「和室の押し入れに、何かいるような気がするの」
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それは土曜日の夜のことだった。
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食事の後、リビングの食卓テーブルに座る洋子は不安げな表情で、目の前に座る俺に呟く。
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「だいたい洋子は神経過敏過ぎるんだよな。
何にもいるはずないじゃん」
そう言って俺は可笑しそうに笑った。
すると彼女は少しむきになった様子で話を続ける。
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「だって今日も昼間、奥の和室を掃除していたら、押し入れの中からゴソゴソ音がするから勇気をだして『誰なの?』と言うと、ピタッと止んだのよ」
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「そ ら み み。
空耳に決まってるさ」
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「違う。空耳なんかじゃない。
一回や二回じゃないの。
こんなことがこれまで真っ昼間に何回もあったのよ。
だから私、前月ここに引っ越してきてから奥の和室の押入れだけは怖いから触らないようにしてるの」
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さすがに俺もちょっと腕を組んでしばらく考えた後、
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「う~ん、こんな都会にイタチやタヌキなんかいるはずないしなあ。
それできみは僕にどうして欲しいの?
一緒にお化け退治をしてくれとでも言うの?」
と少し強く彼女に詰め寄った。
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「そういうわけじゃないんだど……」
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すると洋子は困ったように下を向いた。
しばらく二人の間に沈黙が続く。
沈黙を破ったのは俺の方だった。
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「ちょっと聞くけど、きみの言うそのおかしな現象が起こるのは昼間ばかりなのかい?」
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彼女は俯いたまま微かに頷く。
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「ということは、そのお化けは夜は押し入れでじっとしてるんだ」
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「分からない。
ただ夜、物音を聞いたことはないわ」
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「意外と、そいつ今は押し入れで寝てるかも」
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そう言うと俺は静かに立ち上がり、ゆっくりテーブルから離れ、リビング奥の和室の方に歩く。
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洋子はテーブルに座ったまま不安げな表情で「気をつけてね」と一言言うと俺の背中をじっと目で追う。
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開け放たれた襖からそろそろと音をたてずに薄暗い畳部屋に入り、そっと押し入れの前に立つ。
そして肩越しに振り向き彼女の顔を見てニッコリ微笑み一回だけ軽く深呼吸をして襖に手を掛けると、一気にガラリと開けた。
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見ると押入れの上段には寝具が積み重なっていて、下段には何もない。
すると下段の奥の暗闇から何やらがさがさという音がするので恐る恐る覗き込むと、突然何か小動物みたいなのが飛び出してきた。
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「うわ!」
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驚いた俺は思わず後退りする。
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「大丈夫!?」
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洋子が心配げに声をかける。
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俺はさっき飛び出した奴を捜して、素早く視線を移動していく。
そして和室の片隅に震えながら立っているそいつを見つけた瞬間、背筋がゾッとした。
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そいつは30㎝ほどの背丈しかない裸の【おじさん】で、異様に色が白くガリガリに痩せている。
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【おじさん】は、呆然と見守る俺と洋子の顔を、怯えた表情で交互に見ると再び走りだし、和室とリビングを真っ直ぐ駆け抜け、玄関に続く廊下の方に向かって消えていった。
作者ねこじろう