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中編6
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ガス灯の名簿

久方ぶりに友人と会う。

大学をなんだったかで退学した奴だ。

急に会いたいと連絡するのは、勧誘と相場が決まってる。

渡したい物があるだけ、とは言うが実際はどうだか。

今オレは卒業後意味もなくふらふらしてるだけだし、こちらも都合がある。

前から聞いてた話でもあるが、半信半疑で約束に応じた。

約束の時間の五分前。旧友は現れた。

「よう、久しぶり」

随分やつれたようだ。よほどノルマがキツイのか。

「顔が悪いな。大丈夫か?」

「顔色だろ?」笑顔で返してくる。

「いきなりでなんだが、場所を変えよう」

ホントにいきなり何を言い出すのか。

「どこに?」

「どこでも、交通費は出す」

ただ注文は多く、お互いの家の近所は嫌、大学の近くも嫌、電車は嫌、徒歩は嫌、あれも嫌これも嫌。

結局、隣の県の縁もゆかりもないファミレスに、タクシーを呼んで向かう羽目に。

もちろん旧友持ちだ。

先に渡すもん出すように言っても頑なに拒否する。

タクシー内は重苦しい空気が流れ、友人との再会という感じではない。

無事到着。

心底ホッとしたようだが、ともかく要件が聞きたい。

「で、渡したい物は?」

オレは焦れてた。

「これだ」

ポンと渡されたのは、USBだった。

「何入ってんだ?」

「見るか?」

用意が良く、ノートパソコンなんて持ち込んでた。

エクセルで、企業や官公庁、そしてその退職者と退職予定者が、グループ分けされて書かれていた。

「何これ?人事資料か何か?」

「いや……」

言葉を濁して答えない。

「知りたいか?」

「そら知りたいわ」

真剣に悩む顔をみて、少し後悔した。

厄介なやつだなこれ。

「これを使ってある場所をゆすってる」

は?

「俺が死んでから誰かが欲しがったら、詮索せずに渡してやれ。必要なくなったら取りにくるから、その時も渡してくれ」

死んでから?

「何しようとしてんだ?」

答えず、天井を見ている。

「ガスライティングって知ってるか?」

なんだそりゃ。

あいつは言葉を続けた。

「ガスライティング、ギャングストーカー、集団ストーカー、呼び方は色々らしい」

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講習を受けただけだが、元々は幹部や党員の素行調査に使われていたんだと。

監視されてると思えば、悪さしないしな。

そのノウハウは専門科し、監視されてる思わせる為だけの尾行のノウハウも現れた。

それでも初期は数十人体制で数ヶ月かけたようだが、今では三人で一ヶ月貼り付けば済む。

何故そんな事をするか?

監視されてると感じると、人は簡単に壊れる。

ここにある退職予定者というのは、これから壊される人間。

言うなればターゲットだ。

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なんじゃそりゃ。

「なんでそんな手の込んだ事するんだ?」

苦笑いしながらジンジャエールを飲んでる。

「自己都合で退職してほしい、病院に押し込んでる間に離婚したい、色々だ。」

「じゃあ退職者は?」

「わかるだろ?」

なるほどね。

「実際可能なのか?」

また苦笑いしていた。

「もちろん、少し理屈も教えてやるよ。」

おもむろにスマホを取り出し、動画を撮り始めた。

「なんだよ」

「まぁ待てって」

離れた所に置いて、動画を撮ってる。

「お前虫嫌いだっけ」

藪から棒になんだ。

「嫌いだね。カサカサした感じが無理」

「なるほどねぇ。カサカサねぇ」

なんだよ。

突然動きを止め、上を向いた。

オレも吊られて上を向く。

天井だ。特に何もない

「なんなんだよ」

「スマホ確認しよう」

なんだよこいつ。

動画を再生する、同時に上を向く姿が映されているだけだ。

「これがどうかしたか?」

誤魔化してんのか?

「違和感覚えないか?よく見てみろよ」

もう一度再生する。

特にない。なんなんだ。

「スローで再生してやるよ」

ゆっくりでもやっぱり同時に上を向いてるだけだ。だからなんだ。

「なんだ?間違い探し?」

「人の反射神経ってどれくらいか知ってるか?」

「0.2秒とかだろ?だから?」

やつれた顔がニヤける。

「同時に上を向くのはおかしくないか?」

慌ててスマホをスローで見る。

オレはこいつに『つられて』上を向いたのに、顔の動き出しが同時に始まってる。

「どうだ?」

全く同時ではないが、反射というより筋力や姿勢の差である気がする。

「最初に一瞬止まったろう?あそこが肝だ。」

こいつは続けた。

「人は人の振る舞いを推測するのに長けてる。共感能力と言っても良い。その共感能力を刺激すると、予測能力は桁違いに跳ね上がる。

もちろん、長くは続かない。人の脳みそには限界があるからな。

無理矢理長く続けさせるとどうなるか?」

薄く笑って言った。

「『退職』する事になる。」

「どうやったんだ?」

氷をガリガリやりながら、注いでこいと合図する。

ドリンクバーまでパシる。

「おかえり」

「で?どうやんだ?」

ジンジャエールなのか確認せずに注いで来たが、気にならないらしい。

「人によって重視する感覚は違う。見るのを重視するやつ、聞くのを重視するやつ、触るのを重視するやつ、大体三パターンのどれかだ。

重視する感覚に訴えかければ、簡単に共感能力を引き出す事ができる。

お前が最初に、虫のカサカサが嫌って言ったろ?

これは聴覚型に多い表現だ。

聴覚型は一番多いのに、一番難しいと嫌がられてたが、今ではアプリでイチコロよ」

語る姿はどこか自虐のようでもあった。

「もちろん、ただ流すだけではダメで、咳き込んで見せたり、貧乏ゆすりをしたりと、日常的な振る舞いをトリガーとして錯覚させる必要がある。」

カカッってタイミングでやるらしいが、よくわからない。アプリのない頃は直感とタイミングだけでやったらしい。2度反応せざるを得ないのに、一度しか反応させないんだと。わけわからん。

「日常的な振る舞いに過剰反応するようにすれば、あとは自ら悪化させていくから撤収すれば良い。周りが異変に気付く頃には、そのターゲットから去っている。」

「人は異常があると神経を研ぎ澄ますから、一度本人の中に異常を作れば、自ら神経を研ぎ澄ましてドツボにハマる」

「俺はそういう仕事をしてた」

サラリと告白した。

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「もちろん非合法だし、やる側もダメージが大きく、精神を病む奴は多い。たかだか数人で相手の住所や生活リズム調べて、それに合わせて、下手したら24時間体制でつきまとうんだからな。」

「だから、退職金代わりに搾り取ってやろうと思ってな。」

「ミスったら死ぬのか?オレはどうなる?」

「俺は死ぬだろうが、お前はどうだろうな。すぐにデータ渡せば特に問題ないはずだ。」

本気だ。少なくともこいつは。

「成功報酬だが、500万出す。絞り出したらやるよ」

500、マジかよ。

「成功したらだな。」

「もちろんだ。」

「わかった任せろ。」

それしかないだろ?

「無事だったらまた連絡する。」

そう言って奴は帰った。

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多分あいつは無事では済まない。

監視も専門化し、監視されてないと感じさせたまま監視する方法もあるようだ。

あいつと会う一週間前、ある法人から話があった。

顧客データを盗られたが、友人のとこに行くならオレのところにくるだろうと言うことだ。

バカなイタズラだと思っていたが、どうやら本気だ。

そして恐らく、会ったこともバレてるだろう。

やたらめったら交友関係あたれば怪しまれる、あたりをつけていたと言うことだろう。

会ったのもバレてると考えるべきだ。

何より、協力したら一千万くれるんだと。

そりゃ金の多い方に味方すんだろ?

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