独りの教室はやけに広く感じた。
机の真ん中、チープな一輪挿しに一本の白い輪菊。供えられた花を見下ろし思う。
私がイジメられるようになったきっかけはなんだったっけ? 遊びの誘いを断ったこと? 友人の欲しがっていたバッグを先に手に入れてしまったこと? 覚えてはいないが些細な事だったと思う。
一旦イジメの対象になってしまうとそれからは早かった。
それまでいたグループから外され、腫れ物には触れまいと別のグループは分かりやすいくらいに私を拒絶した。
最初は元いたグループだけからの攻撃だったのが、──悪意は伝染する。
少しずつ他グループからのちょっかいが始まり、今ではクラス全体が私の敵となっていた。
担任の高原先生は、頭ををずぶ濡れにして一人ジャージ姿で授業を受ける私を見ても、一言も声をかけることなく淡々と授業を進める。分かりやすいくらいの事なかれ主義。
入学した時から楽しみにしていた修学旅行にも結局、私一人不参加だった。まあ参加したところで良い思い出なんかできるはずもなく、後悔だけが残るのは安易に想像がついた。
一人対二九人──これは、どう足掻こうが勝てない。数の暴力。
私に非がなくても真実すらねじ曲る力を持ち、非難されるのはいつも私のほう。
みんな死んでしまえ......、死ね、死ね死ね死ね死ね......。
何度、呪詛の言葉を吐いただろうか。『死ね』の二文字で真っ黒になったノートも四冊目を数えた。
嫌な気分になり机の花瓶を叩き割ってやろうかと手を伸ばした時、ガララと背後で教室のドアが開いた。
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隣のクラスの担任、折山先生が目頭にハンカチをあてながら入ってきた。
「お別れの......」そこで一旦言葉を切り、洟をすする。
「お別れの挨拶は......すんだの?」やさしく同情するような声で先生は話しかけてきた。
私は少し間を置いてゆっくりと答える。
「もう少し、ひとりにしてもらってもいいですか......」無表情で返す。
「分かったわ、少ししたらまた来ますね」
先生は右手を私の肩にそっと置いた。
「気を落とさないようにね......」
二度ほど優しく肩を上下にさすり、先生は教室を後にした。
──ふふふ、ひとりになった私は我慢できず、掌で隠した口元に笑いが漏れた。
『修学旅行バスジャック事件』三日前に新聞の一面を飾った記事。
私のクラスメイトを乗せたバスが高速道路のサービスエリアでトイレ休憩のため停車したところ、犯人がバスを乗っ取り高速道路を暴走。十分程走ったところで路肩に乗り上げ、約50メートルの高さから転落。
クラスメイトのほとんどが即死だった。運良く生き残った数名も病院で苦しんだあげくに亡くなった。
犯人の身許は遺体の損傷が激しく今だ判明していない。
周りから見れば私は、いっぺんに沢山の友人を無くした可哀想なヒロインにでも見えるのか、他のクラスの生徒や教師は私にとても優しく接してくれる。地獄から天国にきた気分。
二九人分の机に飾られた菊の花は美観だった。
私がひとりひとりに、「勝ったのは私よ」と、勝利宣言をしながら供えた。
教卓に最後の花を飾り教壇に立つ。そこから全体を見下すように見回し、私は勝ち誇ったように口角を上げた。
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あとは、犯人の身許さえバレなければ完璧。
まあ、歯は全部抜いてもらったし、計画どうりなら転落する寸前にはガソリンを染み込ませた服やマスクに引火したはず。
運が良ければ身許不明のまま迷宮入りしてくれるかも。
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ありがとうね、──お父さん。
作者深山