ヒトについての考察　サイドB

このノートには、ってか彼女らはヒトは欲を叶えるために行動する生き物だと思っているようだが。本当にそうだろうか。

俺は今まで色んな人間を見てきたけれど、その中で自分の欲を完全に満たす事が出来てた奴なんて殆ど居なかった。

ヒトが生きていくのは大変な事だ。

世間体、自分の実力、様々な事柄と自分の欲と向き合わなければならない。

例えばあいつを殺したいと思った所で、本当に殺そうとする人がどれだけいるだろうか？

それを実際に行ってしまったら、自分の人生や家族の生活は、確実にねじ曲がってしまう。

でもあいつは憎い。

そんな矛盾を抱えながら、実際には行動を起こさずに必死に毎日を生きているモノがヒト、なのではないだろうか。

それを欲望のままに行動していたら、それはもうヒトではなくただの獣だ。なにも変わらない。というか、人間もそういう言い方をするよな。聞いた事がある。

ヒトは欲を満たすために行動するというが、逆に他の動物にはできない「欲と向き合う」事も出来ると俺は信じている。いや、そうであるはずだ。

違う事もある。彼女らは欲をまるで悪いものみたいに言っていたが、欲というのは一概に悪い物だけではないはずだ。

少しでも働いて親に楽な生活をさせてやりたい、なんて美しい話だよな。希望の大学に進みたいから勉強がんばる。なんて話もあるよな。

他の人の役にたちたい、誰かを助けてやりたい‥そういった感情だって欲望の一種だ。でも、それの何が悪い？いいじゃないか。他の動物はこうはいかねえよ。

そりゃ動物だって多少の意識、感情はあるだろうよ。だけど、そういう行動を周りに発信して、影響与えることは出来ねえ。人を助けたいっていう確固たる意思と行動は、人間にしか出来ねえはずだ。そうやって助けあった結果は素晴らしい物じゃないのか？

この咲ってやつの生前は調べた。あんまり良い人生じゃなかったみたいだ。だからこんな考えを持っちまったっていう気持ちはわからなくはない。だけどよ。ヒトは案外捨てたもんじゃない。

色んな人間が、毎日それぞれ自分の欲と戦っている。良い奴だって悪い奴だっている。悪い奴が他人の気持ちを考えて善行をしたりする事だってあるさ。勿論その逆もな。ヒトってそういうもんだろ？

最後に付け加えよう。俺は幽霊が嫌いだ。

死んでから恨みを晴らす、というか欲望を叶えるのは生者に対する冒涜だ。

死んだら何も出来ない。だから人は与えられた生を全うし、その中で出来るだけの欲を満たそうとするんだ。勿論、それがみんな出来るわけではない。だからこそ、死後の世界でも欲を満たせるなんて思ってはいけない。そうしたら、死への抵抗が減ってしまう。

ついでに、俺は自殺者が何よりも嫌いだ。

自殺するだって欲から生まれた行動に違いない。死ぬために欲を使うなら、何故生きる事に欲を使わなかった？死んだら終わりなんだ。

いや、病気とか事故で死ぬ事はあるから、そのための救いとして死後の世界を思うのを悪いとは言わない。それで救われる奴もいるしな。でもよ。その方達は生きたくても生きられなかった奴だ。

自殺はその方々に対する冒涜だと俺は思うし、何より死を考えたら何でも出来るはずだ。別に良い人生じゃなくたっていいんだ。逃げたって、人に軽い迷惑をかけたっていい。

生き恥さらしてでもなんとか生きていく生物‥そんな生き方も「ヒト」にしか出来ない、いや、生きている「ヒト」にしか出来ないんだぜ。そんな無様な「ヒト」が生きているのを笑いながら、憧れながら、手を貸し、罰を与え、調整をつけて見守るために生まれた存在が俺‥いや、あっしでごぜえます。

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「いやいや、柄にもねえ事かいてしまいやした。こいつは忘れてくだせえ。大仕事前にしてちょっくら気を引き締めたかったんですわ。この手記はどうしたもんか‥まぁその辺に放っておきやしょうか。」

そう言いながら彼は手元の紙を丸め、窓の外に向かって放り投げた。何処からか吹いてきた風が、紙を吹き飛ばしていった。