戦後の混沌とした昭和二十年代。
まだ若かった母方の祖母が体験したお話。
ところで祖父には祖母と同い年の妹、秋子がいた。
祖母春乃と義妹秋子はとても仲が良く、本物の姉妹のようだった。
さて義妹秋子には婚約者がいた。
なんでも家同士の付き合いで両親が決めたのだ、と祖母春乃は聞いていた。
separator
義妹秋子の婚儀を間近に控えたある日。
トントントン・・・
本家の階段を登る音。
聞き慣れたその足音に、
「あ、秋子ちゃんやな。」
と洗濯物をたたむ手を止める祖母春乃。
スススス・・・・
秋子ちゃんが廊下をこちらに向かってくる。
そして祖母春乃のいる部屋の前でピタッと止まった。
「・・・あれ?」
シンーーーと静まり返る襖のむこう。
祖母春乃は急いで襖を開けた。
「気のせいか・・・。」
そこに義妹秋子の姿はなかった。
separator
祖母は目の前に眠る義妹秋子の前で泣いていた。
遺書には家同士の結婚に踏み切れなかったことを詫びる内容と、他に想い人がいると言う事が書かれていたらしい。
「秋子ちゃん、悩んどんやったら一言相談してくれたらよかったのに。なんでなん?」
線香が絶えないよう番をする祖母の目にまた涙がたまり、溢れ出る。
祖父も早すぎる妹の死に打ちひしがれていた。
「・・・春乃が泣いたら秋子も泣くで。」
やっとの思いで絞り出したであろう祖父の言葉に、祖母春乃は自分がしっかりせなあかんと心を入れ替え、以後気丈に振る舞ったらしい。
separator
「ニャア〜」
祖母春乃が葬式の準備で慌ただしくしていると、一匹のキジトラ猫がちょこんと座っていた。
「やぁ、可愛らしい子ぉやなぁ、綺麗な首輪付けてぇ。どこの子ぉなん?」
「ニャア〜」
「ふふふ。ナイショやで。」
祖母は湯呑みに水をいれ、隣にビスケットを置いた。
「かわいいなぁ、あんた。シッポないんやなぁ。」
「ニャァァァァ〜!ニャァァァァ〜!」
シッポないんやなぁと祖母春乃が口にしたとたん、一層大きな声で鳴くキジトラ猫であった。
separator
葬儀や初七日など、一連が済み、無事四十九日を迎えた納骨の日。
墓前で経を読む僧の足元にいつの間にかちょこんと座るキジトラ猫がいた。
親族一同、「あ!」と声をあげた。
春乃は「久しぶりやな!」の「あ!」
その他親族は驚きの「あ!」だった。
「ボブテイルや、ありゃシッポナや。」
「あの綺麗な青の首輪、そうそうないで。」
「秋子のシッポナや、秋子の事迎えに来たんや。」
「せやけどシッポナて、あんた、もう死んでだいぶ経っとるがな。」
「シッポナに似た猫なんか?」
「なんでやねん!」
騒つく親族。
「シッポナぁ秋子ん事、迎えに来てくれたんかぁ?」
祖父が問いかけるとキジトラ猫は
「ニャア〜」
と答え、祖父と祖母をじっと見た。
お経はまだ続き、親族も一人また一人と合掌し、元に戻っていく。
お経が終わり、皆が目を開けると、キジトラ猫のシッポナの姿はなかった。
祖母春乃は頭が混乱し、何がなんだかわからない状態だった。
separator
「シッポナはな、秋子が小学校ん時に拾うてきた猫でな。」
訳がわからず混乱する祖母春乃に、祖父は秋子とシッポナについて教えてくれた。
「拾てきた時はもう大人の大きさやったんやけどな、栄養失調でガリガリで。そん時居た使用人が、シッポが無いからシッポナやねぇってなでてるのを見た秋子がシッポナシッポナ呼びだして。そっからシッポナや。」
「シッポナは命の恩人の秋子にえらい懐いてな。留守以外は寝るのもトイレも一緒やったわ。」
「そんなシッポナも歳とって、腎臓悪なって、病院通いしたけどある日眠るように、ホンマ寝とんちゃうか?ゆーぐらい静かに亡くなったんや。」
「猫は腎臓やられやすい、これ、昔は皆知らんかったんや。知っとったらもっと長生き出来とったかもな。シッポナの推定年齢は多分12〜15歳の間ちゃうか?って獣医さん言うとったわ。猫の寿命はかなり長いからな、腎臓やられんかったらもっと楽に長生き出来たかも知れんねん。」
「かわいそうな事したなぁ、ホンマ。せやけど辛い時拾てくれた秋子ん事、シッポナは律儀に迎えにきてくれたんやな。」
祖父の話を聞いて、祖母春乃は疑問をぶつけた。
「でもね、シッポナお葬式の時おってん。せやから私、ナイショでビスケットとお水あげてん。」
「ええぇ⁉︎」
「私が、シッポないんやなぁ言うたらめっちゃ大きぃ声で鳴いたんやで?」
「ホンマぁ?」
「ホンマやて!生きとる猫や思てんから!」
あんなにハッキリした姿で、しかもニャァ〜って鳴き声まで。
お水とビスケットは手付かずだったけど、お口の綺麗な子なんかな?と思っていたという祖母春乃。
あれは本当にシッポナだったんだろうか。
真相未だわからず。
それから更に数ヶ月が経ち、亡くなった秋子の部屋を整理していると、祖父が祖母春乃に宛てた遺書をみつけてきた。
separator
私は春乃ちゃんと出会う前から今の婚約者との結婚が決まっていました。
学生の時に家同士が決めた結婚。
はじめはこんなもんやと思っていました。
しかし大学生、社会人と自身が成長するにつれ、純粋に人を好きになる事を覚えました。
大学で出逢ったその人とは本当によく分かり合える仲でした。
私たちはお互いを尊重し付き合っていましたが、両親に反対され、別れざるを得なくなりました。
恋人との別れで落ち込んでいた時に、兄(祖父)が春乃ちゃんを連れて里帰りしました。
初めて春乃ちゃんを見て、素敵な人やなぁと思いました。
辛いこと全部忘れてしまう、太陽みたいにあったかい人やなぁ、と。
そしたら春乃ちゃんへの想いがどんどん募って。
兄貴には悪いけど春乃ちゃんが大好きで、私のこの気持ち、どうすればええんやろって悶々としました。
でも気持ちは封じ込めたままでした。
だって春乃ちゃんを失いたくなかったから。
そして将来的に婚約者と結婚して生活していけば男性を好きになる事もあるかも知れない、そう割り切った時期もあり、この度挙式となりましたが。
だめでした。
無理、私には。
春乃ちゃんの事しか考えられへん。
ごめんね、春乃ちゃん。
春乃ちゃんは私がこんな気持ちで接していたとは考えもしなかったでしょう。
でもここに書いてあるのが私のほんまの気持ち。
私は昔から男性を好きになった事がありませんでした。
好きになったり気になったりするのはいつも女性。
春乃ちゃんみたいに太陽みたいに明るい人。
春乃ちゃん、兄貴や子供達と幸せにね。
春乃ちゃん、ありがとう。
そして、また会う日まで。
さようなら。
秋子
separator
確かに中性的で、スラッと高身長、色白でブラウンの髪と瞳。
宝塚の男役っぽい、そんな雰囲気はあったけど。
まさかの告白に祖母春乃は祖父に遺言をよう見せんかった、と。
だから祖父は天に召されるまでの数十年、遺言の中身を知らないまま祖母春乃と過ごしていたのかもしれない。
私がこの話を祖母から聞いたのは大学時代、祖父が亡くなった後。
祖父含む身内には絶対言えなかった事を孫の私に話してくれたのだ。
そしてこれも謎なのですが、秋子ちゃんが大学で知り合った恋人って、やっぱり女性だったのかしら。
これも知るのは秋子ちゃんとその両親だけのよう。
今は天国でシッポナを囲んで祖父母や秋子ちゃんで楽しく過ごしている事を願っている。
最後まで見ていただき、ありがとうございました。
作者ゆ〜