俺がまだ営林署で働いていた頃だから、ずいぶんと昔の話だ。
当時は林業が盛んでな、山仕事も泊まりがけでやったもんさ。
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あるとき造材の仕事で、三ヶ月ほど、奥秩父の牛王院平というところへ入った。
五月半ばのことで、裾野に生えるシャクナゲがまだみんなつぼみだったよ。
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造林小屋で仲間と寝泊まりしたが、ある日伐り出しから戻ってみると
貯木場のわきにあるケヤキの枝で、人が首を吊っていた。
林野庁の若い職員だった。
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すぐに官舎へ報せに走ったが、なにせ山奥のことだ
警察が来るのは翌朝だという。
おかげで俺たちは、夜っぴて死体の番をさせられることになったのさ。
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夜行動物が死臭を嗅ぎ回るから、火を焚いて交代で見張りについた。
浴びるほど酒を飲んだけど、全く酔えなかったね。
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あと一時間ほどで夜が明けるというとき
竜喰山のほうでドーン、ドーンと長胴太鼓を打つような音がした。
なにごとかと思っていると、今度は頭上の枝がバサバサと揺れ始めたんだ。
松明で照らしてみて仰天した。
なんと、死体が手足を振り回して暴れているのさ。
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「おうい大変だ、死体が生き返ったぞ」
慌てて小屋へ駆け込んだが、仲間と一緒に戻ってみると、首吊りの縄が途中でぷっつりと切れていた。
根もとを探したが、死体はどこにもない。
かわりに、獣の走り去るような音を聞いたんだ。
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警察じゃ熊の仕業だろうって、猟師を集めてさんざ探し回ったけど
俺たちは、山の神がやったに違いないと噂し合った。
山の神ってのは女の神様で、気に入った男が山で死ぬと連れ去るっていわれてるからな。
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首吊りのあったケヤキは、昭和の終り頃まで慎重に祀ってあったが
防火帯を作るのに邪魔で、けっきょく伐り倒してしまったよ……。
作者薔薇の葬列
掌編怪談集「なめこ太郎」その六十。