長編12
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異酒屋話―捨―

最近よく夢を見る。

真っ暗な闇のなか凄く悲しくて。

一人ぼっちになる孤独感。

思い出を振り返りまた辛くなる。

どうしようもないと、ただ死を待つ恐怖。

死にたくないと抗う虚しさ。

そんものに苛まれる夢。

こんな夢を見るくらいなら寝ない方が百倍マシだ。

肉体的な辛さはなんとでもなる。

精神的辛さはそうはいかない、特効薬がないからだ。

今日もまた眠れない夜が来る。

こんなときは、皆がいるところへ帰ろう。

あそこなら、この辛さもずっと和らぐ。

そんなことを考えていたら一刻でも早く皆の顔が見たくなってきた。

さぁ、帰ろう。

あの場所へ…

――――――――――――――――――――

『あっつい~、溶ける~…花火~』

【暑い暑い言わないでよ…こっちまで暑くなるじゃない。】

『着物なんか着てるからでしょ~…ワンピースでも着なさいよ~花火~』

【着物着なれてるとワンピースは軽すぎてなんか不安になるの。】

『そりゃ、着物に比べたらパンツとか見えやすくなるけどさ~、は~な~び~』

【そういうこと言ってるんじゃないの。返事してるじゃない!なによ!】

『おんぶ』

【無理】

『だっこ』

【もう溶けちゃいなさいよ】

日中のうだるような暑さが尾を引いている夜

春の店へと向かう道中花火と二人で歩いてた。

『暑いけど、ビアガーデンとか最高よね。海辺でバーベキューしながらのビール、月見酒…夏は私をダメにする。』

【もともとダメじゃない。それに、月見は秋でしょ。】

『夏の月を見ながらもこれまた粋なのよ。』

【はいはい。】

くだらない話をしていると珍しいモノを見つけた。

《乗せてくれてありがとう!助かりました!》

車から降りたそいつは左肩に大きなリュックをかけ、鼻の上まで下げたバンダナを巻いた、当代風に言うのなら“バックパッカー”のような出で立ちのモノ

『あ~!八月朔日(ほずみ)!』

《ん?あ~!ことりんにはなびん!奇遇だね~!》

【久しぶりね、一年ぶりくらいかしら。】

『まぁまぁ、立ち話もなんだから春のとこに行こう!』

《いいねぇ!春りんにも会いたいし!》

――――――――――――――――――――

花火と二人のはずが思いがけず、八月朔日を加えて春の店へとやって来た。

『やぁ春、今日も来たよ~。っと今日は珍しいやつも一緒なんだよ~』

「いらっしゃい♪わぁ、八月朔日くん!本当に珍しい!」

《春りん久しぶり~》

「わぁ、座って座って」

私はいつものようにビールと砂ずり、八月朔日はビールと豚バラを食べていた。

「今度はどこに行ったの?」

《えっとね…あぁ、そうだ!皆にお土産があるんだよ~》

『今度はどんな妙ちくりんなもの持ってきたんだい?』

《春りんには“魔除けの面”、はなびんには“天狗の羽”、ことりんには…“猿の手”》

「うわぁ~、なんかどれも…」

【胡散臭いわね…】

『猿の手って何よ…気持ち悪…マジで手じゃん…。どちらかと言えば“魔”である春に“魔除け”って』

《こう言う商売だからさぁ~、変なのが寄り付かないように?みたいなw》

「確かにそう言われれば何か納得…」

【じゃぁ、小鳥はよりつけないわね】

『どういう意味よ!』

なんてことを言いながら春は面を店の見えやすい位置にかけていた。

《他にも不知火くんや颯殿、華憂とかにも持ってきたんだけど今日は来てないみたいだからさ、悪いんだけどみんなの分春りん預かっててくんないかな?どれが誰宛かは書いて貼っとくからさ》

「いいですよ~」

『とりあえず呑もうか!』

久しぶりの友人の来店に春も一緒になって呑み、カメラなんかを奥から持ってきて写真を撮ったりもした。

《南米に行ったときに買った珍しいツマミがあるんだけど…チュパカブラの干物…》

『いらんわ!!』

―――――――

「しばらくはこっちにいるの?」

《ん~、日本にはいるつもり。色んな所に行くのは心が踊るけど、やっぱり日本がいいよ。》

「日本にはいるってことは、日本のどこかには行くつもり?」

《そうだね~、なんか東北の方に行かなきゃと思ってるんだ。》

「そうなんだ。そうだ、美味しいお酒があったら買ってきてもらえる?」

《あぁ、いいよ♪俺の好みになるけどね》

「それでいいよ♪」

賑やかな夜も更けていき皆が疲れて眠りにつき始めた頃

《それじゃぁ、春りん、そろそろ行くよ。》

「寝ないでいくの?」

《まぁね、体力には自信あるからね。》

「二人になにも言わなくていいの?」

《いいよ。日本にいるし、そんなに長く行くつもりはないから近い内に帰ってくるよ。》

「行ってらっしゃい♪気を付けてね。」

《行ってきます!弁当までありがとね♪》

朝陽が照らす道を大きなリュックを背負って八月朔日くんは歩いていきました。

目を覚ました小鳥ちゃんと花火ちゃんは、自分達になにも言わずに行った八月朔日くんに怒っていたけど

【本当に根なし草というかなんと言うか…】

『次はいつ帰ってくるかなぁ』

と少し寂しそうにもしてました。

――――――――――――――――――――

化物道を抜けた先は日本海側の海沿いの道だった

《さぁて、どうすっかなぁ~》

と伸びをした。

歩いてみるかぁー

と、歩きだした…

が、一時間ほどで

暑い…もう無理…

と、いつものようにヒッチハイクしようとリュックからボードを取りだし

“東北方面、よろしくお願いいたします”

そう書いた

ここは運よく、デコトラが多く通っていたため30分程で止まってくれる人が現れた。

〈兄ちゃん東北行きたいのかい?〉

運転席から顔を出してくれた人は40代位の人の良さそうな男性だった。

《はい!そうなんですよ!》

〈これも何かの縁だ!途中いくつか寄るとこがあるけどそれでもいいなら乗りな!〉

《ありがとうございます!》

男性の名は源屋さんと言うらしい。

豪快な笑い方をする人で人柄の良さがすぐに伝わってきた。

〈兄ちゃんあれか?バックパッカーってやつかい?〉

《はい、そんな感じですね!色んなモノを見てみたくて》

〈若い内からいろいろ見るのは絶対にプラスだ。俺も若い頃そういうことしてたら良かったんだけど…〉

《…できなかったんですか?》

〈まぁな…20そこらで子供ができてよ~〉

《なるほど、それじゃぁ無理ですね~》

子供ができてなかったらどうなっていたのかなぁ~

もう少し遊んでたい気持ちもあったなぁ~

嫁さんの気が強くて~

娘の父親離れが寂しくて~

なんて、話を笑顔でしていた源屋さんは凄く幸せそうだった。

〈兄ちゃん、名前は?〉

《俺は八月朔日って言います。》

〈ほずみ君か!まぁ、兄ちゃんって呼ばせてもらうけどな!〉

――――――

道中立ち寄ったコンビニで礼を兼ねて源屋さんの吸っているタバコとつまめるお菓子なんかを買って渡した

〈そんな気にしなくていいのに〉

《こういうことはちゃんとしたくて、受け取ってください》

〈じゃぁ、ありがたくいただこうかね。そういえば兄ちゃん、変わったバンダナの巻き方してるなぁ。前見えるのかい?〉

《これですか。昔眼のとこに怪我をしましてね、大きな傷が残ってて人が見たら引いちゃうような感じなんで隠してるんですよ~。

前はちゃんと見えてますよ!特殊な布なので片側からなら透けて見えるんです。マジックミラーみたいな感じですね!》

〈そうだったのか…。悪いこと聞いちまったな。〉

《いやいや、変に推測されるより聞いてくれた方が俺も助かりますよ。》

それから、道中源屋さんの荷下ろしなんかを手伝いながら東北へと走っていった。

〈助かったよ~。悪いなぁ~〉

《一宿一飯の恩みたいな感じですから》

時間は日没に差し掛かった頃、

山脈の連なる峠道に入ろうかというところで源屋さんが車を停めた。

《どうしたんです?》

〈いやな、この峠道にはあんまし良くない噂があるんだ。この道を通らなきゃならんのだけど一人で通りたくなくて兄ちゃんを乗せたのが正直なところなんだ。言わなくてすまんな…〉

《そうなんですか?どんな噂が?》

〈夜な夜な小綺麗な婆さんが現れるって噂があるんだ。こんな鬱蒼とした山道だ、現実的に考えて婆さんがいるわけないんだ。けど、何人も“見た”って話があってよ…〉

悲しい雰囲気を帯びた山

真っ黒で喰われるような印象さえ抱いてしまうほどの闇を携えていた。

これは…夢の闇と同じものか…?

《大丈夫ですよ。俺がいます、一人じゃないですから》

〈そうだな…〉

源屋さんはアクセルを踏み、車は闇へ喰われていった。

〈ここのそういう噂は昔からちょくちょく耳にしたことがあったんだ。けど、ここ数ヵ月で一気に増えてよ。なんなんだろうな。幽霊とかってのはもっと何て言うか、おどろおどろしいモノだと思ってたんだけどな。小綺麗なってのが不思議でよ。見たってやつは皆家庭を持ってるやつなんだ。独り身のやつで見たって話は聞かないんだよなぁ。それに…いや、なんでもねぇ〉

《…見た目が綺麗なモノってのはそれだけ力が強いんですよ。人間と同じです。成長するにつれて服装に気を使う。メイクをする。外見を整える。綺麗な姿ってのは成長の証です。その婆さんってのも力が強いんだと思います。》

〈…兄ちゃん…なんでそんなこと?〉

《そういうものにちょっと縁がありましてね。源屋さんは俺が守りますから、運転に集中して大丈夫ですよ。》

――――――

どれ程経っただろうか、今登っているのか下っているのかわからなくなってきていた。

まるでずっと長いトンネルの中を走っているようだ。

〈そろそろ峠を一旦抜けても良いはずなんだけどな…なんでだ…なんでだ…〉

源屋さんはしきりに呟いていた。

深くなった闇

どうやら本当に闇に喰われてしまった。

山に囚われたようだ。

そのせいだろうか、嫌な気配が近づいてくる。

いや、どちらかといえば嫌な気配の方へこちらが近づいているのだろう。

呼ばれるように

……………来た

《停めてください。》

〈…どうしたよ?〉

停車する車

《たぶんこれ以上進んでも抜けられないと思います。それに、来ました。》

〈来たって…〉

《小綺麗な婆さんですよ。前を見ていてください。視界の端でとらえるような感じで右側を見てください。けど、決して焦点を合わせないでください。わかります?》

〈あぁ…わかる。何かいる。〉

《よかった。それくらいの認識で止めておいた方がいいです。じゃぁ、行ってきますね。源屋さんは車のなかに。》

〈に、兄ちゃん?!〉

引き留めようと伸びた源屋さんの手よりも早く俺は車を降りた。

婆さんへと近づいていく

頭のなかで源屋さんの話を思い出す。

〈見たってやつは皆家庭を持ってるやつなんだ〉

“家庭”“山”“老婆”

この3つから連想されるものは1つしかない。

それにしても重い…どれだけ集まろうが所詮は人の魂だ

これほど重くなるものか?

婆さんは黒い靄を口から溢しながら俺を見る。

三日月のようになった目をして笑顔でいる。

白目はなく真っ黒。

真っ黒な三日月が俺をとらえている。

[口惜しや…口惜しや…]

《何が口惜しいんだ》

靄を垂れ流しながら呟いている。

[大切に育てたのにのう…わしは食わずとも無い米をかき集め強く大きくなるようにと育てたのにのう…。真っ先に捨てられるのはこのわしじゃ…]

[…口惜しい]

捨てられた老婆達の魂

間違いない

ここは、姥捨て山だ

古くは貧困にあえぐ村で起こっていた悲劇

限られた食べ物で耐えしのぐにも限度がある

食べ物は増やせない、だったらどうするか

人を減らす。

その際、年寄りを選ぶ。理由は簡単

労働力になり得ないからだ。

働かざる者食うべからず。

ただ資源を消費するものは捨てられる。

合理的な話だ。

1を犠牲に3を救う。

どこでも起こっていたことだ。

そういう時代だった、そうしなければならなかった。ただそれだけ。

人には感情がある。仕方ないでは片付けられないモノもあるのだ。

死してなお、そのモノに囚われている。

なんと憐れな話だろう。

《だけど、悪いな。俺には関係の無い話だ。死んだあんたたちの魂より、生きてる人を俺は選ぶ。源屋さんは言わなかったが、あんたら何人殺した?》

[口惜しや…皆死ねばいい…死ね…死ね…しね]

《時代を超えてまで無関係な他人を巻き込むんじゃねぇよ。》

呪を吐き出しながら

ニタニタ笑い老婆が俺に向かって歩いてくる。

俺も殺す気なのだろう。

だが、残念だな…相手が悪い…

《助けられるなら助けてやりたい…けど、もう誰にもあなたたちの魂は浄化できない。あなた達は殺しすぎた。》

俺は左手をバンダナに手をかけ、外した。

決して誰にも見せない。見せられない。

鼻の上に存在する異形の眼。

単眼の邪視。

《俺に呪は効かない。俺の邪視は降りかかる呪を覗き、人ならざるモノにも呪をかける。》

呪を以て呪を制す

大きな黒い呪が眼前に押し迫ってくる。

“ごめんな…”

“仕方ないんだ…”

“妻と子供を守るためなんだ…わかってくれ”

“一人にしないで”

“死にたくない”

“さびしい”

“助けて”

“誰か…”

“迷惑かけないから”

“一緒にいさせて…”

“もう一度だけ…家族に逢いたい”

呪の根源が頭の中に流れてくる。

哀しくて、辛い想いが…。

眼を閉じ力を溜め開眼すると同時に発現させる。

一瞬、老婆もろとも黒い呪は霧散していった。

《助けられなくてごめんなさい…》

時代があなたたちを翻弄した。

あんたたちは悪くなかったのにな…

バンダナをもとの位置に巻き直して振り向く

《もう大丈夫ですよ。ここにはもう何も現れない。安心してください。》

心配で降りてきていた源屋さんに伝える。

〈なにをしたんだ…?〉

《魂ごと呪もろとも消しました。天国にも地獄にも行けない。だから、もう現れることはないです。》

〈あれはいったい…?〉

《捨てられた老婆たちの魂の端を成れの果てですかね。ここは昔姥捨て山だったんですよ…。始めは家族といたくて死んだあとも、とどまってしまった。けど、捨てられたことへの怒りや悲しさが積もり積もってあんな風に姿を変えた…。家族を持つもの、家族と幸せに暮らす人間を逆恨みし呪をかけ始めた…

無関係な被害者たちはたまったものじゃないですよね…》

源屋さんは魂も何も残っていない…老婆のたっていたところでしゃがみ手を合わせた。

何を思って手を合わせてるのだろうか…

〈行こうか…兄ちゃん!〉

立ち上がった源屋さんは笑顔をこちらに向けてくれた。

――――――

峠を抜けた頃にはすっかり夜は明けてしまい、パーキングスペース車を止め

二人とも眠った。

目が覚めると15:00近くになっていた。

それから車を走らせ、米どころとして有名な街に着き車を降りた。

〈兄ちゃん、色々すまなかった。それと、ありがとうな。〉

《こちらこそ、ここまで乗せてくれてありがとうございました!きっと、あれは俺が対峙する運命だったんですよ。また、縁があったら会いましょう!》

握手を交わし、見送った。

《さて、美味しいお酒でも探しますかね》

―――――――――――――――――――

《こんばんわ~!》

「八月朔日くん!おかえり~♪」

店にはいつものように、ことりん、はなびん。加えて不知火くん、颯殿、華憂と勢揃いだった。

《何かあったのかい?今日は多いな~》

『ほ~ずみ~!この間は何も言わずに行きやがったな!』

《ごめんって。もう酔ってるのかい?》

大きな体で絡んで来ることりん。

それをみて皆笑ってる

何とか振りほどいて春りんにお土産の大吟醸を渡した。

《はい。お酒♪》

「ありがとう!早速開けてもいい?」

《もちろん。》

「今度の旅でなにかあった?」

こういう鋭さには舌を巻く。

《家族ってどんなモノなのかなぁって思ってさ。俺らみたいなのは家族いないからさ》

いつの間にか、隣にことりんがいた

『何言ってるの?私たちがあんたの家族でしょ?』

さっきまで絡んできたモノと同じとは思えないほど、凛とした顔で言われた。

そのたたずまいと、優しさに言葉がつまる。

たまにこう言うこと言うんだよなぁ~

《…こんなキテレツな家族はごめんだよ~》

なんだろ、素直にありがとうとは言えなかった。

『なんだと~!』

【年齢的には私が長女かしら…?】

隣で聞いていたはなびんも話に乗ってくる。

『いやいや、花火はお母さんだから』

【はぁ?あなたみたいな娘嫌だわ】

“僕は家族ってより近所の従兄弟がいいなぁ”

{私たちは双子で一番下の妹かな?}

あぁ…やっぱりはここは良いなぁ

あの日、春りんが弁当に一緒に入れてくれていた写真は財布の中に大事にしまってある。でもこのことは皆には内緒だ。

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