私には、兄と姉が居る。
私が高校に上がる頃には、二人とも実家を出ていた。
一人部屋を持ったのは、丁度、その頃だ。
空き部屋があったので、そこを自室にすることを親に伝えると、特に拒否なく私の部屋になった。
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その部屋は、昔の子供部屋で、玄関を開けて右の部屋である。
姉がピアノを習っていた名残で、ピアノが置いてあった。
夏場は、エアコンがなかったため、わりと暑かった覚えがある。
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高校一年生の間は、その部屋が私の自室となったわけであるが、昔の子供部屋ということで、高校生には必要でないものも多く存在した。
例えば、子供向け絵本だったり、おもちゃの類などが積まれたおもちゃ箱などが、部屋の隅に置かれていた。押入れの奥深くにしまい込み、スペースを確保する。
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ピアノの上には、たくさんの人形が飾られていた。犬、猫、兎、動物をモチーフにしたものが多い。
今にして思えば、我が家ではペット禁止であったからだろうか。
確か、随分前の事だが、母親は、犬、猫、動物の類は嫌いではないと言っていた。
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ただ、共働きで世話が難しい事や、亡くなった時に悲しい思いをするのが嫌という理由でペットを禁止された覚えがあった。
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私も、子供の頃は人形で遊んだりもした覚えもある。
しかし、もう高校生にもなって、人形ごっこはしない。
この動物のぬいぐるみ達も、段ボールにつめて、押し入れに入れようと決め、ダンボールに詰めていた時の事だった。
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ふと、思い出す。
ああ、そういえば、このぬいぐるみの中に、昔怖いと思った人形があったな、と。
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全てのぬいぐるみ達を段ボールに片付けて、その人形がないことに気づいた。
その人形は、確かに、ピアノの上に置いてあったはずだった。
木で編んだ椅子に飾ってあったはずだった。
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どこにいったのだろう、と疑問に思うが、他にも片付けるものはたくさんある。
一度、そのことを忘れてしまうと、もう思い出すこともなく、私の部屋は高校生らしい感じの部屋に変貌することとなった。
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高校生になって、初めての冬休み。姉が実家に帰ってきた。
「ここ、あんたの部屋になったんだ」
「せやね。もともと誰の部屋でもなかったけどね」
姉に散髪を受けながら、相槌を打つ。頼むから失敗してくれるなよ、と、目で訴えておくのは忘れない。
姉は美容師の専門学校に通っており、私は実験台と評した散髪を受けていた。鏡を見ながら、姉は霧吹きで私の髪を濡らしながら、ハサミでちょきちょき髪を切っていく。
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「ピアノ懐かしいー、あんた弾いてる?」
「一応、使ってるよ。習ってないし、上手くは弾けないけどね」
姉の手付きは、危なげなかった。ただ、この時ではないが、一度、耳を少し切られたことがある。あれは、一生忘れないだろう。
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「あれ、そういえば、ピアノの上にぬいぐるみいっぱいあったよね」
「押し入れにしまったよ」
姉の言葉に、押し入れの方を指さす。
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「ふーん、そっか。ああ、そういえば、昔あんたが怖がってた人形あったね」
「ああ、それね。片付けた時、見当たらなかったなぁ」
姉の言葉に、少しだけどきっとした。
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ただ、どこにもなかったということを、伝えると、姉は何気なく言葉を紡いだ。
「あれ、まだあるよ」
「えっ、嘘っ、どこにあるの?」
思わず首を回して後ろを向くと、姉に動くなと首を前に戻される。
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「二階に置いてあるけど、知らなかったの?」
「二階の部屋はあんま行かないけど、そんなとこにあったんだ」
二階は、元姉の部屋と祖母の部屋がある。姉の部屋には、滅多なことでは入ることはないし、帰省の際には、姉が使用するため、入ることはなかった。
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「あんたアレ怖がって大変だったもんね」
「いや、結構不気味だったよね。何か見られてる気がするし」
ピアノの上、木で編んだ椅子に飾ってあった人形。
子供の頃に、子供部屋で遊んでいると、いつも、何故だか視線を感じていた。
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「まあ、あれって何かリアルだしね。私は、綺麗だなぁって思うけどな」
「そう、あのリアルっぽいの無理。あのフランス人形だけはトラウマだから」
金髪で、青い目をしたドレスを着ているフランス人形。
ピアノの上に、動物の縫いぐるみに囲まれて、じっと、こっちを見ていた。
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「リアルな感じの人形って駄目なんだよなぁ。そういえば、毎年親戚の家の市松人形の髪って見るたび、長くなってるし」
「え、まじで?」
そのような雑談に花を咲かせて、結局は、姉の部屋には足は向かなかった。
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そうこうするうちに、姉が専門学校を卒業し、立派に美容師となり、私は高校を卒業して、実家を出て、専門学校へと通うことになった。
実家へと帰省した際に、ぬいぐるみと人形は供養に出したと母から聞いた。
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「人の形をしているものには魂が宿るって言うじゃない。それにあの子は、貴方が子供の頃は他のぬいぐるみと一緒に居たのに、ここ最近は一人ぼっちで飾られて可哀そうだったし」
母はスピリチュアル的な本に嵌っていた。
そういうのが、理由かどうかは知らないが、田舎の神社でも人形供養をしているために、持って行ったそうだった。
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その日、私の部屋は倉庫変わりに物が置かれて寝ることができなかったため、
二階の部屋を使うことになった。
あの、フランス人形はなかった。
ただ、木で編まれた椅子は棚の上に置いてあった。
子供の頃、あの人形の視線は怖かった。
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しかし、今ならどうだろう。綺麗と思うのだろうか。
そのように思いながら、電気を消して、布団に入る。
何も見えない、暗闇で。木椅子の方へと視線を移す。
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何もいないはずなのに。
金髪で青い目の人形が、じっとこちらを見ているような錯覚がした。
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朝になって、目が覚めた。
別段、特に夢も何も見ず、快眠快調である。
布団を三つ折りにして、押し入れへと直して、枕を持つ。
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私は髪を染めていない。
枕に金色の髪の毛がついていた。
作者m/s