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つい先日耳にした心霊話を紹介しようと思う。
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所謂〝実話怪談〟というのは大抵オチが無い物なんだが、この話にはちゃんと結末も後日談もあり大変珍しいのではないかと個人的には思っている。ただ、昔の事とはいえ実際に死人も出ているので、特定される恐れのある場所、年代等の詳細な記述は極力避けるよう心掛けた。
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同じ職場に、今年の秋結婚を控えるNさんという女性がいる。これは彼女がまだ小学生だった頃経験した話だ。当時は彼女もまだ幼かったからか不明な点も多いが、事実にこだわりたいので敢えて謎は謎のままにしておきたい。
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Nさんが通っていた小学校には二つの不思議が存在していたという。
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一つは、プールで泳いではいけないという日が、夏期中に一日だけ限定されていた事。理由を知るまで彼女は、それを母校だけのルールだと思わずに、全国的にそうなのだろうと思っていた。つまりNさんにとってその不思議は、所謂〝学校の七不思議〟などではなく、一般的な、ごく普通の疑問だったわけである。
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もう一つは、立派な焼却炉が二つ並んで設置されていた事。片方は何故か頑丈な南京錠で施錠され使用禁止となっていた。老朽化が原因なら当然撤去されている筈で、使用を中止したまま他に新しいのを建てるというのはどう考えても不自然だった。それに、確かに古かったがいかにも頑丈そうな造りで、使えない程老朽化しているようには見えなかったらしい。
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当時はダイオキシンだ温暖化だのと騒がれるずっと前なので、月に一度の〝ゴミの日〟には生徒が焼却炉で普通に燃やしていたそうだ。
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小学6年の秋、いつもは神社でやる毎年恒例のお祭りが、折からの豪雨による土砂崩れの為神社に続く道が交通不能になり、急遽小学校の校庭で催される事になった。その日は露店商の出店の他に、八百屋や魚屋が店を出したりして、いつもより賑(にぎ)わったそうである。
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陽も落ちた頃祭りは終わり後片付けが始まった。大人に混じってNさんも校庭に散らばるゴミを拾い集めていたのだが、その最中に、「明日焼くから取り敢えず一ヶ所に集めとこう。お化けが出るからな」「当たり前だろ。とてもじゃないが夜中あそこには行けねえよ」などと大人たちがやりとりしているのを聞いたのだという。
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彼女は早速、その事を家に帰って同じ小学校のOBである父親に尋ねたのだ。
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父親の話の内容は以下の通り。
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昔、焼却炉の中で首を吊った男子生徒がいる。
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夜中、炉内が明るいのに気付いた用務員がいて、消し忘れだと思い確認の為中を覗くと、そこには一人の、項垂れた少年が立っていた。その子の身体は青白い炎に包まれていて、間近にそれを見てしまった用務員は、明け方起こされるまで意識を失ってしまう。
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それがたちまち町中に広まり撤去の話が持ち上がったのだ。だが、色々と信じられない出来事が頻発し中止になってしまった。
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「ビルを壊すんならともかく、たかが焼却炉が撤去出来ないなんて、一体どんな問題が起きたんだよ」
話の途中で僕はNさんに聞いたのだが、「聞いてないから分かりません。父が小学校に上がる前からの噂らしいから、よく知らないんじゃないですかね」で終わってしまった。「今度帰省した時聞いてみてよ」と一応頼んでいるので判明すれば後日書き足そうと思う。
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新しい焼却炉が出来たのは父親が3年の時だったらしい。当時、生徒は皆幽霊の話を信じており滅多に近寄らなかったそうだ。
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「お前は来年卒業だから、もう話してもいいかな。今の生徒がその話を知らないのは親や先生が黙ってるからだ。子供達が怖がるからな。みんな知ってる。用務員の話も嘘じゃないと思う。隙間という隙間セメントで塗り固められてたからな」
それを聞いてNさんはハッとした。それまで気にもとめていなかったが、確かに鍵なんか必要ないくらいに、表も裏も隙間が全て塗り潰されていたのだ。
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父親の怪談はそこで終わらなかった。
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「◯月◯日、プールで泳げない理由、知ってるか?」
首を横に振るNさん。
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「俺が四年の時、一年の男子が授業中プールで溺れて死んだんだ。当然学校側の責任問題になってな」
「その日が◯月◯日?」
父親は頷くといつもの父らしくない吐き捨てるような口調で意外な言葉を口にする。
「まあ、それだけだったら単なる事故だ。子供にゃ悪いがどこにでもある事さ」
その時Nさん、訳もなくゾクッとしたという。
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「次の年のな、全く同じ日に、今度は一年の女子が溺れて亡くなったんだ。驚いたのは、その子が、前の年に死んだ男子の妹だったって事。しばらくはその話で持ちきりだった。足首に子供の手形が付いてたとかなんとか。兄貴が呼んだに違いないとか言って」
手形らしき痕(あと)の件は本当だったらしく(地元の救急隊員や警察官、看護士など目撃者多数。あくまでも噂だが)、事件性も視野に入れて捜査がなされたようだが結局は事故で処理された。
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「その時生徒を監視していた先生が辞める直前まで主張してたんだってさ。〈クラスの生徒じゃない男子が間違いなく一人いた。プール眺めてたら突然金縛りになって、すぐ横に子供の影が立ったんだ。全然動けなくて顔も向けられなかった。それからその子、大声で謝りだしたんだ。ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!って何度も何度も何度も!!〉」
「……」
「だけどそんな声、誰も聞いちゃいないんだよ」
「こわい」
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「その後、何年間かプールの使用が禁止になった筈だ。偉いお坊さんに来てもらったりして何とか再開したんだ。その日だけは泳げないようにしてな」
「水泳の授業だけは、いつも誰かのお父さんが見張ってるのは、そんな事があったからなんだ。変だなあと思ってた」
「Nには言うけどな、誰にも言うな。父さんが悪者になっちゃう。学校から喋るなってきつく言われてるんだ」
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父親を悪人にしたくないNさんは、長いことその話を他人にする事はなかった。事の真相が明らかになるのはその後数年が経過してからなのだ。
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「◯◯小学校って、焼却炉が二つある小学校だよね?」
高一の時初めてできた彼氏は同じクラブの部長だったらしい。その彼が、何回目かのデートの際、Nさんに聞いてきたのだという。
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彼女はその事を半ば忘れていた。自分に心霊現象が降りかかった訳ではないし、プールの件はともかく焼却炉に関しては単なる噂話だと思っていたから。なので、いわば彼女にとって都市伝説のような存在を、他校出身の人間が知っているという事実は意外でしかなかった。
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「古い方の焼却炉、中で自殺した生徒がいるって、知ってた?」
「何でそんな事知ってるんですか?」
心底驚いてNさんは逆に問い返す。
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「俺の叔父さんから聞いたんだ。叔父さん、その生徒と同じクラスだったんだよ」
作者オイキタロウ
職場の女性に聞いた話です。小説風に書いてますが、聞いた内容から逸脱しないようにするつもりです。