ミキと俺はいつものように長電話をしていた。
ミキとは大学で一緒のサークルで割と気が合い、付き合っているというわけではないが、こうして深夜の長電話をすることが多かった。
午前1時半も回ろうという頃
「そういえば、最近またあったね、集団自殺」
ミキが言った。
「ああ、そうだな」
「ああいう人達ってなんなんだろうね。見ず知らず同士が一緒の車で練炭自殺、とかさ
どういう気持なんだろう?」
「さあな・・・まあ、でも寂しいのかもね、一人で死ぬのは」
「気持わかるの?」
「ああ、わかるよ・・・俺も」
一度、集団自殺しかけたことがある、と言いかけて言葉を飲み込んだ。
流石にそれは言えないか。
そう、2年前、進路に迷っていた俺は、ついフラフラと、そういう掲示板で自殺者募集に乗ってしまったことがある。
ただ、怖くなって、最後の最後で逃げ出してしまった。
俺以外の3人は本当に死んでしまったようだった。
自分が悪いとは思わないが、本来は「自殺幇助」という罪に問われかねないらしい。
だから、言えない。
「俺も?もしかして、やりかけたことがあったりして?」
ミキが言う。
俺はぎくりとしたが
「んなわけねえだろう」
とはぐらかした。
ねえ、とミキが続ける。
「知ってる?
知らない人同士でも、一緒のことをしたり、一緒にいたりすると「縁」が生まれるって。
一度生まれた縁はそう簡単に切れないんだって」
「そうそう、縁といえば、【つたえてさん】って知ってる?」
「ツタエてさん?知らねえな」
「都市伝説みたいなものなんだけど、あんまり電話してこない知り合いから午前2時に電話がかかってくるんだって。
それで、ひとしきり他愛ない話をするの。
で、最後に、「ねえ、伝えてほしいんだけど」
って言って、あることを伝えてくるんだって」
「あることって何?」
都市伝説のたぐいは嫌いじゃない。
ちょっと俺も興味があった。
「それがわからないの。
でね、その電話を受けた人は、別の日の夜中2時にフラフラとスマホの連絡帳にある知人に連絡して、それで、雑談すると、「ねえ、伝えてほしいんだけど」って
そのあることを伝えるんだって。
でも、それを伝え終わるとどうしても何だったのか、思い出せないんだって」
要は電話から電話に午前2時に次々と謎の「ある言葉」が伝わるって都市伝説ってわけか。
「それだけ?」
俺は正直な感想を述べた。
「うん、それだけ」
「なんだそりゃ」
「うーん、私は思うに、これって縁を辿っているんだと思うんだよね。
スマホの連絡帳って、みんながみんなちゃんとした知り合いじゃないじゃない?
その縁を辿って「何か」が移動してるんだよ。
そう考えると怖くない?
その「何か」はきっと「どこか」を目指してるんだよ」
「どこかって、どこだよ」
「もう一つ、つたえてさんについての話があるの
実は、このつたえてさんの大本は、さっきの集団自殺だって話」
「どういうこと?」
「ある時、4人で集団自殺をしようとしたとき、
一人、最後に逃げ出した人がいたの」
俺はどきりとした。
・・・偶然だろう・・・
心なしかミキの声音が落ちている気がする。
「その逃げた人は、みんなで飲もうと言って分け合った睡眠薬を、一人だけちゃんと飲まなかったのね。
怖くなったの。
それで、みんなが寝付いたあと、一人だけ、逃げた」
心臓が早鐘のようになる。
喉がカラカラになる。
そう、俺は逃げたんだ。
でも、それをミキが知るわけがない。
警察さえ知らないことだ。
「実は、その逃げた人は知らなかったんだけど、その後、もう一人目を覚ました人がいたの。
その人は、一人逃げた人がいたのに気づいて、自分も死ぬことが急に怖くなったのね。
でも、睡眠薬が効いていて、うまく体が動かない。
やっと、スマホで知り合いに発信した。」
「本当は、きっと、その逃げた人に伝えたかったんだと思うけど、赤の他人同士だから、電話番号知らなかったのね。
もちろん、その時電話したのは全然関係のないただの友達」
「その時はもう練炭の一酸化炭素が充満して、意識がなくなる寸前だったの。
ろれつが回らない中で、それでも、必死に伝えようとしたの、
その「ある言葉」を」
「結局その人は他の二人と一緒に死んでしまったけれど、
その「ある言葉」だけは、縁を辿って探し回っているのよ。
その、「逃げた人」を・・・」
ミキはぐっと声を低めて強調した。
時間は午前二時に差し掛かろうとしている。
・・・本当に、こいつはミキだろうか。
「つたえてさん」
知り合いに紛れる声の怪異・・・?
俺は一旦スマホを耳から離して、画面に映る相手の名を確認してしまった。
「倉科 ミキ」
確かにミキの名だった。
「・・・って、考えたら怖くない?
ねえ、ねえ・・・どうしたの?」
突然、ミキの声音はいつも通りに戻った。その時、俺はミキにからかわれたことに気づいた。
「お、面白い話だね」
かろうじてこれだけ言うのが精一杯だった。
「でしょ?
午前2時にするにはピッタリの都市伝説かなと思って」
ミキは屈託なく笑う。
俺は脱力した。
「じゃあ、もうひとつ、ついでに、
・・・ねえ、伝えて・・・」
ミキの声音が落ちる。
しんと、受話器の向こうが静まり返る。
「ねえ、なんで逃げたの?私を置いて・・・」
作者かがり いずみ
知り合いを辿って追いかけてくる声の怪異
追われる、って、怖いですね。