二十三回目の投稿です。
僕はアルビノと呼ばれる先天的な病気です。
体毛が白金であり、肌が白く目は淡い赤色です。
アルビノだからという訳ではないと思いますが、物心つく頃から霊的なものを見ることができます。
まわりから変な目で見られ続けてきましたが、幼なじみの家がお寺の七海のお陰でさほど孤独な思いはしませんでした。
あれは高校三年の暑い暑い夏の時期のことだった…
separator
「ちゃぷん…ちゃぷん…」
お風呂場から水面を叩く音が聞こえてくる。
僕は脱衣場で服を脱ぎ、裸で洗面台の前に立った。
洗面台の鏡は痣だらけの白い裸体を映し出す。そう、先日の『髪人形』の一件で僕の体は痣だらけになってしまっていた。
鏡の中の自分の姿を見つめ、深くため息をつく。
浴室のドアを開けて中に入ると、七海が浴槽の中で背中を丸めて座っていた。
七海は僕の方をちらっと見ると、すぐに視線を逸らした。
僕は椅子に座り、お湯を全身に掛け、シャンプーを手に取る。
「バシャン…」
「髪洗ってあげるね」
七海は浴槽から出ると、僕の頭を優しく洗い出した。僕は目を瞑って下を向く。
「ねぇ龍くん」
「ん?なぁに?」
「龍くんがこんなに近くにいるのに、なんだかとても遠くに感じるの…」
「え?何で?」
七海の手が止まる。
「分かんないけど…」
七海は僕の頭にお湯を掛けて泡を流し、すぐに浴槽に入ってしまった。
急いで体を洗い、僕も浴槽に入ると七海は僕を静かに見つめてくる。
「龍くん。私と龍くんって幼い頃からずっと一緒にいるでしょ?」
「うん」
「何だかここ最近遠い存在に感じるの。こんな気持ちになったのは初めて…」
僕は無言で下を向いた。
七海が僕のことを『遠い存在』に感じてしまうことに心当たりがある。
笹木さんや杏里さんとの『怖い体験』を七海に心配かけたくないと思って、何も話していないのだ。
七海は敏感にそのことを感じ取っているのかも知れない。
「七海、実はね…」
僕は顔を上げて七海に笹木さんや杏里さんこと、また紫音さんとの出会いや体験したことを簡単に話した…
「そうなんだ…」
七海は表情を変えることなく、僕から目を逸らした。
「黙っててごめんね」
七海は首を横に振る。
「先に出るね」
七海は浴槽の縁に手をかけて立ち上がり、浴室から出て行ってしまった。
天井を見上げた僕の心に、罪悪感にも似たモヤモヤとした感情が込み上げてきた…
お風呂から上がり、二階の僕の部屋に入ると、七海はベッドに横になり、天井を見つめていた。
七海は僕が部屋に入ると、僕のことを見ずに机の方を指差す。
「龍くん。さっきから携帯電話が鳴ってるよ」
僕は机に近付き、机の上に置いてある携帯電話を手に取った。
着信履歴を確認すると『杏里さん』からの着信が入っていた。
杏里さんは僕のバイト先の鬼のように怖い先輩『笹木さん』の妹さんだ。
僕は机の上に携帯電話をそっと置いた。
「電話掛けなくていいの?」
「いいんだよ。大した用事じゃないと思うし」
そう言って僕はベッドに腰かける。
「ピロリロリ…ピロリロリ…」
タイミング悪く、僕の携帯電話から着信音が流れてくる。僕はゆっくり立ち上がり、携帯電話の液晶画面を覗く。
やはり『杏里さん』からだ。
僕は電話に出る気にならず、『切る』ボタンを押して再びベッドに腰かけた。
「ピロリロリ…ピロリロリ…」
またもや着信音が流れてくるが、僕はその場から動かなかった。
すると七海は急に起き上がり、机の前に立った。
「七海?」
「龍くんが電話に出ないなら私が出るね」
「ちょっと待って!」
僕は七海を止めようとしたが間に合わず、七海は携帯電話に耳を当てた。
「もしもし」
「・・・・」
「はい、そうです」
「・・・・」
「私は龍くんの彼女の七海です」
「・・・・」
「居ますけど、今は横で眠ってます」
「・・・・」
「待ってください。私には言えないような用事ですか?」
「・・・・」
その後、無言の時間が少し続き、七海は静かに携帯電話を机に置いた。
「七海?」
七海は無表情のまま俯く。
「杏里さんって人からだったよ。また掛け直すって…」
僕は七海に返す言葉が見つからず、僕と七海の間には長い沈黙が流れた。
息が詰まりそうな不穏な空気を感じるが、言葉を発することが出来ない。
「何やってるんだろ私…」
七海は俯きながら、握った拳で自分の太ももを叩く。
「七海、ごめん」
「何で龍くんが謝るの?!」
顔を上げた七海の目には、大粒の涙が溜まっている。
「龍くんの電話に勝手に出たのは私だよ?!龍くん嫌じゃないの?嫌ならはっきり言ってよ!はっきり言ってくれないと分かんないよ!」
「ごめん…」
七海は僕から目を逸らす。
「私どうかしてるね…今日は帰るね」
七海は僕を避けるようにして、足早に部屋を出て行ってしまった。七海の後を追い掛けるも間に合わず、僕が玄関を出る頃には、七海の姿はどこにもなかった。
「龍悟さん」
諦めて玄関のドアを閉めようとした際に、誰かに声を掛けられた。
声がした方を振り向くと、僕の家の前に立っている女性の姿が見えた。
女性の髪は街灯に照らされ輝きを放ち、肌の白さも際立っている。
「龍悟さん今晩は」
紫音さんが家の前に立っている。でも前に会った時と印象が大分違っていた。
髪の毛を胸のあたりまで長く垂らし、服装は青いワンピースを着ていた。
「紫音さん、どうしてここに?」
紫音さんは僕にゆっくりと近付き、僕の首元に鼻を近付けて匂いを嗅いでくる。
「紫音さん?」
僕は戸惑いを隠せず、少し後ろに後ずさった。
「失礼しました。龍悟さんに逢いたくなりまして、来てしまいました」
紫音さんは静かに頭を下げる。
「はぁ、そうですか」
紫音さんが僕に逢いに来てくれたことが嬉しくもあり、また急に僕の家の前にいることに少し不気味さを覚え、複雑な感情が湧いてくる。
「一人で来たんですか?」
「はい」
「歩いてですか?」
「はい」
「ここまで遠くなかったですか?」
「はい」
「・・・」
「・・・」
駄目だ。会話が続かない。
紫音さんは無表情で僕を見つめてくるため、それが更に焦燥感を煽る。
「えーと…」
「はい」
「プルップルップルップルッ」
窮地に追い込まれてしまっている僕を救うかのように、携帯電話のメールの着信が鳴った。
「紫音さん、ちょっといいですか!?」
「はい」
僕は急いで携帯電話を取り出し、メールの内容を確認する。
メールの差出人は『杏里さん』からだ。
『龍くん、さっきはタイミング悪く電話しちゃってごめんね。彼女さん怒ってなかった?ほんとごめん。そんな時にお願いするのも申し訳ないんだけど、スゴい物を手に入れちゃって…どうしても見てほしいの。いつでもいいから来て』
杏里さんからのメールを見て、嫌な予感しかしなかったが、この状況を打開できるのはこれしかない。
「紫音さん、急用が出来てしまってこれから友達の家に行かなきゃならなくなってしまいました。せっかく会いに来てくれたのに申し訳ないんですが…」
「そうですか。それでは一緒に参りましょう」
「えっ?!」
紫音さんは相変わらずの無表情で僕を見つめる。
「ご迷惑でなければ、私も御供させていただけませんか?」
「えっ?!えーと、迷惑ということではないんですけどぉ…」
紫音さんは少しだけ微笑むと、右手を自分の胸に当てた。
「良かった。それでは急ぎましょう」
「あっ、はい!」
状況が余計悪化しているようにも思えたが、取り敢えず自転車を準備して跨がってみる。
「し、紫音さん。後ろに乗ってください」
紫音さんの表情が固くなる。
「龍悟さん、これはどう乗ればよろしいのでしょうか・・・」
僕は自転車の荷台部分を指差した。
「ここに乗ってください。乗り方は跨がってもいいですし、ベンチに座るように横乗りでもいいですよ!」
紫音さんは困惑している様子であったが、自転車の荷台に横乗りした。
自転車を漕ぎだすと、紫音さんは僕に寄り掛かり抱きつく形となった。
「少し怖いのでこうしてて良いですか?」
「あっ、はい!大丈夫です!」
背中に感じる紫音さんの体温は、夏場だというのに冷たく感じた…
「着きましたよ」
僕が杏里さんのアパートの前に自転車を止めると、紫音さんは荷台から降りてアパートを見上げた。
「紫音さん、こっちです」
杏里さんの部屋へ案内しようと紫音さんに声を掛けたが、紫音さんはアパートを見上げたまま動こうとしない。
「紫音さん、アパートをずっと見てますが何か変わったところでもありますか?」
「不吉なものが入り込んでしまっています」
「えっ?不吉なものですか?」
紫音さんは上を見上げたまま『パンッ』と顔の前で手を叩いた。
「若干ではありますが空気も淀んでいます」
紫音さんの真剣な表情を見て、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「行きましょうか」
紫音さんは赤い瞳で僕を見つめる。
僕と紫音さんは二階に上がっていき、杏里さんの部屋の前に立った。
僕がインターホンを押そうとすると、紫音さんは僕の腕を掴んでそれを制止する。
「待ってください」
紫音さんはそう言うと目を瞑り、鼻から大きく息を吸い込んだ。
吸い込んだ息を吐き出すと、紫音さんの表情が険しくなる。
「とても嫌な匂い…」
紫音さんはそう言ってすぐにインターホンのボタンを押した。
「龍悟さんお願いがあります。私が『いい』と言うまで耳を塞いでいていただけませんでしょうか」
「分かりました」
僕は紫音さんの言う通りに両手で耳を塞ぐ。
紫音さんは僕が耳を塞ぐのを確認すると、インターホンに口を近付けて、何やら言葉を発している。
紫音さんがどんな言葉を発しているのか物凄く気になるが、耳を塞いでいる僕の手は決して耳から離れることはなかった。
少しすると紫音さんはインターホンから顔を離し、こちらを向いて口を動かした。
僕は耳から手を離すと、自分の体が酷く震えていることに気が付いた。
「ごめんなさい。少し強く…やり過ぎてしまいました」
何をやり過ぎたのか聞きたかったが、顎が震えて上手く言葉を発することが出来ない。
「大丈夫です。すぐに元に戻ります」
紫音さんは僕の手を取ると、口元に近付けて僕の手の甲に口づけをした。そして唇を手の甲に触れさせながら呪文のようなものを唱える。
そして紫音さんが僕の手の甲から唇を離すと、体の震えが治まっていた。
「紫音さん、一体何をしたんですか?」
紫音さんは少し困った顔をする。
「簡単に言いますと、この部屋の中に念を送りました。これで少しは軽減されていると思います」
「少しは軽減されてるって、部屋の中はどうなってたんですか?」
「詳しくは部屋に入ってみないと分かりませんが、とても不吉なものがこの部屋から感じられました」
「そう…ですか…」
「龍悟さんのご友人が危険かも知れませんので、早く部屋の中に入ってみましょう」
紫音さんの言うことが殆ど理解出来ていないが、杏里さんが危険な状態であるなら考えている暇はない。
玄関のドアノブを握った途端に『カチャリ』と鍵が解錠された様な振動がドアノブを伝って僕の手に伝わってきた。
このドアの向こう側に『ナニか』がいる気配がする。
「龍悟さん、中に入りましょう」
僕は紫音さんの声に後押しされながら、ドアノブをゆっくりと回し、手前に引いた。
ドアを開けきると、微量ではあるが部屋の中から生暖かい風が流れてくるのを感じる。
ひとつ深呼吸をして僕は部屋の中に入った。
「バタンッ」
僕が部屋に入ったと同時に、玄関のドアが勢い良く閉まる音が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには紫音さんの姿はない。
「ドンドンドンドンッ」
「龍悟さん!龍悟さん!開けてください!」
ドアの向こうで紫音さんがドアを叩きながら叫んでいる。
「紫音さん!」
ドアを開けようとドアノブを回してドアを押してみるがびくともしない。
「・・・のすがたは・・・」
奥の居間の方から呟く様な声が聞こえてくる。
急に体が重くなり、酷い眩暈が襲ってきた。
僕はドアを開けようと、ドアノブの鍵を回したりしてみたが、玄関のドアは一向に開く気配がない。
外から紫音さんが何か叫んでいるが、上手く聞き取ることが出来ない。
「ゆかいちめんにおびただしいりょうのけつえきが…」
今度ははっきり聞こえた。聞こえたと言うより、僕の脳に言葉が直接響いてくるようだ。
居間の方を振り向くと、杏里さんの背中が見えた。
杏里さんは胡座をかいて、身体を前後左右不規則に揺らしている。
「くちからはたいりょうのけつえきがながれだし…」
「うぅ…」
僕は頭を両手で押さえながら膝をついた。声が頭に響けば響くほど頭が痛くなる。
あまりの痛さに視界が歪んでしまっている。
「これでなんにんのひがいしゃがでたであろうか…」
酷い頭痛と吐き気に耐えながら、僕は這うようにして杏里さんに近付いていった。
「あ゛、あ゛んりさん」
やっとの思いで杏里さんの傍まで辿り着き声を掛けたが、杏里さんの体の動きは止まらない。
そして杏里さんの両手には一冊の本が広げられている。その本はとても古いもののようで、紙の色は所々茶色く変色し、文字は僕には読めないものが殆どで、古文書の様にも見えた。
恐らくはこの本が原因で杏里さんは不可解な動きをしているのだろうと思い、僕は杏里さんから本を取り上げた。
「ススススススススス…」
廊下の奥から床を擦るような音が聞こえてくる。その音が僕たちの居る居間の前でピタリと止むと、居間の入り口に一人の女性の姿が見えた。
一瞬紫音さんが来てくれたのかと思ったが、その女性は着物を着ている。
女性は急に正座をすると、両手の先を軽く床につけて丁寧に頭を下げた。
「下桐と申します」
下桐と名乗る女性は、頭を下げたまま動こうとはしない。この女性がどうやって部屋に入ってこれたのか、元々部屋のどこかに居たのか、そもそも何者なのだろうか…
「あ、あの…」
その女性に声を掛けようとしたが、頭の痛みが更に増してきているため、言葉が続かない。
「えっ!何?!誰?!」
杏里さんの声が聞こえる。
杏里さんの方を見ると、杏里さんは怯えた表情で女性のことを見つめていた。
「嫌っ!何それ!気持ち悪い!」
杏里さんは絶叫し、座りながら床を蹴って後退りをする。
女性の方に視線を戻すと、異様な光景が待っていた。
女性は顔を上げ、僕たちを見ながら恍惚な表情を浮かべている。
そして、開いた口からはだらしなく舌を垂らしている。
驚愕なことに、その舌は床の位置あたりまで伸びていた。
「じゅるじゅるじゅる…」
異様に長い舌が音を立てて口の中に吸い込まれていく。
「欲しいなぁ…欲しいなぁ…」
女性は立ち上がると、杏里さんに近付いていく。
「きゃー!やだー!来ないで!来ないでー!」
杏里さんは首を横に振り、体を竦めている。
僕は頭の痛みに耐えながら、勇気を振り絞ってその女性の腕を掴んだ。
女性は腕を掴まれると、首だけを僕の方に向け、口から再び長い舌を出した。
僕はそれを見て怯んでしまい、女性の腕から手を離した。
女性は僕を突き飛ばすと、仰向けに倒れた僕の腹部に股がるように馬乗りになる。
女性は僕に顔を近付け、伸びている舌で僕の顔を嘗め回す。
あまりの気持ち悪さに、全身鳥肌が立つ。
女性は僕の口を無理矢理こじ開けると、僕の舌を掴んで、口の中から引っ張り出した。抵抗しようにも金縛りにあったかのように、体が動かない。
女性は僕の舌を強く引っ張りながら、自分の胸元に手を入れ、赤黒く錆びだらけで刃の長い『鋏』を取り出した。
女性はじゅるりと舌を鳴らしながら、僕の舌を物欲しそうな表情で見つめている。
「欲しいなぁ…欲しいなぁ…欲しいなぁ…欲しいなぁ…」
女性は僕の舌に鋏を近付ける。
「おにぃちゃーん!」
杏里さんが大声で叫ぶ。すると僕たちが居る居間の隣にある和室の襖がスーと開いた。
そして和室から大男が大きな欠伸をしながら出てきたのだ。間違いなく『笹木さん』だ。
「人が疲れて寝てんのに、うるせぇなぁ」
笹木さんは不機嫌そうにボヤいたが、僕たちの状況を見て一気に鬼の形相へと変わる。
笹木さんは素早く僕の方に近付いた。
女性は僕の舌から手を離すと、飛び跳ねながら後ろへと下がる。足をがに股に広げ、両腕を脱力したようにぶらんと下げ、ジャキンジャキンと鋏を擦り鳴らす。
「何だてめぇは。どっから入ってきた」
笹木さんは僕を立たせると、僕の腕を掴んでぐいっと僕のことを後へと移動させる。
「ちょうだい?ねぇ、ちょうだいよ…あんたの舌をちょうだい?」
女性は首を左右に傾けながら、じりじりと笹木さんとの距離を縮めていく。
笹木さんは身を低くし、今にも飛びかかりそうだった。
不意に女性が首を傾けながら視線を廊下の方に移し、廊下の先を見つめる。
僕も笹木さんも釣られて廊下の方に視線を向けた。
廊下の先からはただならぬ気配を感じる。
「残念ねぇ…」
女性の声が聞こえ視線を戻すと、そこには女性の姿はなかった。女性はどこかに消えてしまったのだ。
「あの女…どこかで…」
笹木はぼそりと呟くと、杏里さんに近付いた。杏里さんは気絶してしまったのか、床に倒れている。
「ガチャ…」
廊下の先から物音が聞こえた。僕はその音に驚き、体がビクンと反応する。
「龍悟さん!」
紫音さんの声が聞こえた。紫音さんは僕に駆け寄ると、僕の手を握り、不安に満ちた瞳で見つめてくる。
「無事で良かったです…」
「おいおい、何でおめぇがここにいんだよ」
笹木さんは眉間に皺を寄せながら、紫音さんの声に被せるように声を上げた。
「いや、僕が杏里さんに呼ばれたんですけど、調度その時に紫音さんと一緒にいてですね…」
笹木さんは腕を組み、紫音さんを見つめる。
「そうだったか。大声出して悪かったな。それと『この前』は杏里のことで色々とありがとな」
笹木さんの想定外の反応に僕は開いた口が塞がらない。笹木さんが『お礼』を言うところを初めて見た気がする。
「私のことで色々とってどういうこと?」
杏里さんはゆっくりと起き上がり、不審そうな表情で僕たちのことを見つめる。
「あぁ、杏里さんは気絶していたから覚えてないんですね。この前の髪人形の一件の時、髪人形に飲み込まれた杏里さんのことを、ここにいる紫音さんが助けてくれたんですよ!」
杏里さんは僕の言葉を聞いて表情が暗くなる。
「そう…あなたが…私の大切な…」
杏里さんは俯き、肩を震わせる。
笹木さんはそんな杏里さんの腕を掴み、強引に立ち上がらせた。
「おい杏里、具合悪いんだったらもう寝てろや」
杏里さんは何の抵抗もなく、無言で寝室へと向かっていった。
静かに寝室の襖が閉まると、笹木さんはドスンと座り、胡坐をかいた。
「笹木さん、杏里さんの様子はどうですか?双子の妹さんのことがまだ…」
「あ?俺もよく分からねぇが、杏里もいろいろと混乱しちまってるみてぇだな」
僕も紫音さんもその場に座り込む。
「それより何なんだ今の女は」
笹木さんは苛々しながら頭を掻いている。
「先程のは生きた人ではありません」
紫音さんは無表情で淡々と話す。
「そりゃ俺にだって分かるわ。そうじゃなくて何者なんだあいつはよ?」
「これが原因です」
「あ?」
紫音さんは床に落ちていた本を手に取り、ペラペラと頁をめくる。
「あの『者』はこの書物が原因でここに現れたのだと思われます。見て分かったと思いますが、あれはとてつもなく禍々しい怨霊です。この本はどこで手に入れましたか?」
「そんな本は俺は知らねぇぞ?杏里に聞いてみないと分からねぇな」
ふと視線を杏里さんがいる和室へ向けと、襖が少しだけ開いているように見えた。
「これは本来世間一般に出回る代物ではございません。出回るはずがないのです…」
「え?どういうことですか?」
紫音さんは本をパタンと閉じる。
「この書物は『ある村の記録』を書いたものです。これは私の祖母があるお寺の住職と共に世に出回らないように封印したものなのですが…」
紫音さんの表情が険しくなる。
「それが今ここにあるってことは…」
無知な僕でも紫音さんの話を聞けば今の状況がかなり『やばい』ことになっているのは察しがつく。でも何故杏里さんが持っていたのか。
「笹木さん、杏里さんにどこでこの書物を手に入れたか聞いてくださいませんでしょうか」
紫音さんは笹木さんを深刻な表情で見つめる。それに対して笹木さんは頭を掻いた。
「まぁ、でもよぉ時間もおせぇし、杏里も寝てるだろうし、明日でもいいか?」
時計を見ると、夜中の12時回ったところだった。
「できれば今すぐに詳細を確認したいのですが」
食い下がる紫音さんい対して、笹木さんは困惑した表情を見せる。
「…。分かりました。ですが、これだけはお預かりしていきます」
「わりぃな…好きにしてくれ。それにしてもあの女どこかで見たような…」
笹木さんは腕を組みながら少し俯く。
「それでは龍悟さん、参りましょう」
紫音さんはスッと立ち上がったため、僕も慌てて立ち上がった。
「それじゃあ笹木さん、また」
「おう」
紫音さんも笹木さんに軽く頭を下げ、 僕たちはアパートを後にした。
アパートを出て僕が自転車にまたがると、紫音さんは自転車の荷台に座った。
夜道を走りながら僕はまだ混乱している頭の中を必死に整理しようとした。
杏里さんの部屋で起きた出来事…
下桐と名乗る舌の長い不気味な女性…
ことのきっかけであろうあの書物…
整理しようとしてもあまりにも謎が多すぎて整理しきれない…
自宅に到着し自転車から降りると、あることに気が付く。
紫音さんは僕の家まで歩いて来たのだ。僕の家から紫音さんの家までどれくらいの距離があるか分からないが、こんな遅い時間に女性一人で歩いて帰るのは危険だ。
「紫音さん、家まで送りますよ!」
一度降りた自転車に再びまたがる。
「龍悟さん、心配には及びません」
紫音さんの目線の先には黒塗りの高級車が停まっている。
紫音さんが黒塗りの高級車に近づくと、「カチャ」と車のドアがゆっくりと開いた。
運転席から白髪でタキシードを着た『執事』が、紫音さんの方へゆっくりと近づいていく。
「紫音様お待ちしておりました」
執事は後部座席のドアを開けると、白い手袋を着けた手で紫音さんを車の中へ誘導する。
紫音さんは無言で後部座席に乗り込むと、僕に向かって小さく手招きをする。
「龍悟さん、早くこちらへ」
紫音さんはそう言って後部座席の更に奥に座り、僕が座る『スペース』を作ってくれた。
「えっ?乗れってことですか?!」
僕の口から反射的に言葉が発せられた。紫音さんは静かに僕のことを見つめてくる。
しかしもう遅い時間でもあるし、紫音さんの家に連れて行かれるだろうこの車に乗る勇気もない。
僕は首を横に振った。
「いやいや、僕は乗れません!それにこんなに遅い時間だし・・・」
「龍悟様」
今度は執事が僕の名前を呼んだ。
「龍悟様、これはあなたがこの車に乗るか乗らないかの話ではありません」
「えっ?どういうことでしょうか?」
執事は白い髭を優しく丁寧に撫でる。
「今この選択は誰かが死ぬか死なないかに関することになります」
執事は冷たく刺すような視線で僕を見つめる。重苦しい空気感が更に加速する。
「爺や、もういいです。運転席に戻って」
執事は後部座席のドアは閉めずに運転席へ戻っていく。
「龍悟さん、もう時間がありません。詳しくは車の中で話します」
紫音さんの言葉を受け、僕は意を決して車の中へと足を踏み入れた。
僕が後部座席に乗ると車はすぐに出発した。
「紫音さん」
紫音さんは僕の方を見つめ、まっすぐ首を縦に振った。
「龍悟さん、分かりやすく説明します」
そう言って紫音さんは僕に分かり易いように今の状況、何が起こっているのかを説明してくれた。
杏里さんの部屋にあった書物は本来あそこにあってはいけない書物であり、紫音さんの祖母がある場所に封印をしていたとのこと。
その封印は紫音さんの祖母でしか解くことが出来ないように何年も時間を掛けて何重にも封印を掛けてきたものであるので、その封印された場所から書物が持ち出されることは絶対に起こりえないことであった。
そしてこの書物は紫音さんの『力』では封印をすることは不可能。紫音さんの祖母でしか封印が出来ないが、紫音さんの祖母はもうすでにこの世にいない。
今から車で紫音さんの家に向かい、何かしらの応急処置を行うとのこと。
「それで僕は何を手伝えばいいのでしょうか?」
「龍悟さん、多分私はこの書物への処置が終わると立てないくらいに体力を消耗してしまうと思います。」
紫音さんは僕の手の甲にそっと左手を重ねてくる。
「そうなった時はお願いします」
「…はい」
僕は一瞬息を飲み込み、吐き出すように返事をした。
〇〇〇〇〇〇〇〇
車が止まり、車を降りると僕は目を疑った。
「紫音さん…紫音さんの家ってここですか?」
「はい、そうです」
紫音さんは車から降りながら答えた。
僕は感動と驚きの最中にいる。理由は紫音さんの家が想像を絶する大豪邸であるからだ。
車が止まった場所、そこは僕の住んでいる住人、いや市内の住人、いやいや、県内の住人が知ってるであろう有名な場所であった。
僕の身長の3倍はありそうな高い塀に囲まれており、広さは少し小規模な遊園地くらいはあるんじゃないだろうか。
僕は物心つく頃からここの場所を知っているし、どんな偉い人が住んでいるのか気になっていた。
「紫音さん!すごいところに住んでますね!」
紫音さんは僕の表情を見ると右手を口元で軽く握り、くすくすと笑っている。
「な、何か変ですか?」
紫音さんは笑いながら首を横に振る。
紫音さんの家は和風であると勝手に想像していたが、実際には洋風の豪邸であり、その少しのギャップにも何故だか胸が踊る気分であった。
家の中に入るとすぐに大きな階段が出迎えてくれた。
「どうぞ」
紫音さんに案内されながら階段を上り、長い廊下を歩き、一つの部屋に案内された。
「龍悟さん、準備をしてきますのでここで少しお待ち下さい」
そう言って紫音さんは部屋から出ていった。
〇〇〇〇〇〇〇〇
30分程待っただろうか。ソファーでうたた寝をしている僕の肩を紫音さんが優しく叩いた。
「お待たせしました」
目を擦りながら顔を上げると、深みのある紫の着物を着た紫音さんが立っていた。手には書物を持っている。
「龍悟さん、それでは行きます」
紫音さんの表情は固い。
紫音さんに連れられて辿り着いた場所は明らかに『変』であった。
廊下の途中から壁に御札がぎっしりと貼ってあり、その先に大きめの扉が堂々と僕たちのことを待ち構えている。
扉の前に来ると、紫音さんは右手を扉に当てた。
「ここは私の祖母の部屋です」
紫音さんは目を瞑る。
「龍悟さん、耳を塞いでいてください」
「はい!」
紫音さんの言葉でこれから何をするのか直ぐに分かった。僕は一歩後ろに下がり、両手で耳を塞いだ。
紫音さんは呪文の様なものを唱え始める。
〇〇〇〇〇〇〇〇
紫音さんが呪文を唱えてからどれくらい時間が経ったであろうか。
僕はその部屋の中にすぐに入れるものだと思っていたが、それは違った。
紫音さんが呪文を唱え初めてから軽く10分以上は経っている。
紫音さんは変わらぬ姿勢で表情一つ変えずに呪文を唱え続けている…
「キィ…」
唐突にそれは起こった。扉が自然に開いたのだ。いや、紫音さんが開けたのか、どちらにせよ扉の一つの音が静寂を破ったのだ。
「紫音さん開きましたね!」
紫音さんは目を開けると、静かに頷く。
紫音さんと僕は吸い込まれる様に部屋の中に入っていく。
部屋に入るとすぐに暗闇が僕たちを包み込んだ。
「パチッ」
部屋の電気をつけたが、電気の光は弱く、薄暗く感じる。
部屋の中には和風のタンスやテーブル、テレビなどがあり、一般家庭の居間の様な雰囲気の部屋であった。
ただ、部屋の奥にひときわ大きな黒塗りの仏壇が置いてあることを除いての話だ。
紫音さんは仏壇に近付き仏壇の扉を開くと、振り返って僕の方を見る。
「龍悟さん、もし私に異変が生じた場合、この中に入っている水を無理矢理にでも私に飲ませてください」
紫音さんはそう言うと右手に持っていた黒く小ぶりな水筒を私に渡した。
手にした水筒を軽く左右に振ると「ちゃぷんちゃぷん」と微かに水の音が聞こえる。
この水が何なのか気にはなったが、何か起こった時に助けになるものだということは分かる。あえてこの水の中については触れないようにした。
紫音さんは書物を仏壇に置くと、右手の人差し指と中指を立て静かに深く息を吐く。
「龍悟さん、それでは始めます。もし出来ましたら私の背中に手を当てていてくれませんでしょうか」
紫音さんがちらっと僕の方を見る。
「分かりました」
僕は紫音さんの後ろに立ち、優しく右手を背中に当てた。着物という布を通して紫音さんの体温を感じる。『それ』は酷く冷たく感じた。
そして紫音さんの『唄』が始まった。それは今まで聴いたことがない声で唄われた。
地の底から這いあがってくるように低く太い声。その声に飲まれないように僕は左手で自分の胸を手で押さえた。
「カタカタカタカタ…」
異変はすぐに現れた。書物を置いている仏壇が小刻みに揺れだしたのだ。それでも紫音さんは唄を止めない。むしろ歌声はさらに強さを増す。
「ガタガタガタガタガタガタ…」
仏壇の揺れは強くなる。紫音さんは人差し指と中指を書物に当てる。
「おばあ様…少しでもいいので私にお力をお貸しください」
紫音さんの体から漆黒のオーラが湧き出る。しかしそのオーラは湧き出たと思うとすぐに書物の中に吸い込まれていった。それは何か不自然さを感じさせる。
「くっ…ううぅぅ…」
紫音さんは胸を押さえて苦しむ。僕の右手は紫音さんお体の震えを感じた。
「紫音さん!」
「ガタッ」
僕が紫音さんを呼ぶのと同時に、紫音さんは膝から崩れてそのまま横になってしまった。
「りゅ、龍悟さん、水を…水を飲ませてください…」
紫音さんは目を細め、か細い声で水を求めてくる。
僕はすぐに水筒の蓋を開け、紫音さんの口元へ水筒の口を近付ける。
紫音さんがゆっくりと口を開き、それに合わせて水筒を傾ける。
「あれ…」
斜めに傾けた水筒から水が出てこない。
「龍悟さん…早く…お水…」
紫音さんはしゃべるのも辛そうだ。
水筒をほぼ垂直にしても水は出てこない。一度水筒の傾けを戻し、左右に振ってみると「ちゃぷちゃぷ」と音がする。水筒には間違いなく水が入っている。試しに僕の口の中に水筒の水を入れようとすると、何の抵抗もなく水筒の水は僕の口の中に入ってくる。
「それ…飲ませて…」
紫音さんは僕の口を指差す。僕はすぐに紫音さんの言葉の意味を理解し、もう少し水筒の水を口に含んだ。
そして水を口に含んだまま顔を紫音さんの顔に近付けていく。
紫音さんは今にも目を閉じてしまいそうかの様な薄く開いてる目で僕を見つめ、静かに頷く。
僕と紫音さんは唇を重ね、そして口に含んだ水を紫音さんの口の中へと流し込んだ。
紫音さんの唇から離れ、紫音さんの様子を伺う。
「紫音さん、飲めましたか?」
紫音さんは目を瞑ったまま反応がない。
「ゴトンッ」
仏壇に置いてあった書物が勝手に床に落ちた。
「紫音さん!書物がっ!」
焦りのせいで自然と声が大きくなってしまう。そして紫音さんの方を見ると、紫音さんが酷く激しく震えているのが見える。
僕は紫音さんの肩を抱き、紫音さんの上半身を起こす。紫音さんは何か言葉を発したいように見えるが、震えの為歯がガチガチと当たっている音しか聞こえてこない。
もうこれ以上紫音さんを苦しめたくない。僕が何とかしなくちゃ。
僕は意を決して書物を持ち上げ、仏壇の棚に叩きつける様に書物を置いた。
これをどうすれば良いかなんて分からない。ただ自分に出来ることをやってみよう。
僕は書物へと意識を集中し、右手を書物の上に置いた。
「坊や」
女性の声が聞こえた。僕は書物から視線を外し、顔を上げる。
「坊や、これを封印するにはコツがいるのよ。ただ押さえつけてはだめ。今はあなたがやらなきゃいけないの。あの子が起きるまで頑張りなさい」
僕に優しく話しかけてくる人は一瞬紫音さんに見間違えた。
髪は白銀で肌の色は透き通るように白く、目は淡い赤色をしている。そして明るめの紫の着物を着ている。
「あ、あなたは?」
「もう時間がないの」
その女性は書物の上に手を置いている僕の右手に手を重ねる。
とても温かい。体の奥底から勇気が湧いてくる。
僕は再び書物へと意識を集中させる。
書物からは黒いオーラが噴き出し始めていた。
何故だかそんな光景を見ても焦る気持ちにならない。むしろ心が落ち着きすぎている。
目を瞑ると、白いオーラと黒いオーラが混ざり合うかの様なイメージが伝わってくる。
黒いオーラが抵抗している様にも見えていたが、やがて白いオーラが黒いオーラを飲み込んでいく。ゆっくりではあったが黒いオーラは全く感じなくなった。
「坊や、よく頑張ったね」
僕は女性の言う意味が分からなかった。僕は何もしていない。ただ書物に手をのせていただけ。
「僕は何もしていません…」
女性はにこりと微笑む。
「自分の力を信じなさい。私は少しお手伝いをしただけ。さぁあの子が起きるわよ」
女性はその言葉を言い終えると、フッと姿が消えてしまった。
「龍悟さん!その書物から手を離してください!」
紫音さんは叫ぶように言い放つと、紫音さんは素早く起き上がり書物に手を触れる。
「これは…」
紫音さんは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに行動に移す。
書物を仏壇の奥に起き、扉を閉め、お札を一枚扉に貼り付けた。
ことを終えると紫音さんは安堵の表情に変わる。
「紫音さん、体大丈夫ですか?もう苦しくないですか?」
紫音さんは僕を見つめるが何も答えてくれない。
「不思議なことが起こったんです。紫音さんが倒れた後に紫音さんに似た女性が現れて助けてくれたんです」
紫音さんは無言のまま、僕にゆっくりと抱きつき、僕の胸に顔を埋める。
僕は反射的に紫音さんを抱き締めた。
紫音さんは肩を小さく震わせている。
「龍悟さん…苦しいです…」
「ごめんなさい!」
僕は強く抱き締めたために紫音さんが苦しくなったと思い、紫音さんから離れようとした。
「ギュッ…」
紫音さんは更に強く僕を抱き締める。
「違います…心が…苦しいのです」
紫音さんはゆっくりと顔を上げて上目遣いで僕を見つめる。その目からは涙が溢れている。
「龍悟さん、私には『運命』を見る力があります。今日のことも、今日のこの結果も私には『運命』として見えていました…」
運命が見える…
紫音さんが言うとすんなりと受け止めることができる。
「でも怖かった…とてもとても怖かった…」
「あの書物ですか?」
「違います」
紫音さんの表情が強ばる。
「龍悟さん、あなたを失ってしまうのではないかと怖くて堪りませんでした」
紫音さんの肩の震えは止まらない。
「もし私の力が尽きてしまったら、もし今見えている運命がただの妄想だとしたら…」
紫音さんの涙は頬を伝い、ポロポロと床に流れ落ちていく。
「私が倒れた時、龍悟さんをここへ連れて来たことを心の底から後悔しました。あなたを失ってしまうんじゃないかと怖くて仕方ありませんでした。龍悟さんごめんなさい。本当にごめんなさい。危険な目にあわせてしまってごめんなさい」
「紫音さん、謝らないでください」
僕は紫音さんの涙を指で拭う。
「紫音さんが居てくれたから僕は今ここに立っています。この書物は僕一人ではどうすることも出来なかったと思います。紫音さんが居なかったら今頃…
紫音さん、今日は僕の家にまで来てくれてありがとうございます。助けてくれてありがとうございます」
紫音さんは静かに首を横に振る。
「紫音様、もう夜も遅いです。御部屋でお休みになりましょう」
声のする方に振り返ると、部屋の入り口に執事が白いあご髭を撫でながら立っているのが見えた。
僕も紫音さんもその声につられて部屋を出た。
◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯
夜も遅いということもあり、僕は紫音さんの家に泊まることにした。
もちろん紫音さんと一緒の部屋で寝るということはなく、執事が用意した部屋で寝ることとなった。
ベッドに横になりながら携帯電話をズボンのポケットから取り出すと、着信が入っていたことに気付いた。更に留守電も残されている。
着信は僕の『叔父』からだった。留守電を聞くために携帯電話を耳に当てる…
「もしもし龍悟くん。君に是非紹介したい人がいる。事は急ぐのでこの留守電を聞いたらすぐに電話を掛けてほしい。待ってるよ」
僕は携帯電話を床に置き、ふかふかの枕に顔を埋めた。
嫌な予感を感じつつも襲ってくる睡魔に身を任せて、僕は静かに瞳を閉じた…
作者龍悟
みなさまご無沙汰しております。
かなりひさびさの投稿となります。
こちらの話を読む前、もしくは読んだ後に僕の話の『髪人形』を読んでいただくと話が入りやすいと思います。
今回の話は三部作となるため、これからまだまだ続いていきます。
新しい登場人物も次の話で出てきます。
次回も是非読んでいただければと思います。