〔やぁ、春ちゃん!今年も持ってきたぞ~!〕
「豪壱さん、毎年ありがとうございます♪わぁ、今年のはまた一段と立派ですね!」
大きな体に腕捲りをして昼間の店にやって来たのは山男の豪壱さん。
毎年この時期に育てた竹を持ってきてくれる。
今日は七月六日なのです。
〔あぁ!今年は気候なんかも良くて凄く綺麗に育った!中でもこいつはピカイチだ!〕
誇らしげに竹を撫でながら話してくれる。
その立派さは一目瞭然、立派を通り越し、厳かな威厳さえ放っている。
「そんなモノをいいんですか?」
〔もちろんだ!こいつは春ちゃんの店に、とはじめから決めていたんだ!こいつなら絶対に、春ちゃんや店に来る皆を守ってくれる。俺が保証する!〕
「それじゃぁ、ありがたく♪はい、これ!本当にお金を支払わなくていいんですか?」
竹を頂く対価に、手作りのお酒と旬の食材をふんだんに使ったお重を渡す。
〔お金は別の口から貰ってる。お金なんかよりこちらを頂いた方がこっちとしてもありがたいんだ。うちの竹は美味い酒しか飲まなくてね。春ちゃんのお酒のお陰で良い竹が育ってる。それに、この料理は金には代えられない美味さだ。これ程のものはそうそう手に出来ない。じゅうぶん対価に見合ってるよ。
それと、いつものこれな!〕
「ありがとうございます♪」
〔それじゃあな春ちゃん!また店に寄らせてもらうよ!〕
そういって、豪壱さんは竹の配達に向かった。
「本当に綺麗な竹ね…」
竹を飾った店内は一気に七月の様相へと一変した。
―――――――
短冊を用意し、今日の酒のあてに笹カマボコ、他にも色々と
気がつけば時刻は19:00をまわろうとしている頃
―――ガラガラ
『よーう春!皆で来たよ~』
皆浴衣を身に纏いうちわ片手に皆がやって来ました
「いらっしゃい♪皆♪」
せっせとテーブルへと運ぶお酒などの準備をしていると
{私達も手伝うよ!}
と、華ちゃんと憂ちゃんが来てくれました。
袖を紐で襷掛けの要領で結んでいます。
きっと花火ちゃんにしてもらったのでしょう。
ピンクの朝顔をあしらった浴衣の華ちゃん
紫の桔梗をあしらった浴衣の憂ちゃん
髪も結ってて本当に可愛いんです。
「二人とも可愛い浴衣ね♪」
{この浴衣、八月朔日にぃが買ってきてくれたんだよ!}
{京都に行ったときのお土産だ!ってくれたんです♪}
華ちゃんと憂ちゃんは手をとって二人でくるくる回ってる。
八月朔日君は日本酒片手に短冊に願いを書いている。ん~とか、そうだな~なんて独り言を言いながら。
『私には服なんて買ってこないのに。二人とも~。ビールね~。颯…浴衣にフルフェイスって凄い違和感よ…?』
{浴衣着てるのに頭が無いのよりいいだろ~w}
【小鳥のサイズのレディースなんて人間側には売ってないでしょ。というか、あなたも手伝いなさいよ。一番呑むのはあなたなんだから…】
なかなかの賑わいを見せる店内
この雰囲気が一番私を嬉しい気持ちにしてくれる。
誰も欠けることなく今年も願いを掛ける。
【それにしても、立派な竹ね…凄く力が強い…】
「今年一番の竹だ!って豪壱さんが言ってたよ~」
竹の大きさとの比率もあってか花火ちゃんはいつも以上に小さく見えちゃいました。
そんなことを言ったらきっと花火ちゃんは怒るから言えませんけど。
{どうして竹を飾るの?}
配膳を終えた華ちゃんと憂ちゃんが隣に立っていました
「それはね。竹って、中が空洞で空に向かって真っ直ぐ伸びるでしょ?だから神霊が宿りやすいって言われたの。そして、神霊が宿ることから穢れや災禍を祓う力があるとされてきたの。昔の人々は神様の守護を頂くために“竹玉(たかだま)”を身につけていたとも言われているの。
だから、七夕に限らずだけど神事には竹はよく用いられるの。
それと、今では七夕と書いて“たなばた”と言うのが一般だけれど、正確には“しちせき”と言うの。
七月七日、本来は“七夕(しちせき)の節句”。
日本には五節句
・一月一日 人日の節句
・三月三日 上巳(じょうし)の節句
・五月五日 端午の節句
・七月七日 七夕(しちせき)の節句
・九月九日 重陽(ちょうよう)の節句
奇数月のゾロ目になる日がそう呼ばれてるの。奇数である理由は陰陽の考えなんだけど、それは省くね。
また「棚機つ女」といわれる女性が、機(はた)で織った布を神様に捧げて、病気災厄が起こらないようにお願いをしたって話があるの。
そういうことから、七夕では裁縫の上達を願ったりもしたのよ。
棚機(たなはた)から七夕をたなばたと呼ぶようになったなんてね。」
二人に話してると
〔あれが彦星、織姫さ~ま♪ってね。彦星は農業の星なんて謂われたりもしてましてね。この時期は収穫祭の準備期間だったりもしたんですよ。それと、華ちゃんと憂ちゃんが帯に隠してるその短冊にもちゃんと意味があるんだよ。〕
華ちゃんはお腹側の帯を
憂ちゃんは背中側の帯をサッと手で押さえた。きっと、そこに短冊を隠してるのでしょう。
〔もともとは紙じゃなくて糸だったんだけどね、そこはおいといて。短冊の五色“赤・青・黄・白・黒”今は利便性なんかもあって黒は紫に変わってるけどね。これは五行説ってのにのっとってるんだ。色にそれぞれ意味があるんだよ。纏めてみようか。春さん、短冊全色もらえますか?〕
不知火君はサササッとそれぞれの短冊に意味を書いていきました。
――――――――――
赤 = 火・仁
青 = 木・礼
黄 = 土・信
白 = 金・義
黒 = 水・智
――――――――――
〔ってな具合にね。華ちゃんと憂ちゃんには少し難しいかな?それぞれの意味を調べることは二人への宿題だ。〕
と、意味を書いた短冊を二人に渡していました。
なんだろうね~?。なんだろう?
と二人は短冊を見つめながら言っていました。
『あんたたちは本当に何でも知ってるわね~』
〔「何でもはしらないですよ。〕」
不知火君の真似をしてみると、
頬をかきながら一本取られたなぁって顔をしてた不知火君がおかしかったです。
―――ガラガラ
0:00丁度に店のドアが開いた。
[皆、久しぶりです。今年も素麺持ってきたよ~。]
『よー!素麺の人!』
入り口に立つ人に向かって手を挙げる
[その呼び方やめて、小鳥ちゃん…。ハムの人みたい]
『似たようなものでしょ?うそうそ冗談、久しぶり!』
《皆様…お久しぶりです♪》
続いて店へ入って来た人影
七月七日の主役のお二人です。
はじめてあった頃とはうってかわって、だいぶ垢抜けて当代風な出で立ちになりましたが。
「好きなお席へどうぞ♪」
〔さぁ座った座った。〕
彦星さんの隣へ立った不知火君が肩に手をやりカウンターへと連れてきた。
[不知火君、お久しぶりです。]
彦星さんは不知火君の右側に座った。
花火ちゃんは席を移り彦星さんの隣を空け、織姫さんを促す。
【織、久しぶりね。】
《花火さん。お久しぶりです♪》
【今年も逢えて本当に良かった】
「花火ちゃん、この時期になるといつも天気を心配してるからね」
【1年に1度しか逢えないからね。】
花火ちゃんの“今年も逢えて”というのは
彦星さんと逢えて
と言うのも含まれているのだろう。
花火ちゃんはいつも他の人のことばかりを気にしてる。
袖口に入れてある短冊にもきっとそういう願いを書いているのだろう。
{毎年聞こうと思って忘れてたんですけど、どうして七夕に素麺を食べるんですか?}
さっきは華ちゃんでしたが、今度は憂ちゃんからの質問です。疑問に答えてくれる大人がいると、何でも聞きたくなるものですよね。
[七夕の節句の行事食が“素麺”なんですよ。理由はいくつかありますが、川の流れ。すなわち天の川になぞらえた。裁縫の上達を願うとこから、糸に見立てた。昔、病を流行らせた霊鬼神が子供時代好きだった索餅(さくべい)を捧げたらおさまったことから、索餅に似た素麺を食べるようになった。など言われているんだよ。]
{そうなんだ~!}
彦星さんは憂ちゃんに丁寧に話してあげています。
それじゃぁ、素麺の準備をしようと厨房へ向かおうとすると
《私もお手伝い致します。》
織姫さんが申し出てくれました。
「でも、皆と話したりした方が?」
《会話はまたできます。それに、今は…》
ごそごそとバックから
《これがありますから♪》
「最新型!とうとう持ったんですね!」
《花火さんに、今時携帯くらいもちなさい。文通じゃ話しきれない。彦星も可哀想だって言われまして…まだまだ練習が必要ですが。後で春さんのも登録させてくれますか?》
「もちろんです♪」
織姫さんがカチャカチャとスマホをいじりながら苦労してる姿が目に浮かぶ。
《便利になりましたね。昔は本当に1年に1度しか会えなかった。それは、今も変わりませんが。会えずとも繋がっていられる、話すことができる。私のようなモノには本当にありがたいです。
私たちは性質上…誰かが悩んだとき、困ったときいつでも側にいることができるわけじゃありません…。だから、こうして会えるときに少しでも私の力で皆に加護を渡せたらって思うんです。
春さん。誰かになにかが起こったとき―隠さずに教えてください。私だけなにも知らないのは耐えられません。私も一緒に考えたり力になりたいんです。》
織姫さんは私の手をとって涙をこぼしそうな目で私に伝えてくれました。
「はい。わかりました…!」
彦星さんが持ってきてくれるこの素麺には彦星さんの加護の力が
そして、調理する織姫さんの力が合わさる。
二人が皆を思う気持ちがこもった。輝く金糸の素麺。
「皆~、できましたよ~。」
『準備万端!いつでもいけるわ!』
「皆、お箸とおつゆは行き渡りましたか?…じゃぁ、始めましょう!流し素麺!」
豪壱さんは流し素麺用の竹も毎年分けてくれる。
神霊が宿る竹、織姫さんと彦星さんの加護。たくさんのモノとの繋がりが私たちを守り形作ってくれている。
竹を流れる金糸の姿は空に流れる天の川のようでした。
――――――
流し素麺が一段落付いた頃
〔そろそろ、僕たちは行きますね。〕
「もう行くんですか?」
《今から夜から朝の街をショッピングです♪》
彦星さんの側に寄り添った織姫さんが答えてくれる。
【楽しんでね♪】
《皆さんの短冊は私たちがお預かり致します。天の川に流しておきます。》
『絶対見ないでよ?!絶対よ?!』
〔皆さん、必ず来年も…!〕
いつ消えるとも知れない。
不安定な私たち怪異。
そんな私たちの願いを
織姫様と彦星様自らが天の川に流してくれる。これ以上のご利益なんてないだろう。
きっと…きっと叶う。
“皆に明日が来ることが、当たり前でありますように”
作者clolo
まだ、読まれる前の方
この話は怖いものではございません。
それでも良いと言う方のみ進んでくださいませ…
お読みくださった方
怖い話でなくて申し訳ありません…
ただ、時節柄の話を書いてみたくて…
次こそは怖い話を!
ちなみに七話目になります
七話目に七月七日七夕の話を、これは意図してませんでした