中編3
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てとら

 私の田舎は海がある。

ひと昔前に、有名になったから知っているかもしれないが、全国有数の海女が多い場所だ。

 成人してからは、いつもお盆の時期と正月だけは帰省して、それ以外は冠婚葬祭以外には余り足を運ばない。でも、大好きな場所だ。

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 子供の頃、海で遊ぶのが当たり前で、泳ぐ、潜る、砂・磯遊びはもちろん、釣りだってしてきた。食べられるような魚介類を磯焼なんかして食べるもの大好きだし、お祖母ちゃんの海女小屋に遊びにいっては、採れたての海の幸なんかを食べさせてもらっていた。

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 海女小屋の中には囲炉裏があって、そこでは、貝類や魚なんかを色々焼いて食べるのだが、今思えばかなり贅沢だったと思う。

 そんなお祖母ちゃんのことを親しみを込めて、海女ばあちゃんと呼んでいた。

 後期高齢なんて軽く超えていて、超人だとさえ思う。大好きだった。

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 海女祖母ちゃんとは、色々な話をしたが、いつも決まって注意を受けていた。

「てとら、で遊んじゃ駄目やよ」

てとら、というのは、テトラポッドという高波避けの人口岩場のようなものだ。

海岸から沖とまでは言わない距離に2、30メートルくらいの長さで置かれている。

その付近で、遊ぶな。というのが、いつもの決まりの文句だった。

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 その場では、元気よく「はーい!」と返事をして言いつけを守るをふりをした。

良い子でいれば、美味な食事にありつけるからという打算極まりない行為である。

 実のところ、嘘を吐いていた。

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 当時、テトラポッド上から海に飛び込んだり、その上をどれだけ早く走ることができるかなどを競ったりして遊ぶことが多かった。

 危険な場所である、ということの自覚が、私にはなかったのだ。

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 その時も、いつものようにてとらの上で遊んでいた。

 友達と一緒に、てとらから海へと飛び込む。マスクタイプの海水眼鏡を付けていたので、そのまま、海の底まで潜って、魚や水中の風景を楽しんでいた時だった。

 てとらの中に、小さい子供の手が見えた。

 

 見間違いか何かと思ったが、一応、確認のために、てとらの方へと泳いで行く。

 思い切り手を引かれた。

 

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 友達が、私のことを引っ張っていて、上の方を指さす。

 そのまま、海面に上がると、思いっきり怒鳴られた。

「何やってんの!危ないやろ!」

「急に怒らんでよ。何か手ぇ見えたんやって」

 友達に言い訳がましく、先ほど目に入ったことを告げる。

 馬鹿を見るような目をされて、てとら付近での泳ぐ危険を説明された。

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 テトラポッドは構造上、穴ぼこがある岩のような形をしている。

 そのため、引き波の時に、テトラポッドの近くで泳いでいると、中に引き込まれることがある。波の影響でテトラポッド内部は渦のようになっており、万が一内部に入ってしまうと、ずたずたに引き裂かれて、死ぬ危険がある、と。

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 そんな具体的な危険を聞いていなかったので、後々、海女小屋へといったときに、海女祖母ちゃんに話をした。滅茶苦茶怒られた。

「てとらで遊んだらダメっていったやろ!」

 全力で謝っていると、別の祖母ちゃんが、間に入って、宥めてくれる。

「まー、そんな怒らんと」

「危ないっていうたのに、遊ぶのがはざんわ!」

「ほんまに危険って知らんかったもん」

 

 言い訳がましく言って、また、怒られる。

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「あっこでほんまに死んだ子もおるんで!」

 海女祖母ちゃんが、その話をした途端、ふいに海の中で見た手を思い出した。

 身体がぞくっとして、変な汗が出た。

「そうやね。あっこは何人か引き込まれとるわ」

 別の祖母ちゃんが、そう言いながら私の手を掴んだ。

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「この辺で、遊んだらあかん場所は色々ある。そのところで、変なん見たらもういったらあかんで」

 海の中で、何かを見たことなんて、別に話していなかったのに、祖母ちゃんはじっと、私のことを見て言った。

 しっかりと頷き、もう危ない場所では遊ばないと伝えた。

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 今現在、あのテトラポッドは老朽化のため、撤去されている。そのため、波が高くなって、田舎の海は遊泳禁止になった。

 あの時、友人が私を止めておらず、あの手に掴まっていたらと思うと、ぞっとする。

 

 たぶん、引き込まれていたから。

  

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