いわゆる貸家住まいだった頃の御話。
台所や風呂、トイレを除けば生活空間は居間と寝室のみと言うシンプルな間取りだった為、私や弟は勿論、父親も自身の部屋が無く、大きな本棚と食器棚の下の引き戸の有る木製の家具が、いわゆる彼の書斎を果たしていた。
私はと言えば、当時未就学児で文字も覚えたてでチンプンカンプン、もっぱら写真や挿し絵、簡単なイラストを探してはペラペラめくりながら、内緒で父親の小さな書斎を物色するのは、後ろめたく行けない事だと子どもながらに理解していた様で、普段の片付けは面倒がりながらも証拠隠滅も兼ねて元有る場所に返していたと記憶している。
───で、そんな中、一冊の変な本が有った。
文字は一杯有るが小説でも無い、しかも挿し絵で無く写真が有ってそれが……
制服を着た生徒達のいわゆる集合写真で、何故か全員の目にあの一本筋───いわゆる目線───が被せられていたのだ。
「ななな、なにコレっ?!」
何故か両親も弟も出払っている時間帯、未就学児の時分ながら、良く私一人を留守番させていたものだと、今になって思えば奇妙な話であるが、そのタイミングを見計らうが如く、くだんの書物を手に取ってしまっていた私も私だと思う。
書物は元の位置に戻したが、その中身が余りにも不気味だったが為に、親に訊いたりはしなかった。
それから数年後に再び食器棚の下の蔵書を漁って見るも、他の本は当時のまま残されていながら、その目線の被せられた書籍のみ、何処を探してもそれらしい奴をパラパラと頁を繰っても見付からず、忽然と姿を消していたのである。
作者芝阪雁茂
ふと思い出して或る種温めていた、怖くはありませんが、これ又変な実体験より。