10年前、学生だったとき、金もなかったのでいわゆる事故物件というのに住んだことがある。その物件は都内、駅チカの一等地にも関わらず、家賃は5万円だった。
不動産屋が言うには
「今日入ったばかりの好物件ですよ。今ならすぐに見学ができます」
とのこと。その言葉に踊らされて、私はすぐに見学を申し入れた。
案内された部屋は手狭であるが、収納はあるし、何より築浅できれいだった。四階の角部屋であり、日当たりも良さそうだった。大通りから一本入っているので騒音も少ない。
いいじゃないか!
当時は事故物件ということに思いを至らず、この好条件に私は飛びつき、すぐに契約をしてしまった。
思えばもう少し疑っても良かった。
早速、引っ越しをした私は新生活を満喫するべく、数日かけて部屋の整理をした。ようやく、落ち着いて暮らせる雰囲気になってきたとき、私は奇妙なことに気がついた。
朝、妙に首筋が痒いのである。
鏡で見ると、薄っすらと赤い筋のようなものが見える。これが赤い発疹ならばダニでも疑うところであるが、ダニというよりもミミズが這ったようなあと、というのがぴったり来るような痕跡だった。
また、寝入りばな、ウトウトしているときに首筋にひやり、という感触がすることが度々あった。季節は初冬だったので、その時の私は隙間風かなと思い、戸の隙間を埋めるような緩衝材や窓からの冷気を防ぐためのシートを買い求めたりした。
しかしその後も度々、首筋に妙な感触がする。数週間後には、食事をしているときに急に首筋を撫でられたような感触がして、びっくりして味噌汁の椀から手を離し、そこいらにこぼしてしまうこともあった。
そのうち、寝ていると、首筋に例の嫌な感じがするとともに、胸が苦しく感じ、うなされることが多くなった。
この頃になって、ようやく私は何かがおかしいと思い始めていた。
友人に相談すると、
「その部屋、なんかいるんじゃない?」とか、
「首絞め殺人鬼かなんかの霊とかがいたりして」
等と不気味なことを言われてしまう。
そう言われると、ますます気になってしまったが、どうすることもできなかった。
そうこうするうちに、夜中に起きてしまうことが時々起こるようになった。どうも、夜中に何か叫んで、その声で起きてしまっているようだが、何を叫んでいるかわからない。寝ても寝た気がしない。当然授業にも集中できない。
そこで、私は、寝言を録音する事ができるスマホのアプリを使ってみることにした。
初めてアプリを仕掛けた日は、特に途中で目覚めることがなかったものの、いつものように起き抜けは胸が苦ししくて最悪の気分だった。寝た気がしない。
私はアプリに録音されている音を再生してみた。
ジジジ・・・
んごー・・んごー・・、が・・が・・がが
ここらは単なるいびきだ。しばらく単調ないびき音が続く。
あ・・うぐ・・ぐ
突然、自分の苦しそうな声が入っている。まるで何かに首を絞められているようだった。
ああ・・・あ・ぐぐ・・いや・・
悶ているような声
呼吸が切れ切れになっている
いやだ・・・イヤ・・・・・やめ・・やめて、
寝ながら何かに訴えかけている。
このあとの音声を聞いて、私は戦慄した。
やめて、やめて・・・やめて
やめて、殺さないで、殺さないで、殺さないで・・・!
殺さないで・・・ママ!!
あとでネットなどで調べてわかったことだが、自分が住んでいた家で、1年前に母が子供の首を絞めて殺した事件があったのだ。
私に取り憑いていたのは、首絞め犯人の霊ではなく、母親に首を絞められて殺された子供の霊だったのだ・・・
録音を聞いてから、私は部屋に戻れず、結局引っ越しを余儀なくされた。
みなさんも格安物件には要注意です。
作者かがり いずみ
死んだ人のイメージが空間に焼き付くのが幽霊であると
何かで読んだことがあります。
それは例えば、こんな感じで襲ってくるのかもしれません。