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長編15
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化ける幻【藍色妖奇譚】

 地蜘蛛討伐から二週間後の日曜日、飛燕はとある人物から呼び出されて風花に来ていた。細く切れ長の目が特徴的なその男は、コーヒーを一口飲むと怪しい笑みを浮かべる。

「何なんですか、神威さん」

 冷めた飛燕の問いかけに、男はクックッと笑いながらカップをソーサーの上に置いた。

「うむ、相変わらずここのコーヒーはうまい。飛燕、今日は君に頼みがあってね。私と共に除霊の仕事をしてほしい」

 そんなことだろうと思っていた飛燕は、溜め息を吐いて席を立った。

「すみません、除霊は専門外なんで~」

 勿論、嘘である。これまで飛燕が祓い清めてきたものは、邪鬼だけでなく悪霊も含まれているのだ。但し、邪鬼祓いの中にも除霊を本業とする者や、除霊は一切行わずに邪鬼のみを討伐対象としている者がおり、一口に邪鬼祓いと言っても仕事内容はそれぞれである。

「君は私の依頼で土蛇を封じる前、悪霊を退治したそうじゃないか。調査の依頼だったものをそのまま解決してしまうとは見事だ。今回も是非、私の仕事を手伝ってもらいたい」

 神威はそう言ったのち、「金なら払う」と呟いてニヤリと笑った。飛燕はもう一度溜め息を吐くと、神威の横に立った。

「断る理由はないので、別にいいですけど」

 飛燕の言葉を聞いた神威は、少し満足げな顔で席を立ち上がった。

「そう言うと思っていたよ。今回も君の力を見せてほしい」

 飛燕は神威のことが少し苦手だ。何を考えているのか理解できない、彼の纏う怪しい気は初対面の時から感じていた。

 神威と共に風花を出た飛燕は、待っていた二人の式に仕事の内容を伝えた。

「で、どこの霊を祓うんですか」

 松毬はあからさまに嫌そうな声色でそう言った。飛燕が神威のことをよく思っていないと知ってのことか、このような態度を取っているのだろう。

「松毬、敵意剥き出しで話さなくていいから。神威さん敵じゃないし」

 飛燕の言葉に渋々と納得した松毬は、漫画のツンデレキャラのように「ふんっ」と声を出してそっぽを向いた。少女漫画で覚えたのだろう。

「天浦坂隧道、聞き覚えがあるだろう?」

「え?」

 神威の口から発せられたその場所は、確かに聞き覚えがあった。以前、飛燕が除霊の依頼を受けて訪れた旧天浦坂隧道である。

「それって、旧ですか?」

 飛燕の問いに、神威はかぶりを振って「新、天浦坂隧道だ」とだけ言った。

 車で現場へと向かった飛燕達は、旧天浦坂隧道と新天浦坂隧道の分かれ道で、先に向かわせた式の二人と合流した。前回の旧天浦坂隧道では、雷徒という妖怪の青年が既に霊を祓っていたが、今回の事件が起き始めたのは一週間ほど前のことだ。雷徒とは三週間近く前にこの場所で遭遇したので、彼がその怪異に気が付いているという可能性は低い。

「あの~神威さん、要するにキツネに化かされた状態なんですよね?それ」

 車中で事件の概要を聞いた飛燕は、車を降りてから神威にそう訊ねた。その起きた事件というのが、所謂オカルト界隈ではよくある話なのである。夜に天浦坂隧道を自動車で走行中、気付けば数十分も経っているにも関わらず、トンネルを一向に抜け出せないというものだ。なお、その被害を受けた者はごく少数で、抜け出せないと気が付いた瞬間にトンネルを出られるのだそうだ。

「それだけならば私達邪鬼祓いの出る幕ではない。そこらの霊能者に任せればいい話だ。だが、それだけじゃないのがたちの悪い話でね」

 そうなのだ。ここ一週間で、既に十件以上の交通事故がこの隧道で起きている。事故の内容は様々だが、幸い死者が出ているということは無いらしい。

「事故に遭った人間は皆、人影や動物の影が見えたと証言しているとのことだ。これは確実に霊の仕業だ!」

 唐突に声を張り上げた神威に、飛燕は少々驚きながらも、目の前に見えてきた新隧道の中を見据えた。トンネルの入り口から見た内部は、向こう側からの光が差し込むので、さほど長いトンネルという訳でもない。更に今日は休日ということもあり、それなりの交通量がある。

「こんなところ、本当にオバケいるんすかねぇ。っていうか神威さん、例のトンネル抜け出せないって手口が、風狸に似てる気もするんですけど」

 飛燕がそう言って、足元に落ちていた木の葉を自分の頭に乗せてみせる。神威はそれに「見事だ」と返し、飛燕に人差し指を向けた。

「さすがは飛燕、よく気が付いてくれたね。確かに、風狸は人を化かして自分のエサにする邪鬼だ。だが今回は、風狸のエサとなった人間が一人もいないというのが引っ掛かる。邪鬼が、ただ遊ぶためだけにそんなことをするとも思えない。そのため、今回は霊の仕業と見ている」

「なるほど~・・・でも、なんか繋がりませんね。トンネルを抜け出せない怪異と、交通事故の多発。このトンネルには複数の霊が存在していて、それぞれが別の現象に関与しているとか・・・或いは、霊と風狸の両方が絡んでいる可能性も・・・って、なんか素人の推理みたいになっちゃった」

 飛燕の発言に、神威は「うむ」とゆっくり頷いた。

「まぁ、現時点ではそれが一番有力かもしれない。飛燕、とりあえず折り紙で隧道を探ってほしいんだが」

「あ、了解っす」

 飛燕はウエストポーチから数羽の燕折り紙を取り出すと、それらを空中へ羽ばたかせてから「透過」と呟いて印を結んだ。たちまち折り紙達の姿は透明に近くなり、一般人に見付かることなく行動することができるようになった。

「ほう、折り紙術にはこのような使い方もあるのか」

「これ、けっこう修行したんですよ~。さぁ、行っておいで!」

 飛燕は燕折り紙達を捜索に向かわせると、神威に以前から少し気になっていたことを訊ねた。

「そういえば神威さんって、どんな術使うか全然知らないんですけど。危ない術でも使ってるんすか?」

「人聞きの悪い、れっきとした邪鬼祓いの術さ。まぁ、近頃ではこの術を使う人間も、私ぐらいしか居なくなったのだがね。見てのお楽しみだ」

「へぇ~、貴重な術なんですね。でも、せめて属性だけでも教えてくださいよ~。もし邪鬼だった場合は相性が悪いと困るでしょう?」

 飛燕がそう言うと、神威はクックと笑い「無だ」とだけ言った。無?属性が無だということは、そのままの意味で捉えていいのだろうか?

「無属性ってことっすか?」

「うむ、如何なる属性の邪鬼にも対応できるのが私の術だ。無論、私ほどの邪鬼祓いが使用すれば大抵の邪鬼は祓えるだろう」

「神威さん、ナルシストっすね」

「君も人のことを言えないと思うんだがねぇ、飛燕」

 神威は軽く溜め息を吐いてそう言った。飛燕自身は、そんなこと承知である。

「まぁ、僕は天才邪鬼祓いですから」

「やはり君は面白い。今回もその天才的な実力で霊を祓ってくれたまえ」

「まだ霊って決まったわけじゃないですけどね~。というか、神威さんの術なら大概の邪鬼は倒せるって言いましたけど、今現在で邪鬼って何種類いるんでしょうね。科学技術の進歩で、邪鬼の特性や出現時期・場所などを少しは正確に特定できるようになったとは言え、未確認の邪鬼もいるわけですし」

「それに関してはまだ詳しく分からないことばかりでね。現時点でデータベースに登録されている邪鬼は五十種だが、突然変異や未確認の種はまだ数多く存在しているはずだ。事実、古来の伝承で伝えられてきた邪鬼の他に、ここ二十年以内で発見された新種の邪鬼も存在している。つまり、今回の件も悪霊や既存の邪鬼の仕業でない可能性があるのだよ」

 新種の邪鬼、もしも今回の件がそれならば、既存の対応策では通用しない可能性もあるだろう。少しの間トンネル入口で会話を続けていると、先程飛ばした燕折り紙達が帰還し、そのうち二羽が飛燕の前で一周回った。何かを見付けたという合図だ。

「脈ありですね。行きましょう」

 飛燕はその他の折り紙をウエストポーチに仕舞うと、二羽の燕折り紙に現場までの案内を命じた。トンネル内の狭い歩道を歩き始めてから少し経った頃、飛燕は唐突に霊の気配を感知した。それは神威も同様で、先程まで不気味な笑みを浮かべていた彼は目付きを鋭くさせた。

「飛燕、見えるか?」

 神威の見ている先には、青白い光を微かに纏った人型が立っていた。それは揺れることなく、ただトンネルのどこかを見据えているようだった。

「あの霊、悪霊ですかね」

「霊気は強いな。それに突然気配を感じたのだから、何かを意識していることは間違いない」

「声、かけましょうか?」

 松毬がそう言って飛燕を見る。それに対し、飛燕は首を横に振った。

「いや、その必要ないかも。分かっちゃったよ」

「飛燕?なるほど、そういうことか」

 飛燕の言葉に、神威が納得してニヤリと笑った。松毬は首を傾げている。

「トンネルの出口、入る前は向こう側の光が見えたのに、今は見えないんだよね。やけに暗いと思ったら・・・とんでもない怪異ですよこれ」

「明らかに私達の存在に気付いている。閉じ込められたか」

 神威がそう言って背後を振り返る。飛燕もつられて振り返ると、先程入ってきた入り口までもが暗黒で閉ざされていた。気付けば車の通りすら無くなっていた隧道内は、天井に設置された僅かなライトの灯りだけが視界を照らしている。

「除霊しよう。飛燕、頼めるかい?」

「了解でーす。多比は結界を、松毬は僕と一緒に奴を斬る!」

「はいよー」

「了解!」

 多比が素早く蜘蛛糸の結界を張り巡らせると、飛燕は右手に風を集めると、松毬とともに霊を目掛けて斬りかかった。

「四段・空圧斬!」

 真正面から突っ込んだので、霊にも気づかれていたようだ。あと一歩のところで念力の壁を作られたが、怯まずに刃を通そうと粘る。

「だめだ強い。松毬、ちょっと粘っててくれるか?」

 飛燕はそう言って霊から離れると、ポーチから風車を取り出してぐるりと一周した。

「今だ松毬、離れて!六段・裂空の陣!」

「えっ、ちょっと!」

 松毬が粘っていてくれたおかげもあり、風車は壁を貫き霊に直撃して除霊は完了した。咄嗟に避けた松毬はギリギリ無事であったが、あと一歩のところで巻き添えにしていたと、飛燕は申し訳なく思う。

「いやぁ松毬、ごめん!手強かったからほぼ強行突破してしまった」

「殺す気ですか!あれほど強い霊を相手に頑張って粘ってたのに、旦那様は勝手に巻き込もうとして勝手に終わらせちゃうんですからもう!斬りますよ!」

 当然だが、松毬はご立腹である。確かに、飛燕も少し焦っていた。初めてあの霊を見たときに感じた気配は、それほど強力なものだったのだ。

「ごめんって・・・帰りに好きなだけプリン買ってあげるからさ」

「プリン!?仕方ないですね~今回だけですよぉ」

 プリンという言葉一つで、今日一番の笑顔を見せた松毬の後ろでは、多比と神威が小声で話しているのが聞こえる。

「彼女はあれでいいのかね」

「今回だけって言ってるけど、もう何度プリンに釣られてきたことか・・・」

「ちょっと焦ってたんですよ。申し訳ない」

 飛燕は冷や汗を拭いながら神威に言った。多比もそれを聞いて溜め息を吐く。

「らしくなかったわよ。どうしちゃったの?」

「いや、なんか妙に大人しいなと思ってさ。しかも接近したとき、変な威圧感を霊から感じたんだよ。確実になんかされると思って、早く除霊しなきゃって焦っちゃったんすよね~。申し訳ないっす」

 神威は飛燕の言葉を聞くと、静かに頷いた。

「確かにね、気配が膨張したことには気づいていたよ。思っていた以上に強力だったもので加勢しようとも考えたが、君ならできると信じていた」

「出来ましたけど、僕が焦ったせいで松毬を危険に晒した。平常心って大事だな~と改めて思いましたよ」

「うむ、それに気付けたのはいいことだ」

 神威はそう言うと、今まで見せたことのない少しだけ優しい笑顔を見せた。彼もこんな表情ができるのかと、飛燕は少しだけ神威に心を許せるような気がした。

「お前達、そこで何をしていた!」

 不意に強い口調で声をかけられ、振り向くと一人の青年が立っていた。隧道内は既に外の光も差し込んでおり、車の通りも元に戻っている。青年は暫く飛燕達のほうを見ていると、なぜか表情を強張らせた。

「え・・・妖怪!?」

「み、見えるんすか!」

 飛燕は思わずそう問いかけた。青年はうんうんと頷き、こちらに歩み寄ってきた。

「実は、ここの隧道に住み着いた悪霊を除霊しに来た者でね。まさかこんな場所で見える人間に出会うとは」

 神威がそう説明すると、青年は納得したようで苦笑しながら謝罪してきた。

「早とちりしちゃってすみませんでした。また肝試しに来た若者かと思って・・・まさか霊能者の方だったとは。って、妖怪を連れているということは、もしかして邪鬼祓いさんですか?」

「よくご存じで!」

 飛燕がそう返すと、青年は訳を話し始めた。

「自分は前田といいます。実は超能力があって、小さい頃から霊とか妖怪が見えてしまう体質で、除霊も一応できるんですけどね。最近はここにたちの悪い悪霊が住み着いて事故も多いもんで、肝試しにくる若者が増えてたんですよ。だからこうして、休みの日は自主的に見回りをしているんです」

「そういうことでしたか。まさか本物の超能力者さんにお会いできるなんて!いや~光栄だなぁ」

「飛燕、私達も似たようなものだろう」

 神威の言う通り、邪鬼祓いも悪しき魂を清める超能力と考えてしまえば同じものだが、力の使い方が違うのだ。超能力は感情や応用で強化できるが、邪鬼祓いの術は適性と修行が第一である。

「まあ僕も少しなら空中移動できますけど?念動力って憧れるじゃないすか!なんかこう、車を浮かせたりとかして」

「確かに邪鬼祓いでは車を浮かせることは出来ぬからね。前田君、ここは君にも協力してもらいたい。情報提供だけでもいい」

 神威の頼みに、前田は快く頷いた。

「もちろんです。では早速ですが、さっき悪霊が住み着いたと言いましたよね?でも、どうやらそれだけじゃないっぽくて」

「それって、どういう?」

 飛燕が訊ねると、前田は少し考えてからその名前を口にした。

「名前は忘れてしまったんですけど、狸みたいな邪鬼です。それが、一週間ぐらい前から現れるようになって」

 それを聞いた神威は、合点がいったように頷いた。飛燕も事件の内容と風狸の手口が一致したことで納得している。

「やはり、風狸絡みであったか。飛燕の推理は正しかったようだね」

「まあ、ただの憶測でしたけどね。邪鬼絡みとなれば、僕達の出番じゃないですか」

 飛燕はニヤリと笑い、おなじみのウエストポーチから燕折り紙を数枚取り出し、空へと羽ばたかせた。

 折り紙達の捜索と同時進行で、飛燕達も風狸の好みそうな場所を探し回る。

「トンネルのような狭い場所は、風狸にとって格好の餌場だ。おそらく、隧道内で風狸による被害者が出なかったのは悪霊と縄張り争いをしていたからだろう」

 神威の推測に、飛燕と前田も頷いた。

「自分もそう思います。交通事故の被害者も、動物の影を見たと言っていましたが、おそらくそれも風狸の姿かと」

「確かに、風狸はわりと普通の狸と変わらないサイズですからね~。小さくても人を食べるとか怖すぎ」

 飛燕はそう言って怖がる素振りを見せた。

「あやかしに欲情する坊っちゃんもなかなか怖いわよ」

 多比が冗談交じりに茶化すと、飛燕は不服そうな表情を浮かべた。

「僕がいつお前に欲情したんだよ」

「あたしじゃなくてまっちゃんにでしょ」

「してないよ!まるで僕がセクハラしてるみたいなこと言わないでくれ!」

 一人と一妖の会話を、松毬は半ば呆れながら聞いている。

「酔っ払ったときの旦那様が一番やばいです」

「ちょ・・・!記憶にないなぁ」

「絶対覚えてますよ、このエロ河童・・・」

 くだらない会話をしている最中、さきほど飛ばした燕折り紙達が帰ってくるや否や、飛燕の頭上を一周した。

「見付けたみたいですね。行きましょう」

 飛燕は折り紙に案内を命じ、全員で風狸の元へと向かう。隧道からさほど離れていない場所に位置する山の麓に、その姿はあった。風狸は早くもこちらに気付いたようで、木の上から飛燕達を威嚇している。

「飛燕、逃げられないうちに祓ってしまおうか」

「了解。多比と松毬は反対から逃げないように囲い込んで、何かあれば攻撃も頼む。基本的には、僕と神威さんで祓うよ」

「はーいよっと」

「了解しました」

「あの、自分にも何か手伝わせてください!」

 前田の頼みに、飛燕は快く頷いた。

「超能力者ですよね。風狸の動きを抑えることってできますか?」

「お任せください!」

 前田はそう言って力の発動に備えた。

「さあ、行くとしようか」

 神威の合図で、前田は風狸の動きを抑えようと念を飛ばした。しかし風狸の動きは素早く、何度拘束を試みるも当たりそうにない。すかさず飛燕も木々を飛び移りながら風狸を追いかけるが、小型邪鬼のうえ素早い風狸を捕まえることは至難の業であった。

「旦那様!こちらから援護したほうがよろしいですか?」

 松毬の提案に、飛燕は一度動きを止めて首を横に振った。

「いや、いいこと思い着いた。前田さん!僕にテレキネシスを使うことってできますか?」

「え、飛燕さんにって・・・なるほど、わかりました!」

 前田は飛燕にテレキネシスを使い、精一杯の念を込める。飛燕の身体はたちまち力に満ち、更に身体が軽くなった。

「よし、あとは僕が上手く動ければだけど・・・」

 飛燕はこちらを睨む風狸を目がけて飛び掛かった。捕まえることは出来なかったが、少なくとも飛燕の動きは格段に速くなっている。

「さすがは飛燕だ。私も力を貸すとしよう」

 不意に神威がそう言って前に出る。彼は腕組みをしたまま風狸を睨み付けた。

「幻術初段・閉」

 神威がそう口にすると、何処からともなく浮かび上がった正方形の檻が、一瞬にして風狸を幽閉した。

「なんだあれ!?」

 飛燕が呆気にとられていると、神威は続けて一枚の花札を取り出した。中には、土蛇の絵が描かれている。

「これが私の、本当の力だ。幻術秘儀・化」

 神威が花札を近くに落ちていた太い木の枝に投げると、木は姿を変えて土蛇となった。

「飛燕、これは君が封じてくれた土蛇の力だ。手始めに使わせてもらったよ。術を重ねて風狸を祓おう」

「え、あ、はい」

 飛燕は戸惑いながらも、檻の中の風狸を目がけて術を繰り出した。

「四段・空圧斬!」

 それに続き、神威も土蛇を通じて術を使う。

「幻術二段・咬」

 飛燕の術は檻を砕き、神威の土蛇が風狸に咬みつき動きを抑える。

「さぁ、チェックメイトだ」

 地に降りた飛燕は、ウエストポーチから数羽の燕折り紙を羽ばたかせて笛を吹いた。

「六の巻・狂乱舞レベル弐!ピッピッピィー!」

 テレキネシスの力も加わり、燕折り紙達は風狸を取り囲み、いつも以上に激しく乱舞する。やがて土蛇の幻諸共、風狸の姿は消滅したのであった。

「これにて、一件落着ってとこですね。にしても、神威さんの幻術ってどういうものなんですか?」

「幻術は、名前の通り幻を見せる術だ。人間に限らず、全ては目に見えるものを本物だと信じ込む。あの花札は化け札といって、中に封印されたあやかしや邪鬼の幻を操ることが出来る。しかし、私が檻の幻術を解く前に空圧斬で檻を砕いたのには驚いたよ、飛燕」

 神威はそう言って笑った。一仕事終えたからか、少しほっとした表情のように見える。

「いやぁ、仕事はいつも全力だもんで。松毬も多比も、本当にお疲れ様!それと、前田さんもありがとうございました!」

「いえいえ、お力になれたのならよかったです!あ、そうだ」

 前田は思い出したかのように、飛燕を見て訊ねた。

「飛燕さん、念動力が使えないのに、よくあんなワイヤーアクションみたいな動きできますね。そういう術なんですか?」

「うーん、風術だから多少は早く動けるかなって感覚でやってたけど、言われてみれば何でだろう。今まで気にせず生きてきたんですけどね。物心ついたときからこうなんですよ」

 飛燕は改めて少し考えてみたが、答えは出なかった。

「まあ、いいか」

「飛燕の高い身体能力と、風術の相性がいいのだろう。気にすることは無い」

 神威の言葉に、飛燕は笑顔で頷いた。

「神威さんが言うなら、間違いないですね」

 飛燕は、神威に少しだけ信頼感を抱き、もう以前のように毛嫌いすることはないだろうと思うのであった。

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   〇

 飛燕達は夕食を終え、松毬は約束通り満足げにプリンを食べている。

「神威さん、案外いい人だったな~」

「まあ、あれでも神威家の当主なんでしょ。あまり表で活動しないから、変な噂が立っちゃうだけなのよ」

 多比は話し終えると、眠たそうに欠伸をした。

「多比が眠そう。珍しい」

「あたしだって眠く・・・なるわよ」

 一瞬、多比が言葉につっかえてから少し顔色を変えたのを飛燕は見逃さなかった。

「多比、どうした?」

「・・・ううん、何でもない。ちょっと疲れてるみたいだから寝るわね~」

「うん、おやすみ。ゆっくり休んでな」

「おやすみなさい、多比さん」

 飛燕に続き、いつの間にかプリンを食べ終えていた松毬も心配そうな顔で言った。

「多比があんなに疲れてるの、なんか珍しいな。調子悪いのかも」

「そうですよね。少し心配です」

「まあ、もし多比がダウンしたら、そのぶん二人で頑張ろうか。さてと、僕も休もうかな」

「ですね!私も頑張ります!今日は本当にお疲れ様でした。ゆっくりお休みくださいね」

「ありがとう、おやすみ」

 多比の身を案じつつ、明日は平和であることを願う飛燕であった。

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