大きくしてもらいました。

ばあちゃんは、両親の出勤時間に合わせ、

ばあちゃんのお家の近所のおじさんに相乗りさせてもらい、毎日私の家まで通ってくれていました。

両親の休みの日以外は、毎日をばあちゃんと過ごし、

晴れの日には、一緒に畑をしたり、山に遊びに行ったり、川にサワガニや小魚を捕まえに行ったり…、

雨の日には、一緒に絵を描いたり、本を読んだり、

ばあちゃん創作のお話を聞かせてくれる事もありました。

1週間の大凡を我が家で過ごすばあちゃんなので、

ばあちゃんのお客さんも我が家にやって来ます。

昔から仲良しの行商のおばさんや、ばあちゃんの家の近所の人、近くを通ったと遠縁の方が来たり、

どう知り合ったのか分からないけど、遠距離トラックの運転手さんが各地のお土産を届けに来てくれたり…、

いろんな方がばあちゃんを訪ね、我が家に来てくれました。

その中に、1年に2回ほど訪ねて来る、何だかとっても、不思議な人達もいました。

ある人は、全身黒ずくめで、襟の高いスーツを着ており、

ピシッと髪を後ろに撫で付けてるおじさん…。

目は三白眼、尖った鼻、薄い唇、口の端から時々八重歯が覗いて、幼い私はそのおじさんを『吸血鬼のおじさん』と呼んでいました。

ある人は、修行僧のようなおじさん…。

背中にいつも、小さな和太鼓を背負っていました。

とても大きな男の人で、その立ち姿と声の大きさと太鼓を持っていることから、『ゴロのおじちゃん』。

(雷の事を、我が家ではゴロさんと呼んでいました。)

ある人は、いつもフクロウを連れてるモンペのおばさん。

フクロウが「やおい」という名前だったので、

『やおいのおばさん』。

やおいは大きなフクロウでしたが、大人しい子で、

我が家に来た時は、いつもテーブルの端で、まるっと体を丸まらせ、居眠りしていました。乾いた肉を差し出すと、片目だけ眠そうに開けて、ツイツイッと食べていて、私はそんなやおいを撫でるのが大好きでした。

ばぁちゃんは、この不思議な人達と、

一通り挨拶や世間話をすると、なにやら、物のやり取りをしていました。

麻布の袋に入れてあるものや写経の束のようなもの、

液体の入った小瓶…、

「それ、なぁに?」

私が聞くと、ばあちゃんは、

「これは、大切な預かりもの。しぃちゃんに、渡すんだよ。」と言い、

「なんなの?これ。」と物自体の事を聞くと、

「なんだと思う?にゃにゃみが思ったものが、ここには入ってるかもね。」と、いつも中身をはっきり教えてくれることはありませんでした。

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不思議な訪問者の人達から預かった物を、我が家に取りに来る、しいちゃん…。

彼女もまた、とても変わった感じの人でした。

私が彼女に初めて出会ったのは、保育園の夏休みだったと思うので、4つか5つの頃でしたが、

彼女を見た私は、なにやら恐ろしい者が現れたと、

外で遊んでいたのを家に飛び込んで、ばあちゃんにアワアワと縋り付いた記憶があります。

彼女は、スラッと…、と言うよりは、線、のような体をしていました。

いつも黒の服装で現れ、髪の毛もとても長く、

膝に届くのではないかと言うほどありました。

黒の服装に包まれた彼女の肌は、夏であろうが冬であろうが、白を水に溶かしたようで、

まるで暗がりに、手や足、顔だけが浮かんでるように見えました。

ばあちゃんのお客さんなのだとわかり、

「こんにちは」と挨拶をすると、しいちゃんは、

細く涼しい声で、

「こんにちは。」と言い、私にペコリと頭を下げました。

他の人と変わりなく挨拶を交わし、世間話が始まりますが、しいちゃんから話し出すことはなく、ばあちゃんが

「どうだい?最近は。

平均は取れてるの?顔色は、昔よりマシそうだね。」と言います。

マシって、平気って事?こんなに、薄い顔色なのに?

幼心にそう思っていました。

「おかげさまで。」

そう笑うしいちゃんの顔は、能面のようです。

「そんなとこにいないで、早く上がっておいで?」

玄関内にいるものの、部屋に上がろうとはしないしいちゃんに、ばあちゃんがそう声をかけると、

「いえ、私はここで充分です。何よりも、お子さんがいらっしゃいますから。」と答え、上がろうとはしないのです。

「私がいるから平気だよ。お上がりな?」そう言うばあちゃんに、

しいちゃんは

「こちらで充分です。」

と、静かに答えました。

私は何だか、ここにいるのがいけない気がして、

「お外に行って来る。」と言うと、

ばあちゃんが、あっ!と声を出し、

しいちゃんが

「ごめんなさい。今はお外に行かないで?

私の後ろ側に居てはダメなの。」と言います。

何で?

意味がわからない私にばあちゃんが、

「にゃにゃみ、しぃちゃんにこれを渡して?」と、

紙に包んだ固まりを渡してきました。

私がそれを手渡すと、しいちゃんは

「ありがとう」と言い、

私の手を、固まりごと両手で包みました。

そして、能面のような顔のまま、

すぐそばにいる私にも聞こえない小さな小さな声で、

ホソホソホソ…、と何かを呟くと、

「大切にするね。」

そう言って、にっこり微笑みました。

よくわからないけど、渡したものを、大切にする、と言ってくれたことに、私は嬉しくなって、

同時に、しいちゃんに持って居た怖さも何処かに行き、

ようやく上がり框に腰をかけたしいちゃんの横に、膝を並べて座りました。

膝の上に、きちっと揃えて置かれたしいちゃんの両手は、

それはそれは細く、白く、私の日焼けした手を置くと、

氷のように溶けてしまいそうでした。

当時、貧血症だった私は、

「しいちゃんも、クラクラの病気なのかな?

私よりもひどいのかな?」と考えて居ました。

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しばらくするとばあちゃんが、小さな風呂敷に包んだ預かりものを持って来ました。

あの、吸血鬼のおじさん、ゴロのおじちゃん、やおいのおばさん達から預かった物です。

ばあちゃんが私に、

「そこにあんたが居たら

しいちゃんが見れないから、場所を譲って?」と言いました。

先ほど、

「私の後ろに行かないで」と言われた私は、しいちゃんの前を通って

しいちゃんの隣にまた腰掛けました。

すると、ばあちゃんとしいちゃんが笑い、

「あー、もう平気だよ。どこを通っても大丈夫。」とばあちゃんが言いました。

「そうなの?じゃあ、外に出ても平気?」

そう聞く私に、しいちゃんは、

「平気ですよ。ごめんなさい、さっき言ってあげれば良かったですね。」と言いました。

私は靴を履き、外に出たものの、

やはり2人が何をしてるのか気になって、

もう一度玄関に戻りました。

ちょうど、飼ってた猫が玄関の前に座って居たので、

その子をかまっているフリをして、2人を見ると、

ばあちゃんが私を、まばたきもせず見て居ました。

少しビックリしたのですが、私はそのまま猫を抱き抱え、

しいちゃんの方に目をやりました。

しいちゃんは、1つ1つ、預かったものを手に取り、

先ほど私が何かの固まりを渡した時と同じく、

聞こえない声で何かを言った後、

大きく目を開いて、手に取ったそれらのものをジッと見ています。

先ほど能面のようと、彼女の顔を表現しましたが、

細いその目が、そんなに広がるものなのかと、

何かにまるで、目を開かされているのではないかと、

私はその姿に釘付けになりました。

よく見ると、

細く目玉が動いているのに気づきました。

見開いているだけではなく、手にする物をくまなく見て確認しているようです。

ジッと見て、確認し、そのまましいちゃんのカバンにしまうものもあれば、

ピタッと止まった視線の先に、爪を押し込むようにして、

また何かホソホソホソ…と呟いてから、カバンにしまうものもありました。

何をしてるのかな

しいちゃん、目が、顔から出て来そうだよ

そう思った時、チリッ!と腕に痛みが走りました。

痛みの先に目をやると、抱いてた猫が、私の腕に爪を立てていました。

「痛いよ。」

そう言うと、猫はゆっくり私を見て、

ニャァ〜、と鳴き、ペロリペロリと私の顔を舐め出しました。

普段、猫に顔を舐めまわされる事など無いのですが、

私は、

「猫の舌はザラザラだなぁ。顔、汚れてたのかなぁ。」と

目を瞑って、されるがままでした。

目を瞑ってからもしばらくは気になっていた、しいちゃんの呟く細い声や、物を取る小さな音も、

ペロリペロリ、ザリザリ、ザリザリ、舐めまわされ、

何より食い込んだままになってる爪に気を取られ、

聞こえなくなっていました。

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「お預かりします。」

しいちゃんの静かな声に、私はハッと目を開けました。

どれくらいの時間、目を瞑っていたのか、しいちゃんへの預かりものは、全てカバンの中に終われたようでした。

そして、

「これを渡して貰えますか?」としいちゃんがばあちゃんに渡したのは、

カサカサに乾いた蔓の切れっ端のようなもの、

何かの薬が入っているような色取り取りの薬包紙、

押し花のようにペッタンコになった虫を貼り付けた半紙、

細長く伸ばした紙粘土のようなものに、石ころを埋めつけてあるもの、

小瓶に入った、小さな白い何かの塊、

大きな葉っぱに丸く穴を開けたもの…、

一体、何を預かって、何の代わりにそれらを渡すのだろう…、

私には、到底、何かの役に立つ代物には思えないものばかりでした。

「後、これを…」

そう言ってしいちゃんがカバンから出して来たのは、

とても使い込んだことがわかる大学ノートでした。

「はい、わかった。」

そう言ってばあちゃんは、大学ノート以外を

先ほどの風呂敷を裏返して、そこに大きな半紙を敷いてから、包んでいました。

「ばあちゃん、ノート、忘れてるよ?」

そう言った私にばあちゃんは、

「これは、ばあちゃんがしいちゃんからもらったものだから、良いんだよ。」と言い、

ばあちゃんはしいちゃんに、

「次もまた、変わらず顔を見せてちょうだいよ。

道々の役に立つように。」

と言って、何やらお札のようなものを、頭の上に一度掲げてから渡し、しいちゃんは平伏せて手だけを上げ、受け取ると

「また、変わらず、お会いしましょう。」と、

能面では無い、笑顔でそう言いました。

サッと立ち上がり、なぜか自分が座ってた少し上をサッサッと払うようにして、

私の方に向くと、

「にゃにゃみちゃん、また会いましょう。

賢い猫ちゃんを、大切にしてあげて。

それから、『ありがとう』って伝えて下さい。」

と言いました。

猫?今、自分で言えば良いのに。

そう思ってから、

いつの間にか、自分の腕から猫がいなくなっていることに気づきました。

しいちゃんを見ると、

「お願いね。

さようなら。」

そう言って笑うと、玄関を出て行きました。

私はしばらく、ぼおっと突っ立っていたのですが、

走ってしいちゃんを追いかけました。

「しいちゃんっ!」

そう言ってスカートを掴むと、しいちゃんは驚いた顔をして、

「どうしましたか?」としゃがんで私をみました。

「さようなら、でも、また来てね。待ってるよ。」

私がそう言うと、しいちゃんは、

少し間を置き、

そして、すぅーっと息を吸い込むと、

「はい、また来ます。ありがとう」

そう言って、私の頭を撫でると立ち上がり、歩き出しました。

私は何故だか、しいちゃんが行く先を見てはいけないような気がして、

下を向いて、また、家までを走って帰ったのでした。

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しいちゃんという人を、私がもう少し知るのは、それから数年経ってからの事です。

回を重ねる毎に、私としいちゃんは話す事が増え、しいちゃんも、笑顔、を見せて、自分から話をしてくれる事が多くなりました。

ただ、玄関を出て、次の場所へ向かう彼女の事を一度、見えなくなるまで見送った事がありました。

その時の彼女の顔は、

最初に会った時と同じ、能面のような顔でした…。

彼女の、外の顔、のような気がして、

見てはいけないんだな、と、思いました。

それでも、ばあちゃんとしいちゃんと私…、

3人で過ごす時は、あっという間に過ぎてしまう、

1年に2度会うのがとても待ち遠しい時間でした。

しいちゃんが来るのは、春が終わり、若葉が芽吹くこの時期でした。

しいちゃん、また、会いたいです…。

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カバー画像はしぃちゃんのイメージでしょうか。凄く引き込まれるタイプです。続編待ってます。

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