こんな話がある。
ある男がいた。年齢は中年。職業はサラリーマン。一人暮らし。どこにでもいるような平凡な男である。
男には趣味があった。影絵である。影絵は手や紙を組み合わせて形を作り、スクリーンをおろす。スクリーンの向こうでそれに光をあてて影をスクリーンに映し、影を動かしたりして見せあうのだ。手と紙だけで色々な形が次々と現れるのはこれも確かに1つの芸術だということの証だろうか。
少々珍しい趣味であるが故に、共有できるものは少なかったのだが、とある老人と知り合い、お互いに意気投合し今では自分の作品と見せ合う仲になっていた。しばらく会えていなかったが、久しぶりに今夜は、老人を自分の家に招く事になっていた。
20:00
「こんばんは。久しぶりに良い作品ができましたよ。ぜひ見ていただきたくて。」
「それは楽しみですなぁ。」
まず男は、自分の力作を披露した。狐、それから羽ばたく鳥、それから紙人形を使った万華鏡模様。老人はそれを見て、満足そうに微笑んで言った。
「素晴らしいものですねぇ。さて、今度は私の番ですかな。」
老人は慣れた手つきで、様々な形を作り出し様々な影絵を披露した。男は一々感激したが、最後に老人は手を組み合わせて何かを作った。写し出された影は、その老人の横顔に見えた。
「これはすごい!どうやったんです?!」
男はスクリーンの向こうにいるはずの老人に声をかけた。しかし返事はなかった。
「どうかしましたか?」
男は声をかけ、スクリーンの裏を見てみた。老人はいなくなっていた。玄関から出ていった様子もない。トイレにでも行ったのかと待って見たが、しばらく待っても現れない。
男は不安になって、取り敢えず老人の家族に電話をしようと思い、電話をかけた。前に老人が、「もし私に何かあったら、息子に連絡してください。」と、電話番号を書いていた事を思い出したのだ。
21:00
「もしもし。」電話越しに低い男の声が聞こえた。声の感じから男と同じ年齢位だろうか。
「あの、すみません。××といいますが、今までこちらにいらっしゃった◯◯さんが‥」
「あぁ。父なら今しがたこの家で息を引き取りましたよ。やすらかな最後でした。」
「なに‥?!」
「あなたが父と仲良くして下さっていた方ですね。なんでも父は死ぬ間際まで、あなたに作品を見せたがっていました。最後の作品が出来たってね。もっとも、ここ最近は立ち上がる事すら出来ませんでしたが。これから通夜です。
‥え。さっきまで、そちらにいたんですか?こんなことってあるんですねぇ。でも本人も満足でしょう。‥父が最後に何を言っていたのか気になります。すみませんが、こちらに来て頂けないでしょうか。私の住所は‥」
その家は、歩いて20分程度の近場だった。
男は訳が解らないと思いながらも、その家に向かい、インターホンを鳴らした。
22:00
「どちら様ですか?」少年が出てきて答えた。中学生位だろうか。こんな時間なのに学生服を着ている。声変わりしていない高い声だ。電話の男の子供だろうか。
「あ、坊や。お父さんはいるかな?話があるんだけど‥」
「えっ‥パパは‥」
「どなた?」
母親らしき女が奥から現れた。
「あ、奥さんですか。さっきご主人から電話が‥」
「すみません。主人はついさっき亡くなりまして‥」
「なんだと‥!?」
「はい。交通事故だそうです。それも居眠り運転のトラックに‥2時間ほど病院で治療を受けていたのですが、さっき‥え?電話?できるはずありません。全身血まみれだったんですから。これから通夜で‥」
「因みに、この家にこういった老人は‥」
「さぁ‥家は夫と息子との3人家族でしたから‥夫の知り合いの方ですか?」
「‥いえ。お忙しい所、失礼しました‥」
23:00
なんなのだろうか。帰り道、男は一人で考えていた。わけがわからない。何かいやな予感がする。早く帰ろう。そう思いながら道路を横ぎろうとしたその時、いきなり横からトラックが現れ男をはね飛ばし、猛スピードで去っていった。道路に頭を打つ直前、男は自分もこのまま死ぬのではないかと思った。
影絵は様々な作品が切り替わり、その後には何も残らない。
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「どうですかい?」
「なるほど。暇潰し程度にはなりましたよ。」
「せっかく語ってやったってのに、暇潰し感覚で聞かれてもねぇ。」
「これ色々考えられますけど、つっこみをいれるのは野暮というものでしょうか。」
「そーいうことはどっかの輩がやってるでしょーしね。」
「では1つだけ。芸術についてあなたはどう思いますか?」
「芸術ねぇ。あっしからしてみたらあんな人の感じ方で価値が変わる不安定なものなんてありませんぜ。それで目が飛び出るような高額な品物とかあるわけでしょう?よくわかりませんぜ。」
「‥まぁ確かにそうかもしれないですが、音楽はどうですか?あなたも好きな曲の1つや2つあるでしょう?これも立派な芸術ですよ。人の感性に左右されるからこそ、よけいにその人一人一人の心に響くのではありませんかね。」
「さて、この話はこれでおしまいですが、次はなにすればいいんですかい?」
「そうね‥色々してもらいたいのですが。取り敢えずお腹がすきました。何か作って下さい。ご飯にしましょう。」
「あのー‥料理くらい自分でできやせんかねぇ。あっしも疲れてるんですが。」
「まだ雇い時間内ですので。ほら、さっさとお願いしますよ。」
「雇い時間内って‥ほぼ1日じゃねえかよ‥」
「後で何かしてあげますから。いそいでくださいね。」
作者嘘猫
こんなお話でした。意見、コメントなんでもどうぞ!
因みにキャラの設定が知りたいという質問も受け付けてますので、お気軽によろしくお願いします。