仕事柄、出張が多いという男性がいた。
出張先は日本全国各地、滞在期間はその時々の業務内容によってまちまちである。
そんな彼が仕事で関東にいたとき、奇妙な公園を見つけた。当時の現場までは電車で通っており、宿泊先から最寄り駅までの道に、その公園があった。見た目には遊具や砂場がある、至って普通の公園だが、奇妙なのは注意書きだった。
nextpage
『ごみ・ペットのふんは持ち帰ろう』
『花火・バーベキュー禁止』
『あぶないことはしない』
nextpage
ここまではよくある内容だが、下の部分、明らかに看板をつくった後から増設された部分がある。
場所も場所だが、文字の大きさも、注意して読まないと気が付かないくらい小さい。そこには、こう書かれていた。
nextpage
『午後八時以降 立入禁止』
nextpage
公園で、立入禁止?
男性はまずそこにひっかかったらしいが、よくよく考えると不可解な点が多い。
本当に立入禁止なのであれば、もっと目立つように書かないといけないのではないか。
第一、仕事で帰りが遅くなることもあるが、たまに夜遅くでも人が普通に通っているのを何度も見かけている。
立地の関係で、この公園を通り抜けると、レンタルビデオ店までの近道になるので、わりと人の出入りも多い。
男性は、ここまで考えて、夜間の通り抜けを抑制するために注意書きを付け加えたのでないか、と推測した。そうであればなおさら、こんなに控えめに書く必要はないように感じたが、あまり深くは考えなかった。
nextpage
後日、思わぬ形で、答えと遭遇する結果になった。
ある日、かなり案件が立て込み、帰りが遅れた。宿泊先の最寄り駅まで帰ってきたときには午後8時半を過ぎていた。くたびれた体で、例の公園を通りかかったとき、入り口に老人と、背の高い女性が、手を繋いで立っているのを見つけた。
こちらに滞在を始めてから、別の場所でも何度かこの老人を見かけているが、おそらく痴呆を患っていると思われる。
ちょっと心配になったが、大人が付き添っているので、そのまま通り過ぎることにした。
すれ違う際、
「はて、この時間は入れんのか。残念じゃの」
という、老人の声が聞こえてきた。どうやら看板の注意書きを読んだのだろう。
そのまま、男性とは違う方向に、二人は歩いて行った。
nextpage
翌日の昼頃、仕事は休みだったので、買出しに出た。
例の公園あたりを通ったところ、注意書きの所に、中年の男性がうずくまっているのが見えた。ペンキのようなものがその足元にある。その光景で、大体の見当がついていた男性は、その男に注意書きについて尋ねた。
「ご迷惑をおかけします」
男はそう頭を下げて、快く詳細を語ってくれた。
nextpage
確認したところ、ほぼ予想通りだった。
老人は、中年男性から見て義父になる。
やはり老人には痴呆があり、時々「散歩に行く」と言って聞かなくなるらしい。
止めても出て行くので、仕方なく付き添うようにしていたが、言い出す時間が決まって夜の8時前なので、娘夫婦で対応するのも負担になってきた。
そこで、老人の徘徊ルートにあらかじめ細工をして、行動に制限をかけていたとのことだった。
「公園の注意書きは、管理人さんに相談しました。制作費や維持費は私どもで負担する、という条件で、作成の承諾をいただきました。
お義父さん、昔から注意書きとか、取扱説明書とか、契約書とか、隅々まで目を通す方だったんですけど、今になってもそれが抜けないみたいなんです。薬瓶のラベルとか、ずっと眺めてらっしゃいます。
こうして細工すると、なんか、騙すみたいで気が引けるんですけど、行方不明にでもなったらその方がまずいですし。今のところ、ちゃんと帰ってきてくれてますけど、帰ってこれなくなったら、また何か考えないといけないですね。
うちは子どもを授からなかったので、頼るところもないんですよね」
目立たない位置につけていたのは、ちょうど老人の目の高さに『立入禁止』の文字が来るようにしているためだ、ということまで、教えてくれた。
施設に入れる、人を雇うなども検討したが、生活費を稼ぐだけで精一杯だとのこと。まだ独身だった男性は、誰かと家族になるということは、いろいろ大変なのだな、と再認識させられた気分になった。
奥様と二人で、大変ですね。素直な気持ちが、そのまま声になった。
nextpage
「あ、妻にはもう先立たれていて。いまはあのお爺さんと私の、二人暮らしですよ」
笑うと可愛らしいんですよ、などと言って、男は笑いかけてきたが、男性は、気味が悪くなってそれ以上何も聞かなかったそうだ。
nextpage
妻でも、娘でもないなら、あの女は何者なのか。
作者Иas brosba