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中編5
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ヨハネ【烏シリーズ】

 高校一年生の初夏のことだ。

 少しは高校生活にも馴染んできていた頃、中学時代の友人であるカラスから二ヵ月ぶりに連絡があった。

「面白いものを見つけた。会わないか?」

 画面に表示された緑のアプリを開くと、チャットの吹き出しにはそう書かれていた。僕は「久しぶり」と送ってから、続けて「すぐ行く」と送信した。

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「ヨハネ?」

「そう、この町には有名な小説家の資料館があるよね。その作家が書いていたシリーズでは、作者自身がヨハネの生まれ変わりだと告げられている。君も作者の名前ぐらいは小学校で習っただろう?」

「あ、うん。っていうか、そんな話かよ。お前のことだからオカルト話持ってきたのかと思ったわ」

 僕が不満げな顔で言うと、カラスはニヤリと怪しい笑みを浮かべて一言。

「ヨハネを見付けたんだ」

 とだけ言った。僕はその言葉に、一瞬で興味を惹かれた。

 カラスの後について松林の中を歩いて行くと、しばらくしてから堤防沿いに出た。先程から聞こえていた波の音が、少し大きくなる。

「それで、さっきの話と例のヨハネとは何の関係があるんだ?」

 僕が訊くと、彼は海風で崩れた七三分けを無表情で直しながら答えた。

「直接的な関係は分からないけど、ヨハネがキーワードかもしれないんだよね。そして今回も君の大好きなオカルト絡みさ」

 オカルト絡み。やっぱりそうだった。カラスが言う「面白いもの」とは、大概オカルト絡みのものだ。無論、嫌いじゃない。

「ほら、見てごらん。あれがヨハネだよ」

 そう言ってカラスが指をさした方には、草木の生い茂った岩壁の下に佇む、薄汚れてボロボロになった白い壁のようなものだった。無理やり言い表すならば、ストーンヘンジの端くれみたいなものだ。縦長のコンクリート壁の中間には石版が埋め込まれており、文字らしきものが多く綴られている。

「なんだこれ・・・校歌?」

 そんなわけない。ここに学校があったなんて話は聞いたことが無いし、そもそもこの場所にこんな妙なものがあるなんて知らなかった。僕は石版の文字に目を凝らし、それを最初から読もうとした。が、長年風雨に晒されてきたせいか、ほとんどの文字が掠れて読めない。

 そんな中で、唯一はっきりと読める言葉が残されていた。

「ヨハネ」

 僕はそれを口に出し、そして背筋が寒くなった。何が起こったわけでもないが、確かにあのヨハネと繋がりのある史跡であるという可能性は高くなった。それに、ここは例の小説家に関係する史跡が多く遺されている。これがその中の一つなら、大して珍しいものでも無いが、問題はそこではない。

「ここ、少し前までわりと大きめの倉庫が置かれてたよね。君も知ってるだろう?」

「確かに・・・だから気付かなかったんだよ。まるで・・・」

 まるで、このコンクリート壁を後ろへ隠すかのように。そうだ、コンクリート壁の横にある落石注意と立入禁止看板には見覚えがある。ちょうど倉庫に隠れていない箇所に設置されていたからである。

「こんなものじゃない。もっと面白いのはここからさ」

 カラスはそう言うと、コンクリート壁の方へ歩み寄り、その後ろに回って何かを覗き込んだ。僕もすかさずカラスに続いてコンクリート壁の後ろを見ると、そこには想像もしていなかったモノが存在していたのだ。

「なんだよ、これ」

 思わず息を呑んだ。薄汚れたコンクリート壁の真後ろで、真っ黒な翼の生えた見たこともない生き物がモゾモゾと蠢いており、時おりバサバサと翼を羽ばたかせている。カラスにも近いようなその生き物を見て、僕はふとケルト神話に登場する戦争の女神を思い浮かべた。

「なぁカラス、この壁がストーンヘンジの一部で、この生き物はケルト神話の女神・・・そんな考察が頭に浮かんだんだけど」

 我ながら中二病を拗らせすぎた幼稚な考察だと承知してはいるが、勢いで声に出してしまった。

「女神モリガンのことだね。黒いカラスの姿で戦場に現れることも多いと言われている。関係があるなら、きっと俺の仲間かもしれないね。それとも・・・」

 カラスは僕のくだらない考察に納得してくれたが、最後の言葉だけが妙に引っ掛かってしまった。

「仲間って?」

 僕の問いに、カラスはニヤリと笑い「さあね」と言った。

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 帰り道、あの黒い生き物は放置しておいていいのだろうか・・・などと考えつつ歩いていると、不意に隣を歩いていたカラスが立ち止まり、僕の顔を見た。

「どうした?」

「あのコンクリート壁、例の小説家が生まれた年に建てられたものだったみたいだよ」

 僕はそれを聞いて寒気がした。一瞬、小説家の言う“ヨハネ”と石版に記されていた“ヨハネ”は無関係かと落胆しかけたが、そうではないのだ。

「明治29年、西暦1896年だね。石版の下に書かれてるのがうっすらと見えた。これはすごいことだよ。例のシリーズがフィクションとはいえ、ヨハネの生まれ変わりである小説家の生まれ育ったこの地に、小説家が生まれた年から存在しているあの石版には、同じヨハネという名が刻まれている。それが使徒ヨハネに関する記述なのか、また別の内容なのかは分からないけれど、考えれば考えるほどゾッとするねぇ」

 カラスのテンションが高くなっている。やっぱりこいつは、僕以上のオカルトマニアだ。

「妙だよな。作者の生まれた年にあれが作られたなんて、偶然にしては出来過ぎてる。作者がそれに影響を受けて作品を書いたと言ってしまえばそれまでだけど、たぶんそんな軽い理由で自らをヨハネの生まれ変わりだと称したりしない気がする」

「そうだね。あのコンクリート壁と小説家との因果関係はまだ分からないけど、ひょっとしたら、作者は本当にヨハネの生まれ変わりなのかもしれないね」

 だとすれば、なんて突飛な都市伝説なのだろう。それに、コンクリート壁の裏にいたあの黒い生き物についても気になる。カラスが言った「仲間」という言葉。あれはどういう意味だったのだろうか。最後に付け加えた「それとも」は、敵・・・悪いモノである可能性も視野に入れているということなのだろうか?

「あれは神か、天使か、それとも堕天使か」

 ふと、カラスが空を見上げながらそう呟いた。あの黒い生き物のことなのか。カラスは、きっと今回も妙な気配を感知してあの場所を見つけたのだろう。その時に感じた気配は、どんなものだったのか少しだけ気になる。悪霊の類に似ていたのか、他の何かだったのか。訊こうとも思ったが、あまり深く詮索してはいけないような気がして、僕は何も言わなかった。

 ただ、僕は思う。何の根拠もない、あくまで直感だが、あの黒い翼の生き物は・・・堕天使なのかもしれない。

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