「どうか成績が良くなりますように」
ぼそぼそと口ずさみながら私は神社の境内の前でパンパンと手をたたきました。
夏休みが始まって、私は家の近くにあるそこそこ大きな神社を訪れていました。
小学校の1学期の成績が前よりも落ちてしまったので、神様に成績が上がるようにお願いに来たのです。
「あっ、やっぱり葉子ちゃんだ」
不意に声をかけられて振り向くと、神社の脇にある社務所から同じクラスのお友達が出てきました。
「あれ、椎奈ちゃん、どうしてこんなところにいるの?」
お友達とはいえ、ちょっと恥ずかしいお願いに来たこともあって、私は少しうろたえてしまいました。
「ここの神社の宮司さん家族とうちの家族が昔からお付き合いがあって、時々お参りに来てるんだよ」
「へえ、そうなんだ、わたしはちょっとお願いごとに」
「何をお願いしに来たの?」
「ああ、うん、椎奈ちゃん、先週の算数のテスト、何点だった?」
「えっ、100点だったよ」
「・・・私、88点、ちょっと成績が下がったから、ママに怒られちゃって、だから成績が上がりますようにって」
「ふうん」
「まあ、神様なんているかどうかわかんないし、気分の問題だけどね」
私は恥ずかしさをごまかすような言い方をしました。
「えっ、神様はいるよ、私この前も見たよ」
椎奈ちゃんの思わぬ答えに私は甲高い声をあげてしまいました。
「えっ、見た、どこで」
「えっと、神社の裏の山の中で神様が舞を踊っているのを見たよ」
「へ、へえ~」
あまりにあっけらかんと答えるので、嘘でからかわれているとも思えませんでした。
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椎奈ちゃんと別れてから、私はこっそりと神社の裏手の森に行ってみました。
彼女の話によると、神様は金色に輝く着物姿に扇子をもって森の中で舞を踊っていたということです。
「う~ん、でも椎奈ちゃんの話が本当だとしてもそう簡単に会えるわけないよね」
自分でも半信半疑ながら巨木の立ち並ぶ森の中をすぐに引き返すつもりで少しだけ散策してみました。
「うん、あれ?」
もう帰ろうかなあと思い始めていたとき、木の切り株の上に自分と同じぐらいの年頃の女の子が座っているのに気が付きました。
女の子は切り株に座って頭を上下に揺らしながらうたた寝をしていました。
髪は長い金色で服は神社のお巫女さんのような着物を身に着けていました。
そして、この女の子が神様かどうかはわかりませんが、少なくとも人間ではないことはすぐにわかりました。
彼女の頭には狐のような耳と背中に大きな金毛のしっぽが生えていました。
「あ、あの」
私はその人間ではない獣耳の女の子に恐る恐る声をかけてみました。
「うん、ああ、だれ?」
女の子は私の呼びかけに気が付くとゆっくりと目を開けて私を確認しました。
「なあに、私いまちょっと休憩中なんだけど」
「す、すいません、あの、もしかして神様でしょうか?」
「なに、神様、私のこと?」
私はなるべく刺激しないようにゆっくり頷きました。
その獣耳の女の子は私の問いに少し逡巡して答えました。
「人の為しうる力を超えた霊的な存在が『神様』というのだったら、まあそうね」
「や、やっぱり神様なんだ」
神様と名乗った女の子が私に視線を向けました。
「で、何か用?」
「あ、あの神様って、お願い事をかなえてくれるんですよね、私、学校の成績が良くなりたいんです」
神様の女の子はまだ私の目的がつかめずに訳が分からないような表情をしていましたまま少し考えていましたが、やがて熱意のない声で答えました。
「ちょっと違うかなあ、神様がお願い事をかなえると言っても、あくまで本人が努力しなきゃいけないの、神様と呼ばれる存在はその後ろ支えをするだけだよ」
「えっ、どういうことですか?」
「例えばちゃんと勉強をして準備をしておいたなら・・・
試験の当日病気になったり、犬にかまれてケガをしたりしない。
うっかりミスをしたときに胸騒ぎで教えてくれる。
ライバルの悪い思念に当てられない。
通りすがりの悪霊に憑りつかれない。
神様のおかげっていうのはそんなことだよ」
「・・・悪霊って」
最後変なのがありました。
「だから、まずはあなたがちゃんと努力することが大切なの。
神様はあくまでその努力がちゃんと実を結ぶように支えてくれるだけ」
言ってることはすごくまっとうなことに聞こえました。
「それとお願い事が叶ったらちゃんとお礼も忘れないこと」
「お、お礼?」
「当たり前でしょう、みんなが一方的にお願い事をするだけで終わっちゃったらどうなのよ」
「でも、神様ってそういうものじゃないんですか?」
「ああ、もう、これだからいまどきのがきんちょは!」
神様にがきんちょって言われました。
「仮に神様が参拝者のお願い事を叶えてそれで終わりだとその神様の力はどんどん細っていくじゃない」
それはそうかもしれませんが、まだ私は神様の女の子が何を望んでいるのかわかりません。
「でも、お礼って言われても」
「難しいことじゃないでしょ、まずは願い事が叶いました、ありがとうございましたと報告に来ることだけでも違うでしょう」
「それって、意味があるんですか?」
「大いにあるよ、そうやって感謝の念を神様に送れば神様の力もまた高まるというわけよ」
「う、う~ん、それは確かに・・・」
「あとはお供え物よ」
「お、おそなえもの?」
「これは大事、昔は豊作や豊漁を願って人々が参拝したものよ、そして、うまくいったなら、収穫されたお米や野菜、お魚なんかをお供えしたり、盛大にお祭りしたりするわけ」
「ああ」
「そういうお供え物やお祭りには大いに御礼の強い念が込められているから、神様の力はさらに強まって良い循環が生まれるというわけよ」
狐耳の女の子はにんまり笑って私の警戒心にとどめを刺しました。
「でも、私、農家の人じゃないし」
動揺する私の顔を穏やかに見つめました。
「お米や魚はあくまで一例で神様が好きそうなものでもいいの」
それなら、今度コンビニでいなりずしでも買ってこようと思ったその時でした。
「おまえ、いま、コンビニでいなりずしでも買ってこようと思ったでしょう」
ずばり考えていたことを読まれて衝撃で心臓が止まってしまいそうでした。
「だめでしょうそれじゃ、まるでペットに餌をやるみたいな心持ちじゃない。
むろん、いなりずしときつねうどんはこの世の中で一番おいしいものよ」
やっぱり一番おいしいんじゃないと私は頬を膨らませました。
「いや、別にコンビニが悪いわけじゃないの。
神社に来る際にコンビニによってこれは神様喜びそうだなあと思って選ぶんだったらいいのよ」
「じゃあ、結局、私は何をもってきたら」
「そうねえ、あなたの一番好きなお菓子なんてどう?」
「・・・お菓子?」
「自分が好きなお菓子を神様にも食べてほしいというのは良い念がこもるものよ。
まあ、がきんちょの好きなものだからチョコボールとかビスケットとかだろうけど、値段じゃないのよ」
「え~と、私の一番おいしいと思うお菓子・・・
ケーニヒスクローネの壺入りアルテナかなあ」
「な、なに、ケーニ、なんだって?」
「ケーニヒスクローネの壺入りアルテナ。
神戸のお菓子屋さんの壺で焼いたケーキみたいなお菓子で・・・」
「こ、このお嬢様め・・・よし、それ、願い事が叶ったらお供え物に持ってきなさい」
「えっ、これ、神戸のお菓子屋さんだし・・・」
「通販もあるでしょう、ちょうど2学期が終わったら、お年玉も入るでしょう」
「く、くわしいね、神様」
「ふふ、神様ともなると、世の中のことはちゃんと知ってるのよ」
神様の女の子のセリフに私はむっつりとうなずきました。
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結局、勉強を頑張ったおかげで2学期の成績は元に戻りました。
私は神様に言われた通りお年玉で壺入りアルテナを買うと初詣に持っていきました。
神社行くと、お友達の椎奈ちゃんがお巫女さんの着物を着ていました。
「えっ、椎奈ちゃん何してるの?」
「あっ、葉子ちゃん、神社のお手伝いしてるんだよ」
「小学生なのに?」
彼女が来ているものは彼女用にしつらえられたと思われる大きさの着物でした。
「彼女は小さいころからのお付き合いで手伝ってくれているんですよ、私も助かっています」
椎奈ちゃんの後ろから現れたのはこの神社の本職の巫女さんのようでした。
「あっ、真央さん」
綺麗に前を切りそろえた艶やかな黒髪の女の人、まるで京人形のような品の良さがある最近では日本でも珍しい和風の美人さんでした。
「椎奈ちゃんのお友達ですか、今日は初詣?」
「は、はい、2学期の勉強がうまくいったからそのお礼参りとお供え物を」
「まあ、それは素晴らしいことですね、でもそんな高そうなお供え物を良いんですか?」
「えっと、夏休みに会った神様がこれをお供え物に持ってきなさいって」
私の言葉に真央さんは怪訝そうな表情を浮かべると、首をひねりました。
「んん、神様はそんなおねだりをするようなことはないと思うんですが」
「えっ、でも・・・」
「あなたがお会いしたという神様はどんな姿をしていましたか?」
そう言われて、あの狐耳の少女の容姿を話そうとしたのですが、ちょうど椎奈ちゃんが抱きかかえているぬいぐるみが同じ格好をしていたので、そう答えました。
すると、真央さんは何か納得したような表情をして頷きました。
「ああ、この子はうちの神様のお使いの者なのに神様を語って参拝者をだましていたから、神様が罰としてぬいぐるみにの中に封印してしまったんですよ」
「えっ、か、神様のお使い、だましてた?」
私が驚いて声をあげると、その狐巫女のぬいぐるみはぴょんと跳ねて私達から逃げようとしたので、すぐに私が追いかけて捕まえました。
「こら、よくもだましたわね!」
「ま、まあ、せっかくですし、このお菓子は神様にお供えしましょう」
背中で真央さんの申し訳なさそうな声を聞いて、私は振り返りました。
「は、はい、そうですね、新年のお願いごともしたいですし」
「葉子ちゃんは何をお願いするの?」
「もちろん、3学期もいい成績が取れますようにかな、椎奈ちゃんは?」
「私は家族が健康に暮らせますようにってお願いしたよ」
うっ、良いお願いをするじゃないと素直に感じてしまいました。
「ち、ちなみに真央さんは・・・」
私は手を振ってごまかし笑いを浮かべました。
「えっ、私ですか、私は今年もお仕事を頑張りたいと思いますとお伝えしましたよ」
真央さんの場合はお願い事ですらありませんでした。
私は両腕の中に捕まえている狐巫女のぬいぐるみを見下ろしました。
「あなたはちょっと欲が深すぎでしょ」
私はだまされたことが悔しかったので、狐耳の女の子が封印されたぬいぐるみのこめかみを両こぶしでぐりぐりしてやりました。
ぬいぐるみになった彼女は苦しそうに手足をジタバタしています。
やっぱり神様はちゃんと見てるんだなあと私は納得してしまいました。
作者ラグト
あけましておめでとうございます。
皆様はもう初詣には行かれましたでしょうか。
新年最初の私のお話しは久しぶりの狐さんのお話になります。
それでは今年もよろしくお願いします。