絵本作家の大御所が、カナダに移住して活動していまして、たまに日本に来ると原画展が日本各地で企画され、ファンサービスにいそしむことになるんです。
東京と神奈川で行われたサイン会は、原画展の入場券の他に「サイン会でサインを書いてもらうための特別券」を買わないといけなくて、その特別券の争奪戦はものすごい競争率でした。
2012年8月に名古屋で8日と9日の二日間にわたってサイン会が行われることになったんですが、その主催者は先生の人気の凄さを知らなかったのか、特別券どころか入場券も不要で、物販コーナーで本を買った人先着百名だったかな?で行われることになりました。
先着争奪戦の凄さを解っていた私は始発電車で名古屋に着くようスケジュールを考えてみたのですが、考えているうちに、新幹線を使って8日に着くより、前日安いビジネスホテルに泊まった方が節約になることに気がつき、7日に着くようにしました。
7日はまるまる予定がないわけですから観光にあて、夕方チェックインしました。
私は旅行は一人でするのですが、充てられる部屋は大抵エレベーターから一番遠い角部屋か、その一つ内側の部屋です。今回も角部屋の一つエレベーター側の部屋で、それを不審にも何も思いませんでした。
翌朝は開場二時間前に原画展が行われるデパートの正面玄関に並ぼうと早めに眠りました。
ふと夜中に目が覚め、今が何時か確認しようとしたんですが、廊下から音が聞こえてきます。
ゴン…ゴン…ゴン…
音は各一回ずつ、ゆっくりと、リズミカルに聞こえてくるのですが、こころなしか音は大きくなっています。
いえ、音が大きくなっているのではありません、こちらに近づいているのです。
単純に考えると、ホテルの人が部屋の鍵を閉め忘れてないか、一部屋ずつ確認をしているのでしょう、しかし私も今までそれなりに旅行をしてきたましたが、そんなことは初めてでした。
泊まっている客がどの部屋だったか解らなくなり、むやみに開いてないか確認しているのでしょうか?それでしたらドアを開けようとする「ゴン」は各部屋一度だけというのは妙だと思いますし、部屋から部屋に移るのも、もっと速いと思うのです。
泥棒が鍵の開いている部屋を探しているのか、何かこの世の者ではないものが部屋を開けようとしているのか。私は怖くて覗き穴から覗くことも、ベッドから出ることもできませんでした。時間の確認すら、動いたらその気配を知られてガンガンガンガンとドアを鳴らされそうで、動くこともできませんでした。
私の部屋のドアが鳴らされ、そして角の部屋のドアが鳴らされ、音はしなくなりました。
夜が明け、よほどホテルの人に聞いてみようかと思ったのですが、重要なのはサイン会です。もし言って「泥棒だ!」ということになって時間を取られたら来た意味がありません。そのまま黙って原画展会場のデパートに行きました。
そして8日の夜も連泊したのですが、今度はそういうことはありませんでした。もっとも私の目が覚めず知らなかっただけで、同じ事が起こっていたのかもしれませんが、気がつかなかったら被害があるわけではありませんから、かまわないのですが。
以上が私が経験した、ホテルに泊まったときに起こって怖かった話は終わりです。これは別に怪異ではなく、やはりホテルの人が確認しただけかもしれません。でもそれでも怖いですし、同じような経験をした方いらっしゃいましたら、そういうことはあるんだと教えてください。
ちなみに2019年5月21日にまた名古屋に行ってみましたら、ホテルは普通に営業しておりました。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
作者吉野貴博