註:下品な表現、不快な表現が御座います。苦手な 方は申し訳有りません……
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「あれが……あれが、奴の正体か」
屹立する、巨大な存在が異形の存在を見ている……その足元にて、何故か寝息を立てている男。
───そいつは、軽自動車でやって来た。
昼下がり、事務の女の子が怪訝な顔をしながら、現金を封筒に詰めている。
「随分と分厚い中身だな」
「ええ……社長直々なんですよ」
窓の真下の道に一台の軽自動車が停まり、運転席のドアが開いて、ヒョコヒョコと小太りの男が現れる。
(………)
妙だ。通常なら、ドスンドスンと足音がしてもおかしくないのに、ガチャンと出入り口の扉が閉まって以降は、余りにも静かだ。いや、静か過ぎる。
トントンと扉を叩く音がして、事務の女の子が返事をして促すと、先程の小太りの男が登頂部よりニョッキリと現れる。
「あっ、済みませんで」
ヌボーっとした何だか眠たそうな顔付きで、事務の女の子の目を見て会釈する。
「あっ、済みません。どうぞ」
すぐさま事務の子が封筒をゆっくりと小太りの男に差し出すと、胸元よりボールペンを取り出す男、三文判や朱肉も取り出し、捺印も行う。
手続きを事務の子に確認しながらこなし終わると、再び会釈し男は出て行こうとする。
「待てあんた」
声を掛け、寝呆けた表情の男を制止し凝視する。
「あー申し訳有りません、御挨拶致しますか」
挨拶を交わそうが何だって良いが、その眠そうにしている顔をペシャリと張りたくなる。
だが、その無理して笑みを浮かべた口許に対して、無理に笑う意思すら見せない眼光奥の視線で、殴り飛ばそうとする意思すら吸い取られる気になり、やる気が失せた。
「じゃあ名前だけ聞こう。あんた誰」
「園部……園部元蔵(そのべ・もとぞう)と申します」
「……そうか」
名乗ろうとするも、園部が「聞く必要性を感じない」表情で退散しようとしているので、肩を掴む。
「名乗らせろや」
「嫌そうです」
「何だと」
やはり見透かす様な目付きなのが気に喰わないが、周囲の目も気になり、取り敢えず園部と名乗った男も解放する。
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「社長っ!!何々スかあいつは!何様なんです」
「何がよ」
「先刻(さっき)の……あの軽自動車の奴ですよ!」
「うるさいわねェ。どうこう言える立場なの」とばかりに、まくしたてる男を睨み付ける。
「あのねェ灘江(なだえ)君、そんなにあの人を嫌うのは何でよ。生理的に受け付けないってので片付けたら、駄目ですからね」
事務の子が「ヒっ」となったのは見逃さぬものの、灘江と呼ばれた男は、社長に凝視されている。
「確かに愛想は無いけどさ、礼儀はキチンと有ったでしょ。余程嫌悪感が有るんなら、一度一緒に仕事して見たら」
「ああ?一緒に仕事するだァ?」とフザケンナ顔になりそうだったが、社長や事務の子の手前、ブツンと来る訳にも行かず、灘江は致し方無く頷く他無かった。
───灘江民斗(なだえ・たみと)。いわゆる見える体質で、除霊やら悪霊退治と称した持ち込まれる怪事件をこなしている。とは言え、その手の商才や経営技術も皆無である為、社長の居る探偵事務所に厄介になっている。事務の子も、彼を邪険に扱っている訳でも無いので、依頼さえこなせれば居心地自体は誠に良い。
口調からして御分かりだと思われるが、社長は女性である。
「よう、ナダ君」
「あっ、サナさん」
事務の子や社長に挨拶し、灘江にも穏やかな表情で声を掛けて来るスーツ姿の男。
───灘江は対照的に、革ジャケットにデニムのボトムである。
タイミングを計った様に、社長が招集を掛けた。
次の依頼は、心霊スポット───震災時になぎ倒された防風林近くの、復興途中の土地との話である。
「で、彼の出番でもあるのよ」
「!!」
何故か灘江は、先程の自分が肩を掴んだ男を思い出す。
「そうなるとですね……運転手役になりますかね、もしかすると彼は」
スーツの男───佐縄(さなわ)が、社長に何と無く訊いて見る。
「御明答!彼にもその話は通したし、依頼した日の翌日は、彼の休日でもあるから……」
あの野郎、掛け持ちで此処に出入りしているのか……そう思うと、何だか灘江は癪(しゃく)に障る。
「あっ、園部さんの本職はサービス業なのよ。飲み会でも、飲めない体質だからハンドルキーパーしてるみたいで……」
訊いてもいない事迄社長は言及し、依頼遂行の日時調整は、園部と名乗った男の本職の都合に合わせたのだと云う。
怪事件の依頼承りと遂行、解決が腰掛けと捉えられていると考えると癪だと感じた灘江だが、此処は園部の御手並み拝見ではないかと考え直す。
「あっ、佐縄君。灘江君に、園部君の話を教えて見たら」
「あの事ですか?ああ、ハイ。分かりました」
「興味無ェよ」が本音だが、大先輩である佐縄の前と言う事もあって、何故にあの男が出入りしているのかを聴き始める。
「見えないんだよ、彼は」
「え?眼鏡は掛けてまし……」
「いや、違うんだ。何て言うか、聴覚では感じられるのに、現物が目の前に現れちゃくれないって話だね」
「ああ、そう言う事ね」と納得する灘江。
「面白いのが、彼が寝てからなんだ。それが又ね……」
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心霊スポットに足を踏み入れた瞬間、巨大な女───と言うよりは、うすらでかく細身な女の姿をした存在に出くわす。
対峙する準備を整えるも、運転して来た園部が寝てしまう。
狼狽する佐縄含む数人の要員。
その時、ゴーレムを思わせる巨大な存在が現れたかと思えば、上半身裸の赤いパンツとブーツを履いた逞しい男───今は亡き面長で長身のプロレスラーそっくりな体躯の存在───へと姿を変えたのだ。
チョップを繰り出し、本来当たる筈の無い打撃技がヒットしたのか、うすらでかく細身な女の姿をした存在が勢い良くのけぞり、地鳴りの様な声らしき音を発する。
「ぬうううううううおおお……ぽぽぽ……」
異変が起こる。ぬうっと見ているだけだったプロレスラーそっくりな物体が、明らかに怒りの表情になる。
「ボクハ……アポーナンテ……イワナイッテ、ナンドイッタラ……ワカルンダ─────っ!!」
「?!」
ハッキリ聞き取れる声、確かあのプロレスラーが彼の真似をするタレントに困惑した際の台詞が……何故か怒りの雄叫びへと変化している。
「!!」
うすらでかく細身な女の姿をした物体の後ろに、巨大な口だけが現れて、歯がグチャリグチャリと半透明な筈の存在を、舌を交えながら旨そうに咀嚼(そしゃく)しているではないか。人間なら赤黒い鮮血を滴らせたりするが、黒い鮮血らしき霧状の物体をシュワシュワと噴出しながら、女の姿をした物体は巨大な口に噛み砕かれて行く。
プロレスラーそっくりな巨大な体躯の存在は、先程の現れた際の無表情のまま、その行方を見ているだけである。
「何だありゃあ……」
すると、誠に下品な音が木霊(こだま)する。
「ゲフウウウウ……」
生臭く強い風に、腰の抜ける佐縄と要員数名、凄まじい位の嘔吐感を覚える。尻餅をつきながら見上げる一同の前で、闇に巨大な口が呑み込まれて行く。
───「ニヒー」と、満足そうに歯と薄紫色の歯茎を見せながら。
カクンとなって、園部が目覚める。
プロレスラーそっくりな存在も、いつの間にやら消えていた。
「あっ……済みません」
「……いや、良いんだ。終わった……みたいだからな」
「へ?」
園部、少々の疲労感を覚えるが、仮眠を取れた感覚なのか、運転に支障が無さそうな表情で、運転席に歩いて行く………腰を抜かしてしまった佐縄含む残り要員も、同じく歩き出す。
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「そんな……そんな馬鹿な事が……」
自身の発した言葉に、「しまった」と佐縄の顔を見て謝る灘江。
だが、佐縄の表情は変わらず穏やかである。
「私もその話聴いて、ぶっ倒れそうになったわよ」
社長も苦笑いする。
事務の子はどうやら外出しているらしく、灘江は何故か安堵する。
「何もあいつに……いや、園部ってのに異常が起きてない事の証明が、先刻の……遂行料金の受け取りって話に……なるんですかね」
「うん、そうなるね」
───あいつ……と園部に対し、訳の分からぬ対抗心が灘江に芽生える。
「で、灘江君は運転免許は持ってるの」
「えっ……あーペーパーです」
「なら、邪険にしないで欲しいんだけど……不思議な体質なのも有るけど、レンタカーを無傷で返却出来てるのは、園部君の御蔭でもあるの」
聞けば、心霊スポットに行った際は車輛を借りるとことごとく故障して、レッカー車頼みか洗車必須の目に遭っていたのだと言う。
「それが、園部君を引き込んだら無事に車輛が無傷で帰って来る様になったのよ。たまたま灘江君が休みや都合のつかない場合に、いつも彼が運転手役をしてくれてたんだけどね」
ハンドルさばきにドライヴテクニックがどうなのかはまだ分からないが、園部様々だと言うのは何と無く分かった。
作者芝阪雁茂
外出先でガーっとこんなのを走り書きしてしまった……あらゆる模倣が詰まっていると思われます(汗)。