痛いよ
寒いよ
お腹空いたよ
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1月中旬の寒空の下、薄いロンT一枚と薄い生地のズボンに裸足でサンダルの僕。
あの人達はもう怒ってないだろうか?
ご近所さんに見られたりお巡りさんに見つかるとまたあの人達にぶたれるから。
身体を出来る限り縮こまらせ風が避けられそうな公園にあるドーム型の遊具に身を隠す。
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?
何だろ?
暗くてよく見えないけど、何かある。
ゴミかな?
恐る恐る近づく。
「…人形だ!」
泥だらけの人形を拾い、手で泥を払って出来る限り綺麗にした。
「…すごい古いなー。…これは、ピエロかな?」
年季の入ったその人形は真っ赤で大きなお鼻がついていて、赤いお口をしたピエロのお人形さん。
「可哀想だから、連れて帰って洗ってあげたいんだけど…ごめんね」
そう言って、ピエロの頭を撫でてそっと元の場所に座らせてあげた。
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しばらく公園で時間を潰してから、お家へ帰った。
あ…
アパートの階段を上りきると、あの人達の笑い声が聞こえてきた。
…よかった。もう怒ってない…。
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ガチャ-----
「ただいま……イッ!!」
「おいコラァ!ヒロトォ!誰にも見られてねぇーだろーなぁ?」
いきなり僕の髪を鷲掴みにしてニヤニヤしながら顔を覗いてくるお父さん。
「…誰にも見られてません…」
僕は必死で痛みと涙を堪えて答えた。
ここで泣いたらもっと酷いことをされるのを知っているから。
「うっとうしいから早く寝な」
お母さん…僕はまだご飯食べてないんだよ?
今日は起きてから何も…
お風呂は2人がいない時にササッと入ってしまう。
2人が数日出かけない日は数日お風呂に入れない。
僕はひたすらこの人達の気に障る事をしないように気配を消し、顔色を伺い、機嫌をとる事だけを考えて生活している。
『まだご飯食べてないからお腹空いた』
なんて絶対に言えるはずもなく
「はい」
それだけ返事して座布団を二枚並べて寝支度をした。
お腹が鳴るのを必死に堪えて、何とか眠りについた。
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朝起きてみると、枕元に食パンが置いてあった。
僕はそれに夢中でかぶりついた。
どうやらあの人達は出かけているようだ。
パンを急いで食べて、すぐにお風呂に入った。
いつ帰ってくるか分からない。
入ってる時に帰ってきたら何されるか分からない。
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よし…
これでいつ帰ってきても大丈夫。
お風呂も入った。
掃除もした。
お父さんお母さんの食べた食器も洗った。
…大丈夫だ…大丈夫……
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ガチャ---
ビクッ
「ちきしょー。だからあの台辞めなきゃ良かったんだよ!」
「はぁ?あんただってあっちの台のが出るって言ったじゃんよ!」
ヤバイ…
2人ともご立腹でお帰りだ。
「お帰りなさい…」
「ちっ」
バシッ!
とりあえず舌打ちをして僕の頭を叩いたお父さん。
「ヒロトッ!!あんた風呂入ったでしょ!?」
ヤバイ…
いつもは気付いても見てないうちに入ってれば何も言わないのに…
今日は機嫌が最高に悪いもんだからこじつけで殴られる…。
「…ごめんなさい」
僕は俯いて全身に力を入れた。
いつ何が飛んでくるか、殴られるか分からないから…。
「つーかさ、何そんなんビビってんの?ねぇ?まるで私がアンタ虐めてるみたいじゃん!ねぇ!?」
ドンッ-------
僕の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけたお母さん。
「っ!…ごめんなさい」
バシッ!ドフッ!
「うっ…ゲホッゲホッ!」
顔に平手打ちとお腹に膝蹴りされた。
一瞬息ができなくなり、むせてしまった。
「おいテメェ!汚ねぇんだよ!!」
!!
今度は僕がむせた事に気に入らないお父さんだ。
髪を引っ張られて半ば引きずられるようにお風呂場に押し込まれた。
「風呂入りてぇなら入れよほら」
そう言って45度に設定したシャワーを僕に浴びせた。
「あつッ!!…やめてよ!熱いよ!!」
「うるせー!!」
ドフッ!
お腹を殴られ、痛みに耐えられず蹲った。
「…ごめん…なさ…お父さん…」
「しばらくそこにいろ、目障りだ」
バンッ----
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あの人達はストレス発散できたのか、とりあえず僕へ当たるのは終わったようだ…良かった。
日々怯えて生活するのも慣れた。
学校に行きたいけど、行かせてくれるわけもなく。
行ける時は痣がない時。
痣が出来たら必ず休ませる。
最近は絶えず痣ができるから全然行けてない。
先生や市の職員さんも何回か来てくれているけど僕は会わせてもらえない。
今僕は8歳。
あと何年、この生活を続けていくのだろう。
声を殺して僕は泣いた。
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…自由になりたい…
《…助けてあげようか?》
……?
キョロキョロ辺りを見渡す。
《ここだよー》
……?
《脱衣所のところさ♩》
!!?
驚いた。
公園で見たピエロの人形が脱衣所の床に座り壁に寄りかかってこちらを見ている。
《…君は優しい子だ。僕の趣味じゃないけど…特別に君の事を助けてあげるよ♫》
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ピエロさん、どうやってここまで来たのかな?
《それは秘密さッ》
アニメ声のような甲高い機械的な声が頭の中に直接響く。
僕の考えてる事はピエロに分かるみたいだ。
《…僕に助けてほしい時は心の中で僕を呼んでよ♫必ず助けてあげるよ!》
どうして僕を助けてくれるの?
《君が僕に優しくしてくれたからさ♩》
そんな…だって僕は君を寒い公園に置いてきたのに…
《汚い僕を連れて帰ったら君が叩かれるからだろう?僕は全然平気さ♫》
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「いつまで風呂場にいんだよ!早く出てきて肩でも叩けよカス!」
リビングの方からお父さんの怒鳴り声が聞こえてきた。
僕の身体はビクッと跳ねた。
《忘れないで…僕は君の味方さ♩助けが欲しい時は必ず呼んでね!》
!?
ピエロの人形が一瞬ピカッと光って消えた。
何だったんだろう…壁に叩きつけられた時頭でも打ったのかな?
僕はこの時、白昼夢を見たのだと思っていた。
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数週間後……
あの人達の暴力はどんどんエスカレートしていった。
馬乗りになって何度も殴られたり、タバコの火を押し付けられたり、椅子で殴られたり、首絞められたり、包丁突きつけられたり…
言ったらキリがない…
たまにあの人達が変なことを言ってるのが気になるけど…何も聞かない。
僕も限界に近づいてきた。
最近意識が遠のく事がよくある…
このまま楽に慣れたらいいのにと思う…
でもそう簡単に人生は終わらない。
また今日も一日が始まる。
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朝起きると家の中は静まり返っている。
良かった…
今日は誰もいないんだ。
スッ---
襖を開けてリビングに出て驚いた。
「…え?…お父…さん?…お母…さん?」
そこには顔中血まみれで、髪もボサボサな2人が正座してこちらを向いて座っていた。
僕は驚いて一瞬戸惑ったけど、とりあえず2人が怪我をしているので救急箱を取ってきた。
救急箱を持って2人の近くに座った。
側に行くと2人とも小刻みに震えているのが分かった。
「……………」
会話もない。
僕を罵り、罵倒する声もない。
「…手当て…しますね?」
恐る恐るお母さんの顔に消毒液を染み込ませた綿を近づける。
「ヒッ!!…ごめんなさい!!!ごめんなさい!!!」
!!?
え?なんだ?!
「お、お母さん?」
お母さんはもうガタガタ震えてひたすら謝っている。
「お、お父さん…お母さんが…」
そう言ってお父さんに手を伸ばした。
「うわぁ!!?わ、悪かったよぉ!もういいだろ?やめてくれ!!」
お父さんまで…
2人が凄く何かに怯えているのは分かった。
《やぁ♩おはよう!よく眠れたかい?》
!!
この甲高い機械的な声は…ピエロさん?
《覚えていてくれて嬉しいよ!全然呼んでくれないから忘れちゃったのかと思って勝手にきちゃったよ♩》
どこにいるの?
《ここだよー》
キョロキョロと辺りを見渡す。
あ!いた!
ピエロさんはお父さんとお母さんの背後に座っていた。
《君の生命力がかなり薄くなってたからね♫助けに来たのさ!
あ!ちなみにコイツら痛めつけたのは僕だよ僕♩》
痛めつけたって…?
《見たい?見たい?いいよー♩僕はね、君が好きだから君には優しくしてあげるって決めたの♫それ〜♫》
テンション高めなピエロの掛け声と同時に頭にスッと映像が流れた。
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これは昨日僕が寝た後のお父さんとお母さん…?
《ハハ♩寝た?違うよ!君は殴られ過ぎて意識を失っていたのさ!》
そうか!確かに昨日寝た記憶はない…
「あー、マジで最近イライラすんなー。パチンコも全然出ねーしよー」
「つーかそろそろ仕事探せよ!」
「こーなったらヒロトでなんか稼ぐ方法ねーかなー?……あ!闇のブローカーにヒロトの内蔵売るとか?」
笑いながらそんなことを言う父親。
「何言ってんの?そんなのバレて捕まったら最悪だし」
我が子の心配より自分達の心配をする母親。
《ギヒヒッ♩此奴らホント最低だよなー》
バン----
?
勢いよく襖が開いた。
……僕?
そこから出て来たのは僕だった。
「お前らァ……、痛いのは好きだろうォ?」
!?
明らかに僕の声じゃない!!
不気味で低くドスの効いた声だ。
「またお前…誰なんだよ!!いつも訳わかんないこと言いやがって!」
「そうだよ!あんた何なの?ヒロトじゃないでしょ?ほんとどーなってんの!」
お父さんとお母さんも僕であって僕でない事は知っている様子。
というか、『また』とか『いつも』とか…
どういう事だろう…
僕には全く記憶がない。
《記憶がないのは当然さ♩僕が君の身体を借りてるからね♫》
僕の身体を借りてる?
《まぁね!!悪いようにはしないよ♫ほらほら!ここからが面白いんだよ!》
「ギヒヒ、さぁ…ショウタイムの始まりだぁあああ♫」
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僕の身体がコミカルなダンスを踊り始めた。
指を鳴らすと黒いステッキが出てきた。
もう一回鳴らすとシルクハットが出てきてそれを被った。
丁寧に深々と頭を下げてお辞儀をしている僕。
「てめぇいい加減にしろよコラァ!!」
お父さんは僕の胸ぐらを掴んだ。
僕はニタァっと笑ってパチパチと拍手をしている。
「気持ち悪りぃな…何笑ってんだよ!あ?」
お父さんが更に詰め寄る。
頭の中の僕は軽くステッキを振った。
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---ボンッ♫---
!!
ステッキを振った途端僕がピエロに変わった。
「ギヒヒヒヒヒヒ…久しぶりだなぁああア、外の世界は……ワクワク♫ワクワク♫」
両腕を締めたり開いたり、ワクワクしている素振りをして楽しそうなピエロ。
かと思いきや、表情が楽しそうな顔から一転、無表情になってお父さんを見据えたピエロ。
「お ま え き ら い だ よ」
カタコトでそういうと父の腕をガシッと掴んでポキッとあり得ない方向に曲げた。
「ギャァァアアアア!!おいぃい!!やべぇってぇぇ!痛ってぇよぉおッ!!」
お腹を抱えてバタバタ足ぶみをして時折痛がる父を指差して大爆笑のピエロ。
「あ!そうそう!!僕の力でこの家の音や声は外に聞こえないからご近所の迷惑にはならないからね♩安心してね♫」
そう言ってピエロは腕組みしながら頭を上下に動かす。
「ちょっ…なに!?大丈夫ッ?骨折れたんじゃないの?病院連れてかないと…」
そう言って父を介抱する母。
「は?は?は?はぁぁああ?」
目を見開き、眉毛を八の字に下げて首をかしげながら母の顔を覗き込むピエロ。
ビシッと真っ直ぐ立って再び無表情になり指をパチンと鳴らす。
スススッとピエロの前にナイフが並んだ。
ステッキを軽く振ると母と父が何かに引っ張られているかのように壁に引き寄せられて大の字に張り付いた。
「いてーよぉ…何なんだよマジで…」
もう痛さと怖さとで泣きそうな父。
「おいお前。絶対に泣くなよ?泣いたらもっと痛い事するよ?」
母の目にも涙がたまっている。
「おい女。お前こそまだ何もしてないのに泣いたら殺すからな?」
スッと目を閉じ、深呼吸をして右手を胸に当て、左手をシルクハットに添えて深々とお辞儀をした。
ゆっくりと頭をあげて顔が正面を向いた瞬間…
「It's show time ♫」
目をパッと開いて大きく口を開け、両手を広げた。
何処からともなく愉快な音楽が聞こえる。
壁に張り付いている2人めがけて躊躇いもなく音楽にノリノリでナイフを投げていくピエロ。
トンッ トンッ トンッ
トンッ トンッ トンッ
一定のリズムであの人達の周りスレスレで壁に刺さっていくナイフ。
「ハックショイッ!!」
クシャミをした勢いで手元も見ずにスッと投げたナイフは母の頬をかすった。
ノリノリのピエロは更に指をパチンと鳴らした。
火のついたタバコが50本はあるだろうか…
ピエロがガバッと大きな口を開けて一気に口に含んだ。
耳や鼻や口や頭から煙がモクモクと溢れ、ゲホゲホッとむせてトボけて見せている。
すぐに表情はニタァっと不気味に笑う。
そして宙に浮いたタバコが母と父の身体めがけて飛んでいった。
火種部分が身体に触れた。
「ヒィィイイイイイイ!!痛い!ィヤアア」
「ヴァァアアア!!」
2人の悲痛な叫びがいたたまれなくなり僕は目を閉じた。
しかし頭で流れている映像は目を閉じたところで意味もなく…
パチンと指を鳴らすとタバコが消えてグッタリしている2人が現れた。
「も、もうやめてくれ…頼むよ……」
「…………」
父が絞り出すような声で言った。
母はグッタリしたまま動かない。
「えー!?だってぇー、ボクゥ、まだ全然ストレス溜まってるんだもん♩キャハ♫」
口の先を尖らせて体をクネクネさせ、ぶりっ子のような素振りで甲高い声を出すピエロ。
「ストレスって……何だよそれ……こんな酷い事…」
ボソボソと母が言った。
ピエロは無言で母に近づいて行く。
母もそれに気付いて顔を強張らせる。
母の髪の毛をガシッと鷲掴みして上を向かせ、ガンと壁に後頭部を叩きつけ、ニタァっと笑ったピエロ。
「ってゆーかぁあ ナァァァアア二そんなんビビってんのォオ?なぁ?…まるで俺がアンタ虐めてるみたいじゃねぇかぁあ!?ナァァァアア!?」
次第にピエロの表情が変わり、目は血走り、血管が浮き出て青筋が立ち、声のトーンが一気に下がった。
どこかで聞き覚えのあるセリフに僕はハッとした。
「ほんと胸糞ワリィったら……なぁ?なァ?…ナァァァアア?!」
目を見開き、ヨダレを垂らし、母の髪の毛を掴んだまま持ち上げ、足をバタつかせ絶叫する母を見てケタケタと笑う。
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僕は…
僕は…
いけない子供だ。
ピエロは僕がこの人達からされた事を仕返ししてくれたんだ…
母と父がこんな目に遭わされた事を知ったのに…
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なのに…
どうしよう…
胸のワクワクが止まらない…
続
作者upa
ピエロ…復活してみました。
長くなりそうなので前篇後篇の二部作にしました(>人<;)
誤字脱字、ご意見ございましたら優しくコメントをくださいませm(_ _)m
ちょっとまだピエロの怖さやグロさを出せてない前篇です(>人<;)