wallpaper:3525
金色に光る蝶が、静かに闇の中を飛んで行く。
…
優雅にヒラヒラと、夜の空を飛ぶ。
…
蝶は何かに誘われるよう、大きな白い建物の中、一つの灯りの漏れる部屋の前で、大きく羽ばたいた。
nextpage
wallpaper:4552
*********************
…
弘樹が死んだ。
…
未だ、小学2年…
…
8歳だった…
…
nextpage
…
病気が分かってから、僅か一年も経たず…
…
弘樹は死んだ。
…
辛い治療に耐え、髪の毛が抜け落ちても笑顔でいた弘樹…
nextpage
リニアック治療の時の照射位置を示すマークを『これは僕の”頑張ってるで賞”なんだよ!』と、お見舞いに来てくれたお友達やその親に自慢気に話していた弘樹…
抜け落ちた髪を隠す帽子も『お母さんが前に編んでくれた、あの毛糸のフワフワが良いんだ。』と…
保育園の頃、送り迎えの時に寒くない様に、母親の志乃が編んであげた、赤いベビーモヘアのニット帽を亡くなるまでかぶっていた。
nextpage
遠くからでもすぐに弘樹だと分かる様にと編んであげた、目立つ赤のニット帽。
…
他に買ってあげると言ったのに、弘樹は…
『お母さんの匂いがするから。』と、少しはにかんだ笑顔を志乃に向けていた。
nextpage
wallpaper:4553
自分だって辛いのに…
…
『お母さん?たまにはお家に帰っても良いよ?
祐樹だってお母さん居なくて、きっと寂しがってる…。
それに、お母さんの寝てるベッドじゃ、ゆっくりなんて眠れないでしょう?
僕なら大丈夫だから。』
nextpage
弟の心配をし、病院で貸し出された簡易ベッドに寝ている志乃を気遣い、ニッコリ笑っていた弘樹…
注射だって…
点滴だって…
泣いたり暴れたりして、看護師さん達を困らせる様な事も一度もなく、いつもジッと耐えていた。
nextpage
自分よりも幼い同室にいる子達にも優しく…
トイレに着いて行ってあげたり、絵本の読み聞かせもしてあげていた。
この小児病棟に入院している子達にも、その親達にも、看護師達にも…
弘樹は優しく、そして好かれていた。
…
志乃は弘樹の動かなくなった身体を、ずっと撫で続けていた。
nextpage
wallpaper:4554
*********************
『ママ〜
お腹空いた。』
弘樹の3歳年下の弟の祐樹が志乃に空腹を訴える。
だが、弘樹が亡くなったあの日から…
…
志乃の時間は止まったままだった。
nextpage
『祐樹。パパが今、目玉焼き作ってやるから、待ってろよぉ〜!』
夫の一樹は祐樹の体を持ち上げ、ダイニングの椅子に座らせると腕まくりをし、キッチンからフライパンとフライ返しを振って祐樹に見せる。
だが、祐樹は口をへの字にしたまま、身動きせずに仏壇の前に座り、弘樹の遺影をただ見詰めている志乃を見る。
nextpage
…
弘樹が亡くなって、今日で四十九日。
…
白い布で包まれた弘樹の遺骨をお墓に埋めなくてはいけない日…
…
nextpage
wallpaper:4555
『私がもっと早くに弘樹の病気に気付いていたら…』
…
『ううん…
私がもっと丈夫に弘樹を産み育てていたら…』
…
弘樹の病気を告げられた日から、志乃が繰り返し呟いて来た言葉…
nextpage
…
…
…
『私が代わってあげられたら…』
nextpage
wallpaper:4554
*********************
『志乃?
そろそろ着替えなくちゃ…
志乃のお義父さんもお義母さんも、俺の親父もお袋も、もう着く頃だぞ。』
そんな声でふと見上げると、夫が祐樹に黒いジャケットを羽織らせているところだった。
…
夫はすでに黒いスーツに身を包んでいる。
nextpage
志乃はフラフラと立ち上がると、夫が用意してくれていたのか?
…
ハンガーに掛けてあった黒いワンピースを着た。
暫くすると、父と母が。
続いて義父と義母が到着した。
nextpage
wallpaper:4556
*********************
志乃は弘樹の遺骨を抱き締め、助手席に乗り込んだ。
夫は祐樹を後ろのシートに座らせ、シートベルトで身体を固定すると、車は滑る様に緩やかに発進した。
nextpage
*********************
弘樹が亡くなってから、妻、志乃の笑顔が消えた。
…
弘樹の弟の祐樹が話し掛けても、志乃は自分の世界に閉じこもり、返事も返さない事も多くなった。
nextpage
一樹だって、弘樹の死は…
…
自分の身を切られるよりも辛く悲しい…。
…
nextpage
だが…幼いながら、兄の闘病の時から不在になった母親に、甘えたい気持ちを押し殺している祐樹の姿がいじらしく悲しい…。
…
弘樹も祐樹も…
…
もっと子供らしく我儘を言って良いんだよ。
nextpage
…
悲しいなら悲しいと…
辛いなら辛いと…
…
nextpage
弘樹を亡くした志乃を責めるつもりはないが、祐樹の事も…
気持ちも…
志乃に気付いてもらいたいと…
ちゃんと向き合って欲しいと…
願っていた。
nextpage
wallpaper:4557
*********************
…
霊園に到着しても…
志乃は、弘樹の遺骨を誰にも触らせない。
…
泣きも笑いもせず、弘樹の遺骨を抱き締めたまま離そうとしない。
nextpage
『志乃?
弘樹を、もう…ゆっくり眠らせてあげよう?』
夫の言葉に頷きも返事もせず、黙って弘樹の遺骨を力強く抱き締めている。
nextpage
志乃の母親は、弘樹の遺骨を挟むように志乃の身体を抱きしめる。
…
息子を亡くし、心身共に衰弱する娘の姿が痛々しく、弘樹の死を悲しむ志乃の姿を悲しむ、そんな母親としての本能に突き動かされての行動だった。
…
nextpage
『志乃…一樹さんの言う通り…
弘樹と離れるのは辛いけれど…
弘樹を眠らせてあげましょう…』
声を詰まらせ、志乃の母親は諭すように志乃に言う。
…
しかし志乃は、まるでその場所に根付いた木のように、身動き一つしない。
nextpage
…
…
その時
…
…
nextpage
wallpaper:4558
…
『お母さん…?』
…
子供の声で、志乃はハッとしたように横を見る。
nextpage
…
そこには、大きな瞳に涙を湛える幼い子供の姿…
…
『ひろ…き…?』
…
志乃は幼い子供の姿に問いかける。
nextpage
『志乃。
弘樹じゃない。
この子は弘樹の弟の祐樹だよ』
夫は祐樹を抱き上げると、声を震わせて咽び泣いた。
nextpage
弘樹の遺骨を抱えたまま、呆然と立ち尽くす志乃は、目の端で、確かに弘樹の姿を捉える。
霊園の一角、綺麗に手入れをされた花壇に、秋風に吹かれて揺れる、季節外れのサルビアの花を…
弘樹のお気に入りの帽子と同じ色をした、赤いサルビアの花が、狂い咲いていた。
nextpage
wallpaper:4559
…
そして、その中に立つ、弘樹の姿が…
…
弘樹はいつもの優しい笑みを浮かべ、志乃に向い、何かを言っている。
志乃は両手で抱えた弘樹の遺骨を、隣に佇む母親の手に渡すと、サルビアの咲く花壇へ走り出した。
nextpage
花壇の真ん中に立つ弘樹は、微笑みながら志乃を見つめる。
…
そして…
ゆっくり口を開く
…
nextpage
『お母さん、ありがとう。
僕をお母さんの子供に産んでくれて、ありがとう…
お母さん、独り占めしちやってゴメンね…
祐樹を守ってあげてね…
お母さん…
大好きだよ…』
nextpage
…
弘樹は志乃にそう言うと
…
…
nextpage
静かに…
静かに…
ゆっくりと…
…
周りの景色と同化し、消えた…
nextpage
志乃は、弘樹が亡くなってから初めて、張り裂けんばかりの声を上げて泣いた。
地面に両手を付き、溜まっていた悲しみを吐き出した。
夫に抱かれていた祐樹は、泣きながら暴れる。
…
夫はそっと祐樹を下に下ろした。
nextpage
すると…
志乃に向かって走り出し、泣き狂う志乃の背中に向い、小さな手を伸ばし、抱き締めた。
『ママ…ママ…
泣かないで…』
…
nextpage
wallpaper:4560
幼いながらも母親を気遣い、堪えていた想いが堰を切ったように溢れ出し、志乃の背中を抱き締めながら祐樹は大きな声を上げて泣いた。
志乃は、その時になって初めて自分の愚かさに気付かされた。
nextpage
『祐樹…
ごめんね…
ごめんね…
ごめんね…』
祐樹の身体を力強く、そして、こみ上げる愛情を抑えきれず、抱き締めた。
nextpage
花壇には、季節外れのサルビアが、優しく…
優しく…
甘い香りを放っていた。
nextpage
wallpaper:4561
…
…
〜サルビア〜
…
花言葉:
◎家族愛
作者鏡水花
*HANA*~サルビア~
子供が親よりも先に逝ってしまう…。
そんな悲しみが無くなれば良いと思っています(ノ_;`)
だけど…いつまでも悲しみ囚われ、沈み込んでしまったら…
遺された他の家族は居た堪れなく、立ち直ることが出来なくなってしまう…。
第一に、亡くなった者にとっての浄化の足枷になってしまわないか?
そう思うんですけど…。
実際は、そうは簡単に気持ちを入れ替える事なんて出来ないのも現実でしょうし…。
う~ん…。
ちっとも解説になっておりません(;Д;)
ゴメンナサイ(≧人≦)
*HANA*シリーズ
・カランコエ
http://kowabana.jp/stories/27774
・ニゲラ
http://kowabana.jp/stories/29359
・深紅の薔薇
http://kowabana.jp/stories/29425
・赤いチューリップ
http://kowabana.jp/stories/30143
・ブーゲンビリア
http://kowabana.jp/stories/30153
・スノードロップ
http://kowabana.jp/stories/30159
・グラジオラス
http://kowabana.jp/stories/30166
・桜花繚乱
http://kowabana.jp/stories/30169
・青い薔薇
http://kowabana.jp/stories/30212