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北陸某県で発生した失踪案件。
地下鉄サリン事件の前後だというから、90年代も半ば、20年以上前の話になる。
若いOL(ここでは仮にS子さんとする)が一人暮らしのマンションから突如失踪した。
以下、その詳細。
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長期休暇が明けても出勤しないS子さんを不審に思った勤務先の上司が、大家を伴ってS子さんの部屋を訪れたのはその年の1月中旬であった。
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この頃、まだ携帯電話は普及しておらず、S子さんの自宅の電話が繋がらなければ身元保証人である両親に尋ねるしかないのだが、その両親も数週間ほど連絡を取っていないという。
S子さんは年末年始も帰省はしていなかった。
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両親の許可を取り付け、上司は大家とS子さんの部屋に踏み込んだ。
体調不良、連絡も取れない、それでは最悪の場合――
ドアを開いた二人にそのような懸念があっただろうことは容易に想像出来る。
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ドアを開けると、玄関はすぐキッチンに繋がっている。
油と醤油の混じったような生活臭の名残りが二人の鼻腔を突いた。
とりあえずキッチンには誰もいない。何かがぶちまけてあるなどおかしな点もない。
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二人は更に進み、キッチンを抜け奥の部屋へと入った。
この部屋の間取りは1KなのでもしS子さんがいるとすれば、ここにいる他無い。
しかし――
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「いない…...よう、ですね」
大家の言葉通り部屋にS子さんの姿はなく、誰もいない部屋は外気温を反映して冷え込んでいた。
暗い部屋の中で留守番電話の青いランプが静かに点滅している。
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「いませんね…...」
部屋を見回した後、S子さんの上司は同じ内容を呟いた。
最悪の事態が回避されたことでホッとした空気が流れたが、問題は何一つ解決されていない。
電話も繋がらず、家族も行方を知らず、部屋にいないとなれば本人と繋がる道は途絶えたに等しい。
会社の人間でS子さんと個人的な親交がある者はいなかった。
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解決策の当てもなく、上司は部屋をもう一度ぐるりと見渡した。
狭い部屋だ。死角などない。
一息ついた瞬間、部屋の中央に配置されたガラステーブルが目に入る。
「ん?」
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透明な天板が、若干濁っている。
いや、濁っているのではなくこれは――
S子さんの上司はおもむろにテーブルを撫でる。
指先に付着する白い粒子。
「......埃じゃないか」
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照明を点けてみると、埃はテーブルだけでなく部屋中に積もっているのがわかった。
壁に掛けられたカレンダーは前年のまま止まっている。
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S子さんがいなくなったのは昨日や今日の話ではない――
結局、その日彼らが得たものはそんな心細い情報だけだった。
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その後もS子さんからの音信はなく、彼女の親族、友人、勤務先は緊密に連絡を取り合い、S子さんの捜索を懸命に行ったが、成果はほぼ0と言って差し支えないものだった。
月が変わり、2月。
S子さんの両親は××県警に捜索願を提出した。
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凍りついた状況は一年後、翌年の冬の終わりにやっと進展を見せることとなる。
おそらく、誰一人望まない形で。
(後編に続く)
作者退会会員