それは衝撃の光景でした。
商店街の中の一軒の尾道ラーメンのお店に長蛇の列が出来ていました。
私の田舎ではラーメン屋の前に行列が出来ているのを見たことはありませんでした。
私はそのお店のラーメンに心が躍ったのですが、お父さんは長い行列にならんでまで食べようとはしませんでした。
「えっ、お父さん、こんなに並んでるんだよ、絶対に、絶対においしいよ!」
私は食い下がりましたが、結局私達が列に並ぶことはありませんでした。
その後、どうしても尾道ラーメンが諦められなかった私はあの行列店ではありませんでしたが、夜になってからラーメンを食べに連れて行ってもらったのでした。
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あれから6年の月日がたち、その日私は昼食のために尾道駅で降りて商店街を散策していました。
水泳の部活で日焼けした肌に刺さるような夏の日差しが照りつけていました。
小学生の時、両親と尾道を観光した際に食べたラーメンの味が忘れられなくて、行列店のラーメンを並んで食べたのですが、記憶の中のラーメンの味とは何かが違いました。
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「うら若き乙女がラーメン屋をはしごなんて」
私はあの時のラーメンの味が忘れられず、もう一軒だけ探してみることにしました。
私は父親にあの時のお店を確認するためラインを送りました。
私自身も頑張ってもう一度記憶を呼び起こしてみると、そのお店のラーメンにはお揚げが乗っていたような気もしました。
しかし、お揚げが乗っているのであれば、きつねうどんならぬきつねラーメンでしょうか。
不可思議にも思いましたが、前を歩いていた着物の男性を呼び止めてこの辺でそんなラーメンを出しているお店がないか聞いてみました。
背後から声をかけたので気が付きませんでしたが、近くでお祭りでもしているのかその男の人は顔に白いきつねのお面を付けていました。
お揚げのラーメンのことを聞くなんて変な人と思われないかと心配しましたが、すぐにあるよという答えが返ってきて、その人もちょうど今から食べに行くところだということでした。
幸運にもあっさりお店のことがわかったので私は安心しました。
しかし、その安堵の気持ちとは裏腹にお面の男性の発した言葉に戦慄が走りました。
「もしかして、きみひかりちゃんかい、何年か前にそのラーメン屋に一緒に行ったよね、いやあ大きくなったなあ」
その男の人は私の名前を呼んで懐かしそうに話しかけてきました。
私は驚きながらもよく思い返してみれば、あの時のラーメン屋できつねのお面を付けた人と話をした記憶がありました。
しかし、私はその記憶に何か薄気味悪いものを感じていました。
するとそこに父親から電話の着信がありました。
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「何言ってるんだひかり、尾道の旅行で食べたのはあなご丼で尾道ラーメンは食べてないだろう、夢でも見ているのか?」
「・・・だめっ!」
私は父親の言葉を本能的に止めようと叫びました。
結局、あの時父は私をラーメン屋には連れて行ってはくれませんでした。
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父親の言葉から呼び起こされた夕食の記憶、それはお面の男性ときつねラーメンを食べた思い出とは違うもう一つの記憶でした。
「夢・・・どっちが!」
同時には存在してはいけない記憶、私の声はかすかに震えていました。
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「ふふふ、尾の道できつねのラーメンなんて洒落てるよね」
男の声が大きく私の頭に響いてきます。
反対に電話の中の父親の声はどんどんと遠くに離れていきました。
作者ラグト
今回のお話の舞台は広島県の尾道です。
先日尾道の図書館で尾道てのひら怪談の展示会イベントがありまして、それに投稿させていただいたお話です。
3月末で展示は終了しましたので、多少の加筆修正を加えて改めてここで投稿させていただきました。
その展示会ではすべての作品に挿絵がつくようになっていたのですが、今回の投稿の表紙絵が展示会で「きつねラーメン」用に描かれた作品となります。
幸運にも絵の作者のケ・セラセラ様から今回の投稿への使用を承諾していただけましたので、表紙絵につけさせていただきました。
ケ・セラセラ様 TwitterID(@mogumogujournal)
尾道は私の大学が広島県だったこともあり何度か訪れたことがあるのですが、尾道ラーメンは本当においしいです。
そして、お揚げが乗ったラーメンを出しているお店も実在します。
ちなみに尾道の地名の由来は尻尾の道ではなく、山の尾根の道というのが定説だそうです。