暇だわ。何か面白いことはないかしら。私の名前は、幸子。39歳。結婚してかれこれ14年。息子も中学生になり反抗期だし、旦那ともセックスレス。仕事は結婚を機に辞めてしまい、私を癒してくれる唯一のものはミステリー小説だけになってしまった。ロアルド・ダールのおとなしい凶器なんかは今の私にはすこぶる刺激を与えてくれる。こんな完全犯罪が私にも起こせればどれだけ幸せか…。
と、言うのも、私は元々旦那を愛して結婚したわけではなかった。私が不器量であったために、貰い手が居なかったのだ。夫も不器量であるため結婚相手としては丁度良いのだと思った。恋焦がれて結婚したとしても、愛が冷めてしまえば意味がない。ならばいっそ、諦めてしまえばどんなに楽か。
そう思って結婚に踏み切ったのに、結婚して10年目に私はマンションの前のピザ屋の男の子に恋をしてしまったのだ。報われないのは分かっている。相手は私より一回り年下だ。彼が働いている姿を、ベランダで布団を干すときに垣間見えれば、私の一日は良い日になる。例え、息子に殴られ、夫から軽蔑の眼差しを受けたとしても。元々不器量であったし、他人から可愛がられた経験も乏しい私は、本当にそれで満足だった。
けれど先日、溜まっていた洗濯物やら部屋の掃除などをしていると自炊が面倒だと思い、思い切ってピザ屋に注文をしてみることにした。すると、配達に来たのが彼だった。何かが起こる訳でもない。ただ、ピザを配達に来ただけだ。けれど、彼はくたびれた私の心にこう言ってくれたのだ。
『綺麗な玄関ですね、さすがは奥さんだ。』
昼下がりにピザの注文を取るなんて、ズボラにもほどがある、と旦那には叱られてしまうのに彼は何も言わなかった。それどころか、旦那には褒められたこともない玄関を彼は綺麗だと褒めてくれたのだ。
牛肉のプルコギ風のピザは期間限定であったため、もう食べることは叶わないが、私は今でも一人になると自分で簡易的に作っては、彼に褒められたことを思い出すのだった。そうして、完全犯罪のミステリー小説を読んでは、自分も完全犯罪が出来れば良いのに、と溜息を吐くのだ。
今日も私は旦那のキンキンに冷えたビールのあてにチェダーチーズを出し、晩御飯には霜降り肉をたっぷりとしたバターで焼き、少しスパイスを利かせたスープを出す。
「最近、奮発してくれるが、何かあったのか?」
旦那は最近、機嫌が良い。私は微笑むことしかしない。
「なんだよ、言ってくれなきゃ分からんだろう?」
「あなたの機嫌が良いからに決まってるじゃないですか。」
「そりゃあ、お前が俺の好きなものばかり作ってくれるからだよ。」
「うふふ、良かった。」
彼は煙草に火を点け、満足そうに一服している。そうよ、そのまま幸せそうにテレビでも見ていればいいわ。
「今、お風呂洗いますから。熱いお湯が好きでしょう?」
「おぉ、頼むよ。」
保険金はたっぷりかけてあるし、息子が大学に行けるよう貯金もしている。後は、神様に祈るだけだ。私はお風呂の温度を45℃に設定した。どうせ、息子が入った後で私は入るので、温度は十分冷めている。息子はコンビニかファミレスで友達と喋っているだろうし、近所の人は私が旦那からDVを受けているのも知っている。分かっている。私は狂っている。けれどもう、この思いは止められない。
お風呂が沸いた音がして、私は旦那を呼びに行った。旦那は機嫌よく風呂場に向かった。
「あぁ、そうだ。健康診断の結果は、まだ届いてないか?」
旦那はふと、思い出したように振り返って言った。
「えぇ。見かけてないですね。」
「おかしいなぁ、まぁ、届いたら教えてくれ。」
「もちろんですとも。なんなら、病院に直接行って貰ってきますわ。」
もちろん、今日辺り行くことになるでしょうけど。私の言葉に安心したのか、旦那は鼻歌を歌いながら風呂場で服を脱ぎだした。私は、台所に戻り食器を片付ける振りを始めた。そうして、旦那が入浴前のシャワーを浴びる音を確認し、引き出しの中の高血圧による再診の書類が入った健康診断の届け出を見てほくそ笑んだ。
これは、とある人妻の昼下がりのお話。
作者適当人間―駄文作家
何が一番怖いかって、この芋不足の状況で私のポテトチップスを食べる手が止まらないこと。