その日、僕は同僚のAと一緒に酒を呑んでいた。
Aとは、入社が同じ日であったこともあり、会社の中でも仲の良い友人の一人だった。
あのとき、なんであんな話になったのか、よく覚えていないが、
確か僕が
「お前も少しは本読んだらどうだ」
みたいなことを言ったのがきっかけだったと思う。
もともと、Aは頭はいいが、あまり本を読まないやつだった。その一方、僕は読書好きだったのだ。
話の中でAは
「俺、もともと読書好きだったんだぜ。なんで、その俺が本を読まなくなったかというと・・・」
というので、
「面倒だからだろ?」
僕はすかさず茶々を入れる。
「違うって」
ふとAは真面目な顔をし、不思議な話をし始めた
Aは小学校頃、たしかに読書好きだった。学校の図書館が好きで、よく入り浸っては、シリーズ物の冒険小説や子供向けの文学書を借りて読んでいたらしい。
ある時、当時有名だった5巻シリーズ物のミステリ小説を借りたときのことだった。Aはあるページが折り曲げられていたのに気づいた。
Aは本が好きなだけあって、本を大事にしない子がいることに腹を立てたという。
Aはページの折り目を直し、本を読み始めた。そして、そのページに来たときに、ふと奇妙なことに気づいた。折り目を直したときには気が付かなかったが、ページの文章に鉛筆で薄く線が引かれている・・・
ミステリ小説を読むのに、線を引くなんて・・・
推理に必要な箇所に線を引いたのか。ひょっとしたら、結末を見た子が、ヒントになるところに線を引いたのかもしれない。
そうだとしたら台無しだ・・・
そう思いながら、その線を見ていたが、おかしなことに、それはまとまった文章に引かれた線ではなく、一文字ないしは二文字にしか引かれていない。
Aはそのページに引かれた線に沿って字を読んでみた。
「ころ・・・・さ・・・・れ・・・・る」
ー殺される?
読み上げてから、Aはドキッとした。
どういう意味だろう?
ただ、そのときは、誰かのイタズラだろうと思い、そんなに気にしなかったらしい。
そうして、二巻を借りた。
二巻にもまた折り目がついていた。
今度はそこのページを先に見てみた。やはり線が引いてある。
「とじ・・・こめ・・・・られて・・・いる・・・」
ー閉じ込められている
気味の悪いセリフだった。
殺される、閉じ込められている・・・
誰かがからかっているのだろうか?
Aはその本を読み終わり、次の三巻を手にした。四巻はすでに貸出中だった。
三巻を見ると、やはり折れているページがある。そこには果たして同じように線が引かれていた。
「早く・・・時間・・・・が・・・ない・・・もう・・・だ・・め・・・だ」
ー早く時間がないもうダメだ
Aはなんだか気味が悪くなり、そのシリーズを借りるのをやめた。
そんなことがあり、しばらくして、学校で緊急朝会が開かれた。そこで校長先生が言ったことに全校生徒が戦慄した。
「4年3組のT中Y生くんが、昨夜亡くなりました」
Aはその時4年2組だった。隣のクラスにずっと学校に来ていない子がいるのは知っていた
それがT中くんだった。
校長先生の話は家庭の事情で学校に来られないまま、家で亡くなった、という程度のものだったが、その後、親同士の噂話で、どうやらT中くんは虐待死したらしいことがわかった。
6年生の兄は優秀だったが、Y生はテストの点も良くなかったようで。エリートだった父親はそれが許せなかったらしい。
その年の春頃からY生を部屋に閉じ込めてかなり強い折檻をしながら勉強をさせていたようだった。嘘か本当か、発見されたときY生の顔はアザだらけで、まるで別人だったということだった。
死因は結局、父親に頭を殴られたことが原因の脳挫傷だったようだ。
Aはその話を聞き、もしやと思った。
ー殺される
ー閉じ込められている
ー早く時間がない
ーもうダメだ
Aは図書館に行き、例のミステリの四巻を開いた。
それにも線が引かれており、それには
ーた・す・け・て
とあった。
Aは、本の裏表紙についている貸出の日付を見た。
Aが借りる前の日付は
一巻は「X年6月23日」
二巻は「X年7月4日」
だった。三巻は借りていないので、最後の日付を見る。
三巻は「X年9月10日」
だった。
Aは二学期になってからこの本を読み始めていた。
三巻はAが借りようとした直前に返されていた。四巻の最後の貸出日は「X年9月28日」だった。
Y生が亡くなったのは10月3日だった・・・。
ここまで見て、このメッセージは間違いなくYのものだとAは思っていた。
このときに気がついて何らかの手を打っていれば、もしかしたらY生は死ななかったかもしれない・・・。
そう思って、胸が苦しくなった。
しかし、Aが最も恐怖を感じたのは、念のためと思ってみた五巻の文字を発見したときだった。
直前の貸出は「10月5日」
途中折れているところがあり、
見ると
ーよ・んだ・・・のに
「読んだのに・・・」
それとも
「呼んだのに・・・」
Aは既で叫び出しそうになるのをこらえた。Aはその本を閉じると、以降図書館にも行かなくなったし、誰にもこの話をしなかったという。
話を聞き終えた頃、Aはだいぶ酔っ払っていた。僕もこのときはAの考えた怪談話だと思っていた。その時自分もかなり酔っ払っていたので、話の詳細は覚えていないが、当時読んでいたミステリ小説をAに熱心に勧めたような気がした。
Aが会社にぱったり来なくなったのは、それから五日ほどしたときだった。
風邪でも引いたかと思っていたが、ある日警察がやってきて、僕に事情を聞きたいと言ったことでただ事ではないと思った。
警察はAが死んだことを告げた。部屋の中で殴打され、顔が醜く腫れ上がった姿で発見されたという。警察は僕のアリバイを調べに来たようだが、僕はAが死んだという日は、実家の母のところにいたので問題はないとされた。
そもそも、僕にはAを殺す動機もない。
「Aさんは読書をしている最中に襲われたようで」
警察が言ったその言葉に、僕はちょっとした引っ掛かりを覚えた。
読書?
ーええ、図書館から借りてきた本のようでした。
まさか・・・。
僕は警察に、その本を見せてほしいとお願いした。
警察官は不審な顔をしながらも、署でだったら見てもいい、と言ってくれた。
そう、Aが読んでいたのは、僕が勧めた本だった。
まさかと思うが・・・
僕はその本をペラペラとめくってみた。本の中ほどに、ページが折れているところがある。そこには一文字もしくは二文字に鉛筆で線が引かれている。
こうあった
ーみ・・・つけ・・・・・た
「見つけた」
と
作者かがり いずみ
図書館の本がつなぐ奇縁です。
みなさんの思い出の本はなんですか?