深夜二時
遅い食事を終えた俺は、何気なくテレビのスイッチを入れた。
nextpage
すると、いきなり騒々しいダンスミュージックをバックに、
二人の男女がスタジオに現れた。
男はハチマキにはっぴ姿で、やたらにテンションが高い。
女はバブル期を思わせる真っ赤なボディコンで、かなり化粧が濃い。
年もかなりいってそうだ。
何か見覚えがあると思ったら、名前は忘れたが、かなり昔にドラマとかに出ていた、女優だ。
最近は全くテレビには現れない。
nextpage
「さあ、いよいよ、本日最後の商品です!」
男が甲高い声で叫ぶと、女は
「まあ、ワクワクします。どんな商品なんでしょう?」
と、わざとらしいリアクションをする。
どうやら、テレビショッピングのようだ。
男の前には、いつの間にか台が置かれており、その上には直径三十センチくらいの怪しげな黒い筒状のものがある。
nextpage
「最近、世の中は貧富の差が広がっており、格差社会ともいわれて、おりますよね」
「そうですね。私なんかも、二十年ほど前はドラマに映画に、バラエティーに引っ張りだこだったのですが、今は、TVレギュラーの数はゼロ。かろうじて地元のラジオ番組のパーソナリティーや地方のイベント出演とかで、なんとか生活しています」
nextpage
「ですよねえ。実は僕もかつては、あなたの大ファンでした。だから今こうしてご一緒に仕事が出来ているのが奇跡のようで、本当にドキドキしております」
「まあ、お上手なんだから!」
女は嬉しそうに、男の肩を叩く。
「ただ、そんな銀幕のスターだったあなたも、今は芸能界の負け組ですよね。芸能界に限らず世の中のあらゆる階層で、勝ち組負け組がはっきりと現れてきております。
そして負け組と言われている方々の一部は生活破綻し夜逃げしたり、挙句の果ては首つり自殺などをしているようです」
「まああ、怖い!首つりだなんて……」
nextpage
「そこで、今回ご紹介の商品がこちらです」
と言って、男は台の上の黒い筒状のものを指さす。
「これは何なんですか?」
「気になるでしょう?」
「はい、早く教えてくださいよ!」
「その前に、こちらの画像をご覧ください!」
二人の後ろ側にある大きな画面に、仲睦まじい家族の写真が映し出された。
nextpage
畳敷きの部屋には、白髪頭の老夫婦を中心に、背後には若い夫婦。その横には、二人の小学生くらいの男女が並んでいる。
皆、にこやかに微笑んでいる。
「こちらは、F市内に在住のSさんご一家の写真です。
Sさんご一家は代々、雑貨店をやられていたのですが、十年ほど前から近辺にコンビニやスーパーなどが乱立し、お客さんの数も激減していってました。
銀行からの借り入れや、また、怪しいところからの借り入れなどもありましたので、Sさんの家には昼夜を問わず、バンバン返済を求める電話が掛かっていたようです。
ここ最近は明日の食事もままならない状態に陥っておりました。
悩み苦しんだ挙句、ご主人は素晴らしい一計を案じました。
nextpage
『そうだ、一家心中をしよう!』
これには、奥様も大賛成。さっそく二人で、いろいろ方法を考えていたのですが、最終的に行き着いたのが、今回ご紹介する『みんなで楽々心中くん』です」
「それでは、こちらをご覧ください」
男が言うと、商品がアップされる。
nextpage
直径三十センチくらいの黒いケーキ型のものである。
「この『みんなで楽々心中くん』は、樹齢四百年の大木から精製された準日本製の炭から作られた『練炭』なんです」
「練炭?」
「そうです。従来のものは、東南アジアとかの普通の木を原料にしており、実際に使用したときも一酸化炭素の濃度が十分ではなく本来の目的が達成できず中途半端に生存者が出るという、不幸なことが起こっておりました。
その点、この『みんなで楽々心中くん』の発生する一酸化炭素濃度は従来のものの、なんと三倍。
致死率は99.97パーセント(当社比)で、使用されたご家族のほぼ全てが確実にあの世に行けるのです!しかも眠るように逝けますので、痛みとかは全くありません!」
nextpage
「ということは、このSさんご一家も……」
女が恐々と男に聞く。
「もちろんです。先日F市郊外の河川敷に置かれた車の中で、六人全員が無事発見されました。皆さま生前そのままの、本当に安らかな顔をされていたそうです。現場の写真も準備してますが……」
「ああ!もう結構です。よく分かりました。
全員仲良く逝けて、本当に良かったですね。
でも、これ、お高いんでしょう?」
女が焦りながら尋ねる。
nextpage
「今回は皆様の熱烈なご要望にもお応えしまして、
五個セットで特別価格なんと、
二万九千八百円でお届けいたします!
もちろん税込みです。
今回はオーソドックスな黒色の他、スタイリッシュな灰色、清楚な白色もご準備させていただきましたので、お好きな色をお選び下さい」
「ええ!こんな素晴らしい商品がですか?ありがとうございます!」
「しかも今回、三十分以内にご注文いただいた方にはもれなく、車を内部から密閉するテープをお付けします。こちらも色は、透明、赤、白、黒と準備しておりますので、お好きな色をお選びください。それでは、お電話番号のご案内です。メモのご用意を……」
separator
俺は急いでペンを取って来て電話番号をメモすると、再びソファに座る。
そして恐る恐る部屋の片隅に視線をやった。
そこには、首筋をどす黒く変色させ変わり果てた姿になった妻が横たわっていた。
作者ねこじろう