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中編6
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*HANA*~サルビア~

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金色に光る蝶が、静かに闇の中を飛んで行く。

優雅にヒラヒラと、夜の空を飛ぶ。

蝶は何かに誘われるよう、大きな白い建物の中、一つの灯りの漏れる部屋の前で、大きく羽ばたいた。

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弘樹が死んだ。

未だ、小学2年…

8歳だった…

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病気が分かってから、僅か一年も経たず…

弘樹は死んだ。

辛い治療に耐え、髪の毛が抜け落ちても笑顔でいた弘樹…

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リニアック治療の時の照射位置を示すマークを『これは僕の”頑張ってるで賞”なんだよ!』と、お見舞いに来てくれたお友達やその親に自慢気に話していた弘樹…

抜け落ちた髪を隠す帽子も『お母さんが前に編んでくれた、あの毛糸のフワフワが良いんだ。』と…

保育園の頃、送り迎えの時に寒くない様に、母親の志乃が編んであげた、赤いベビーモヘアのニット帽を亡くなるまでかぶっていた。

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遠くからでもすぐに弘樹だと分かる様にと編んであげた、目立つ赤のニット帽。

他に買ってあげると言ったのに、弘樹は…

『お母さんの匂いがするから。』と、少しはにかんだ笑顔を志乃に向けていた。

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自分だって辛いのに…

『お母さん?たまにはお家に帰っても良いよ?

祐樹だってお母さん居なくて、きっと寂しがってる…。

それに、お母さんの寝てるベッドじゃ、ゆっくりなんて眠れないでしょう?

僕なら大丈夫だから。』

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弟の心配をし、病院で貸し出された簡易ベッドに寝ている志乃を気遣い、ニッコリ笑っていた弘樹…

注射だって…

点滴だって…

泣いたり暴れたりして、看護師さん達を困らせる様な事も一度もなく、いつもジッと耐えていた。

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自分よりも幼い同室にいる子達にも優しく…

トイレに着いて行ってあげたり、絵本の読み聞かせもしてあげていた。

この小児病棟に入院している子達にも、その親達にも、看護師達にも…

弘樹は優しく、そして好かれていた。

志乃は弘樹の動かなくなった身体を、ずっと撫で続けていた。

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『ママ〜

お腹空いた。』

弘樹の3歳年下の弟の祐樹が志乃に空腹を訴える。

だが、弘樹が亡くなったあの日から…

志乃の時間は止まったままだった。

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『祐樹。パパが今、目玉焼き作ってやるから、待ってろよぉ〜!』

夫の一樹は祐樹の体を持ち上げ、ダイニングの椅子に座らせると腕まくりをし、キッチンからフライパンとフライ返しを振って祐樹に見せる。

だが、祐樹は口をへの字にしたまま、身動きせずに仏壇の前に座り、弘樹の遺影をただ見詰めている志乃を見る。

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弘樹が亡くなって、今日で四十九日。

白い布で包まれた弘樹の遺骨をお墓に埋めなくてはいけない日…

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『私がもっと早くに弘樹の病気に気付いていたら…』

『ううん…

私がもっと丈夫に弘樹を産み育てていたら…』

弘樹の病気を告げられた日から、志乃が繰り返し呟いて来た言葉…

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『私が代わってあげられたら…』

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『志乃?

そろそろ着替えなくちゃ…

志乃のお義父さんもお義母さんも、俺の親父もお袋も、もう着く頃だぞ。』

そんな声でふと見上げると、夫が祐樹に黒いジャケットを羽織らせているところだった。

夫はすでに黒いスーツに身を包んでいる。

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志乃はフラフラと立ち上がると、夫が用意してくれていたのか?

ハンガーに掛けてあった黒いワンピースを着た。

暫くすると、父と母が。

続いて義父と義母が到着した。

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志乃は弘樹の遺骨を抱き締め、助手席に乗り込んだ。

夫は祐樹を後ろのシートに座らせ、シートベルトで身体を固定すると、車は滑る様に緩やかに発進した。

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弘樹が亡くなってから、妻、志乃の笑顔が消えた。

弘樹の弟の祐樹が話し掛けても、志乃は自分の世界に閉じこもり、返事も返さない事も多くなった。

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一樹だって、弘樹の死は…

自分の身を切られるよりも辛く悲しい…。

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だが…幼いながら、兄の闘病の時から不在になった母親に、甘えたい気持ちを押し殺している祐樹の姿がいじらしく悲しい…。

弘樹も祐樹も…

もっと子供らしく我儘を言って良いんだよ。

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悲しいなら悲しいと…

辛いなら辛いと…

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弘樹を亡くした志乃を責めるつもりはないが、祐樹の事も…

気持ちも…

志乃に気付いてもらいたいと…

ちゃんと向き合って欲しいと…

願っていた。

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霊園に到着しても…

志乃は、弘樹の遺骨を誰にも触らせない。

泣きも笑いもせず、弘樹の遺骨を抱き締めたまま離そうとしない。

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『志乃?

弘樹を、もう…ゆっくり眠らせてあげよう?』

夫の言葉に頷きも返事もせず、黙って弘樹の遺骨を力強く抱き締めている。

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志乃の母親は、弘樹の遺骨を挟むように志乃の身体を抱きしめる。

息子を亡くし、心身共に衰弱する娘の姿が痛々しく、弘樹の死を悲しむ志乃の姿を悲しむ、そんな母親としての本能に突き動かされての行動だった。

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『志乃…一樹さんの言う通り…

弘樹と離れるのは辛いけれど…

弘樹を眠らせてあげましょう…』

声を詰まらせ、志乃の母親は諭すように志乃に言う。

しかし志乃は、まるでその場所に根付いた木のように、身動き一つしない。

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その時

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『お母さん…?』

子供の声で、志乃はハッとしたように横を見る。

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そこには、大きな瞳に涙を湛える幼い子供の姿…

『ひろ…き…?』

志乃は幼い子供の姿に問いかける。

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『志乃。

弘樹じゃない。

この子は弘樹の弟の祐樹だよ』

夫は祐樹を抱き上げると、声を震わせて咽び泣いた。

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弘樹の遺骨を抱えたまま、呆然と立ち尽くす志乃は、目の端で、確かに弘樹の姿を捉える。

霊園の一角、綺麗に手入れをされた花壇に、秋風に吹かれて揺れる、季節外れのサルビアの花を…

弘樹のお気に入りの帽子と同じ色をした、赤いサルビアの花が、狂い咲いていた。

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そして、その中に立つ、弘樹の姿が…

弘樹はいつもの優しい笑みを浮かべ、志乃に向い、何かを言っている。

志乃は両手で抱えた弘樹の遺骨を、隣に佇む母親の手に渡すと、サルビアの咲く花壇へ走り出した。

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花壇の真ん中に立つ弘樹は、微笑みながら志乃を見つめる。

そして…

ゆっくり口を開く

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『お母さん、ありがとう。

僕をお母さんの子供に産んでくれて、ありがとう…

お母さん、独り占めしちやってゴメンね…

祐樹を守ってあげてね…

お母さん…

大好きだよ…』

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弘樹は志乃にそう言うと

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静かに…

静かに…

ゆっくりと…

周りの景色と同化し、消えた…

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志乃は、弘樹が亡くなってから初めて、張り裂けんばかりの声を上げて泣いた。

地面に両手を付き、溜まっていた悲しみを吐き出した。

夫に抱かれていた祐樹は、泣きながら暴れる。

夫はそっと祐樹を下に下ろした。

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すると…

志乃に向かって走り出し、泣き狂う志乃の背中に向い、小さな手を伸ばし、抱き締めた。

『ママ…ママ…

泣かないで…』

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幼いながらも母親を気遣い、堪えていた想いが堰を切ったように溢れ出し、志乃の背中を抱き締めながら祐樹は大きな声を上げて泣いた。

志乃は、その時になって初めて自分の愚かさに気付かされた。

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『祐樹…

ごめんね…

ごめんね…

ごめんね…』

祐樹の身体を力強く、そして、こみ上げる愛情を抑えきれず、抱き締めた。

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花壇には、季節外れのサルビアが、優しく…

優しく…

甘い香りを放っていた。

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〜サルビア〜

花言葉:

◎家族愛

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