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【夏風ノイズ】しぐると露(後編)

長編21
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【夏風ノイズ】しぐると露(後編)

 容赦なく照り付ける日差しがアスファルトの上に陽炎を作り出している。それを見ると、この向こうに別世界があるような気がしてしまう。しかし、そんな不安もすぐに人々の雑踏に掻き消された。

 流石、夏休みだ。街中は多くの人で賑わい、背の低い私は大人たちにぶつからないよう注意して歩かなければならない。

 本当は近所を散歩しようと思っていただけなのに、なぜバスを使ってまでこんな街の方まで来てしまったのか、少し後悔している。正直、近所だと兄さんに会ってしまいそうで避けたのかもしれない。だって、今兄さんと顔を合わせても何を話せばいいのか分からないから・・・。

 ふと、街中の書店が目に留まった。そういえば明日は好きな少女漫画の新巻発売日だ。一日遅ければついでに買えたのに、仕方ないか。そんなことを考えていると、書店から見覚えのある人物が出てきた。向こうは下を見ていたので私に気付かなかったが、私が声を掛けると一瞬ビクリとしてからこちらを向いた。

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「夢乃ちゃん、こんにちは」

「つ、露ちゃん」

 彼女は声を掛けたのが私だと気付くと少し笑顔になった。夢乃ちゃんはこの前、見えない怪物の一件で私が助けることの出来たクラスメイト。私の大事なお友達だ。

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「本、買いに来たの?」

「うん、好きな漫画の発売日だったから」

「そうなんだー!私の好きな漫画は明日だよ~。今日だったらついでに買えたのに」

 私は苦笑しながら言った。

「あぁ~、惜しかったね。露ちゃんは何しに来たの?」

「へ?私は・・・う~ん、散歩?」

「こんな方まで歩いてきたの!?」

「あ、ううん違う。バスで、来たんだけど・・・なんだろうね、へへ」

 私は曖昧な答えしか出来なかった。自分でも、こんな街のほうまで何をしに来たのか分からない。

「露ちゃん、何かあったの?」

 そんな私を見て、夢乃ちゃんは怪訝そうな表情を浮かべている。何というべきだろう、本当に何も分からなくなってしまいそうだ。

「・・・夢乃ちゃん、この後って時間ある?」

「え、うん。全然大丈夫だよ」

「そっか・・・ちょっと、お話しない?」

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   ○

 家に着いて居間へ行くと、露は居らずサキだけがソファの上で丸まっていた。

「ただいま、露は?」

「露ちゃんなら不貞腐れて出掛けちまったよ」

 サキは丸まったままモゾモゾと言った。

「え、ああ・・・もしかして俺のせいかな。せっかく話聞くって言ってくれたのに」

 俺がそう言うとサキは身体を起こして舌をチロチロさせた。

「それもあるけど、本人が頭冷やすまで一人にさせてやろうぜ。悩んでんのはお前だけじゃねぇ、露ちゃんはお前の妹だろうが。兄妹二人揃って暗い顔しやがって、こっちまで陰鬱になるだろうが」

「ごめん・・・」

「あーもういいから謝るな。結局お前は露ちゃんが居ないと不安なんじゃねーかよ。露ちゃんも一緒だぜ?仲良し兄妹め・・・これからはもっと露ちゃん可愛がってやれよ」

 サキが俺の頭の上に飛び乗って言った。全くその通りだった。鈴那が居ないと不安、露が居ないと不安、結局俺はただの寂しがり屋じゃないか。自分のことで頭がいっぱいになって露の気持ちなんて考えてなかった。なんて馬鹿なのだろう。

 サキの言葉はまるで俺の感情を見透かしているかのようなものだった。こいつは本当にすごい。俺はサキを頭に乗せたままソファに腰を下ろした。

「わかった・・・ハハハ、お前には隠し事なんて出来ないな。露のおかげで今まで生きてこられたのに、これからは俺が露を守るんだって決めたくせに、その俺が落ち込んでたら全然ダメだ。サキ、いつも露のことありがとな」

「な、なんだよぉ気持ちわりぃ・・・まぁ、お前も色々辛かっただろ。仕方ねーよ。それとだなぁ、ちと大事な話があるんだが」

「大事な話・・・?」

 サキはソファに下りると俺の隣で蜷局を巻きながら話し始めた。

「落ち着いて聞けよ。この町は今、巨大な呪詛によって人の世では無くなろうとしている。この町だけじゃない、周辺の町まで巻き込まれてやがる。俺様はその呪詛を実行したヤツが誰なのか、何となく見当がついている。そして、最悪のタイミングでヤバい奴もこの町に来やがった。」

 彼は小さな舌をチラつかせながら続けた。

「いいかしぐる、お前の潜在能力はバケモンだ。なぜ今はそこまで抑制されてるのか知らんが、お前が力を解放させれば呪詛は消せなくてもそのヤバい奴は止められる。ただし、俺様がお前に憑依して能力をコントロールしても恐らく本来の半分以下しか発揮出来ん。お前自身がやるしかねーんだ」

 俺の霊能力・・・日向子さんからも言われたが、どうすれば本来の力を出せるのだろうか。それにしても、今サキの話したことが本当ならば、この町は・・・。

「なぁ、巨大な呪詛って何なんだ?それをやったのは誰だ?あとこの町に来てるヤバいのって・・・」

「落ち着けって言ったろ、一遍に質問すんな。巨大な呪詛ってのは、あの世とこの世をくっつけちまうってやつだ。霊の気配が増したり消えたりしてんのはそれの影響だな。やったのは恐らく・・・アイツだな。名前は知らんが、以前俺を一方的に襲って来た呪術師だ。臭いで何となく分かる」

「なるほど・・・それで霊の気配が消えたりしてたのか。すまん、それでこの町に来てるヤバい奴って?」

「一言で言うと、大悪霊だな・・・お前が復讐したい相手だよ」

 サキのその一言で俺は分かってしまった。大悪霊・・・そう、三年前の7月10日に俺の実妹であるひなを殺したアイツのことだ。

「なぁ・・・そいつは今どこに居る?どれぐらい強いんだ?お前、戦ったことあるんだろ」

「除霊するつもりならちょっと待ってろ、まだ本格的に動き出してるわけじゃない。おそらく、今はクールタイムとでも言ったところか・・・ヤツは完全に暴走状態で意思が曖昧だ。だから一度暴れるとその後は休憩状態に入り、それを何度も繰り返しながら怨念を強めていっている」

「今が休憩状態ならチャンスじゃないのか?本格的に動き出したらこの町が危ないかもしれないぞ」

「勿論そのつもりだ、暴走する前に除霊する。でもな、話しにくいんだが・・・そいつは」

 サキがこの後に続けた言葉で、俺は頭が真っ白になった。

「ひなちゃんに憑依したままだ」

 どういうことなのか、最初は理解できなかった。否、理解したくなかったのかもしれない。

「は・・・それじゃあ、暴走してるのって・・・」

「ひなちゃんの方だな・・・三年前、あの子の霊魂はヤツに憑依されてからそのままなんだろう。正直、お前にこれを話すのが辛かった。俺だってそんなの認めたくねぇ、だが事実だ。今感じ取れるのは間違いなくひなちゃんの霊力で、例の悪霊はひなちゃんに呑み込まれたまま暴走してる」

 サキは声を震わせながら話を続けた。

「だからヤツは、以前よりもかなり強くなってるはずだ。呪術師連盟とかいう連中にお前の祖父さんほど強いヤツがいれば話は別だが、このままだと確実にまずい。おそらく連中はこの町の怪異について既に対策を練っているだろうな。となれば、大悪霊を・・・ひなちゃんを止められるのはお前だけだ」

 サキの言っていることを頭で理解するのに時間がかかる。どうすればいいか分からない・・・いや、分かる。ひなの暴走を止めればいいんだ。やるしかない、俺がやるしかないんだ。

「サキ、教えてくれてありがとう。ひなは今どこにいるんだ?」

「今はまだ遠すぎて霊気を感じるだけ、居場所までは感知できない。だから、近付いてきたそのときが勝負だ」

「こっちからは行けないのか・・・分かった、ひなの居場所を特定できたら直ぐに教えてくれ。他の祓い屋に手を出される前に、俺の手でひなを止めてやりたい」

「しぐる・・・?」

 サキが丸い目で俺を見ながら言った。

「ん、どうしたんだ?」

「いやぁ、俺から話しといて何だが、お前・・・大丈夫なのか?ひなちゃんのこと」

「大丈夫も何も、妹のためなら俺は何だってする。昔からそうなんだよ。今はひなの暴走を止めてやるのが一番だろ、それなら何だってやるぞ」

「そうか・・・流石しぐるだな。お前シスコン世界一だぜ」

「ハハ、そうかもな」

 なぜ俺が今こうして冷静でいられるのか、俺自身も全く分からない。ただ、俺にはやるべきことがある。ひなを助けること、そして露や鈴那たちを守ることだ。

何のために祓い屋になったか、最初は復讐のためだけだったのかもしれない。だが、もう復讐の相手はひなに呑まれてしまっている。ひなはそれで苦しんでいる。だったら、俺が助ける。

「待ってろよ、ひな」

 俺は小さくだが、はっきりと呟いた。

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   ○

 駅前の喫茶店に入ると、冷房が効いていて外とは比べ物にならないほど涼しかった。私と夢乃ちゃんは適当な席に座り、それぞれ好きなものを注文した。

「ごめんね、夢乃ちゃん」

「ううん、どうせ暇だったし露ちゃんともお話したかったから、大丈夫だよ。何か、あったの?」

「うん・・・実は今、兄さんと会うのが気まずくて。って、私が勝手に気にしちゃって避けてるだけなんだけどね」

 私は夢乃ちゃんに今の兄さんのことを話した。兄さんには元々、ひなちゃんという実の妹さんが居たこと。ひなちゃんが三年前に起きた事件で亡くなられたこと。そして兄さんは今、そのことで落ち込んでいるということ。

「兄さん、私が話しかけても上の空みたいで、落ち込んだまま出掛けちゃった。だから私がサキさんにそのこと話したら、露ちゃんが本音を言わなきゃしぐるも言わないみたいなこと言われて、確かにそうかもしれないけど、今の兄さんに私が本音を言ってもどうにもならないじゃんってなったから一人で出かけてこっちまで来ちゃった」

「えっと、サキさんって誰?」

 そうだった。夢乃ちゃんはまだサキさんの存在を知らない。これは話しても大丈夫なのか。

「う~ん、なんか蛇の妖怪さん。ペットみたいなものだよ」

「妖怪がペットなんだ・・・お兄さん、色々大変そうだね。露ちゃんがお兄さんに言いたい本音って、どんなことなの?」

「え、えっとぉ・・・」

 本音は、兄さんにもっと甘えたい。でも、中学生にもなってそんなことを言うのは流石に恥ずかしい気がする。

「言いにくいことなの?」

 夢乃ちゃんはいちごミルクを飲んでからそう言って私を見た。

「まぁ・・・その、私あまり兄さんに甘えたこと無いから、本当はもっと甘えたいかなと思ってるんだけど・・・なんか、気を遣っちゃって」

「そっか、でも難しいよね。人に気持ちを伝えるのって」

「うん・・・夢乃ちゃんはどう思う?やっぱり、今すぐ兄さんに気持ちを伝えたほうがいいのかな」

 私の問いに夢乃ちゃんは一瞬戸惑ったが、すぐに「うん」と頷いた。

「伝えたいときに伝えたほうがいいと思う。露ちゃんが今伝えたいなら、それでいいと思う」

「ありがとう、夢乃ちゃん・・・なんか、ちょっとスッキリした」

 本当は、今直ぐにでも気持ちを伝えたかった。私は、誰かの後押しが欲しかったのかもしれない。昔から遠慮がちで、したいことも言わずに人の言うことばかり聞いて、ずっと自分に嘘を吐いていた。だけど、これからは本当の気持ちと向き合っていきたい。大好きな兄さんに、本音で接したい。

「よかった。なんか、上手に言えなくてごめんね」

 夢乃ちゃんはそう言って苦笑した。

「ううん、本当にありがとう。私、兄さんにちゃんと言ってみる」

「うん!でも、露ちゃんみたいに何でもできる子にもそういう悩みってあるんだね。勉強も運動も家事も出来て、超能力だって使えるのに、お兄さんのこと大好きだなんて、なんか可愛い」

「かっ、かわいくないよっ!あっ・・・」

 恥ずかしくて少し大声を出してしまった。照れ隠しにアイスコーヒーを静かに飲む。

「そういうところが可愛いの~。すごくお淑やかでアイスコーヒー飲んでるのに照れて動揺しちゃってるのとか」

「そ、そんなこと言ったら夢乃ちゃんだっていちごミルク似合い過ぎてて可愛いよ!」

「夢乃は全然だよ!露ちゃんの可愛さはなんか、天使みたいな感じなんだよ」

「天使って・・・エヘヘへ、なんか面白いね!」

 思えば、今まで友達とこんなふうに遊んだことは無かった。これも兄さんの家に引き取ってもらえたおかげだ。だから当然兄さんには気を遣わせたくない。そのためにも、これからは兄さんに本当の気持ちを言いたいと思った。

 お互いに、気を遣わないでいられる兄妹になりたい。

 カフェを出た私達はその足でバスに乗り、二人席に並んで座った。

「夢乃ちゃんありがとう。楽しかった」

「こちらこそだよ。露ちゃんが仲良くしてくれて嬉しい。今日はもうこのまま帰る?」

「ううん、私はこの後スーパー行くよ」

「それなら、夢乃も一緒に行っていい?今日の夕ごはん、まだ買って無くて」

「いいよ!一緒にお買い物しよう!」

 いつも一人で買い物をしているので、友達とスーパーに行くのは初めてで楽しみだ。

 バスを降りた瞬間、何か嫌な視線を感じた。私が気になってキョロキョロしていると、夢乃ちゃんは不思議そうに「どうしたの?」と訊いてきた。

「たぶん、気のせい」

「そっか」

 恐らくは何かに見られてる。幽霊?こちらが気にしなければ大丈夫かな。少し歩くと、その視線は感じなくなった。できれば友達と居るときは変なことは起こらないで欲しい。このまま何もされなければいいけど・・・そう思った直後、目の前に黒い何かが飛び出してきた。

「ひゃっ!」

 それは夢乃ちゃんにも見えているようで、彼女は悲鳴を上げた。私は咄嗟に夢乃ちゃんを守ろうと思い、近くの木に念信号を送った。黒い化物は毛むくじゃらで目が赤く光っている。

「夢乃ちゃん、私の家に電話して兄さんに」

 私はそこまで言うと一気に植物たちを自分の前まで動かした。サキさんから自己防衛の基礎は教わっている。以前よりも植物たちと上手くコミュニケーションが取れるようになったので、兄さんが来るまでの時間稼ぎくらいは出来るかもしれない。恐らく、もう家に居るはずだ。

「わかった」

 夢乃ちゃんはそう言ってスマホを取り出した。毛むくじゃらの化物は私を睨みガルルルルと威嚇している。そういえば、この前サキさんと居るときも同じ姿の化物と遭遇した。私のことを狙っているのだろうか?

そんなことを考えていると、化物は私に飛び掛かってきた。それを咄嗟に植物たちの集合体で防ぎ、蔦を纏めた鞭で化物を強く叩いた。見えないわけではないけれど、かなり動きが早い。しかし今の一撃が少し効いたらしく、黒い化物はよろけている。もしかしたら一人で退治できるかもしれない。そう思い、私は更に強い信号を植物たちへ送った。

「皆さん、力を貸してください」

 化物が移動しないうちに植物たちで取り囲み、そこへ強い念波を送った。

「ガルルルルルル・・・グルル、ガル・・・」

 化物の声は植物たちの中で小さくなり、軈て聞こえなくなった。

「はぁ、はぁ・・・倒せたかもしれない」

 そう言いながら植物たちを退けると、そこに怪物の姿は無く、代わりに黒い小さなお札のようなものが落ちていた。

「露ちゃん・・・やっつけたの?」

「たぶん・・・あ、兄さんは?」

「すぐに来てくれるって」

「ありがとう。じゃあ、一応待ってよう」

 私がそう言って助けてくれた植物たちを元に戻そうとしたとき、何処からか手を叩くような音が聞こえてきた。

「凄いな~、まさかシャドウハウンドを倒してしまうとは」

 声のした方を見ると、太い木の横にゲームに出てくる魔法使いのような服を着た細目の男の人がニヤニヤとしながらこちらを見ていた。私は少し怖くなったが、夢乃ちゃんを庇うように一歩後ろへと下がった。

「夢乃ちゃん、大丈夫。兄さんが来てくれるから」

 夢乃ちゃんは私の服を掴みながら震えていた。その様子を見ていた男の人は、一歩前に出て口を開いた。

「俺はシャドウシャーマンの黒影というんだ。さっきのは俺の使い魔、雑魚だけど除霊できたことは褒めてあげるよ。可愛い子ちゃん、ウヘヘヘ」

 男の人はそう言って気持ち悪い笑みを浮かべ私を見ている。恐怖と気持ち悪さで一気に鳥肌が立ってしまった。

「な、なにをするんですか」

 私が震える声で問うと、男の人はまたニヤニヤとしながら一枚の黒いお札を取り出した。

「異界連盟の命令で人質を取ってこいって言われたんで、ちょっと前から狙ってたんだけどね~、雨宮の妹ちゃん。せっかくなら人質は可愛い女の子がいいよね~。俺が可愛がってあげるよぉ~」

「やっ・・・ぜったい嫌です」

 気持ち悪い・・・こういう人は苦手だ。

「うっへっへ、ついでだから二人とも誘拐しちゃおう。人質は多くてもいいよね~」

 どうしよう。早く来て、兄さん・・・。

「蛇咬砲っ!」

 一か八かやってみようと念信号を送る準備をしていた瞬間、サキさんの声と共に紫色の閃光が男の人の左腕を掠った。

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   ○

 居間でサキと話し終え、その後はお互い黙り込んだまま時間が過ぎた。

 不意に、プルルルルと家の電話が鳴った。俺はソファから立ち上がり、受話器を手に取った。

「もしもし」

「も、もしもし、夢乃です。お兄さんですか?露ちゃんが」

「あっ、露がどうかしたのか?」

「なんか、おばけと戦ってて・・・」

「露が!?わかった直ぐに行く。ありがとう!」

 夢乃ちゃん、露の友達だが一緒に居たのか。俺は電話を切ると急いでサキに事情を話した。

「サキ、露が何かと戦ってるらしい。お前、露の匂いで居場所分かるよな?急ごう」

「なんだと!?お、おう分かった!」

 俺はサキを頭に乗せて家を出た。

「どっちだ?」

「左」

サキの指示した方向へと走る。今日は元々体調があまりよくなかったので直ぐ息が切れそうになったが、それでも走った。

露は植物操作の超能力を使える。サキが最低限の自己防衛術は教えたと言っていたが、何とか無事であってほしい。

「近いぞ、ヤバいのがいる」

 サキのその言葉に俺は足を止めた。

「ヤバいの?どれぐらいだ。悪霊か?」

「いや、霊の臭いもするが・・・ヤバいのは妖っぽいな。ただ気配が独特でよくわからん。しぐる、とりあえず様子を見て強そうな相手だったら、俺様が出力を調整してやるから全力で戦え」

「わかった」

 妙な気配は俺も感じ取っていた。コンクリートの壁から恐る恐るその気配がする場所を見ると、そこには露が夢乃ちゃんを庇うように立っており、その向かいに怪しげな男がいた。男は露に何かを話しているようで、僅かに声が聞こえてくる。

「サキ、見えるか?あの男は誰だ」

「分からんが、人じゃねーな。たぶん妖者だ」

「よし、行こう」

 俺達は気付かれないよう物陰に隠れながら静かに近付いていった。と、不意に男が怪しい行動を取ったので、サキが俺の頭から飛び跳ねて紫色の閃光を口から放った。

「蛇咬砲っ!」

 男はそれに気付いて避けようとしたが、サキの攻撃は左腕に当たった。

「クソッ、外したか」

 サキは急いで露の前まで行った。俺もその後を追い、露達を庇うように立つ。

「なんだよ、お前」

「それはこっちの台詞だ!俺の露に何してんだよ。許さねぇぞ」

 俺はそう言って男を睨んだ。

「俺はシャドウシャーマンの黒影。お前、雨宮か。なら先にお前を殺さないと人質は取れないな」

「シャドウシャーマン?まぁいい、そっちがその気なら俺はお前を消す。サキ、いくぞ」

 俺の言葉にサキは「おう」とだけ言い、勢いよくジャンプした。

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shake

「憑依!」

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 俺がそう叫ぶと同時にサキは俺の中に入った。いつもより自分の中で霊力が増していくのが分かる。

「ハッハッハ、やる気だな。なら、本気で潰させてもらおうかっ!」

 そう言うと男の顔は青白く変色し、もはや人間のものでは無い不気味な笑みを浮かべた。男は黒い札のようなものを宙に投げ、それら一枚一枚が気色の悪い悪霊へと姿を変えた。

 悪霊は全部で6体。俺は霊力の玉を大量に生成し、前方へと拡散させた。やはり自分だけでやる時とは威力が格段に違う。男は玉を避けたが悪霊達には命中し、一撃で全てを除霊することが出来た。

「馬鹿な!俺の使い魔たちが一撃で・・・クソッ」

 男は文句を垂れながら俺に殴りかかって来ようとしたので、俺は念動力で動きを封じた。男は空中で身動き一つ取れずに硬直する。やはり金縛りは最強だ。

 俺は問答無用で男を地面へと叩き付け、その上に飛び乗ると襟首を掴んだ。

「グハッ・・・!こんな強いだなんて聞いてねーぞ」

 男が苦しそうにもがきながら言った。

「お前、シャドウシャーマンとか言ったな。目的は何だ?」

「うっ・・・異界連盟から、人質を」

 男はそこまで言うと奇声を上げながらミイラのような姿になっていき、身体がボロボロと崩れ落ちると服だけを残して消え去った。それを間近で見届けた俺は、気持ち悪くなって思わず後退りした。

「なんだ・・・?」

「ボクがやったのさ。もう必要無くなったからね~」

 不意に声のした方を見ると、そこには見覚えのある厚着をした男が立っていた。以前ゼロと遊ぶように戦っていた、ロウという自称呪術師の妖怪だ。

「テメェか、この前しぐるの言ってたヤツは」

 ずっと静かだったサキが俺の身体を乗っ取り、そう言ってロウを睨み付けた。

「雨宮・・・じゃないな。物の怪が憑依しているのか。ボクはロウっていうんだ。異界連盟の幹部だよ」

 ロウは白目の無い目でギョロギョロとこちらを見ながらニヤリと笑った。相変わらず粘着質な喋り方で気持ちが悪い。

「異界連盟?なんだそりゃ。さっきのヤツもその仲間なのか」

「どうだろうね~。黒影は外国で影呪術を学んでたそこそこのヤツだったんだけど、それを簡単に倒しちゃうなんて、君すごいねぇ」

「だから異国の悪霊を使ってたのか。なるほどな。じゃあテメェら異界連盟とやらの目的を教えてもらおうか」

「ばーか、その前にボクを倒してみろよ」

 ロウの妖気が強くなっていくのが分かる。サキもそれを察して一気に力を強めた。

「なら、そうさせて貰うぜっ」

 サキがそう言ってロウに飛び掛かろうとした直後、ロウは一瞬で俺の目の前まで移動し、俺は蹴り飛ばされた。

「ぶはっ!」

 サキは透かさず体勢を立て直し、ロウへと殴りかかった。が、ロウはそれを躱して俺の身体を地面に叩き付ける。痛い。身体を使っているのはサキだが、痛みは俺も感じる。

「ねぇ、ボク強いでしょ?」

「うっせぇ・・・」

 サキは身体を起こすと高速でロウとの距離をとった。

「もう勝負はつきそうだね」

「へへ、どうだか」

 するとサキは何かの構えを取り、強い霊気を溜め始めた。知っている、この構えは・・・。

「奥義・流星時雨!!」

 サキが宙に飛び上がってそう叫ぶと俺の前に巨大な陣が描かれ、そこから無数の閃光がロウを目掛けて降り注いだ。しかし溜める時間が長かったので、ロウはそれを簡単に躱す。

 だが、サキの目的はそれでは無かった。急いでロウの背後に回ると、大口を開けて強い妖力の閃光を放った。

「蛇咬砲!」

 ロウは避ける間もなく閃光に貫かれ、地面に膝をついて唸り声を上げた。

「ハッハッ、簡単に引っ掛かりやがって!テメェは確かに強い。だが、俺も強いぞ」

 サキは地面に着地しながら言った。ロウは殺意に満ちた目で俺を睨み、顔には血管が浮き出ている。

「クソ・・・殺す。ボクの恐ろしさを分からせてやる!」

 そう言うとロウは何かを叫びながら俺に突進してきた。サキはそれを避けるがロウの攻撃は止まらず、透かさず防御態勢に入った。たまに鋭い爪で腕を引っ掛かれて痛い。サキが隙を見てロウの右脇腹に強い蹴りを入れると、ロウは突き飛ばされて地面に手をついて倒れるのを堪えた。

 お互いにかなり体力を消耗しているようで、息が荒い。俺が見た限りでは、ロウと俺のサキ憑依では実力がほぼ互角だ。このまま戦いが続くのはまずい。なんとか逃げ出せないだろうか。

「はいはーい喧嘩はそこまで!」

 そう言いながら俺達の間に入ってきたのは鬼灯堂の日向子さんだった。

「はっ、日向子どうしてここに!?」

 サキが訊くと日向子さんはニコッと笑った。

「人除けの結界が見えたから気になって来てみたら、しぐるくんが戦ってるじゃないの~。しかもお相手の方は、なかなか強い妖さんね」

 日向子さんはそう言ってロウのことを見た。サキは俺の中から出ると、露のところへ向かった。俺も釣られて露の方を見ると、そこにはゼロと鈴那も一緒に居た。

「しぐるさん、大丈夫ですか?」

「しぐ!怪我してる!」

 ゼロと鈴那が心配そうに言った。

「ああ、俺は大丈夫」

「ここは私に任せて、あなた達は逃げなさ~い」

 日向子さんがこちらをチラッと見て言った。ゼロも「早く行きましょう!」と俺を呼んでいる。

「す、すみません。お気を付けて!」

 俺が日向子さんにそう言って走りだそうとすると、後ろから「逃がすかっ!」というロウの声が聞こえてきた。思わず振り返ると、俺に飛び掛かろうとしてきたロウを日向子さんが背中から出した触手で突き飛ばした。

「あなたは私がいっぱい可愛がってあげる。さ、しぐるくんは早く逃げて」

 俺はその言葉に甘え、ゼロ達と家に逃げ帰った。

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   ○

 全員で俺の家に着くと、居間へ入った。

「露、夢乃ちゃん、無事でよかった・・・よく頑張ったね」

 俺は体力が限界に近かったが、二人のことが心配だったので泣きながら抱き締めた。二人も泣いていた。それは怖かっただろう。

「うぅ・・・兄さん、ありがとう」

「露、夢乃ちゃん守ってあげたんだな。ごめんな。俺、自分のことばかり考えててお前のこと何も・・・」

「違います、私が勝手に・・・私が」

 露は声を出して泣きながら俺にしがみ付いた。こんなに泣いている露を見るのは初めてだ。俺は慰めるための上手い言葉も浮かばずに、ただただ二人の頭を撫でた。

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   ○

 獣道を一人の男が歩いている。腕や脚からは血を流し、服もボロボロだ。

「クソッ・・・何なんだよあの女。まさかあんな強い妖がボク達の他に居たなんて」

 男は文句を垂れながら地面を蹴った。その振動が脚の怪我に響き、更に痛む。

「あああくそぉぉぉっ!!何だあの触手、てっきり簡単に切れるかと思ったら刀みたいに鋭くなりやがって。ギリギリで逃げ出せたけど・・・前のヤツとの戦いで体力を消耗してなければ、もう少しマシな戦いが出来たかもな」

 ブツブツと言いながら細い道を歩いていると、先程の女が妙なことを言っていたのを思い出した。私には野望がある、そのためにあの子たちは必要なのだと、そんなことを言っていた気がする。

「あれはどういう意味なんだ?ボクら異界連盟の邪魔立てになるなら厄介だな」

 男はそう言って立ち止まったが、脇腹を抑えながら再び歩を進めた。

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   ○

 暫く経って落ち着いた頃、ゼロと鈴那が夢乃ちゃんを家まで送ってくれると言ったので、俺達は夢乃ちゃんに別れを告げた。帰り際、露が「また遊ぼうね」と夢乃ちゃんに言うと、彼女は「うん」と笑顔で返した。

「兄さん・・・」

 リビングへ戻ると、露が俺の服を引っ張って言った。

「ん?」

「あの・・・兄さんは、私がワガママ言うのは嫌ですか?」

 露はモジモジしながら言う。俺はそれに対し、首をゆっくりと横に振った。

「そんなことないよ。寧ろ、もっとワガママ言ってほしいと思ってる」

 俺は露の目線になるようにしゃがんで言った。見ると、彼女は薄っすらと目に涙を浮かべている。

「本当ですか・・・?じゃあ、兄さん。私はこの家に引き取って頂けて嬉しかったです。だって、兄さんが居るから。兄さんは優しくて勉強も出来るけど、ちょっと身体が弱くて、たまに心配になっちゃう時もあります。でも、そんな兄さんが、私は・・・」

 露が頬を赤らめて下を向く。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でた。

「わ、私はっ・・・大好きです。だから、これからはもっと、優しい兄さんに甘えてもいいですか?」

 露の目からは涙がポロポロと零れている。

「ありがとう。もちろんだよ・・・だって、露は俺の一番の妹だから」

 そう言って俺は露を抱き締めた。

「うぅ・・・兄さん・・・」

「大好きだよ、露」

 俺はいつまでもひなとの思い出を愛したままだ。けど、もういない。それでも、ずっと愛していたい。愛しているけれど、今の俺には露という妹がいる。

この子が家に来てから、度々ひなと重ねてしまうことがあった。だからなのだろうか?俺は、本当の露を見ようとしていなかったのだ。こんなにも可愛くて、優しくて、素敵な子なのに・・・。

「馬鹿だな、俺は・・・」

 俺がそう呟くと、露は俺の肩に乗せていた頭を上げてこちらを見た。

「どうしてですか?」

「本当は、こうして露と兄妹になりたかったんだ。それなのに、俺も気持ちを隠したままだった。ごめんね、露」

「そんなことない!兄さんは初めて来たときから私に優しくしてくれたじゃないですか。私の話をちゃんと聞いてくれる人は、兄さんだけだったんですから」

 露は涙を拭って笑顔を見せた。

「ありがとう。なぁ、露。もしよかったらなんだけど、俺と話すときは、敬語じゃなくてもいいんだよ。だって、兄妹なんだから」

「えっ・・・いいんですか?」

「うん、もちろん」

「じゃ、じゃあ・・・これからは、こうやってお話するね。兄さん」

 露が照れ臭そうに言って目を逸らした。そのあまりの可愛さに、俺は少しドキッとする。

「あ、あぁ、良い感じだ!なんか俺達、やっと兄妹になれたかもね」

「えへへ、そうだね。じゃあ~、今日からいっぱい兄さんに甘えるっ!」

 露はそう言いながら俺に抱きついてきた。俺も優しく抱き返す。

「じゃあ俺も、いっぱい甘やかしちゃおうかな」

 兄妹の形なんて何通りもあるわけで、何が正しいとか何が間違いとかは無い。勿論今までだって、俺達は兄妹だったかもしれない。けど、やっぱり俺は露を露としてちゃんと見てあげたい。だから、今なら胸を張って言える。

 俺と露は、こういう兄妹だ。

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