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【夏風ノイズ】八月の最終戦争~蝉、時雨る~

長編9
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【夏風ノイズ】八月の最終戦争~蝉、時雨る~

 いつかこんな日がくるだろう・・・など、思っていたわけがない。蝉時雨の中で微かに聞こえる死者たちの声も、知らない世界の悲嘆も、この世界の片隅で繰り返されているであろう惨劇も、何もかも全て知っているはずがないのだ。

 それでも、ある日突然自分達がその当事者になった時、最初は案外気付かないものだ。だから俺は、こんなところまで来てしまったのだろう。

 ひなと約束した夏祭りまでには間に合わなかったが、せめて最後に話ができて嬉しかった。それが、俺の夢だったのだから。

 もしかしたら、俺もそろそろ・・・ひなのところへいくかもしれない。これで終わりだ。またいつか、夏の日に。

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 見えない悪意の正体は、既に肉眼で視認できるものになっていた。俺の目の前で渦巻く巨悪なオーラが、ギロリとこちらを振り向いた気がした。もはや怯むことも無い。この怪物を倒せば、全てが終わるのだ。この町と自分の命を天秤にかければ、おそらく町のほうへ傾くだろう。しかし妙だ。これまでの妖怪達とはまるでオーラが違う。こいつは、やはりサキの言っていたとおり人間なのか。

「来たか、小僧。いや、雨宮しぐる」

「そこまでだ。なぜ俺の名を知ってるのか・・・なんてどうでもいい。すぐに倒さないと」

 俺が殺気を放ったとき、怪物のような姿は消え去り、そこには一人の男が立っていた。俺は、その男を見たことがあった。

「お前は・・・」

「ほう、私を知っているのか。さすが雨宮浩太郎の孫だな」

「見たことある・・・あんた、確か」

 俺が生まれる前のことだ。おそらく、オカルト好きなら未だに誰もが知っているであろう人物。かつてテレビで名を馳せた天才霊能者、逢坂圭吾。カメラの前で次々と怪奇現象を解決し、若くして一躍人気になった霊能タレントだ。その実力は本物だったが、あることがキッカケで世間から偽物だと叩かれるようになり、35歳のときに表舞台から姿を消した。

「逢坂さん・・・なぜ、あなたが」

「復讐だ。いや、世直しかもしれない。この世界は腐っている。私は貧しい家庭で育った。幼少期から壮絶ないじめを受け続け、ようやく見つけた居場所では主役でいられた。心霊番組では除霊をしていれば金が貰え、視聴者から賞賛されていた。だが、やはり私は迷っていた」

 逢坂は睨む俺の前で物憂げな表情を浮かべ、話を続けた。

「霊能者を、辞めたかった。私はこんなことをしたかったのでは無い。普通の人のように、平凡な生活を送りたかったのだ。そしてあるとき、私は怪異に襲われるスタッフを前にして、ついには除霊を行わず見殺しにした・・・それからだった。私は世間から大バッシングを受け、詐欺師、偽物、人殺しなどのレッテルを貼られ、自然とテレビから干された」

 逢坂の話を聞いた俺は泣いていた。同じ霊能力を持つ者としての同情と、この男をここまで残酷にしてしまった世の中への恐怖心が涙腺を刺激する。

「所詮、人間など自己中心的で傲慢な生き物だ。倒すべきは霊ではなく、人間のほうである。私を見下したこの世界を影に落とし、新たなる世界に神として君臨するのだ!」

「あんた、それは確かに復讐する理由にはなる。俺だって、そんなふうにされたら復讐心に駆られて同じことをするだろう。同情するよ」

 俺は汗ばんだ手で握りこぶしを作り、感情をぐっと堪えた。

「ほう、ならば私と・・・」

「でもな、考えてみれば妹が死んだのも、祖父や夏陽さん、父さんまであんなことになったのも全部・・・あんたのせいなんだ。だから、俺にはあんたに復讐する理由がある。絶対にな・・・!」

 俺の中で芽生えていた殺意は、自分自身の放った言葉とともに解放された気がした。気が付くと、反射的に逢坂へ目掛けて攻撃を仕掛けていた。

「そうか・・・町を守るのは二の次で、君も本質は私と同じ復讐の鬼か」

 俺の怒りを込めた拳を片手で受け止めた逢坂は、そう言って凄まじい霊力を放った。

「だから何だ。こんなの、初めから決めていたことだ。犠牲になった全ての人達の仇、取らせてもらう!」

 俺は更に力を強め、その場で念爆発を起こす。反動で俺の身体は跳ね返ったが、砂塵の中に見える逢坂の影は微動だにしていない。それどころか、更に強い力を溜めていくのが分かった。

「残念だ。お祖父さんはもっと強かっただろうね。君は妹に比べて、大した力も持っていないようだな」

「ふざけるな!ぐっ・・・」

 俺が再び前進しようと足に力を込めた直後、一瞬で身体の自由が利かなくなり、全身から嫌な汗が噴き出した。まるで金縛りだ。

「どうした。影の力とはそんなものか」

 気付けば背後をとられ、逢坂は俺を強く蹴り飛ばした。続けて操り人形を操作するように俺の身体を捻じ曲げ、一気に地面へと叩き付けられる。息が苦しい・・・強すぎる。

「私は君よりもはるかに強い。なぜか?人間を超えたからだ。自ら命を絶ち、解放された魂は強力な思念体となりこの世に存在している。いわば神だ」

 そんな、そんなはずはない。三年前、確かにサキが会った霊能力者とは逢坂のはずだ。それに、俺から見てもこの男は霊なんかでは・・・。

「お前・・・一体何者だ」

「この身体も思念体さ。人間だと思っただろう?生きている間から悪霊を喰っていてよかった」

 バケモノだ。こいつはもう、人間や悪霊という括りではない。この世は、とんでもないバケモノを生み出してしまったらしい。

「さて、儀式の邪魔はさせない。消えてもらうぞ」

 逢坂はゆっくりとこちらに向かってくる。だが、俺がこんな簡単に・・・負けるはずがない。

「油断したな!」

 俺は素早く逢坂の後ろに回り込み、先程の蹴りをそのまま返した。予定通り逢坂に攻撃は当たったが、やはり倒れるまではいかなかった。続けて大量に霊力の球体を生成し、逢坂へと向けて放つ。逢坂はバリアを張ったが、幾つかは攻撃が通ったようだ。

「お前が父さんを・・・貴様が、貴様がみんなを!」

 俺は怒りに任せ、最大出力で逢坂に力をぶつけた。身体の中で、再び影の力が大きくなっていくのが分かる。

「なるほど、まだ力を隠していたとはな。だが、もう手遅れだ。君はもうじき死ぬ」

 逢坂は俺の攻撃を受けてもなお倒れていない。勝ち目がないのは目に見えているかもしれないが、今はこうするしかない・・・復讐だ、復讐、復讐!

「ぐっ・・・」

 不意に身体が動かなくなり、その場で倒れ込む。呼吸が荒い、浮遊感に襲われる。何かが、俺の力を蝕んでいる。

「ようやくだ・・・君は馬鹿だな。影の力は影の力を引き寄せる。君が私を憎むほど影の力は大きくなり、私の力に吸収されていたんだ。そんなことにも気づかず、私を倒そうと必死になって・・・さぁ、大人しく私の一部となれ」

 その時、不快な音が町へと響いた。音の方向に目を向けると、町を呑み込むほど巨大な影の怪物が唸っていた。アポカリプティックサウンド・・・世界の終末か。

「あとは・・・頼みます」

 俺の意識は少しずつ遠退き、逢坂の力に呑まれていった。

 この時を待っていた!

「本来の予定じゃ、この通りになるんだろ?」

 思いのほか、目が覚めるのが早かった。流石は千堂さんだ。一瞬で俺の力を抑え込んでくれた。

「馬鹿な!なぜ影に取り込まれたはずのお前に意識がある!?」

 逢坂が先程まで見せなかった驚きの表情で俺を見ている。力に吸収されるはずの俺が、まだ思念体として実体を持っているのだから無理もない。

「とりあえず、今度はこっちの予定通りに進めさせてもらいますよ」

 俺は自身の力と繋がっている逢坂の霊力を出来るだけ掻っ攫い、再び俺の身体に戻った。

「なるほど、これがひなの力か。コントロール出来ないと、確かに余計な霊力まで吸収しそうだな」

「お前・・・何をしたァ!」

 力を奪われて取り乱している逢坂を見て、俺は少しだけ申し訳なくなったが、町を守るためだ。許してほしい。

「影は影を引き寄せるんだろ。それに、ひなと接触したときに少しだけ光の力を渡してくれたんだ。だから霊力を吸収する力を使えた。かなりの荒業だったけど、なんとか上手くいったか」

「怒りに任せて戦い、わざと呑み込まれたというのか。そんな力を持っていたとは」

「これは俺だけの力じゃあない。ひなや仙堂さん達と、みんなのおかげで戦えているんだ。もうじき、俺の仲間があの怪物も倒すと思うぜ」

 俺はそう言って、先程の巨大な怪物を見上げた。遠くの方では、明らかに自然発生ではない稲光が見える。ゼロの力だろう。

「馬鹿な、馬鹿な!」

「逢坂さん、あなたを除霊する」

 俺は全身から最大限の力を湧き出し、砕き散らす勢いで逢坂に気功を撃ち放つ。爆発音と同時に、逢坂は苦しげな声を上げた。その瞬間、遠くで爆発音とラッパのような不協和音が鳴り響いた。向こうも終わったようだ。直後、俺達の意識は何も無い空間へ飛ばされた。辺り一面が白く、音も聞こえない。そこに、俺と逢坂が二人。

「私が・・・敗北したというのか」

「逢坂さん、あなたの気持ちには共感します。けど、そのために大勢の人達を犠牲にするのは間違っている」

「ああ・・・間違っていたよ。君は復讐の鬼などではなかった。しかし、君が違ったとしても人間は愚かで罪深い!すべての過ちを断罪すべきだ!」

「無理なんですよ。罪や過ちを犯さない人間なんて一人もいない。確かに、罪は許されないかもしれない。けど・・・いつかその分だけ、優しく生きればいい。俺だって、過ちだらけです」

 俺は倒れ込む逢坂の前に座り、これまで自分が犯してしまった小さな過ちを思い出して苦笑した。本当に申し訳ないこともあるが、おかしなことのほうが多い気がする。

「君は、本当にそれでいいのか?」

「いいんです。だからもう・・・やめましょう。こんなこと」

「ああ。ようやく私の魂は、影から解放されたようだ」

 次第に逢坂の姿が透過されていく。終わるのだ。そして、次の世界が始まる。

「そうだ逢坂さん、最後に訊かせてください」

「なんだ?」

「どうして、祖父のことを知っていたんですか?」

「ああ・・・雨宮浩太郎先生は、霊能界では有名人だったからな」

 なんだ、いつもと同じか。俺は心の中でそう呟きながら少し笑った。今日という、長い一日が終わる。

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 優しい呼び声で起こされた。つい昨日、聞いた声のはずなのに、とても懐かしく思えてしまう。

「しぐるくん、起きて」

 目を開けると、いつもとは違う格好のその人がいた。巫女のようだが、少し違う。これが神様なんだな・・・なんて、少し見とれてしまう。

「大丈夫?しぐるくん」

「日向子さん、ここは?」

「わたしの世界よ。よく頑張ったわね!これで戦いは終わり、浄化も成功した。わたしね、新しい世界の神様になったの」

「ああ、そうでしたね」

 俺の返答に、日向子さんは少し戸惑っている様子だった。

「しぐるくん、知ってたんだ」

「千堂さんから聞きました。ずっと心の中で話してて。だから、知ってますよ。新しい世界が始まれば、みんなの記憶も・・・」

 浄化には、一つだけ困った点がある。世界が創造されてから後に起こった出来事が、すべてリセットされているのだ。もちろん、影世界に関することのみとなる。

「ごめんね・・・結局、最後まで怖くて言えなかった。みんなが、浄化をやめちゃうんじゃないか~なんて思っちゃって」

 日向子さんはそう言ってはにかんだ。相変わらずだ。日向子さんにこの表情をされると、大体のことなら許してしまう。

「大丈夫です。俺もきっと、全てを忘れてしまう。でも、あの世界で起こったことは確かに現実でした。それだけは、絶対に消えません」

「しぐる・・・くん・・・」

 日向子さんは嗚咽しながら大粒の涙を零し、俺を抱きしめてくれた。

「ありがとう・・・ありがとう。次の世界であなた達が全てを忘れても、わたしはずっとこの町を守り続けるからね」

「お願いします。神様」

「うん!」

 彼女は涙を拭い、俺に顔を向けて頷く。長い夏が、終わる気がした。

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