私が土木関係と不動産の仕事をやっていることはご案内の通りだが、不動産での体験談を1つ。
その日は予報と違い、いきなり雨が降ってきて、土木関係の現場はお休み。その日から現場があると思っていたので、その日の前日までに不動産の仕事も終わらせていた。
その日は朝から他の不動産の情報を見たり、新聞を見たりしていたが、すぐに飽きてネットサーフィンをしていた。一言で言えば、暇だったのである。
いつもなら、知り合いの不動産屋に行き、情報交換という名の暇つぶしをする。だが、時期が賃貸繁忙期であったし、その日は水曜日だった。なぜか、不動産会社は水曜日休みが多い。どこに行っても私を相手にする余裕などないであろう。
私の会社は不動産については売買しか行っていない。不動産部は私1人でやっている。普段は土木関係の仕事もやっているので、賃貸をすれば人手が足りない。人を雇わないといけないし、賃貸関係の業務を経験したこともなかった。その為、賃貸はやらなかった。
更に言えば、私は賃貸に向いていない。賃貸は若くて初々しい人、もしくは女性なんかがお客さん受けする。一方、売買はドシッとした落ち着いた人がお客さん受けする。強面で口数の少ない私は後者の方である。
暇を持て余していると、午後カップルが来店した。
「アパートを探して欲しい。」というのだ。
正直に賃貸をしていないことを伝える。すると「どうしても難しいでしょうか?」と食い下がる。話を聞けば、どこの不動産も休み、または今日の案内は難しい。と断られた。とのことだった。
今日に今日じゃなくてもいいのでは?と言うが、今日お願いしたいという。その日はもう仕事をしたい気持ちではなかった。知り合いの個人でやってる不動産屋に電話してお願いするが、やはり本日は難しいという。正直、閉店しとけば良かった。と思ったが、今更そうもいかない。
ついに私は根負けして、案内をすることにした。カップルが低姿勢だったのも良かった。低姿勢に私は弱い。特に物件の希望の条件はないという。私は知り合いの不動産に電話して、鍵をかけていない空き部屋、もしくはキーボックス(中に鍵が入る南京錠みたいなやつ)がある空き部屋の資料をファックスでもらった。…正直、他の不動産屋に鍵を借りに行くのが面倒くさかった。
案内した数件の物件のうち、比較的綺麗な物件を契約したいという。ただ、その日のうちに契約して明日には引っ越したいという。はぁ?とは思ったが、私はアパートの賃貸をしたことがなかったので、そういうこともあるのかな?と思い、そのことがあまり不思議なことだと思わなかった。
その物件を管理している不動産屋に電話した。その不動産屋は同級生で仲の良い不動産屋だった。「今日、契約!?」と驚いていたが、「お前が言うなら、しょうがないな。」ってことで了承してくれた。カップルにお礼を言われ、契約を行う。そして、明日友達に手伝ってもらって引っ越すという。
そんな事、私にはどうでも良かった。どうでも良かったというより、それどころじゃなかった。慣れない賃貸の契約に緊張していた。後から思えば、売買の契約より10倍も100倍も楽だが、その時はそんな事考える暇もない。当日だったので、契約書を作る時間の猶予もなかったのも私を焦らせた。2~3日でももらえばなんてことないのだが…。私はやっとのことで、何とか契約を終わらせた。
翌日も雨だった。そして、その日も暇だった。私は昨日作成した契約書を眺めた。恥ずかしいことに間違いがあることに気付く。私はすぐに詫びの電話を入れた。昨日のこともあってか、すぐに訂正を了承してくれた。夜には落ち着くと思うので、夜に来て欲しいと言われた。
私は夜に伺った。昨日までガラガラだった部屋には荷物が入っている。まだ、開けていない段ボールもいくつかある。契約書の訂正をしてもらってる時だった。
ピンポーン
チャイムが鳴った。カップルが顔を見合わせる。そして、沈黙。何かを怖がっている?私は思った。
「私が出ましょうか?」
そういうと、カップルは一瞬私を見て、頷いた。
「はい。」
とそう言って、扉を開けた。扉の向こうには男が立っていた。
「夜遅くにすいません。ここに◯◯がいると思うんですが、呼んでもらえますか?」
私はおかしいと思った。さっきのカップルの怯えよう、この時間に来る男、急いでいた引っ越し…。私の中で全てが繋がった。
「◯◯?誰だ、それ?」
男は私を睨むと、いきなり
「◯◯!居るんだろ!!安心して。俺だよ~。出ておいでよ。」
と、奥に向かって叫ぶ。
「………あのさ?何なの?◯◯って誰?」
ここまではわざとゆっくりささやくように言った。
そして、怒鳴り声で、
「なめてんのか!てめえ!こらっ!!俺は今日越して来たばかりで疲れとるんや!いきなり来て、知りもせん◯◯言うて、喧嘩売ってるんか?」
と言い睨んだ。男はチェッ!と舌打ちして去ろうとした。
「おい!何の真似だ!いきなり来て、訳の分からんこと言って、舌打ちして!てめえ、こらっ!!」
去っていくのをそのまま見送っても良かった。私はわざと男を呼び止めた。◯◯という人はここにはいない。というのをより真実味を持たせたかった。男は、
「すいません…。」
と頭を下げて、逃げるように去って行った。こういう時には強面で良かったな!と思う。
男が去ったのを見届けると、扉の鍵を閉め、カップルの元へ。女の子は泣いていた。「安心してください。」と言うと、声を殺して泣いていたが、嗚咽をあげて泣き出した。
彼氏と二人きりの方が落ち着くかな?それともいた方が良いか。と考えていたが、男がもう一度来る可能性を考えれば、もう少しここにいた方がいいだろうと考えた。
しばらくして落ち着いたので、話を切り出す。
「もしかして、ストーカーかい?」
「はい…。」
女の子が返事をする。
そのストーカーの男は引っ越ししても引っ越ししても、居場所を突き止めるのだと言う。もう引っ越ししてもしょうがない。と諦めて、今回のアパートの前のアパートには長く住んだ。そのアパートには今の彼氏とも同棲する約束をしたので、心強かったのもあったらしい。
が、ウチを訪ねて来る前日…つまりは一昨日。彼氏は残業で帰りが遅くなった。女の子がソファーに座りくつろいでいると、男が平然とトイレから出てきたらしい。頭が真っ白になった。声を出せずにいると、
「なんだ。もう帰ってたんだ。お帰り。今日の仕事どうだった?」
と聞く。女の子が泣くのを見て、
「どうしたの?会社でなんかされた?泣かないで。」
「◯◯。どうしたの?俺に何でも相談してよ。」
女の子が部屋にあったものを投げつける。
「そうそう。辛いときには俺にあたっていいんだよ。」
「出ていってよ!ねえ!出ていってよ!!お願い!」
女の子が叫ぶと、
「そっか、今日は1人がいいんだね。◯◯のわがまま聞いてあげるね。でも、明日までには機嫌なおしてね。」
そう言って出ていったらしい。そして昨日、警察に相談し、すぐに引っ越した方が良いとのことでウチに来たとのことだった。女の子は男と面識はなく、警察も手の打ちようがない。しかも、男は警戒心が強いのか私服警官等がいるときには絶対に現れない。と言う。
私は話を聞いて、筆談に切り替えた。盗聴機を真っ先に疑った。
「盗聴機の可能性もあります。このアパートは知られてしまったので、危険です。すぐに引っ越しましょう。」
「すいません。もうそんなお金ありません。」
「とにかく、私の会社で話しましょう。荷物は全部置いていってください。携帯は電源を落としてください。」
そう書くと、私は扉を開け、周囲を見渡す。人の気配はしない。手招きをして、私の車に乗せ、会社に向かった。
会社に着くと、同級生の不動産屋に電話した。
事情を説明する。同級生は、「分かったちょっと俺も今から行くから。」と言い、ウチに来た。
「事情は聞きました。昨日の手付金等は全てお返しします。」
「昨日頂いた私の仲介手数料もお返ししますね。」
「不動産でオートロックで防犯カメラ付きのところがありますから、そちらを案内します。ここに来る途中、事情を説明してオーナーに交渉して、家賃は同じくらいにしときました。オーナーも同じアパートに住んでいます。とても良い方です。あなたたちのことを気にかけていましたよ。すぐ行きましょう。」
この同級生は昔から義理堅い。それに別なことでも、私は感心した。田舎なので、あまりオートロックのアパートは見たことがなかった。私が実家暮らしで、なおかつ売買しかしていないせいで、アパートに興味が薄いせいかもしれないが…。オートロックのアパートを当日見付けて来たことに素直に驚いた。でも、このことは嫌らしくなるのでカップルには言わなかった。言わなくても同級生の優しさ等は伝わるであろう。
「もったいないですが、荷物は全て処分した方が良いでしょう。衣類だけは私が届けますよ。他は良ければリサイクル業者に引き取ってもらいましょう。ここまで言える義理ではないですが、携帯も変えた方がいいと思いますよ。」
私がそういうと、カップルは「そこまでして頂いてありがとうございます。荷物はどうでもいいです。お任せしてよろしいですか?」
と言うので、頷き、後は同級生に任せた。明日、衣類だけ届け、残りはリサイクル業者に引き取ってもらい、そのお金は本人さんにお返しした。
申し訳ないが、この後で、引っ越した新しいアパートにストーカーがいた。とか、オーナーがストーカーだった。とか、リサイクル業者がストーカーだった。という話は一切ない。
一切儲からなかったが、私も同級生も後悔はしていない。この事件以来、ますます仲良くなった。
今年の正月、結婚しました。との年賀状があのカップルから届いていた。
あいつら俺たちより早く結婚しやがって笑。と、同級生と飲んでは話している。
2人には幸せになってもらいたい。
作者寅さん