<閲覧注意>
この話は残酷な描写、グロテスクな描写、非常に不快な表現を含んでいます。
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知人から聞いた話です。
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「せんせー!ぼ、ぼくの集金ぶくろが!あ、ありません!」
「あれ?あれれれ?ぼくもない!」
「うっそ?うっそ?ぼくのは中身だけ抜き取られてる!」
小学校の教室内、三人の男の子がニヤニヤと笑いながら手を挙げ、その場に立ち上がった。
担任は険しい顔で最前列中央の席に座る男の子を見つめる。
「え?ぼくじゃないですよ…」
担任は目を細めた。
「ほんとうに、ぼくじゃないですよ…」
担任は目の前に座る男の子を黒板の前に移動させると、男の子の席を漁り始める。
机の中に手を入れると、一番奥から集金袋が一つ。
ランドセルの底を捲ると、集金袋が一つ。
給食袋の中に丸められたナフキンを広げると、集金額と同額の小銭がこぼれ落ちた。
「Bさん!人のものを盗ったら駄目だと何度言わせれば分かるんですか!」
担任はBくんの机の上を右手でバンと叩いた。
「ごめんなさい。でもほんとうにぼくじゃ…」
Bくんは俯きながら謝った。
教室内の至る所からクスクスと笑い声が聞こえる。
物が無くなったかと思えば、Bくんの周囲を探すと必ず見つかる。
この前も体操服が無くなり、何処にあるのかと探したら、Bくんがその体操着を着ていたことがあった。
「ぼくじゃないですよ…」
と言いながら、他人の名前が大きく書かれたゼッケンが貼られた体操着姿のBくんを見て、着替え中の男子は皆で笑った。
連絡帳、電話、家庭訪問、学校への呼び出し。
担任がBくんの両親とやりとりした回数は数えきれない。
保護者会でBくんの事が話題となり、母親が号泣しながら保護者に謝罪したこともあった。
それ以来、Bくんの両親が学校行事に顔を出す事はなくなった。
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「おい!どろぼう!」
「おい!せっとーはん!」
「おい!ぎんこーごーとー!」
「おい!きょうあくはんざいしゃ!」
「おい!むきちょーえき!」
「おい!はんざいしゃ!」
「おい!しけいしゅー!」
「おい!ころしや!」
「おい!ちかん!」
「おい!へんしつしゃ!」
Bくんのあだ名は多種多様、同級生の誰もが「Bくん」と呼ぶことは無くなっていた。
「おい!Bくん!どうしたの?」
そんな中、Bくんを名前で呼んでくれる友達が一人だけいた。
「あ、Aくん!ううん。なんでもないよ」
Bくんのお向かいに住むAくんだ。
Aくんは成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗でクラスの人気者だった。
Bくんが悪い点数を取った時、Aくんは百点の答案の名前欄を消しゴムで丁寧に消して、Bくんに手渡した。
「テスト、交換しようよ。これならBくんは親に怒られないでしょ?」
Bくんがマラソン大会で転んで最下位になった時、一位でゴールしたAくんは立ち止まらずにBくんのもとに駆け寄り、肩を貸して一緒にゴールした。
「足、痛くない?一緒に最後まで頑張ろうよ!」
BくんにとってAくんはヒーローのような存在だ。
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【キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン】
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「きりつ!」
「きをつけ!」
「れい!」
「ちゃくせき!」
Bくんがランドセルを取りにロッカーへ向かおうとした時、何かに躓いて転倒した。
「おい!どろぼー!じゃまだよ!なにころんでんだよ!」
誰かがBくんの足を引っかけたようだ。
クスクスと笑い声が広がる。
「せんせー!はんざいしゃがどいてくれません!」
「さっさとたてよ!」
Bくんの横を通る際、蹴りを入れる同級生もいた。
「Bさん!大丈夫?ほら立って!」
しゃがみこんだ担任が声をかけるもBくんは動かない。
「ちょっと!ふざけてないで早く立ちなさい!」
担任が怒鳴り、クラス内が静まりかえった。
しかし、Bくんは全く動かない。
「せんせー、はんざいしゃは、しんだみたいです」
「なむなむ」
「ちーん」
心無い言葉がクラス内を飛び交い、目を瞑り、両手を合わせる仕草をするものもいた。
仕舞いには真っ白いポケットティッシュがBくんの頭の上に広げて置かれた。
「え?ちょっと…嘘でしょ?」
青ざめた担任はうつ伏せに倒れたBくんを仰向けにすると、胸に耳を当てた。
【ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ】
心臓の鼓動。
「良かった…生きてる…」
安堵した担任は副担任に帰りの会をお願いし、気絶したBくんを抱き抱えて保健室へと向かった。
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カーテンの隙間から夕陽が差し込む。
保健室のベッドの上で目を覚ましたBくんは上半身を起こした。
壁に掛けられた丸い時計は十七時前を指している。
保健室の先生は離席中なのか見当たらない。
校庭から賑やかな遊び声が聞こえてくる。
数年前、校舎に隣接して建設された学童保育施設の子供達が走り回っているのが見えた。
Bくんがズキズキと痛む左側頭部を手で押さていると、隣のベッドとの仕切りのカーテンを掴む手が見えた。
その手はカーテンをゆっくりとスライドさせる。
Bくんは誰だろうと思いながら見続けていると、隣のベッドで横たわる女の子と視線が合った。
「こんにちは!」
「あ、こんにちは…」
突然挨拶されたBくんは、どぎまぎした。
女の子はBくんを見つめながら微笑んでいる。
初めて見る顔だったので、違う学年なんだろうなとBくんは推察した。
女の子にじっと見つめ続けられ、照れ臭くなったBくんは再び横たわると視線を天井に移した。
「とても怖い夢を見たの…」
「…」
隣の女の子が急に話し始めた。
「夢の中で私は何処か冷たい場所でベッドに寝ていて…」
「…」
「ねぇ、聞いてる?」
視線を隣のベッドに移すと、女の子はムッとした顔でBくんを見ていた。
再び照れ臭くなったBくんは視線を逸らした。
「あなた、いじめられてるでしょ?」
「え?なんで?」
急に話題が変わり、Bくんは声が裏返ってしまった。
「う~ん。直感。私に雰囲気が似てるからかな?そういう態度もそうだけど」
「君もいじめられてるの?」
「う~ん。いじめられてたけど、今は平気だよ」
「そっか。よかったね…。いじめられるのは辛いけど、Aくんがいるから何とか我慢できるんだよ」
Bくんが笑顔を見せると、女の子は首を傾げた。
「Aくんって?」
それからBくんは延々とAくんのことを自慢げに話し続けた。
女の子は途中、口を挟むことなくBくんの話を真剣な眼差しで聞き続けた。
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「でもさ、Aくんがいつも助けてくれるとは限らないでしょ?Aくんがいない間にいじめられることもあるでしょ?」
「まぁ、そうだけど…」
Bくんは暗い顔をした。
Aくんは給食後に、家の都合で早退していた為、帰りの会には居なかった。
「自分で自分の身を守る術も身につけないとダメだよ」
「う~ん…喧嘩しろって事?」
「それも一つの手段だね。身を守る術は色々。逃げるのもまた一つの手段かな」
「僕、喧嘩も強くないし、足も速くないよ…」
「きっと、それに加えてその可愛い顔だからいじめられるんだね」
女の子がニヤニヤと笑っている。
Aくんに負けず劣らず、Bくんも容姿端麗だ。
Aくんは彫りが深めのハーフ顔、Bくんはおっとりした可愛い系といったところだろうか。
「化粧映えしそうな顔してるよね」
「やめてよ…」
女みたいな顔しやがってと馬鹿にされる事も多々あるBくんにとって、自身の容姿はコンプレックスだった。
「ごめんごめん。じゃあ、これ、私からのプレゼント」
女の子はBくんのベッドの上に何かを投げた。
「何これ?お守り?」
Bくんは手にしたお守りをまじまじと見た。
赤と青、二つの細長いお守りが蝶々結びで繋がっている。
外周には草花のような模様、中央には見たことの無い難しい漢字が二文字、銀糸で刺繍が施されている。
「う~ん。まぁそんなところかな」
Bくんの表情は相変わらず暗い。
お守りでいじめが解決するならこんなに苦労はしていないからだ。
「まぁまぁ、そんな顔しないで。ね?」
それから女の子はお守りの使い方を教えてくれた。
長々と話していたが、簡単にまとめると次の通りだ。
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一つ、常に肌身離さず持ち歩くこと。
二つ、いじめられてると感じた時は握りしめること。
三つ、雨の日、赤と青のお守りの結び目を鋏で切ること。
四つ、雨が止むまでに赤のお守りをいじめっ子に渡すこと。
五つ、雨が止むまでに青のお守りは燃やすこと。
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女の子から一通りの説明を受けたBくんの表情は険しかった。
「ねぇ、いじめっ子にお守り渡して受け取ってくれると思う?」
「受け取らないだろうね。直接渡す必要は無いよ。ランドセルとかにこっそりと忍ばせておけば大丈夫」
「それなら、まぁ…。あと、何で雨の日なの?」
「さぁ?」
「え?分からないの?」
「分からないよ」
「…。これさ、もし使い方を間違えたらどうなるの?」
「さぁ?使い方を間違えた人の話は聞いたことが無いよ」
「君は誰かに使ったことあ…」
【ガラガラ】
保健室のドアが開く音と同時にカーテンが閉まり、女の子の姿が見えなくなった。
「B!大丈夫か?」
担任から連絡を受けたBくんの父親だった。
「うん…」
「教室で転んだんだってな?注意しないとダメだぞ!」
「え?あ、うん」
一緒に入って来た担任が作り笑顔でBくんを見つめる。
《余計なことは言うなよ》
とでも言いたげな威圧的な雰囲気だった。
「先生、本当にありがとうございました。お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。ほら、Bも!」
「…。ありがとうございました」
「いえいえ、Bさんが無事で良かったです」
「では、これで失礼いたします」
「はい。Bさんまた明日」
「先生、さようなら」
【ガラガラ】
保健室のドアを閉めた直後、ドアの向こうから先程の女の子の声がした。
『またね。Bくん』
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翌日以降もBくんに対する同級生からの扱いは変わらなかった。
何か問題が起きるとBくんが犯人にされ、クラス中から非難される。
そんなBくんをAくんが慰め、励ます。
その繰り返しだった。
Bくんは保健室で出会った女の子の事が頭から離れなかった。
意味もなく違うクラス、違う学年の教室の前をうろついたが、見つからない。
わざと転んで怪我をして何度か保健室にも行ったが、見つからない。
校庭で遊んでいる子供たち隅から隅まで眺めたが、見つからない。
あれは夢だったのかも知れないと何度思ったか分からないが、いじめられてる最中、ポケットの中で握りしめているお守りが現実であることを証明していた。
いじめられながらBくんは小声で呟いた。
「雨、早く降らないかなぁ…」
Bくんは天気予報のチェックが趣味になりつつあった。
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「B!今日は雨靴で行きなさい」
「は~い!」
お守りを貰ってから二週間。
念願の雨。
Bくんは自分の部屋でお守りの結び目を鋏で切ると、左のポケットに赤、右のポケットに青のお守りを忍ばせた。
雨靴を履き、傘をさし、いつもより軽快な足取りで登校班の集合場所へ向かった。
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「ただいまー」
「…」
帰宅後、家に誰もいないことを確認したBくんは玄関ドアに鍵をかけ、台所に向かった。
換気扇を回し、右のポケットから青のお守りを取り出すと、フライパンの上に乗せ、父親が魚を炙る時に使う小さなガスバーナーで火を付けた。
フライパンの上で燃え上がる青のお守り。
中身も燃える素材だったようで、しばらくバーナーで炙り続けた青のお守りは真っ黒な燃えカスとなった。
「うわ、焦げ臭い…」
換気扇だけでは換気が不十分だった為、Bくんは部屋中の窓を開けた。
雨の降る音と共に、ジメジメとした湿気の多い空気が室内に流れ込む。
それからBくんは何が起こるのかワクワクしなが待ち続けたが、何も起こる事なく、就寝時刻となった。
「まぁ、そうだよね…」
「ん?どうかした?」
「何でもない…。お父さんおやすみなさい」
「おやすみ」
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「お先に失礼します」
「お疲れ様です。もうこんな時間か…」
職員室でテストの採点をしていたBくんの担任、Mさんは採点していた手を止めた。
気が付けばMさん以外、職員室には誰もいなかった。
「そろそろ帰るかな」
Mさんはデスク周りを整理し、戸締りを終えると、学校を後にした。
「まだ降ってるよ…」
残業した上に天気まで悪い、Mさんは溜息をつきながら傘を開いた。
学校から最寄り駅までは徒歩十五分程度。
降りしきる雨の中、Mさんは歩き始めた。
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【カツ、カツ、カツ、カツ】
駅への抜け道となる一本道を歩いている時、遠くからハイヒールで歩くような音が聞こえた。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
Mさんは特に気にすることなく、歩き続ける。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
ハイヒールで歩くような音は徐々に近くなり、Mさんの真後ろから聞こえる。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
【~♪~~♪~~~♪】
Mさんのバッグから携帯電話の着信音。
Mさんは立ち止まり、バッグから携帯電話を取り出した。
画面を開くと同時に着信音は鳴りやんだ。
画面には妻から不在着信有りの表示。
Mさんはその場で折り返そうとするも、圏外表示となっていた為、諦めた。
「あれ?」
気が付くとハイヒールで歩くような音は消え、静まり返っている。
Mさんが立ち止まっている間に追い抜いたのであれば、今頃前を歩く女性の後ろ姿見えるはずだが、目の前には誰もいない。
途中で曲がったのかなと思ったMさんは携帯電話をバッグにしまおうとした時、見覚えのないものがバッグの中に見えた。
手に取ってみると、それは綺麗な刺繍が施された細長く赤いお守りだった。
「こんなのいつ買ったっけ?」
きっと妻が入れたに違いないと思ったMさんはそのままバッグに戻し、再び歩き始めた。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
「え?」
Mさんが歩き始めると同時に再び背後からハイヒールで歩くような音。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
よくよく聞いてみると、Mさんが歩くタイミングに合わせてハイヒールで歩くような音。
【カッ!カッ!カッ!カッ!】
Mさんが小走りをすると、背後のハイヒールで歩くような音のリズムも早くなる。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
Mさんが小走りをやめて歩き始めると、背後のハイヒールで歩くような音のリズムも遅くなる。
【…】
Mさんが立ち止まると、背後のハイヒールで歩くような音はぴたりと止まった。
気味が悪くなってきたMさんは本気で走ることにした。
【カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!】
どれだけ本気で走っても背後のハイヒールで歩くような音がついてくる。
【カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!】
ふと、走りながらMさんは気になることがあった。
【カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!】
それを確かめる為、必死に走り続けるMさん。
【カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!カッ!】
「はぁ…、はぁ…、やっぱり、おかしい…」
息が切れ、疲れたMさんは立ち止まった。
【…】
学校から最寄り駅までは徒歩十五分程度だが、腕時計を見ると既に十五分以上経っている。
これだけ走っているのだから、もうとっくに駅が見えてきても良いはずだが、まだ駅は見えない。
他にも違和感があった。
一本道の街頭はついているのだが、周囲に立ち並ぶ家はまるで大規模停電かの如く、一軒も灯りが無かった。
また、Mさん以外、前には誰もおらず、一本道の風景がいつまで経っても変わらない。
延々と同じ道をループしているような感覚だ。
意を決したMさんはゆっくりと振り向いた。
傘を差したMさんの視線の先、背後の足元にはすらりと伸びた二本の…。
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「竹馬?」
ハイヒールを履いている女性を想像していた為、意表を突かれたMさん。
小学校に置かれている金属製の竹馬そのものだったが、違和感があった。
竹馬の足場に足が乗っていない。
まるで透明人間が乗っているかのように、二本の竹馬がMさんの背後に立っている。
Mさんは竹馬の先を確認する為、傘を持ち上げ、視線をゆっくりと上に動かした。
「は?何これ?撮影か何か?どっきり?」
周囲を見渡すもカメラ等はもちろん無い。
見たことのない存在にMさんの頭は真っ白になった。
三メートルくらいあるだろうか。
両脚は付け根から切断され、赤黒い切断面の中央に竹馬の棒が深々と突き刺さり、竹馬が脚となっていた。
衣類は身に着けておらず、痩せこけた身体。
呼吸に合わせてあばら骨が見え隠れする。
両腕も付け根から切断されており、赤黒い切断面には血で黒く変色したお守りが大量に埋め込まれていた。
Mさんは視線をさらに上に動かした。
頭部が無い。
下の歯は全てあるが、そこから上が何も無い。
口を開けた状態で上下に分断されたかのような状態だ。
しきりに顎をガクガクと動かし続けている。
更に異様なことに、目の前のバケモノは透明なビニール傘を差していた。
両腕が無いのにどうやってと思うかも知れないが、確かに傘を差している。
分断された頭部の断面にビニール傘の棒が深々と突き刺さり、白い持ち手が身体のみぞおちのあたりから飛び出ていた。
降りしきる雨の中、腰を抜かしたMさんは尻もちをつき、傘を手放してしまった。
「夢、だよな?」
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左側の竹馬が地面を離れ、呆然と座り込むMさんの目の前まで近づいた。
スーッとMさんの視界から消えたと思った次の瞬間、Mさんのみぞおち目掛けて垂直に竹馬の棒の先が突き刺さる。
「…っ!、痛ってぇ!何すんだよ!」
痛がるMさんの声は届いていないようで、竹馬はまるでミシン針のようにMさんのみぞおち目掛けて垂直運動を繰り返す。
「ぅ…、ぅ…、ぅ…、ぅ…」
Mさんは上手く呼吸が出来ず、竹馬の棒の動きに合わせて自然と声が漏れた。
みぞおちには竹馬の棒の先、腹部からお臍にかけて竹馬の足場が、何度も何度も振り下ろされる。
「ぅぉぇ…」
Mさんは自身の胸元に血の混じった吐瀉物を巻き散らすと、ぐったりと仰向けになった。
竹馬の垂直運動は止まることなく、繰り返され、やがて…。
【カツ!】
竹馬の棒の先はMさんのみぞおちを貫き、コンクリートの地面まで到達した。
竹馬の足場も腹部からお臍にかけて深々とめり込んでいる。
Mさんは意識が朦朧とするなか、みぞおちに突き立てられた竹馬の棒を力なく両手で掴み、持ち上げようとするも、棒はびくりとも動かない。
「うっ…!」
みぞおちに強い力が加わったかと思うと、もう一本の竹馬が地面を離れた。
降りしきる雨の中、Mさんの視界の先には竹馬の棒の先が見えた。
その刹那、勢いよく竹馬の棒が垂直にMさん目掛けて落下した。
最期を察したMさんは目を瞑った。
【カツ!】
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「ぇ?」
竹馬の棒の先はMさんの顔のすぐ左側の地面に勢いよく落ちた。
死を覚悟していたMさんは安堵し、みぞおちに突き立てられた竹馬の棒を再び持ち上げようとしたが、やはり動かせない。
Mさんの顔のすぐ左側にあった竹馬の棒の先が再び地面を離れた。
「ひっ…」
今度こそ終わったと思ったMさんは再び目を瞑る。
【カツ!】
今度はMさんの顔から少し離れた左側の地面に勢いよく落ちた。
その後も繰り返し地面から離れ、地面を叩く竹馬の棒の先。
ふと、横目で竹馬の棒の先を見続けていた、Mさんは気が付いた。
「嘘だろ…まさか…!いっ…!」
竹馬の棒の先が地面ではなく、Mさんの左肩に勢いよく落ちた。
鈍い音とともに激しい痛みがMさんを襲う。
竹馬の棒の先はMさんの左肩から左脇の下にかけて、何度も何度も落ち続ける。
【グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ】
その度にMさんの左手はMさんの意思に反してピクピクと動いた。
【カツ!】
やがて、Mさんは自分の意志で左手を動かすことができなくなった。
Mさんの左腕は身体から分断された。
分断されてもなお、Mさんの左手の指はピクピクと痙攣する。
地面には流れ出た血と、すり潰された肉片がこびり付いている。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
Mさんの声は虚しく響き、竹馬の棒の先は地面を離れると、Mさんの身体から少し離れたところに落ちた。
【カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!】
Mさんのみぞおちに突き立てられた竹馬の棒を中心に、コンパスで下手糞な円を描くようにもう一方の竹馬の棒の先は移動し、垂直運動を繰り返した。
【グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、カツ!】
【カツ!カツ!】
【グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、カツ!】
【カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!】
【グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、カツ!】
左脚、右脚、そして右腕がMさんの身体から分断された。
【カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!カツ!】
竹馬の音は徐々に近づき、Mさんの顔のすぐ右側で聞こえた。
Mさんの視線の先、再び竹馬の棒の先が見えた。
【ゴリッ!】
右の頬骨あたりが砕ける音と共に、Mさんの意識は途絶えた。
【バキッ、グチャ、グチャ、グチャ、ゴリッ、バキッ、グチャ、グチャ、ゴリッ、バキッ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ、カツ!カツ!カツ!】
【ズル…ズル…、カツ、ズル…ズル…、カツ、ズル…ズル…、カツ、ズル…ズル…、】
みぞおちに片方の竹馬を突き立てられたまま、Mさんの身体はゆっくりと引きずられ、暗い一本道の先に消えていった。
地面には引きずられた血の跡とこびり付いた肉片が点々と残った。
街灯の下には少し前までMさんの身体に繋がっていた五つの肉の塊が置き去りにされた。
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何処かの通学路。
降りしきる雨の中、三つの傘が横に並ぶ。
制服を来た三人組が歩いている。
「これが最近話題になってるカツカツサマね。お守り渡されてなくても、見えちゃう人もいるらしくて…」
そう言いながら携帯の画面を他の二人に見せた。
両脚が竹馬、両腕と顔が無く、顔があるべき場所には傘が突き刺さったイラストを何枚か表示させる。
「目撃場所は関東が多いみたいだけど、最近は地方でもちらほら目撃例があるみたい」
有志が作成したカツカツサマまとめサイトには目撃場所や目撃者が描いたイラストが掲載され、掲示板は盛り上がりを見せていた。
ただ、実際の現場写真を掲載するものが後を絶たず、あまりにもグロテスクな内容である為、サイトそのものが削除されることもしばしば。
「先生の胴体は見つかったの?」
「さぁ?でも現場の状況から察するに、カツカツサマにやられたらカツカツサマにされてしまうのでは?って意見がぶっちぎり」
「いじめっ子は殺されてカツカツサマになって、カツカツサマになった元いじめっ子が別のいじめっ子を殺すわけだ」
「そうなるね」
「いじめっ子の有効活用って感じだね。このまま広まればいじめも減りそうだな。つーか何でBくんは先生にお守り渡したの?」
「いじめを見て見ぬふりして、いじめっ子に注意しようともしなかったからじゃない?」
「なるほどね~」
「結局、担任が変わってもいじめが終わることはなかったみたいだけどね」
「ダメじゃん。でもAくんがいるから大丈夫か」
「それがさ、実はイジメを裏で仕組んでたのがAくんなんだってさ」
「え?」
「いじめられてるBくんを見るのが好きで、そのBくんに優しく接する自分の事はもっと好きだったらしい。周囲からも良い子に見られるしね」
「最低じゃん…」
「だよね…。で、ある日、Bくんはその事に気が付いちゃって、その直後に教室から飛び降り」
「うわ…」
「重症だったけど、幸い一命はとりとめたみたいで、退院後に何処かに転校したんだとさ」
「お守り、Aくんに渡すのが正解だったのか。残念だったね」
「だねぇ」
「あと、Bくんにお守りをくれた女の子は誰だったの?」
「憶測に過ぎないけど、その女の子もカツカツサマ、もしくはカツカツサマの使いだって言われてるよ」
「そうなの?」
「うん。Bくんの前に現れたのは女の子だったけど、いじめられっ子の前に現れてお守りをくれる人は人によって異なるんだ」
「へぇ~。他にはどんな?」
「男の子だったり、お年寄りだったり、老若男女。いじめられっ子が警戒しない姿で現れるのが共通点だってさ」
「なるほどね…って、そういえば、さっきからどうした?」
カツカツサマの話を聞き終えてから、一人だけ会話に参加していない眼鏡男子がいた。
「ねぇ。この音、聞こえるよね」
眼鏡男子の顔は青ざめている。
「音?雨の音しかしねーけど?ねぇ?」
「うん。雨の音しか聞こえないよ?」
眼鏡男子はその場に座り込み、嘔吐した。
「おいおい…大丈夫かよ?」
「どうしたの?」
眼鏡男子は制服のポケットから何かを取り出しながら言った。
「どうしよう…俺、渡すの間違えちゃった…」
眼鏡男子の手のひらには綺麗な刺繍が施された赤いお守り。
三人組の背後から音が聞こえた。
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【カツ、カツ】
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終
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「【終】、じゃないでしょ!」
隣に座るKの太腿を抓った。
「い、痛いです!…ひ…」
漫画喫茶の一室。
大切な話があると呼び出され、数年ぶりに再開したKは相変わらずの様子だった。
初対面の相手には【取り柄はイケメンなところだけ】と自己紹介するお調子者だったが、どうやら健在のようだ。
「じ、実はですね…ふふ…」
Kは両目を閉じ、唇をこちらに向けた。
「…」
「…」
渾身の力を込めてKの左頬を叩いた。
「い、痛いです!…ひひ…」
「ほんと…いい加減にしないと、ぶっこ…」
「せ、先輩!や、やめてくださいよ…ひ…」
Kは慌ててバッグからメモ帳を取り出し、パラパラとめくり、目当てのページで手を止めた。
「こ、これを見せたかったんですよ…ふふ…」
そこには『カツカツサマ』の文字とURLが手書きで記されていた。
KはURLを入力し、ENTERキーを押した。
「え?」
モニターにはカツカツサマとは全く関係の無い、某ショッピングサイトのTOPページが表示された。
「な、何か買ってあげましょうか?…ふふ…」
「本当に?じゃあ…」
Kからマウスを取り上げ、TOPページに表示されている家電をクリックした。
商品ページには高級掃除機の写真が表示されている。
下にスクロールしていき、購入ボタンをクリックし、高級掃除機は買い物カゴに入った。
「ちょ、ちょっと先輩!冗談はやめてくださいよ…ひ…」
隣ではKが薄ら笑いを浮かべている。
続けて、ログインボタンをクリックすると、IDとパスワードの入力画面が表示された。
「はい。どうぞ」
マウスを返すとKは困惑した表情を浮かべている。
「こ、このサイトですが、見ての通り本物のように見えて、本物なんですよ…ふふ…」
「は?いいから早くログインしてよ」
「で、ですから、本物なんですけど、偽ショッピングサイトを経由しているので、ここでIDとパスワードを入力してしまうと、商品は本物のショッピングサイトから購入できますが、IDとパスワード、個人情報が偽ショッピングサイトを管理している方に漏れてしまうんです…ふふ…」
「え?いいよ別に?私のじゃないし」
「せ、先輩、ひどすぎますよ!…ひひ…」
Kはブラウザの戻るボタンを何度かクリックし、偽ショッピングサイトのTOPページに戻った。
そのまま、別のブラウザを立ち上げると、本物のショッピングサイトを開き、隣に並べた。
左右のブラウザを見比べながらスクロールさせてみたが、確かに偽物と本物の区別が付かない。
違いは上部に表示されているURLくらいだろうか。
「さすがの先輩でも見分けられませんか…ふふ…」
「はいはい。で?偽ショッピングサイトで何がしたいの?」
面倒臭くなった私はさっさと話しを進めるべく、考えることをやめた。
「全く同じように見えて、一か所だけ違うんですよ…ふふ…」
Kは偽ショッピングサイトの【ヘルプ】を指さした。
見比べてみると、本物のショッピングサイトは【HELP】と英語表記になってる。
再度、Kからマウスを取り上げ、【ヘルプ】をクリックした。
ショッピングサイトとは別のログイン画面が表示された。
Kはメモ帳を見ながらIDとパスワードを入力した。
「先程、お話した通り、内容が非常にアレなので、頻繁にサイト削除されましてね、今では会員制なんですよ…ふふ…」
ブラウザには【カツカツサマ】のまとめサイトらしきホームページ。
赤と青を基調としたデザインのホームページで、背景画像はカツカツサマらしきイラストが表示されている。
TOPページには【カツカツサマとは?】【掲示板】【画像】【チャット】【お問い合わせ】の文字。
「見てもらいたいのはこれなんですよ…ふふ…」
Kは【掲示板】をクリックし、画面をスクロールさせると、一つのスレッドをクリックした。
タイトルには【急募】とだけ書かれている。
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【急募】
オークションでカツカツサマのお守りを落札しましたが、
入金後に出品者との連絡が取れなくなり、商品が発送されません。
出品者情報は開示されており、連絡先の電話番号、住所が存在することは確認済みです。
それなりの金額であった為、入金前に電話で会話もしました。
今週末、出品者の自宅に行こうと思うのですが、例の噂もあり、一人では不安です。
どなたかついてきてくれる方、ご連絡お待ちしてます。
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スレッドの末尾にはオークションのURLと、依頼者のメールアドレスが記載されていた。
KがオークションのURLをクリックした。
商品名は【お守り】のみ、商品説明欄には『赤と青の綺麗なお守りのセットです。ご理解いただける方のみご入札をお願いします』と書かれている。
商品画像は既に削除されているようで何も表示されていない。
「で?これがどうしたの?」
何となく察しはついていたが、可哀想だから、聞いてあげることにした。
「や、やりましたよ先輩!依頼者のNさんについていくという非常に高倍率な権利をこのKが見事勝ち取りました!…ふふ…」
確かにスレッドには『メールしました』の返信がたくさんついており、ざっと数百人は応募があったに違いない。
「へぇ~そう。当選の秘訣は?」
「カツカツサマを何度か見たことがあります!と一文添えたら、すぐに返事が来ましたよ…ふふ…」
「本当に見たことあるの?そもそも、あんたいじめられるようなキャラじゃないよね?」
「ほ、ほら!今、今まさに先輩にいじめられてますよ…ひひ…」
「で?Nさんに会うのはいつなの?」
Kはドリンクバーから持ってきたメロンソーダを一気に飲み干すと、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら言った。
「言ってませんでしたっけ?今日、これからですよ…ふ…」
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降りしきる雨の中、三つの傘が横に並ぶ。
駅前で合流したNさんは真っ白いマスクを着けており、会釈したのみでまだ一言も話していない。
K曰く、Nさんは極度の人見知りとのことだった。
「到着しましたよ。ここですか…ふふ…」
マンションの入り口でKが立ち止まった。
ビニール傘を畳み、自動ドアを通った先、エントランスホールの入り口手前にはシルバーの操作盤。
「5、0、5~♪5、0、5~♪5、0、5~♪」
Kは口ずさみながら部屋番号を入力した。
「…」
「…」
「…」
一分ほど待ったが、何の反応も無い。
「やはり、出ないで…」
Kの言葉を遮るようにエントランスホールの入り口自動ドアが突然開いた。
「い、いるなら早く開けて欲しいですよね!…ひ…」
「…」
掃除が行き届いており、綺麗な印象のエントランスホールが目の前に広がる。
私がエレベーターのボタンを押すと、Kはニヤニヤしながらエレベーターとは逆にある階段に小走りした。
「先輩、505号室ですからね!どちらが先に着くか、競争ですよ…ふふ…」
そう言ってKはエレベーターが到着するのを待たず、先に階段を駆けあがって行った。
「…」
「…」
【ピンポン】
Nさんと私は無言のままエレベーターに乗り、5Fのボタンを押した。
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5階に到着し、通路を見渡すもKの姿は無い。
Kが上がって来るの待つ為、階段の近くで座り込んだ時だった。
【ピンポン】
エレベーターの到着音がした。
マンションの敷地内で座り込んでいるのはあまり印象がよくないと思い、咄嗟に立ち上がったが、エレベーターの中から出てきたのはKだった。
「せ、先輩、早いですねぇ…ふふ…」
Kは息を切らしながら両膝を摩っている。
「階段使ったんじゃなかったの?」
「そ、それがですね、途中で突然両足が金縛りに…そこから先は記憶がありません…ひひ…」
「あっそ」
Kは申し訳無さそうに頭をぺこぺこしながら私とNさんの間を通り、505号室へと向かった。
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突き当りの角部屋が505号室だった。
【ピンポーン】
「…」
「…」
「…」
Kがインターホンを鳴らしたが、誰も出てくる気配がない。
通路に面した小さな窓の奥は真っ暗で、どうみても不在のようだ。
「いないみたいだけど?」
「い、いやいや、じゃあ誰が入り口の自動ドア開けたんですか?…ひ…」
Kはドアノブを掴み、下に動かした。
「え?開いてるじゃん」
「先輩!どうぞお先に…ふふ…」
「は?」
「そんな怖い顔しないでくださいよ!レディーファーストってやつですよ…ひひ…」
Kとのやり取りを見かねたのか、はたまた呆れたのか、Nさんがドアを開け、室内に入った。
「こういうところで、差が出るんだよね~」
私もNさんの後に続き、室内に入った。
【バタンッ】
その直後、背後で玄関ドアが閉まり、視界が真っ暗になった。
「ちょっと!何やってんの?」
玄関ドアを開けようとするも、反対側でKが押さえているようで、全く開きそうにない。
「Kはお待ちしておりますので、お守りの回収よろしくお願いしますよ!…ふふ…」
「ほんと、ふざけないでよ!いいから早く開けて!」
「Kはいつまでもお待ちしておりますよ…ふふ…」
「はぁ…おまえ後で絶対に…」
Nさんが玄関の照明ボタンを押し、再び視界が明るくなった。
「…」
「お邪魔しまーす」
目の前には真っすぐな廊下。
左側に一つ、右側に二つ、正面突き当りに一つのドアがある。
前にいたNさんが正面ドアに耳を押し当てると、突然何かに驚いたかのように振り向き、私をじっと見た。
「どうしたの?」
小声で話しかけると、Nさんは正面ドアと耳を交互に指さした。
どうやら、私にも同じように正面ドアに耳を押し当てろということらしい。
Nさんは正面ドアから数歩下がった位置まで移動し、今度は私が正面ドアに耳を押し当てた。
「!?」
中から規則正しく音が聞こえる。
この状況で一番聞きたくなかったあの音が。
【カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ】
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「これってヤバいやつだよね?」
小声で話しかけると、Nさんは無言で首を縦に振った。
マスクをしている為、表情は分からないが、新しい玩具を与えられた子供のように喜々とした眼差しで正面ドアを見ている。
Nさんはバッグからビデオカメラを取り出し、左手に持つと、右手で正面ドアを開けた。
廊下の明かりが差し込む薄暗い室内。
【カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ】
竹馬の音が右往左往している。
照明ボタンを押すと、目の前には広々としたリビング。
明るくなった直後、竹馬の音が止んだ。
Nさんが興奮した様子で、ビデオカメラをまわしている。
リビングには竹馬に乗った小学校低学年と思わしき男の子がいた。
無表情のまま、じっと私を見つめながら、少しずつ距離を縮めてくる。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
「まじかよ!誰も乗ってない竹馬が動いてる!やべーよ!」
マスクを外したNさんの興奮に満ちた声が響く。
【カツ、カツ、カツ…】
男の子は私の目の前まで来ると、立ち止まったが、口を開こうとせず、じっと私を見つめる。
「…」
「…」
「…」
緊迫した空気に耐えられなくなり、男の子に話しかけることにした。
「ねぇ、君はここに住んでるの?」
男の子は無言のまま首を横に振った。
「じゃあ、ここに住んでた人は?」
男の子は無言のまま廊下の方を指さすと、竹馬に乗ったまま移動した。
【カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ】
私が男の子の後に続くと、Nさんもその後に続いた。
【カツ、カツ、カツ、カツ…】
男の子が立ち止まったのは廊下の左側手前の部屋。
「ここ?」
男の子は無言のまま首を縦に振った。
ドアを開けるのを躊躇していると、Nさんがドアを一気に開けた。
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「ひっ…!」
Nさんはその場に座り込み、震える手でカメラを回し続ける。
強烈な臭いが廊下に流れ込む。
書斎と思わしき部屋の床は一面どす黒く変色し、見たことのないカーペットが敷かれていた。
大の字に両手両足を広げ、うつ伏せになっている男性。
熊カーペットの人間版と言えばイメージし易いだろうか。
頭部のみ綺麗な状態で原形を留めており、それ以外はぺしゃんこに押しつぶされている。
元々は痩せていたのかも知れないが、両腕両足は二倍以上に引き伸ばされていた。
竹馬で執拗に何十回、何百回、何千回、何万回と踏みつけられ、骨を砕かれ、肉をすり潰されたのだろう。
先の丸い棒のようなもので押されたような跡が所々に残っている。
「…え?」
突然、服を引っ張られ、振り向いた先には男の子。
【カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ】
今のところ私たちに危害を加える様子はなく、男の子はリビングに戻って行った。
Nさんも立ち上がるとすぐに後を追いかけた。
私はカーペットに向かって両手を合わせ、軽くお辞儀し、その場を後にした。
「今なら開くかも知れない…」
そう思った私はこっそりと玄関に向かい、玄関ドアを開こうとしたが、相変わらずKが押さえていた。
大声を出すのは不味いと判断し、ドアを開けることは諦めた。
「おまえ、絶対にぶっ…」
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リビングに戻ると、男の子がダイニングテーブルの上を指さしていた。
近づいてみると、小さなダンボール箱が置かれている。
発送伝票が貼られ、今いるマンションの名前がご依頼主の住所欄に書かれている為、発送前であることは明らかだった。
品名には【お守り】と書かれている。
「お届け先は…ん?え?」
状況が良くわからなくなってきた。
Nさんが隣から発送伝票を覗き込みながら言った。
「この宛先に書いてあるのあなたじゃないですよね?どう見ても男の名前だし…」
「もちろん…というか、念の為、確認するけど、Nさんの名前でもないですよね?」
「え?はい。違いますよ。ん?あれ?ちょっと待って…」
Nさんも何か違和感に気が付いたようで、混乱している様子だ。
「俺はカツカツサマの掲示板で商品が届かないって人の書き込みを見て、メール連絡して、ここに来ました…」
「え?私は玄関を封鎖してるKについて来ただけなんだけど…カツカツサマの掲示板で商品が届かないって人の書き込みを見て、メールしたら当選したって…」
「あれ?Kさんの彼女…あなたが商品を落札した人で、掲示板に書き込みしたんじゃないんですか?」
「は?彼女?数年ぶりに会ったただの同級生なんですけど…」
「え?メールで男性恐怖症だからマスク必須って言われて、彼氏以外の男の声聞くと具合悪くなるから、話すのも禁止っていうのを条件に来たんだけど…。当日は彼氏も来るって…」
「は?何それ?でもまぁ、二人とも騙されて連れてこられたって事は分かったよ…」
「あれ?じゃあ、カツカツサマの掲示板に商品が届かないって書き込みしたのは誰なんです?」
私は伝票のお届け先を指さして言った。
「これ、Kの本名だよ」
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「その人知ってるの?」
男の子が初めて口を開いた。
「え、玄関の外にいるけど?」
男の子の表情があからさまに険しくなった。
【カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ】
男の子は無言で玄関に向かって移動し始めた。
私とNさんも後に続く。
「…」
【バタンッ!!!】
そこから先、背後からでは何が起きたのかは良く見えなかったが、物凄い勢いで玄関ドアが開き、少し離れたところに倒れるKが見えた。
Kは立ち上がると、全速力でエレベーターに駆け寄り、呼び出しボタンを連打し、手に持っていたビニール傘を男の子に投げつけた。
竹馬に乗った男の子から必死に逃げる様は違和感しか無かった。
【ピンポン】
到着したエレベーターに乗り込み、何とかその場から逃げ出せたK。
男の子は追いかけるのを止め、通路で立ち止まると、マンションの外をじっと見つめた。
しばらくするとマンションの外にKの姿が見えた。
視線を戻すと、通路にいたはずの男の子は通路沿いの柵の上にいた。
次の瞬間。
男の子が飛び降りた。
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「や、やってくれましたね…カツカツサマ、どれだけ馬鹿力なんですか…ひひ…」
降りしきる雨の中、マンションから無事に脱出したKは最寄り駅に向かって走りはじめた。
「先輩はきっともう…ああ、Kだけ助かることをお許しください…ふふ…」
ふいに隣に見えるマンションを見上げると、何かが落下してきた。
【カツ】
Kの目の前には竹馬に乗った男の子。
コンクリートの地面にも関わらず、まるでクッションでもあるかのように軽やかに着地した。
玄関での馬鹿力を目の当たりにしていたKはゆっくりと後ずさりした。
【カツ、カツ、カツ、カツ】
男の子もゆっくりと近づいてくる。
「す、すみませんでした!お守りのことで怒ってるんですよね?…ひひ…」
男の子は無言で頷くと、さらに距離を縮める。
「で、でも噂とは全然違って、可愛らしいもんじゃないですか。竹馬に乗った子供なんて…え?え?…ひひ…」
突然、男の子の両脚が腐敗し崩れ落ち、中から竹馬が生えてきた。
顔面も紫色に変色し、自身の両手で上顎を掴むと、上に向けて一気に引きちぎり、手にした頭部を地面に投げ捨て、下顎だけが残った。
いつの間にか手にしていたビニール傘を開くと、頭部があった場所に垂直に差し込む。
みぞおちのあたりが動いたかと思うと、両手で掻きむしり、指を突っ込む。
みぞおちからビニール傘の白い持ち手が露出した。
最後に両腕が腐敗し崩れ落ち、中から大量のお守りが生えてきた。
「わ、わざわざ噂通りの姿にならなくても良いのに…ひひ…」
Kは抵抗することを諦めたのか、その場で大の字に寝転んだ。
「ほら、さっさとやってください…ひ…」
カツカツサマは立ち止まると、片方の竹馬を垂直に持ち上げた。
Kに狙いを定め、垂直に落とす。
【カツ】
「…ふふ…」
Kはその場で転がり、竹馬を避けた。
再度、片方の竹馬が垂直に持ち上げられ、垂直に落ちた。
【カツ】
またしてもKはその場で転がり、竹馬を避けた。
「一度狙いを定めると、定めた場所にしか落とせないようですね…ふふ…」
その後も華麗にカツカツサマの竹馬を避け続けるK。
「これはいけるかもしれません!…ふふ…」
Kは垂直に落とされた竹馬の棒の先を片手で掴むと、渾身の力を込めて押し返した。
バランスを崩し、よろけるカツカツサマ。
Kはその隙を逃さず、起き上がると同時にカツカツサマの懐に急接近した。
カツカツサマのみぞおちから飛び出たビニール傘の白い持ち手を掴み、真下に向かって一気に引き抜く。
頭上に広がるビニール傘はひっくり返り、骨組みがバキバキと折れながらカツカツサマの体内を移動。
みぞおちの部分が大きく破れ、臓物にまみれたビニール傘が取り出された。
「汚い傘ですねぇ…お返ししますよ!!…ふふ…」
そう言ってKはぽっかりと開いたみぞおちにビニール傘を深々と突き刺した。
カツカツサマはその場に倒れ、コンクリートの地面にはどす黒い液体が絶え間なく流れ出る。
「やりましたよ先輩!このKが仇を取りました…ふふ…」
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マンション前には人だかりができていた。
悲鳴を上げる人、写真を撮る人、何処かに電話する人。
野次馬の中心にはKがいた。
両脚から白い骨が飛び出し、膝立ちの状態で何もないところに向かって両手をぶんぶんと振り回している。
きっと、カツカツサマと戦っている幻覚でも見ているんだろう。
脳天には一本の竹馬が深々と突き刺さり、歪に割れた頭部。
両目が飛び出し、血の涙を流している。
真上から押しつぶされ粉々になったのか、首が無くなり、頭部が胴体に少し埋まってしまい、唇が鎖骨のあたりにある。
普通に上から落ちてきた竹馬に当たったのであれば、こんな状態にはならないだろう。
「…ひ…」
その笑い声を最後に、膝立ちのままKは亡くなった。
遅れて到着した救急車のサイレンが虚しく響いた。
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「カツカツサマ、一人じゃなければ襲われないんじゃなかったの?」
「所詮は噂だからね。Kさんも噂を信じた結果、こうなった訳だし」
「結局、ルールを間違えたり、破ったりしたら全部アウト?」
「そうなんじゃない?」
「それにしても、お前よくこんな動画撮れたな…」
初めは子供の飛び降り動画かと思われたが、子供が落下しながらカツカツサマになり、マンション付近を走っていた男性の真上に落下する姿が映し出されていた。
その後、片脚だけになったカツカツサマがケンケンしながら闇夜に消えていった。
「それがさ、撮影してる時は竹馬しか映って無かったんだよ。後から確認したら、子供とカツカツサマが映りこんでたってわけ」
「そうなの?一緒に映ってた女は子供と話してたみたいだけど?」
「うん。その人は見えてたんだと思うよ」
そう言いながらネットのニュース記事を見せた。
「ほら、この女の人、動画に映ってたでしょ?」
「あ、ほんとだ…」
「職場でのいじめが原因で自殺したって書いてあるし、いじめられっ子だったんだろうね。だからカツカツサマが見えてた」
「なるほどね。じゃあ、カツカツサマもお守りあげれば良かったのにね」
「あ、さっきの動画の続き見る?」
「え?突然なんで?」
動画のラストは通路で一緒にカツカツサマを見ていたはずの女性がいつの間にか505号室から出てくる所で終わった。
握られた手元には赤と青のお守りらしきものがちらりと映っていた。
「いじめっ子を一人減らしたところで、根本的な解決にはならなかったんだろうね」
あいにくの空模様。
きっと今日も何処かで…。
作者さとる
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19年11月怖話アワード受賞作品に選ばれました。
読んで下さった方々、本当にありがとうございました。