少年は、仲の良かった姉を、交通事故で失った。
父の運転する乗用車に同乗中、野性動物の飛び出しがきっかけでスリップした車が、ガードレールに突っ込んだのだ。
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目撃者によると、2本のガードレールが姉の体を貫いたが、急所は外れたため、即死には至らず、悶え苦しみながら息を引き取ったらしい。
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父は逮捕されたが、本人も深く悲しみ、反省もしていることや、事故原因などが情状酌量され、裁判では実刑を免れ、家に戻った。
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少年は、大好きだった姉を突然失った悲しみに打ちひしがれ、すっかり憔悴した日々を送っていた。
そんな中でも、せめて姉には安らかに眠ってもらいたいと願い、毎日事故現場に花束を手向けることだけは欠かさなかった。
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そして、いつの頃からだろう…。
事故現場を訪れるたびに、不思議な感覚にとらわれるようになったのは…。
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実際には見ていないのに、姉の死に際の光景が、少年の脳裏に不意に浮かんでくるのだ。
少年が追体験する姉の死に際の光景…。
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それはまさに地獄だった。
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車窓から流れる景色を見ていた時、突然物凄い衝撃と衝突音に襲われた。
と同時に、強烈な痛みが、全身を駆け巡った。
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乗っていた車が、なんらかの事故に見舞われたのだと、すぐに理解できた。
しかし、ガードレールのポールが、車体とともに、自らの体を貫いているという状況は、にわかに受け入れられるものではなかった。
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ひしゃげた車体の中で、ガードレールに串刺しとなり、身動きひとつできない。
呻き声をあげながら、「これは悪い夢。早く覚めて」と祈り続けることしかできなかった。
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どれほどの時間が過ぎただろう…。
気付くと、騒がしい野次馬たちが、車を取り囲んでいた。
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その中の誰かが呼んでくれたのか、遠くから救急車やレスキューのサイレンが近づいてくるのがわかった。
しかし、救出作業を持ちこたえるだけの生命力はもう、自分には残ってないことが、なんとなくわかっていた。
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この時、自分≪姉≫の心を支配していたのは、「死」を覚悟するしかない絶望感だけだった。
大量の出血によって、だんだんと意識が朦朧としていく中、レスキューの手助けによって、大破した車の運転席から這い出てきた父の姿が目に映った。
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生涯最期に目にしたものは、あまりの事態に動揺し、呆然と立ち尽くすだけの情けない父の姿だった。
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一言で言うなら、それは極めてリアルな「追体験」だ。
追体験するのは光景だけでなく、その時に姉が味わっていた強烈な苦痛と、死への絶望感も、同時に追体験するからだ。
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なぜ、こんな追体験ができるようになったのかは分からない。
それにしても、なんとむごい神の仕打ちだろうか…。
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ただでさえ、悲しみのドン底で憔悴しきっている少年にとっては、悲しみを増長させるだけの「望まぬ能力」でしかなかったからだ。
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しかもそれは、姉の事故現場だけにとどまらなかった。
道を歩いていたりすると、不意に不快なビジョンが浮かんでくる。
そういう場合、大抵は交通事故で犠牲になった誰かの死に際の光景だ。
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事故自体が最近であればあるほど、追体験も鮮明で強烈だった。
遠くに住む友人の家に向かう途中、知らず知らずのうちに、一家惨殺という事件があった現場を通りかかってしまい、猛烈に気分が悪くなったこともあった。
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こんな能力を身に付けてしまったことを思い悩む日々が続いたが、誰かに相談する気力すら、少年には残っていなかった。
家族ですら、少年の心の拠り所ではなくなっていたからだ。
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姉の死後、夫婦仲は悪くなり、毎日喧嘩が絶えなくなった。
もちろん、離婚話も持ち上がったが、少年の存在や、経済的理由などによって、結局そうはならなかった。
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少年の心配をよそに、夫婦喧嘩は日に日にエスカレートするばかり。
夫婦喧嘩が始まると、少年はいつも自分の部屋に逃げ込み、頭から布団をかぶって、怒鳴りあう声から耳を塞いだ。
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そんなある日の晩、ひときわ激しい夫婦喧嘩が起き、少年はいつものように逃げるようにして布団に潜り込んだ。
そしてそのまま眠ってしまったのか、気付くと翌朝になっていた。
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目を覚ましたとき、ちょうど母親が部屋の外から少年を呼んだ。
母によると、今朝から父の姿が見えないらしい。
結局この日は丸一日、父は姿を見せず、職場にも出勤することはなかった。
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母はこの日の晩、「主人が突然行方不明になりました」と警察に申し出て、捜索願いを提出した。
その際、母は警察に対して「事故で娘を亡くして以来、自分を責め続け、悩んでいるようでした。
自殺なんてしていなければいいのですが」と、涙ながらに訴えていた。
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でも、少年は本当のことを知っている。
あの、「望まぬ能力」によって…。
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あの晩、母が父の首を絞めて殺したことを…。
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明らかな殺意を込めて首を絞めてくる、鬼のような母の形相も…。
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それを見つめながら、もがき苦しむ父の最期の記憶も…。
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今の少年には、平凡だけど幸せだったあの頃の家族はもう・・・いない。
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『大好きだった姉を失い、
人殺しになった母親と、
庭の片隅に埋められた父親の死体と一緒に、
殺人事件の現場となったこの家で、
これからどうやって暮らしていけばいいのだろう…。』
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絶望する少年。
その時ふと、少年の脳裏に、不意に不快なビジョンが浮かんできた。
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精神を病み、発狂した母親に、包丁で全身を滅多刺しにされるという、おぞましいものだった。
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自らの心が生んだ妄想の恐ろしさに、不安を覚える少年…。
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しかし、少年はこの時、まだ気付いていなかった。
それは妄想ではなかったことを…。
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そのビジョンは
『自分の死に際を予知できる』という、
新たなる「望まぬ能力」の発現であったことを…。
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少年はまもなく訪れる「その時」を迎えたときに、ようやく、望まぬ能力の信実を知ることとなるのであった…。
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実際に「死の現場」で何かを感じ取ってしまう方はいませんか…?
みなさんどうか、霊的な場所でおかしな能力を身につけてしまわないように、ご用心を…。
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作者とっつ
鬱注意!!!!
「お祝いの贈り物」くらいの鬱作品です。
改めましてご挨拶♪
お久し振りです。
ちゃんと生きてます。
今年初投稿です。
これも過去作品です。
30作品目になります。
投稿ペース遅くて申し訳ないです。
ボチボチやっていきます。